2024年2月7日水曜日

『完本/八犬伝の世界』高田衛

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ちくま学芸文庫
2005年11月発売



★★★★   昨年鬼籍に入った著者の八犬伝研究・集大成




「南総里見八犬伝」研究書籍のキング・オブ・キングス。著者の高田衛は、大政奉還が行われ明治の世になってから六十三年後の昭和5年に誕生、日本近世文学研究者として活動を続けてきた。現在このBlogで未だに記事が完結していない『近世説美少年録』~『新局玉石童子訓』(☜)の巻を含む国書刊行会版「叢書江戸文庫」でも、責任編集のひとりとしてクレジットされている。令和5年夏、逝去。享年93

 

 

 

曲亭馬琴のあの大作が「近代が失った稀有に面白いロマン」であることを知らしめるべく、昭和55年に中公新書より『八犬伝の世界』は刊行された。馬琴や八犬伝の研究書も今では多種多様に出回っているけれど、当時まだ未開のフィールドだったところへこんな良書が現れたのだから、世間が放っておく筈がなく、大きな反響を得て再版を重ねる。それ以後馬琴研究も相当の進展を見せ、『八犬伝の世界』を決定版へと練り直す必要性を感じた高田は売れていた中公新書を自ら絶版にし、大幅に加筆増補を行った本書『完本/八犬伝の世界』を平成17年に上梓。

 

 

 

著者のアピールする、【中公新書の旧版】と【完本を謳ったちくま学芸文庫版】の大きな違いは二つ。第一に、旧版は決して専門家だけを対象とするのでなく、学生なども含む広い読者層に向けて書いたつもりだったのだが、それにしては難しい表現になっていたため、もう少し解り易い形にするべく改訂・補訂したそうだ。


第二に、旧版では掘り下げられていなかった八犬伝後半部分に関する考察を加えた事。アナタが今ご覧になられている画面の最下段にあるリンク先の各記事にて私も何度か申しているように、物語前半に登場してくる七犬士たちのエピソードに比べれば、後半の殆どを占める犬江親兵衛の話が読み手を夢中にさせる強い吸引力に欠けているのは否めない。


では八犬伝の後半部分は、単なる惰性で書かれた(盲腸のように、あってもなくてもいい)ものなのか?そのあたりについて新しく書き下ろされた見解なら本書(ちくま学芸文庫版)の第六章以降でガッツリ読めるし、近年の八犬伝研究においても、このテーマへ比重が移っていることを著者は教えてくれる。

 

 

 

中公新書版とちくま学芸文庫版、
どちらも未読の方のために目次章題を書き出しておく。

 

 中公新書版 目次 

序章    一葉の口絵から

第二章     伏姫曼荼羅

(Ⅰ 玉梓悪霊譚/Ⅱ 犬祖神話と『水滸伝』/Ⅲ 八字文殊曼荼羅)

第三章     唐獅子牡丹の系譜

(Ⅰ 八犬士、その虚構の条件/Ⅱ 輪廻転生と「神体示現」の世界/
 Ⅲ 鬼話怪談の迷宮/Ⅳ 「郷士」の視点)

終章    星の秘儀空間

 

 
 本書(ちくま学芸文庫版) 目次 

謎とき『八犬伝』口上

第一章          伏姫曼荼羅

第二章          八大童子の幻影

第三章          唐獅子牡丹の系譜

第四章          漂白の七人

第五章          悪女と怪物

第六章          母子神の物語 -『八犬伝』第三部

第七章          曲亭馬琴 最後の戦い

第八章          星の秘儀空間

回外冗筆 -「あとがき」を兼ねて

 

 

 

旧版の『八犬伝の世界』を初めて読んだ時、高田衛が言うほど難解で取っ付きにくい印象は受けなかった代わりに、ちくま学芸文庫版のほうでもそこまで噛み砕いた言葉の選択をしている訳ではないから、初心者のガイド本と見做すにはハードルが高く、岩波書店版か新潮社版で文語体の「南総里見八犬伝」を最低でも一度は通読していないと、本書の真価は伝わらないだろう。

 

 

 

現在は後発のちくま文芸文庫版も流通が無くなっている。中公新書版はかなり増刷したから古書も安価だし見つけやすいけれど、ちくま文庫の場合は、新刊として一旦市場から姿を消してしまったあと増刷されないものは古書で見つけるのが手間だし、古書価も定価以上になる例さえあるから困りもの。名著ゆえ、ちくまが再発するか、版元を変えてでも復刊されればいいのだが。

