2020年9月30日水曜日

『大坪砂男全集/①立春大吉』大坪砂男

2013年2月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫  日下三蔵(編)
2013年1月発売



★★★★★  文体に好き嫌いがあるかもしれないが、
         このドラマツルギーには抗えない磁力がある



カミングアウトすると、私は小栗虫太郎のゴテゴテに装飾された文体がそこまで好きではない。澁澤龍彦が虫太郎と並んで偏愛する大坪砂男も、程度や質の違いこそあれ他の探偵作家がやらないような独特の装飾文体を特徴とする。戦後派五人男の一人であるこの男は明治37年の生まれ。横溝正史より2歳年下なので戦前デビューしていてもおかしくはなく、遅咲きなのだ。


 

 

第一巻となる本書は謎解き要素の強いものを集めた内容。読み始めた時はその過剰な言い回しに鬱陶しさを感じていた。ところが、冒頭の鑑識課・緒方三郎技師もの四篇を過ぎた頃には紙面に引き込まれている自分に気付く。



三代にわたり、未明の古井戸で頭部を砕かれて屍となる白無垢姿の女たち
「三月十三日午前二時」)

闇の崖から舞い上がる龍・鳴く骨壷・妖しき光を放ったその骨壷から現れた赤児
「大師誕生」)

未亡人となった嫂を娶った弟の前に出征で死んだ筈の兄が帰ってきた三角関係が起こす恐ろしき悲劇「涅槃雪」)



抗い難いそのドラマツルギーには、文体が気になる事さえ忘れてしまう。私の考える大坪砂男の上出来な作とは「チェスタトン流儀の謎・トリック」と「終戦直後における脂がのりきった時期の横溝正史が描く和の趣き」を融合した感じに仕上がったものだと思う。「黒死館殺人事件」のように埃及の古文書でも読むようなしんどさではなく、ひとつひとつの語彙や節回しを執拗に選び抜いた語り口だから、一度ハマれば抜け出せなくなる人もいることだろう。

 

 

今回の全集では薔薇十字社版全集(昭和47年)未収録分を大幅増補とのことだが、本書では「浴槽」「贋作楽屋噺」そして窪田般彌の旧全集書評の三点にとどまった。この点は第二巻以降に期待したい。『新青年』に掲載された抜打座談会事件で本格派作家(特に高木彬光)の怒りを買ったり探偵作家クラブ資金問題で文壇を追われたり、良家の出にもかかわらず非業の人生を送った大坪砂男。だが没後二度もこんな立派な全集を出してもらえるのだから、禍福は糾える縄の如しとはよく云ったものだ。




(銀) 2020年7月14日にこのBlogで取り上げた渡辺温『アンドロギュノスの裔』もこの大坪砂男全集も、元は薔薇十字社で出ていたものを拡大版として文庫化したもの。福永武彦にしても『完全犯罪 加田玲太郎全集』はこれまで出ていたものの文庫化だし、『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』だって前に他社の文庫で流通していた訳で。

 

 

日下三蔵が選集をプレゼンした海野十三なども一応出てはいるけれど、創元推理文庫が近年出してきた日本探偵小説の企画って、既刊本のリニューアルに頼ってばかりだったようにも見える 。東京創元社の社長が長谷川晋一だった二十年間はこんな感じが長く続いたので、新社長の渋谷健太郎にはオリジナルの企画を打ち出して攻めに出てもらいたい。




2020年9月29日火曜日

『奇蹟のボレロ』角田喜久雄

NEW !

国書刊行会 <探偵クラブ>
1994年6月発売



★★★★★   加賀美敬介捜査一課長事件簿




初期の頃の『新青年』バックナンバーを見ていると、浅草の角田喜久雄という少年の投稿を見つける事ができる。投稿の住所や投書マニアだったという過去を思えば、おそらくあれは幼き日の角田喜久雄少年によるものだったのだろう。 

 

 

警視庁捜査第一課長・加賀美敬介。ぶっきらぼうで気難しくヘビースモーカーで常に気怠そうな素振り。ハードボイルド風にも見えるがたまに人情味を見せることも。終戦直後の日本探偵小説を飾る名探偵の一人である加賀美課長の、長篇「高木家の惨劇」(別題/「銃口に笑う男」「蜘蛛を飼う男」)を除く全ての登場作品を集めたのが本書。


 

「緑亭の首吊男」

一年前に疎開準備のため旅行に出たっきりだった緑亭の主人・野田松太郎が突然帰宅する。だが彼は別人のようにやつれ果て、洒落者だったのに何故か丸坊主な姿に変わっていた。その一週間後、緑亭が定休日にて野田家の者が殆ど出払っていた状況下、松太郎の身辺に纏わり付いていた怪人物・片目の喬が頭部打撲で血まみれになって野田家の二階で死んでいる。さらにその日は外出せず家に居た松太郎も物置で懐に遺書を入れ縊死していた。

 

 

「怪奇を抱く壁」

同僚を上野駅まで迎えに行った加賀美は荷物のトランクをすり替えた現行犯に出くわす。そのすり替えを行った眼鏡の男は郵便局にてトランクの中に入っていた新聞紙包みを書留小包にして発送するが、その送り先はなんと加賀美宛てになっていた!

