「南総里見八犬伝」研究書籍のキング・オブ・キングス。著者の高田衛は、大政奉還が行われ明治の世になってから六十三年後の昭和5年に誕生、日本近世文学研究者として活動を続けてきた。現在このBlogで未だに記事が完結していない『近世説美少年録』~『新局玉石童子訓』(☜)の巻を含む国書刊行会版「叢書江戸文庫」でも、責任編集のひとりとしてクレジットされている。令和5年夏、逝去。享年93。
曲亭馬琴のあの大作が「近代が失った稀有に面白いロマン」であることを知らしめるべく、昭和55年に中公新書より『八犬伝の世界』は刊行された。馬琴や八犬伝の研究書も今では多種多様に出回っているけれど、当時まだ未開のフィールドだったところへこんな良書が現れたのだから、世間が放っておく筈がなく、大きな反響を得て再版を重ねる。それ以後馬琴研究も相当の進展を見せ、『八犬伝の世界』を決定版へと練り直す必要性を感じた高田は売れていた中公新書を自ら絶版にし、大幅に加筆増補を行った本書『完本/八犬伝の世界』を平成17年に上梓。
◆ 中公新書版 目次 ◆
序章 一葉の口絵から
第二章 伏姫曼荼羅
(Ⅰ 玉梓悪霊譚/Ⅱ 犬祖神話と『水滸伝』/Ⅲ 八字文殊曼荼羅)
第三章 唐獅子牡丹の系譜
終章 星の秘儀空間
謎とき『八犬伝』口上
第一章
伏姫曼荼羅
第二章
八大童子の幻影
第三章
唐獅子牡丹の系譜
第四章
漂白の七人
第五章
悪女と怪物
第六章
母子神の物語 -『八犬伝』第三部
第七章
曲亭馬琴 最後の戦い
第八章
星の秘儀空間
回外冗筆 -「あとがき」を兼ねて
旧版の『八犬伝の世界』を初めて読んだ時、高田衛が言うほど難解で取っ付きにくい印象は受けなかった代わりに、ちくま学芸文庫版のほうでもそこまで噛み砕いた言葉の選択をしている訳ではないから、初心者のガイド本と見做すにはハードルが高く、岩波書店版か新潮社版で文語体の「南総里見八犬伝」を最低でも一度は通読していないと、本書の真価は伝わらないだろう。
現在は後発のちくま文芸文庫版も流通が無くなってしまっている。中公新書版はかなり増刷したから古書も安価だし見つけやすいけれど、ちくま文庫の場合は、新刊として一旦市場から姿を消してしまったあと増刷されないものは古書で見つけるのが手間だし、古書価も定価以上になる例さえあるから困りもの。名著ゆえ、ちくまが再発するか、版元を変えてでも復刊されればいいのだが。
(銀) 日本近世文学の分野で研究の対象が重なっているためか、『八犬伝の世界』を高田衛が発表した際に激しく異論を唱え、高田の論敵となったのが徳田武(彼は高田衛より年齢は十四歳若い)。徳田が関わった八犬伝関連書籍のうち、『南総里見八犬伝 全注釈』(勉誠出版)という超マニアックなものがある。