 

 

 

 

(銀) 日本近世文学の分野で研究の対象が重なっているためか、『八犬伝の世界』を高田衛が発表した際に激しく異論を唱え、高田の論敵となったのが徳田武(彼は高田衛より年齢は十四歳若い)。徳田が関わった八犬伝関連書籍のうち、『南総里見八犬伝 全注釈』(勉誠出版)という超マニアックなものがある。

 

 

これ全十八巻の予定でスタートしたそうなのだが、伏姫八房篇までしかフォローされていない第一巻が平成29年に出たっきり何の音沙汰も無く、今日の記事を書くため徳田武のブログを読んでいたら、昨年11月のエントリにこんなコメントが記されていた。大変残念なニュースだけど引用させてもらう。


〝徳田武の「『南総里見八犬伝』第二輯注釈」は、二〇一七年八月二十五日に勉誠出版から『南総里見八犬伝』全註釈』第一巻が刊行され、第一回から第十回までの註釈を収めた。その後、第二十回までの註釈も作製し、大分前にゲラまでも出たのであったが、豪気な出版者であった池嶋洋次社長が退職されて以後は、出版される見込みが無くなった。『八犬伝』の詳しい註釈は、他に在るのを聞かないから、これの刊行を待っている方もおられると思う。その発表は、筆者の責務である。そこで、本書を借りて、その註釈のみを発表する事にしたのである。本文を付けられないのは残念であるが、当今のような出版事情では致し方が無い。〟



上記に引用した文中にて言及されている〝本書〟とは、学術雑誌『江戸風雅』のバックナンバーを意味する。やっぱりそうだったのか・・・・徳田が病や怪我で執筆作業が思うように出来ないというのならともかく、勉誠出版・現社長の意向って・・・。

 

 

 

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2024年2月3日土曜日

『蒼社廉三/軍隊ミステリ集』蒼社廉三

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大陸書館(honto/大日本印刷 POD)
2024年1月発売



★★★★    独 壇 場





つい「蒼社廉三って戦記専門の作家だろ?」と勘違いしてしまうぐらい、この本は〈メカのパーツ〉や〈戦場で飢えを凌ぐため口にせざるをえないトカゲの食感〉といった細かいディティールがつぶさに書けているのだけど、それ以上に否応なく、軍隊に属する事で人間性を失った或る種の日本人の浅ましさ/醜さが、ドロリとした後味を残すほどに陰鬱。

単に〝民衆を戦争に駆り立てた大日本帝国への怒り〟だけが基幹だったら、こちらも読む意欲が失せてしまうけれども、〈戦時下の人間模様〉と〈探偵小説に必要なフックやサスペンス〉が過不足なくブレンドされているので、戦争というシチュエーションに特化したわりには手堅くリーダビリティのある短篇集になったと言って差し支えない。二段組なのでボリューム感もある。

 

 

 

一説によると、作者のキャリアのうち戦記ミステリの占める割合はそこまで多くもないらしい。生年は1924年(大正13年)。自分から志願して入隊したのか赤紙による強制召集なのかは不明だが、高校を卒業後すぐ兵隊になっており、一概に想像の産物とも思えぬリアリティは実体験から得たものだと考えれば納得がゆく。生き地獄のような戦争が終わったあと、幾つもの職を転々とし、最後の最後に行き着いたのが探偵小説/SF/時代もの問わず、どんなジャンルでもこなす貸本小説作家だったのだろうか。

 

 

 

「屍衛兵」「酸素魚雷」「Uボート」「草原に死す」「消えた兵隊」

「ガ島に死す」「太平洋に陽が沈む」「もずが枯木で鳴いている」

 

 

 

飛び抜けた駄作も無く安定したアベレージの中で、私が好きなのは「Uボート」。日本と共同戦線を張るドイツのUボートが、多島ゆえ複雑な構造を持つ瀬戸内海の来島海峡で沈没した疑いがあり、広島・呉の海軍作戦本部はサルベージ船を派遣するのだが、原因不明のトラブルが続き、調査は難航。古来より伝わる海難伝説を絡めつつ、計画的な犯人の目論みを織り込んでいる点がgood

 

 

