2024年1月22日月曜日

合作探偵小説コレクション⑤『覆面の佳人/吉祥天女の像』

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春陽堂書店  日下三蔵(編)
2023年12月発売



★★     鬼っ子




この巻は結果的に、横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説が並ぶ構成になった。

 

「吉祥天女の像」 甲賀三郎 → 牧逸馬 → 横溝正史 → 高田義一郎 → 岡田三郎 → 小酒井不木

昭和2年発表。作品名にもなっているアイコン〝吉祥天女の像〟が第一話から早速ストーリーの中に放り込まれ、その像にはどうも人に害を与えそうな何かが備わっているらしい。一話ごとに担当する作家がそのまま実名で登場してくるので、各人のキャラがどれぐらい投影されているのか気に留めながら読むと楽しい。

 

〝吉祥天女の像〟の秘密には甲賀十八番の理化学トリックが隠されているのかな?と期待させてもくれるし、登場人物としての〝甲賀三郎〟が電車の中で気になった令嬢を尾行してゆく導入部からして掴みは悪くないのだけど、そこはそれリレー小説だから全体がガタピシしてしまって、こういう企画になるとアンカーを押し付けられがちな小酒井不木はクロージングに四苦八苦。

 

第一話の甲賀篇で彼らしい滑り出しを見せてくれるぶん、「江川蘭子」「畸形の天女」を全て江戸川乱歩の筆で読みたかったように、これも連作ではなく甲賀三郎単独作品として書いてほしかった、とも一寸思った。

  

 

 

「越中島運転手殺し」 大下宇陀児 → 横溝正史 → 甲賀三郎 → 濱尾四郎

昭和6年発表。本作の二年前、雑誌『朝日』昭和410月号に濱尾四郎の「富士妙子の死」という陪審小説が掲載されている。これは当時の日常に起こりそうな一つの事件を濱尾がお題として提示し、それを読んだ読者はどのような判決を下すのか、編集部が誌上陪審を募集する企画であった。

 

「越中島運転手殺し」の掲載は女性誌『婦人サロン』。こちらは実際の事件を叩き台にした企画なので、「富士妙子の死」の読者陪審募集とは少し異なり、タクシー運転手殺人事件を編集部がお題として提示。読者ではなく大下宇陀児/横溝正史/甲賀三郎がこの事件に関わる三名の男性の行動をアダプトして描写、締めを受け持つのは検事でもあった濱尾四郎。犯罪実話ものの趣きなのでリレー小説のようなデコボコは無い代わりに、それぞれの個性の見せ場も少ない。





対談「探偵作家はアマノジャク・・・探偵小説50年を語る」
山田風太郎/高木彬光/横溝正/横溝孝子

昭和52年発表。本書の中で、私は一番面白かった。
なぜ探偵作家の座談・鼎談・対談ばかりを集めた本を、誰も作らないのだろう?

 

 

 

〈六大都市小説集〉

東京「手紙」(国枝史郎)/大阪「角男」(江戸川乱歩)/京都「都おどりの夜」(渡辺均)/横浜「異人屋往来」(長谷川伸)/名古屋「ういろう」(小酒井不木)/神戸「劉夫人の腕環」(横溝正史)

昭和3年発表。
「手紙」「角男」「劉夫人の腕環」以外のものを読めるのが今回のセールス・ポイント。
「角男」が横溝正史による代作である内情以外、特記すべき事は無い。 

 

「一九三二年」北村小松 → 佐左木俊郎 → 中村正常 → 岩藤雪夫 → 舟橋聖一 → 平林たい子 → 水谷準 → 横溝正史 → ささきふさ → 里村欣三 → 尾崎士郎

昭和7年発表。戦前に発売されていた日記本の中の読み物。
参加しているのは殆ど非探偵作家だし、
一作家あたりの(本書における)分量は1+1/4ページ。
こちらも軽めの紹介で十分だと思う。

 

 

 

 

横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説を集めた単行本は一向に出される気運が無かったので、今回まとめて読めるようになったのは良い事だが、タイミングとしてはやや遅きに失した感がある。さて、最後に残った問題だらけの新聞小説「覆面の佳人」(江戸川乱歩/横溝正史、この長篇については前々回/前回の記事を費やしたから、そこで書けなかった事のみ触れておく。

 

 『覆面の佳人-或は「女妖」-』江戸川乱歩/横溝正史

もともと駄作ではあったが、この酷評は春陽文庫の校訂・校正方針に対してのもの  (☜)


「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?① (☜)

「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?② 

 


上記のリンクを張っている記事①②では、本書『覆面の佳人/吉祥天女の像』に収録されている「覆面の佳人」のテキスト(Ⓐ)に対して、このBlogにて二年前に行った【春陽文庫版『覆面の佳人ー或は「女妖」ー』、及びその異題同一作品である『九州日報』連載「女妖」との対比に基づく明らかなテキスト異同一覧(Ⓑ)】とのチェックを再度敢行した。

そこで『九州日報』のテキストと一致しない箇所を拾い出したものの、
せっかく春陽文庫版の時には正しく表記されていながら、
本書(Ⓐ)でまた新たに、間違えて校訂・校正されている箇所が発生。
もうこれまでのようにズラズラ書き並べるのはしんどいので、
一例を挙げるとすればコチラ(☟)。

 
本書(Ⓐ)20

このシーンでは蛭田紫影検事と予審判事が一緒に登場しているのだが、〝蛭田検事〟と表記すべきところを〝蛭田判事〟にしてしまっている誤りが数ヶ所あり。

 

 

 

思えば本書は、日下三蔵の都合によって編集から発売までスケジュールが遅延してしまったそうなので、校正担当者:浜田知明と佐藤健太は春陽堂の編集部からタイトな日程を組まれてせっつかれ、十分にテキストを確認する時間をかなり削られてしまったのかもしれない。であれば上段のようなミスが起きるのは気の毒というか同情したくもなる。

 

 

日下三蔵は評論家を名乗りながら評論というものが一切書けない男ゆえ、今回の「覆面の佳人」も岡戸武平/山前譲/浜田知明らが過去に記した推論以上のネタを掴むための調査はしてないだろうし、横溝正史執筆の背景だけでなく内容に至るまで、この長篇がどれだけ混乱を来しているか等、【編者解説】欄で言及することはまず無かろうなと予想してはいたが、現在判明済みの「覆面の佳人」を掲載した新聞のうち『満洲日報』を抜かしてしまっているのは、書誌データにのみ執着する日下にしては手落ちじゃないか。 

 

 

江戸川乱歩サイドと横溝正史サイド、その両方から継子扱いされてきた「覆面の佳人」(=「女妖」)。何度も言うけどストーリーは支離滅裂だし、その成り立ちがどういうものだったかさえハッキリしない鬼っ子のような作品である。今回二度目の単行本になったが、どうやっても本作はこのような煮え切らない復刊になる運命を背負っているのかもしれない。それだけにプロフェッショナルの仕事人/中相作や『新青年』研究会のベテラン・メンバーがファイナル・アンサー~本作の最終形と呼べそうな本を作るべく正面から取り組んでくれればなあと思うが、如何ともしがたいこの作品内容では所詮夢物語かな。

 

 

 

 

(銀) 【合作探偵小説コレクション】の真のヤマ場は、これ以降の第68巻。
果してどうなることやら。
 
 

 

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