 

 

「霊魂の足」

長めの短篇。本格ものとして要注目。公務旅行でN県を訪れた加賀美は大滝という幸せそうな一家が営む珈琲の飲める花屋『マドモアゼル』を訪れる。その店では一ヵ月前に、戦争で両眼を失明した大滝家の二男・正春の戦友だという服部吾一が銃殺される事件が起き、めくらの正春ともう一人の戦友・石原門次郎に容疑が向けられたが決定打が無く、未解決のままだった。すると今度は第二の殺人が発生し・・・。

 

 

Yの悲劇」

私がレコードに二重溝というものがあるのを知ったのはたしかThe Blow Monkeys12インチ・シングルだったと思うが、この短篇を読むとこういうレコードは戦前からあったらしい。

 

 

「髭を描く鬼」

冒頭に「これほど異常さに富んだ事件は近頃珍らしかった」という加賀美の言があるが、そこまでインパクトの強いものではなく、もう少し多めの枚数でしっかり書き込んでいれば完成度もアップしたのではなかろうか。

 

 

「黄髪の女」

これも初出発表時に枚数を多く与えてもらいたかった、やや短めの作。上海帰りの友人の頼みに「俺の職業上の地位から、何等かの特別な便宜を期待したってそれは駄目だぞ。そんな事は俺は大嫌いなんだ!」とはねつける加賀美。日本人にしては珍しい鳶色の黄髪を持つ被害者の婦人と不幸なその娘に隠された秘密とは?

 

 

「五人の子供」

解説者の新保博久が拘っているように、短めながら出来の良いもの。他の作品もそうだが、終戦直後の荒んだ世情が加賀美敬介シリーズの魅力であり、作者・角田喜久雄は裏テーマとして「不幸のどん底に喘ぐ人々を生む結果となった戦争への怒り」を込めている。

 

 

「奇蹟のボレロ」

ヤマ場が二転三転する長篇で、第九章以降に発覚する奇術的なトリックの面白さもあるのだが、どうもストーリーを貫く芯の部分が若干ふらつき気味。だからエンディングまで読んできて、「ああ、そういうことか!」と思わず膝を打つほどの感銘が(私には)足りない。




(銀) という訳で、トリックとプロットの整合がすべて過不足無く仕上がっているとまでは言えないのだけど、角田喜久雄の滋味ある語り口に惹かれ読まされてしまう。私の母が角田の時代小説愛読者だったので彼女は春陽文庫を何冊も所有しているが、不肖私奴は角田の時代小説まではとても手が回らず、この先よっぽど自分の好みが大きく変わらない限り、そこまで漏れなく読みふけることはないだろう。

 

 

加賀美敬介の事件簿を纏めたものは意外にも今まで無かったし、「高木家の惨劇」が収録されている創元推理文庫『日本探偵小説全集〈3〉 大下宇陀児・角田 喜久雄集』と合わせて本書は必読。〈探偵クラブ〉シリーズ全15巻は日本の探偵小説が好きなら是が非でも揃えておかなければいけない書籍である。



2020年9月28日月曜日

『正木不如丘探偵小説選Ⅱ』正木不如丘

2012年12月2日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第57巻
2012年11月発売



★★        正木不如丘というセレクトは成功? 失敗?




それまでの論創ミステリ叢書でも褒める点が見つからない作家はあった。さて本巻の正木不如丘は如何に?

 

 

長篇「血の悪戯」をはじめ血液を題材にした作品が並び、随筆も含め医学用語が頻繁に出てくる印象しかなく、読後に心に残るものが少ない。意外性やどんでん返しも希薄だし登場人物のネーミングさえ平凡なので、物語の中にすんなり入っていきにくい。これではどんなに本業が医師であったとしても「探偵小説的構成からみたら脆弱で腰砕けに終わっている」「探偵小説の面白さを全然心得てない」という中島河太郎の厳しい指摘に頷くしかない。

 

 