同じく海洋ネタで、潜水艇を利用した人非人の所業に誰もが口をつぐむ中、たったひとりの兄を失った弟が秘匿された核心にジリジリ近付いてゆく「太平洋に陽が沈む」も楽しめた。どうも私は朝山蜻一「海底の悪魔」しかり、青黒い海の底に秘められている謎を描いた作品に不思議と惹かれるタチらしい。但し(詳細は書けないけれど)、最終的に謎は暴かれても、主人公の運命には救いのないパターンが本書は多く見られる。戦記ミステリならではの特徴かな。

 

 

 

小説の内容にはとても満足できただけに、「酸素魚雷」の大事なクライマックスで〝鞄(カバン)〟と表記すべき漢字が〝靴(くつ)〟になっていたり、「屍衛兵」の文章では〝栗原大尉が心配そうに訊ねたの、どうしたことか、中尾中尉は、子供が照れたようにはにかむと、慌ててその紙包をポケットに入れた。〟となっていたり、本の前半部分のみに限られるその数は少ないものの、すぐ目に付いてしまうような疑問のテキスト入力箇所が相変わらず見つかって、折角良い本なのになんとも勿体ない事だ。

 

 

 

ミステリ珍本全集『殺人交響曲』に収められていたSFものより、本書に入っている戦記ミステリのほうがずっと読み応えがある。遺した作品のすべてが戦記オンリーではなくとも、ここまで拘って日本が自滅したあの愚かな戦争をモチーフにしている例は探偵小説のカテゴリーでは他に無いし、長篇「戦艦金剛」そして本書を読み、〝このジャンルは蒼社廉三の独壇場だなあ〟と認めずにはいられない特異性が備わっている気がした。

 

 

 

 

(銀) 年明けの13日に、hontoが今春をもって紙の本の扱いを止めてしまうニュースを取り上げた。そのあとhontoを閲覧してみると、『蒼社廉三/軍隊ミステリ集』の発送可能日が【13日】になっている。POD(プリント・オン・デマンド)とはいえ、これなら最低でも一冊分は既に出来上がっている本を在庫している状況の筈。クローズも近いことだし、数年ぶりにhontoで本書を注文してみた。

 

 

そうしたところ、注文日を含む四日後の午前11時過ぎになるまで発送メールが来ず、発送方法はヤマト運輸のネコポスが使用されていたが、荷物の追跡番号がヤマトの追跡サイトにやっと反映したのは、その日のかなり遅い時間。【13日】と表示されていても実は在庫を持ってなくて、イチから製本したのならば仕方ないが、おそらくそうではなかろう。

 

 

在庫のあるものなのにすぐ発送してもらえない点ではプライム登録をしていない場合のAmazonよりも遅い。これではどうしてもユーザーは離れていってしまう。ネットでhontoの評判を調べてみると、数年前にはまだ「発送が遅い」と不満を漏らす意見も寄せられていたようだったが、最近のコメントはひとつも見つからず。もう文句を言う人さえいなくなっていたとしたら寂しい話である。

そしてまた一昨日(2月1日)には、日本郵便がゆうパック/レターパックの速達さえ4月から遅くなると告知している。実店舗の書店が着実に減っている上、追い打ちを掛けるように2024年問題とやらで、あらゆる荷物の輸送が遅くなるようでは、通販であろうとなかろうと本を買う人が今以上にいなくなってゆく悪循環は、もはやどうやっても避けられまい。

 

 

 

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2024年2月1日木曜日

『黒い太陽の秘密』岡田鯱彦

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東光出版社  少年少女最新探偵長篇小説集3
1958年7月発売



★★★★★    原子力スーパーテレビジョンの
                秘密を狙う犯人は誰か?




本書を手に取ると、東光出版社によるこのジュヴナイル・ミステリ・シリーズのタイトルは、
カバーの背が「少年少女最新探偵小説集」、
カバー表紙だと「少年少女最新探偵長篇小説集」、
本体の巻末広告では「少年少女・読物 新選探偵小説集」といった具合に一定しておらず、
当初の予定ではラインナップに大河内常平『影なき拳銃』が入っていたことがわかる。
結局、大河内の巻は発売されなかった。

 

 

 

先日渡辺啓助のジュヴナイル集『黒い獣』(☜)を取り上げた際、茨城県東海村の原子力研究所を描いた短篇「姿なき訪問者」に注目したけれど、期せずして岡田鯱彦も(こちらは原子力スーパーテレビジョンといって荒唐無稽な発明ではあるが)〝原子力〟という言葉を子供達に意識させるような長篇「黒い太陽の秘密」を書いており、「姿なき訪問者」と同じ昭和32年、中学生向け雑誌に連載していた。





