片や里見勢。八犬士随一の知者ゆえ軍師を任された犬阪毛野は、蟇田素藤の乱にて敵方に味方し里見に捕えられていた千代丸豊俊に「里見を恨んで管領軍に味方する」という偽りの言い分を持たせ、定正側へ送り込む作戦を取る。その間諜の助力として音音・曳手・妙真・単節ら四人の女たちも千代丸豊俊の家族と称し、危険な敵地へ潜入。
行徳へ出陣せし管領軍を率いるのは、まだ少年に過ぎない扇谷家の嫡子・五郎朝良、犬阪毛野に討たれた馬加大記の主君だった石浜城主・千葉介自胤、額蔵時代の荘介を罪人扱いにした大塚城主・大石憲重。第四巻で箙大刀自の命令により死刑にされる筈だった荘介/小文吾の命を救った稲戸津衛由充は今回の大戦では越後にいる女帝が派遣させた軍勢の将として、此の地で里見軍と対峙。恩人である稲戸由充に対し、荘介と小文吾はどう戦うのか?意外とココが本巻における一番のハイライトかも。
しかし長尾景春の手勢も加わって里見軍は苦戦。その時、政木大全孝嗣/石亀屋次団太らの援軍さらに京から戻ってきた犬江親兵衛一行も合流。(第二巻において)滸我で苦い目にあわされた信乃と現八は足利成氏/横堀在村をどのように処するのか? せっかく犬士たちに再び活躍する場が与えられ、話が盛り上がっているというのに、又しても親兵衛の描き方には鼻白んでしまう。第六巻での再登場以来、親兵衛には伏姫神女から授かった神薬が持たされ今迄にも使用されてはいたが、御都合主義にて薬が底を突くこともなく、ここでは傷ついた里見軍の味方ばかりか敵兵までもその薬で助け、挙句の果てには死者さえ蘇生させてしまうのだ。何それ?
そりゃねえ、里見義実/義成は「この戦はあくまで自衛目的だから無益な殺生はするな」とお達ししてるし、親兵衛はもとより博愛仁恕キャラに設定されてるさ。とはいえ、これは少々やり過ぎじゃないか?その上、底無しの穴に愛馬ごと落ち込んでも、過剰な霊験のおかげでデリケートな馬さえ何の負傷もせず穴から脱出しちゃうんじゃ、下総行徳戦の〝人魚の膏油〟を使った霊験に頼らない人間の知恵とは対照的でつまらん。他の七犬士と比べると伏姫(というか作者馬琴)による過保護も度が過ぎて、それが犬江親兵衛の人気を獲得できない大きな要因なんだよね。
(銀) 本巻の肝は何といっても、それぞれの犬士と彼らを苦しめてきた大物が再び相まみえるシーンじゃないかな。上記で述べたように親兵衛の設定でシラける箇所がある事、それと合戦が始まって人の出入りが激しくなるので、顔なじみじゃない小物脇役キャラが増えちゃって、まどろっこしい事。この二つが無ければ満点にしたのだが・・・。
「南総里見八犬伝」は三十年近くかかって完成した歴史があるから、そのすべてを問答するのは無理だったろうけど、せめて親兵衛篇が始まる直前(岩波版でいう第五巻)あたりまでフォローされていればなあ・・・。この『犬夷評判記』だが、単独で再発されるのはおろか『南総里見八犬伝』のボーナス・トラックとして収録された過去もない。量的にはそれほど多いものでもないし、岩波文庫あたりが読み易いテキストにして発売してくれればいいのに。