この巻は結果的に、横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説が並ぶ構成になった。
「吉祥天女の像」 甲賀三郎 → 牧逸馬 → 横溝正史 → 高田義一郎 → 岡田三郎 → 小酒井不木
昭和2年発表。作品名にもなっているアイコン〝吉祥天女の像〟が第一話から早速ストーリーの中に放り込まれ、その像にはどうも人に害を与えそうな何かが備わっているらしい。
〝吉祥天女の像〟の秘密には甲賀十八番の理化学トリックが隠されているのかな?と期待させてもくれるし、登場人物としての〝甲賀三郎〟が電車の中で気になった令嬢を尾行してゆく導入部からして掴みは悪くないのだけど、そこはそれリレー小説だから全体がガタピシしてしまって、こういう企画になるとアンカーを押し付けられがちな小酒井不木はクロージングに四苦八苦。
第一話の甲賀篇で彼らしい滑り出しを見せてくれるぶん、「江川蘭子」「畸形の天女」を全て江戸川乱歩の筆で読みたかったように、これも連作ではなく甲賀三郎単独作品として書いてほしかった、とも一寸思った。
「越中島運転手殺し」 大下宇陀児 → 横溝正史 → 甲賀三郎 → 濱尾四郎
昭和6年発表。本作の二年前、雑誌『朝日』昭和4年10月号に濱尾四郎の「富士妙子の死」という陪審小説が掲載されている。これは当時の日常に起こりそうな一つの事件を濱尾がお題として提示し、それを読んだ読者はどのような判決を下すのか、編集部が誌上陪審を募集する企画であった。
〈六大都市小説集〉
東京「手紙」(国枝史郎)/大阪「角男」(江戸川乱歩)/京都「都おどりの夜」(渡辺均)/横浜「異人屋往来」(長谷川伸)/名古屋「ういろう」(小酒井不木)/神戸「劉夫人の腕環」(横溝正史)
「一九三二年」北村小松 → 佐左木俊郎 → 中村正常 → 岩藤雪夫 → 舟橋聖一 → 平林たい子 → 水谷準 → 横溝正史 → ささきふさ → 里村欣三 → 尾崎士郎
「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?① (☜)
「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?② (☜)
思えば本書は、日下三蔵の都合によって編集から発売までスケジュールが遅延してしまったそうなので、校正担当者:浜田知明と佐藤健太は春陽堂の編集部からタイトな日程を組まれてせっつかれ、十分にテキストを確認する時間をかなり削られてしまったのかもしれない。であれば上段のようなミスが起きるのは気の毒というか同情したくもなる。
日下三蔵は評論家を名乗りながら評論というものが一切書けない男ゆえ、今回の「覆面の佳人」も岡戸武平/山前譲/浜田知明らが過去に記した推論以上のネタを掴むための調査はしてないだろうし、横溝正史執筆の背景だけでなく内容に至るまで、この長篇がどれだけ混乱を来しているか等、【編者解説】欄で言及することはまず無かろうなと予想してはいたが、現在判明済みの「覆面の佳人」を掲載した新聞のうち『満洲日報』を抜かしてしまっているのは、書誌データにのみ執着する日下にしては手落ちじゃないか。
江戸川乱歩サイドと横溝正史サイド、その両方から継子扱いされてきた「覆面の佳人」(=「女妖」)。何度も言うけどストーリーは支離滅裂だし、その成り立ちがどういうものだったかさえハッキリしない鬼っ子のような作品である。今回二度目の単行本になったが、どうやっても本作はこのような煮え切らない復刊になる運命を背負っているのかもしれない。それだけにプロフェッショナルの仕事人/中相作や『新青年』研究会のベテラン・メンバーがファイナル・アンサー~本作の最終形と呼べそうな本を作るべく正面から取り組んでくれればなあと思うが、如何ともしがたいこの作品内容では所詮夢物語かな。