さすがに核の危うさを前面に打ち出している訳ではないものの、ジュヴナイル・ミステリの楽しさを踏まえた内容に仕上がっているのが良い。〝黒い悪魔〟を名乗る怪人物は新発明のパテントを狙って丘博士の二人の愛娘を誘拐、設計図を引き渡すよう脅迫する。丘博士の周りには原子力スーパーテレビジョンの秘密を知りたがっている友人の大山博士もいたりして、一筋縄ではいかない。

〝黒い悪魔〟を向こうに回して戦う中学生・谷川俊彦/阿部まり子、そして彼らをサポートする探偵役は尾形幸彦!彼は大人ものばかりかジュヴナイルにまで起用されているのだ。

 
 

 

この長篇、まず巻頭にて登場人物がズラリ紹介され、「この中に、犯人がいます」の一文あり。218ページでは改めて作者・岡田鯱彦から、「じぶんで犯人○○○○をあててみてください」と読者への挑戦が投げ掛けられている。作中での人間消失トリックも正攻法な謎の解明にページが割かれているのには好感が持てた。

 

 

 

(銀) まさに本作はテレビ時代の到来を象徴しているのかもしれない。岡田鯱彦ジュヴナイルだと、本作以外にも長篇があるのかどうか私は知らない。存在が判明している彼のジュヴナイル短篇にも、レギュラー・キャラクター尾形幸彦は登場しているのだろうか?

なにはともあれ「黒い太陽の秘密」に尾形幸彦が使われているのは、鯱彦がこの作品に力を入れて書いた証左のような気がする。

 

 

 

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2024年1月29日月曜日

『裏切りの塔』G・K・チェスタトン/南條竹則(訳)

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創元推理文庫 名作ミステリ新訳プロジェクト
2021年5月発売



★★★★   満点にしてもよかった位の創意




古典海外ミステリの新訳が出ると、旧訳と比べてどのぐらいその作品が読み易くなったのかは、やっぱり気になる。わざわざ言うまでもなく、チェスタトンの言い回しが偏屈なのは誰もが知るところ。本書に収められた「高慢の樹」は戦前に小酒井不木が「孔雀の樹」のタイトルで翻訳しているので、参考がてら見比べてもらおう。サンプルにしたのはオープニングの数行。

 

 

本書「高慢の樹」11ページ/南條竹則(訳)

大地主ヴェインはイギリスの教育を受け、アイルランドの血統を引く初老の少年だった。
立派な寄宿学校で受けたイギリスの教育は彼の知性を完全に、
そして恒久的に少年時代のまま保存していた。
しかし、アイルランドの血統は無意識のうちに彼の中の老少年らしい謹厳さをくつがえし、
時として腕白少年の明るい人生観を返すのだった。

 

 

『小酒井不木全集第四巻』「孔雀の樹」489ページ/小酒井不木(訳)

殿様ヴェーンは萬年坊ちやんである。アイルランド人の血を受け、
イングランドの某高等學校を出たのであるが、その學校生活の御蔭で萬年坊ちやんとなり、
それをアイルランドの血が(しんねう、とルビあり)かけて居るために、
その坊ちやん振りは、まさに堂々たるいたづら坊ちやんである。

 注/下線部の〝之繞(しんにゅう)を掛ける〟とは、「一層おおげさにする」の意味


 

いかがだろう。新訳のほうがムツカシイ?
まあそう言わずに最後までトライしてみて頂きたい。初めて「高慢の樹」(=「孔雀の樹」)に接し、冒頭からいきなり〝初老の少年〟って何?と思われる方もいらっしゃるかもしれないので昔の小酒井不木訳と並べてみた。

 

 

 

本書の解説を担当している垂野創一郎は、その小酒井不木をはじめ国枝史郎/中島河太郎/小栗虫太郎/夢野久作を引き合いに出し、私のような人間には実に好ましい内容になっているので、彼の解説に沿って、この記事も進めていきたいと思う。

 

 

 

上記にて二種の翻訳文を見てもらった「高慢の樹」。人喰い人種のように孔雀を食い尽くした伝説を持つアフリカ産の怪樹が鍵となるこの物語は、国枝史郎が大変感激したというだけあって、小酒井博士よりも国枝の創作世界のほうに共通項があるかもしれない。できれば髷物小説ではない設定で、国枝もこんな感じの奇妙な作品を書いてくれてたら、もっと私も楽しめたのだけど。それはともかく、ブラウン神父シリーズしかチェスタトンの小説を読んだことが無い方は、こういうものもあるのでよかったら一度読んでみてもらいたい。

