2024年2月7日水曜日

『完本/八犬伝の世界』高田衛

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ちくま学芸文庫
2005年11月発売



★★★★   昨年鬼籍に入った著者の八犬伝研究・集大成




「南総里見八犬伝」研究書籍のキング・オブ・キングス。著者の高田衛は、大政奉還が行われ明治の世になってから六十三年後の昭和5年に誕生、日本近世文学研究者として活動を続けてきた。現在このBlogで未だに記事が完結していない『近世説美少年録』~『新局玉石童子訓』(☜)の巻を含む国書刊行会版「叢書江戸文庫」でも、責任編集のひとりとしてクレジットされている。令和5年夏、逝去。享年93

 

 

 

曲亭馬琴のあの大作が「近代が失った稀有に面白いロマン」であることを知らしめるべく、昭和55年に中公新書より『八犬伝の世界』は刊行された。馬琴や八犬伝の研究書も今では多種多様に出回っているけれど、当時まだ未開のフィールドだったところへこんな良書が現れたのだから、世間が放っておく筈がなく、大きな反響を得て再版を重ねる。それ以後馬琴研究も相当の進展を見せ、『八犬伝の世界』を決定版へと練り直す必要性を感じた高田は売れていた中公新書を自ら絶版にし、大幅に加筆増補を行った本書『完本/八犬伝の世界』を平成17年に上梓。

 

 

 

著者のアピールする、【中公新書の旧版】と【完本を謳ったちくま学芸文庫版】の大きな違いは二つ。第一に、旧版は決して専門家だけを対象とするのでなく、学生なども含む広い読者層に向けて書いたつもりだったのだが、それにしては難しい表現になっていたため、もう少し解り易い形にするべく改訂・補訂したそうだ。


第二に、旧版では掘り下げられていなかった八犬伝後半部分に関する考察を加えた事。アナタが今ご覧になられている画面の最下段にあるリンク先の各記事にて私も何度か申しているように、物語前半に登場してくる七犬士たちのエピソードに比べれば、後半の殆どを占める犬江親兵衛の話が読み手を夢中にさせる強い吸引力に欠けているのは否めない。


では八犬伝の後半部分は、単なる惰性で書かれた(盲腸のように、あってもなくてもいい)ものなのか?そのあたりについて新しく書き下ろされた見解を本書(ちくま学芸文庫版)第六章以降でガッツリ読む事ができるし、近年の八犬伝研究においても、このテーマへ比重が移っている事を著者は教えてくれる。

 

 

 

中公新書版とちくま学芸文庫版、
どちらも未読の方のために目次章題を書き出しておく。

 

 中公新書版 目次 

序章    一葉の口絵から

第二章     伏姫曼荼羅

(Ⅰ 玉梓悪霊譚/Ⅱ 犬祖神話と『水滸伝』/Ⅲ 八字文殊曼荼羅)

第三章     唐獅子牡丹の系譜

(Ⅰ 八犬士、その虚構の条件/Ⅱ 輪廻転生と「神体示現」の世界/
 Ⅲ 鬼話怪談の迷宮/Ⅳ 「郷士」の視点)

終章    星の秘儀空間

 

 
 本書(ちくま学芸文庫版) 目次 

謎とき『八犬伝』口上

第一章          伏姫曼荼羅

第二章          八大童子の幻影

第三章          唐獅子牡丹の系譜

第四章          漂白の七人

第五章          悪女と怪物

第六章          母子神の物語 -『八犬伝』第三部

第七章          曲亭馬琴 最後の戦い

第八章          星の秘儀空間

回外冗筆 -「あとがき」を兼ねて

 

 

 

旧版の『八犬伝の世界』を初めて読んだ時、高田衛が言うほど難解で取っ付きにくい印象は受けなかった代わりに、ちくま学芸文庫版のほうでもそこまで噛み砕いた言葉の選択をしている訳ではないから、初心者のガイド本と見做すにはハードルが高く、岩波書店版か新潮社版で文語体の「南総里見八犬伝」を最低でも一度は通読していないと、本書の真価は伝わらないだろう。

 

 

 

現在は後発のちくま文芸文庫版も流通が無くなってしまっている。中公新書版はかなり増刷したから古書も安価だし見つけやすいけれど、ちくま文庫の場合は、新刊として一旦市場から姿を消してしまったあと増刷されないものは古書で見つけるのが手間だし、古書価も定価以上になる例さえあるから困りもの。名著ゆえ、ちくまが再発するか、版元を変えてでも復刊されればいいのだが。

 

 

 

 

(銀) 日本近世文学の分野で研究の対象が重なっているためか、『八犬伝の世界』を高田衛が発表した際に激しく異論を唱え、高田の論敵となったのが徳田武(彼は高田衛より年齢は十四歳若い)。徳田が関わった八犬伝関連書籍のうち、『南総里見八犬伝 全注釈』(勉誠出版)という超マニアックなものがある。

 

 

これ全十八巻の予定でスタートしたそうなのだが、伏姫八房篇までしかフォローされていない第一巻が平成29年に出たっきり何の音沙汰も無く、今日の記事を書くため徳田武のブログを読んでいたら、昨年11月のエントリにこんなコメントが記されていた。大変残念なニュースだけど引用させてもらう。


〝徳田武の「『南総里見八犬伝』第二輯注釈」は、二〇一七年八月二十五日に勉誠出版から『南総里見八犬伝』全註釈』第一巻が刊行され、第一回から第十回までの註釈を収めた。その後、第二十回までの註釈も作製し、大分前にゲラまでも出たのであったが、豪気な出版者であった池嶋洋次社長が退職されて以後は、出版される見込みが無くなった。『八犬伝』の詳しい註釈は、他に在るのを聞かないから、これの刊行を待っている方もおられると思う。その発表は、筆者の責務である。そこで、本書を借りて、その註釈のみを発表する事にしたのである。本文を付けられないのは残念であるが、当今のような出版事情では致し方が無い。〟



上記に引用した文中にて言及されている〝本書〟とは、学術雑誌『江戸風雅』のバックナンバーを意味する。やっぱりそうだったのか・・・・徳田が病や怪我で執筆作業が思うように出来ないというのならともかく、勉誠出版・現社長の意向って・・・。

 

 

 

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