古典海外ミステリの新訳が出ると、旧訳と比べてどのぐらいその作品が読み易くなったのかは、やっぱり気になる。わざわざ言うまでもなく、チェスタトンの言い回しが偏屈なのは誰もが知るところ。本書に収められた「高慢の樹」は戦前に小酒井不木が「孔雀の樹」のタイトルで翻訳しているので、参考がてら見比べてもらおう。サンプルにしたのはオープニングの数行。
本書「高慢の樹」11ページ/南條竹則(訳)
『小酒井不木全集第四巻』「孔雀の樹」489ページ/小酒井不木(訳)
本書の解説を担当している垂野創一郎は、その小酒井不木をはじめ国枝史郎/中島河太郎/小栗虫太郎/夢野久作を引き合いに出し、私のような人間には実に好ましい内容になっているので、彼の解説に沿って、この記事も進めていきたいと思う。
上記にて二種の翻訳文を見てもらった「高慢の樹」。人喰い人種のように孔雀を食い尽くした伝説を持つアフリカ産の怪樹が鍵となるこの物語は、国枝史郎が大変感激したというだけあって、小酒井博士よりも国枝の創作世界のほうに共通項があるかもしれない。できれば髷物小説ではない設定で、国枝もこんな感じの奇妙な作品を書いてくれてたら、もっと私も楽しめたのだけど。それはともかく、ブラウン神父シリーズしかチェスタトンの小説を読んだことが無い方は、こういうものもあるのでよかったら一度読んでみてもらいたい。
さて私個人は、怪談テイストから離れて、より謎解きを楽しめるここからの三作が好み。「煙の庭」の殺人方法はヨーロッパらしい品のある(?)ものだし、「剣の五」はフランス人ポール・フォランとイギリス人ハリー・マンク、この二青年が偶然決闘の場に出くわす話。敗れた男の死に疑問を抱いたフォランは、決闘の勝者側/敗者側どちらにも感情的に偏ることなく隠れた謎を突き止める。
表題作「裏切りの塔」。これは作中の地理関係が掴みづらいかもしれないというので、垂野創一郎が解説ページにて手書きのイラストを描いてくれている。垂野も言及するように、フィクションとはいえ本作における〝或る行為〟は本当に可能なのか私も気になった。ハッキリ書く訳にはいかないけれど、例えばゴルゴ13がいくらデイブ・マッカートニー(「ゴルゴ13」の数少ないセミ・レギュラー/Gが最も信頼を寄せる職人)に依頼したところで、この✕✕は素材的に無理なんじゃないかな。横道に逸れてしまったが、大時代的な話そのものはvery good。
【名作ミステリ新訳プロジェクト】とはいえ、最後の戯曲「魔術」だけは日本語に訳されるのが初だそうなので、これはおまけ的な扱い。垂野創一郎はこの戯曲を「ブラウン神父譚の愛読者には必読」と言い、その理由を示しているが、「高慢の樹」「煙の庭」「剣の五」「裏切りの塔」ほどの深みは感じられなかった。またいつかブラウン神父シリーズを最初から最後まで再読する機会もあるだろうから、そのあとで、もう一回読み返してみたい。
(銀) 南條竹則/チェスタトンといえば、私はちくま文庫での新訳ブラウン神父シリーズを楽しみにしていたのに、「無心」「知恵」で止まってしまい、「懐疑」「秘密」「醜聞」は出ずに終わってしまって遺憾だった。
ちくま文庫と南條竹則がやらないなら、平山雄一が作品社から刊行しているあのスタイルで、(思考機械やマーチン・ヒューイットのように)当時の挿絵をもれなく収録したブラウン神父シリーズ完全版が読めるようになるのも理想的だったのだけど、昔から創元推理文庫が『童心』『知恵』『不信』『秘密』『醜聞』を定番商品にしている以上、その辺が障害になるのかな。