 

 

 

さて私個人は、怪談テイストから離れて、より謎解きを楽しめるここからの三作が好み。「煙の庭」の殺人方法はヨーロッパらしい品のある(?)ものだし、「剣の五」はフランス人ポール・フォランとイギリス人ハリー・マンク、この二青年が偶然決闘の場に出くわす話。敗れた男の死に疑問を抱いたフォランは、決闘の勝者側/敗者側どちらにも感情的に偏ることなく隠れた謎を突き止める。

 

 

 

表題作「裏切りの塔」。これは作中の地理関係が掴みづらいかもしれないというので、垂野創一郎が解説ページにて手書きのイラストを描いてくれている。垂野も言及するように、フィクションとはいえ本作における〝或る行為〟は本当に可能なのか私も気になった。ハッキリ書く訳にはいかないけれど、例えばゴルゴ13がいくらデイブ・マッカートニー(「ゴルゴ13」の数少ないセミ・レギュラー/Gが最も信頼を寄せる職人)に依頼したところで、この✕✕は素材的に無理なんじゃないかな。横道に逸れてしまったが、大時代的な話そのものはvery good

 

 

 

【名作ミステリ新訳プロジェクト】とはいえ、最後の戯曲「魔術」だけは日本語に訳されるのが初だそうなので、これはおまけ的な扱い。垂野創一郎はこの戯曲を「ブラウン神父譚の愛読者には必読」と言い、その理由を示しているが、「高慢の樹」「煙の庭」「剣の五」「裏切りの塔」ほどの深みは感じられなかった。またいつかブラウン神父シリーズを最初から最後まで再読する機会もあるだろうから、そのあとで、もう一回読み返してみたい。

 

 

 

 

(銀) 南條竹則/チェスタトンといえば、私はちくま文庫での新訳ブラウン神父シリーズを楽しみにしていたのに、「無心」「知恵」で止まってしまい、「懐疑」「秘密」「醜聞」は出ずに終わってしまって遺憾だった。

 

 

ちくま文庫と南條竹則がやらないなら、平山雄一が作品社から刊行しているあのスタイルで、(思考機械やマーチン・ヒューイットのように)当時の挿絵をもれなく収録したブラウン神父シリーズ完全版が読めるようになるのも理想的だったのだけど、昔から創元推理文庫が『童心』『知恵』『不信』『秘密』『醜聞』を定番商品にしている以上、その辺が障害になるのかな。


 

 


2024年1月26日金曜日

『伊賀一筆FMと乱歩誕生』中相作

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名張人外境
2024年1月発売



★★★★★   賽の河原の如き名張でひとり戦う中相作





 本日の記事左上にある書影の内訳から説明しておくと、
右側が令和2年から令和5年にかけて十六冊発行されたフリーマガジン『伊賀一筆FM』、
左側は『伊賀一筆FM』既刊十六冊プラス単体では発行されなかった第十七号「仰天終刊号」を合本、そこに令和四年名張市にて開催された創作劇『乱歩誕生』シナリオを併録した出来たてホヤホヤのブランニュー・アイテム『伊賀一筆FMと乱歩誕生』
郷土史家/編集者/漫才作者、そして江戸川乱歩研究家として名高い中相作の個人誌だ。
(乱歩ファンには名高いが、氏の住んでいる三重県では名高くないかも。残念ながら三重の人は乱歩にそれほど関心が無いようなので。)

 

 

 

名張人外境主人・中相作に欠かせぬ表現のスタイルとして〝笑い〟と〝漫才〟がある。
何故〝漫才〟なのか?若き日の氏は上方漫才の父・秋田實の門下生だったのだ。
(ご本人は秋田先生晩年の短い時期にちょっとだけ、と謙遜しておられるが)
初めて中相作を知る読者のために、ここで氏が江戸川乱歩と名張に拘り続けるその理由を(ごく簡単に、だが)述べておくのも無駄ではないだろう。本当なら一から十までじっくり説明しなくちゃ中氏に「たったそんだけかい!」とツッコまれそうだけど、きょうびの人間はSNSに脳汚染されてしまい、ちょっとでも文章が長くなると拒否反応を起こすので、最低限の基礎知識のみ語らせてもらう。

 

 

 

 時は大正。まだ只の一青年・平井太郎に過ぎなかった江戸川乱歩は同郷のよしみもあって、伊賀にその人ありと知られた政治家・川崎克より一方ならぬ温情を受ける。乱歩は終生その事を感謝し、川崎克を恩人と呼んで敬った。やがてそののち川崎克の息子・川崎秀二が政治家として克の後継者になる訳だが、乱歩を生み中相作を生んだ名張という〝まち〟は昭和29年の町村合併で名張市になったのもあってか、ずっと図書館の無い状況が続いていた。それでも乱歩が身罷った昭和40年代に入ると「やはり図書館は必要なのでは?」という市民の声が強まり、昭和44年に名張市立図書館が開設される。中相作はというと、まだ16歳の学生。

 

 

 

時をほぼ同じくして、ちょうど没後最初の江戸川乱歩全集が講談社にて企画される。社会派ミステリなどというクソつまらんものに靡いていた大衆もようやく目が覚めたのか、乱歩だけでなく戦前日本の探偵小説に回帰する気運が高まりつつあった。そんな中、第一次講談社版乱歩全集の月報(第一回配本分!)執筆者に指名された川崎秀二は、自分にも父・川崎克にもゆかりの深い乱歩をリスペクトし「郷土名張に江戸川乱歩文庫を作って顕彰しようではないか」と提言。そうなると名張市立図書館も知らぬ存ぜぬでいられる筈がなく、乱歩の旧い著書をせっせと古書で買い集め始める。

 

 

 

ところがところが。かの名張市に巣食う役人達はどんな風に系統立てて乱歩資料を集め、どのようにそれを活かせばいいか、1ミリたりとも理解できていなかった。ここで更に、時は平成7年へ飛ぶ。いよいよ中相作が名張市立図書館乱歩資料担当嘱託となり、有能なる氏が『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』『江戸川乱歩著書年譜』を一気に制作せしめ、「今後このように名張市立図書館は資料を集め、情報提供していけばいいのですよ」と一定の方向性を打ち出した事は、いまさら説明の必要もあるまい。それにも関わらず、のんべんだらりとしているのがモットーの名張市は中氏の言う事に耳を貸さず、最初から資金不足なのに筋違いな案件にはカネを浪費したり、川崎秀二の提言はどこへやら、乱歩に対する真の顕彰などこれっぽっちも示さぬまま今日に至っている始末。
 

いま我々が名張の地にて乱歩へのささやかな愛情の発露を見つけたとしても、それは全て中相作がたったひとりコツコツコツコツ賽の河原に種蒔きし、それに共鳴したごくごく僅かな人達の手になるものであって、決して名張市や三重県がコミュニティ単位で成しえた産物だと誤解してはイケマセンヨ。

 

 

 

 思い返してみると、これまで名張には珍妙な事件が幾度となく発生してきた。
(なんだか松本清張『日本の黒い霧』みたいになってきたな)
慶應OBが善意で名張市立図書館へ寄贈したミステリ図書の死蔵問題・・・
細川邸エジプト化問題・・・
webサイト『名張人外境』BBSにて中氏にイチャモンをつけてきたアホは(訳のわからない中国人とか)何人かいたけれど、その中でも特に滑稽だった〝怪人19面相〟・・・
あげくの果てに、名張の役人が中氏に向けて発したセリフが「現段階では乱歩に関して外部の人間の話を聴く考えはない」だからね。きっと彼らの脳みその構造は、こういうの(☜)とかこういうの(☜)と同じなのかもしれない。この種の手合いには、氏の日本語をあやつる見事なテクニックなど全く楽しめないだろうな。

 

乱歩そして名張を愛し、義に厚い中氏が二十年以上乱歩関連の情報を無償提供するだけでなく、名張や三重の自治体に問題提起し続けているのはこういった背景があるからなのだ。

 

 

 

♚ 『伊賀一筆FM』に目を向けてみれば、名張や三重を中心とした地方自治、乱歩/ミステリ関連の話題だけでなく芸能から政治まで、この四年間の世相が秋田實直伝のしゃべくり漫才芸によって鮮やかにぶった斬られている(?)。こういう笑いのネタは第三者があれこれ説明してしまってはちっとも面白くないので是非本誌を読んで頂きたいが、中でも〝伊賀市がさっぽろ雪まつりに松尾芭蕉の雪像を設置してもらって、あわよくば伊賀が芭蕉の生誕地であることをPRしようとする案〟をおちょくるくだりで、脱線して昭和の歌謡曲ネタ連発、私なんかリアルタイム世代でも何でもない布施明「霧の摩周湖」のフレーズに、なぜだか大ウケしてしまった。

 

 

 

 

(銀) 「乱歩じまい」を宣言した中相作。本誌でも最終ページにて「いろいろお世話になりました。ただただお礼を申しあげます。 おしまい」と締め括っている。私からも「長いお勤め、ご苦労様でした」、ではなくて「長い間、多くの事を教えて頂いて本当に有難うございます。」と感謝の言葉を伝えたい。

 

 

そうは言うものの『名張人外境』はまだ完全にクローズされた訳ではない。例えば、本誌の中で話題に挙がっている『岩田準一日記』という未刊本がある。これ実は『子不語の夢』の版元・皓星社が00年代前半に出す予定だったそうなのだが、皓星社が放置プレイ状態にしたまま時間だけが過ぎてゆき、今はもう2024年でっせ。

 

 

私の大いなる勘違いかもしれないけれど、諸問題さえクリアできれば、岩田準一研究に携わっている森永香代(過去の記事でお名前を〝佳代〟と誤表記してしまい、深くお詫び申し上げます)及び小松史生子チームの援軍となって中氏が『岩田準一日記』の刊行に一枚噛んでくれるんじゃないかと秘かにニラんでいる。そしてその場合、新しい版元は藍峯舎へ移るのではないか?私は『岩田準一日記』を早く読みたい。出す気が無いのなら、絶対妨害すんなよ皓星社。 

 

 

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2024年1月22日月曜日

合作探偵小説コレクション⑤『覆面の佳人/吉祥天女の像』

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春陽堂書店  日下三蔵(編)
2023年12月発売



★★     鬼っ子




この巻は結果的に、横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説が並ぶ構成になった。

 

「吉祥天女の像」 甲賀三郎 → 牧逸馬 → 横溝正史 → 高田義一郎 → 岡田三郎 → 小酒井不木

昭和2年発表。作品名にもなっているアイコン〝吉祥天女の像〟が第一話から早速ストーリーの中に放り込まれ、その像にはどうも人に害を与えそうな何かが備わっているらしい。一話ごとに担当する作家がそのまま実名で登場してくるので、各人のキャラがどれぐらい投影されているのか気に留めながら読むと楽しい。

 

〝吉祥天女の像〟の秘密には甲賀十八番の理化学トリックが隠されているのかな?と期待させてもくれるし、登場人物としての〝甲賀三郎〟が電車の中で気になった令嬢を尾行してゆく導入部からして掴みは悪くないのだけど、そこはそれリレー小説だから全体がガタピシしてしまって、こういう企画になるとアンカーを押し付けられがちな小酒井不木はクロージングに四苦八苦。

 

第一話の甲賀篇で彼らしい滑り出しを見せてくれるぶん、「江川蘭子」「畸形の天女」を全て江戸川乱歩の筆で読みたかったように、これも連作ではなく甲賀三郎単独作品として書いてほしかった、とも一寸思った。

  

 

 

「越中島運転手殺し」 大下宇陀児 → 横溝正史 → 甲賀三郎 → 濱尾四郎

昭和6年発表。本作の二年前、雑誌『朝日』昭和410月号に濱尾四郎の「富士妙子の死」という陪審小説が掲載されている。これは当時の日常に起こりそうな一つの事件を濱尾がお題として提示し、それを読んだ読者はどのような判決を下すのか、編集部が誌上陪審を募集する企画であった。

 

「越中島運転手殺し」の掲載は女性誌『婦人サロン』。こちらは実際の事件を叩き台にした企画なので、「富士妙子の死」の読者陪審募集とは少し異なり、タクシー運転手殺人事件を編集部がお題として提示。読者ではなく大下宇陀児/横溝正史/甲賀三郎がこの事件に関わる三名の男性の行動をアダプトして描写、締めを受け持つのは検事でもあった濱尾四郎。犯罪実話ものの趣きなのでリレー小説のようなデコボコは無い代わりに、それぞれの個性の見せ場も少ない。





対談「探偵作家はアマノジャク・・・探偵小説50年を語る」
山田風太郎/高木彬光/横溝正/横溝孝子

昭和52年発表。本書の中で、私は一番面白かった。
なぜ探偵作家の座談・鼎談・対談ばかりを集めた本を、誰も作らないのだろう?

 

 

 

〈六大都市小説集〉

東京「手紙」(国枝史郎)/大阪「角男」(江戸川乱歩)/京都「都おどりの夜」(渡辺均)/横浜「異人屋往来」(長谷川伸)/名古屋「ういろう」(小酒井不木)/神戸「劉夫人の腕環」(横溝正史)

昭和3年発表。
「手紙」「角男」「劉夫人の腕環」以外のものを読めるのが今回のセールス・ポイント。
「角男」が横溝正史による代作である内情以外、特記すべき事は無い。 

 

「一九三二年」北村小松 → 佐左木俊郎 → 中村正常 → 岩藤雪夫 → 舟橋聖一 → 平林たい子 → 水谷準 → 横溝正史 → ささきふさ → 里村欣三 → 尾崎士郎

昭和7年発表。戦前に発売されていた日記本の中の読み物。
参加しているのは殆ど非探偵作家だし、
一作家あたりの(本書における)分量は1+1/4ページ。
こちらも軽めの紹介で十分だと思う。

 

 

 

 

横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説を集めた単行本は一向に出される気運が無かったので、今回まとめて読めるようになったのは良い事だが、タイミングとしてはやや遅きに失した感がある。さて、最後に残った問題だらけの新聞小説「覆面の佳人」(江戸川乱歩/横溝正史、この長篇については前々回/前回の記事を費やしたから、そこで書けなかった事のみ触れておく。

 

 『覆面の佳人-或は「女妖」-』江戸川乱歩/横溝正史

もともと駄作ではあったが、この酷評は春陽文庫の校訂・校正方針に対してのもの  (☜)


「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?① (☜)

「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?② 

 


上記のリンクを張っている記事①②では、本書『覆面の佳人/吉祥天女の像』に収録されている「覆面の佳人」のテキスト(Ⓐ)に対して、このBlogにて二年前に行った【春陽文庫版『覆面の佳人ー或は「女妖」ー』、及びその異題同一作品である『九州日報』連載「女妖」との対比に基づく明らかなテキスト異同一覧(Ⓑ)】とのチェックを再度敢行した。

そこで『九州日報』のテキストと一致しない箇所を拾い出したものの、
せっかく春陽文庫版の時には正しく表記されていながら、
本書(Ⓐ)でまた新たに、間違えて校訂・校正されている箇所が発生。
もうこれまでのようにズラズラ書き並べるのはしんどいので、
一例を挙げるとすればコチラ(☟)。

 
本書(Ⓐ)20

このシーンでは蛭田紫影検事と予審判事が一緒に登場しているのだが、〝蛭田検事〟と表記すべきところを〝蛭田判事〟にしてしまっている誤りが数ヶ所あり。

 

 

 

思えば本書は、日下三蔵の都合によって編集から発売までスケジュールが遅延してしまったそうなので、校正担当者:浜田知明と佐藤健太は春陽堂の編集部からタイトな日程を組まれてせっつかれ、十分にテキストを確認する時間をかなり削られてしまったのかもしれない。であれば上段のようなミスが起きるのは気の毒というか同情したくもなる。

 

 

日下三蔵は評論家を名乗りながら評論というものが一切書けない男ゆえ、今回の「覆面の佳人」も岡戸武平/山前譲/浜田知明らが過去に記した推論以上のネタを掴むための調査はしてないだろうし、横溝正史執筆の背景だけでなく内容に至るまで、この長篇がどれだけ混乱を来しているか等、【編者解説】欄で言及することはまず無かろうなと予想してはいたが、現在判明済みの「覆面の佳人」を掲載した新聞のうち『満洲日報』を抜かしてしまっているのは、書誌データにのみ執着する日下にしては手落ちじゃないか。 

 

 

江戸川乱歩サイドと横溝正史サイド、その両方から継子扱いされてきた「覆面の佳人」(=「女妖」)。何度も言うけどストーリーは支離滅裂だし、その成り立ちがどういうものだったかさえハッキリしない鬼っ子のような作品である。今回二度目の単行本になったが、どうやっても本作はこのような煮え切らない復刊になる運命を背負っているのかもしれない。それだけにプロフェッショナルの仕事人/中相作や『新青年』研究会のベテラン・メンバーがファイナル・アンサー~本作の最終形と呼べそうな本を作るべく正面から取り組んでくれればなあと思うが、如何ともしがたいこの作品内容では所詮夢物語かな。

 

 

 

 

(銀) 【合作探偵小説コレクション】の真のヤマ場は、これ以降の第68巻。
果してどうなることやら。
 
 

 

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