唯一、戦後発表の抒情的な「果樹園春秋」は自然な仕上がりで良かった。強いて本巻で褒められるところといったら尖端派のモガ描写だったり、当時の風俗・思想が掴める部分だろうか。こんなに「コンドーム」という単語が飛び交う探偵小説も無いですな。「血液型は語る」だと、もう少し上手く書けていたら解題にもあるように鉄道ミステリのアンソロジーに採録されるチャンスもあったのに。「精神異常者の群」ときたら、いくらエロ・グロ・ナンセンス絶頂期とはいえ、よくこんな内容を新聞連載できたものだ。 

 

 

「血の悪戯」「千九百三十一年」「精神異常者の群」「細菌研究室(マイクの前にて)」

「殺人嫌疑者」「血液型は語る」「細菌は変異する」「生理学者の殺人」「遺骨発見」

「ペスト研究室」「原始反応」「赤血球の秘密」「果樹園春秋」 ほか、随筆七篇

 

 

ここに収録された十三篇の小説のうち、探偵小説専門誌掲載は二篇しかない。前述の中島河太郎が言うように「正木不如丘は本質的に探偵作家ではない」との評価の原因はその作風だけでなく執筆の場が探偵作家達のサークルから離れていたのもマイナスだったのではないだろうか。 

 

 

内容はどう寛大に見ても★2つが精一杯。「正木不如丘に二巻も使うのなら、他に続巻を出すべき作家はいるだろう」と正直思う。けれども彼の書いた探偵小説の全貌はどんなものか、こうして纏まってみて初めて解るというもの。酔狂な論創ミステリ叢書で出さなかったら、この先こんな本を世に出す奇特な人が現れるとはとても考えにくい。

 

 

 

(銀) Amazonへレビュー投稿した時には「探偵小説愛とプロ根性は尊重すべき」と書いて、論創社に★5つの評価をしたものだ。ちょうど論創ミステリ叢書の次回配本が一番楽しみな時期ではあったし、この頃は配本ペースも月一と快調で、現在のように校正の悪さが目立つことも無かった。この巻を満点にするなんて、我ながら脱力するぐらいの温情(?)だったな。

 

 

前にも書いたけれど(正木不如丘に関わらず)旧い戦前の活字で小説を読むと、挿絵の魅力などが加わって本来たいした出来でもない内容も、なぜか不思議と自分の脳が何割かアップして味わい深く誤認識してしまう場合があるものだ。そんな時、小説の真価を正しく把握できずに下駄を履かせて高評価していると、その作品が現行本で出されて改めて読んだ時に「ウ~ン、こんなもんだったかな・・・」と頭を抱えることになりがち。

 

 

解題では、長篇「血の悪戯」の初出は『北海タイムス』という新聞に昭和5年8月連載開始としか書いてないけれども、同作は翌昭和66月に『神戸又新日報』夕刊にて「血の笑ひ」と改題され再び掲載されている。で、私は『北海タイムス』連載分は未見だが、『神戸又新日報』連載分はあまり状態のよくないマイクロフイルムのコピーにて所有しており、そこでは竹中英太郎が素晴らしい挿絵を提供しているのだが(但し、終盤で英太郎は降板している)、英太郎の絵の力に幻惑されてしまい「血の笑ひ」(=「血の悪戯」)もついついそこそこ面白く感じてしまった経験がある。戦後初めて単行本化され、またしても『血の告白』と改題された仙花紙本を読んだ時もしかり。

 

 

そんな「血の悪戯」を本書で改めて読み返して「意外とつまらん・・・」と思わされたのは言うまでもない。こんな実例があるので、入手のし難い作家・作品を旧い雑誌や単行本で読み、その時は「イイじゃん」と思っても、それらの感想を公の場で述べる際には念の為再読してから発言しないと、赤っ恥をかく可能性もある。




 

2020年9月27日日曜日

『戦前戦後異端文学論―奇想と反骨―』谷口基

2013年5月31日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

新典社研究叢書 198
2009年5月発売



★     日本探偵小説の到達点がJホラー?



純文学に対するカウンター・カルチャーとして、怪奇幻想/ゴシック/メルヘンにまで多様な顔を持つ探偵小説というストレンジな文学。その異端性を炙り出す評論。


◆ 「孔雀屏風」「佝僂の樹」「孔雀夫人」を題材に、戦時下の処世と抵抗、また菊池寛「真珠夫人」といった一般文壇との交錯を追う横溝正史論

 

◆ 「偉大なる夢」「防空壕」から弾圧・戦争協力なる雌伏の時代を探る江戸川乱歩論

 

◆ 以下、渡辺温と映画・シナリオ、橘外男にとっての人間性=獣性、小栗蟲太郎があばく軍隊の黒い側面、角田喜久雄と戦争未亡人、山田風太郎の小説に影を落とす敗戦・・・といった内容


「奇想と反骨」とある以上、対比されるべきその時代の状況を著者が読者に解り易くフォローしなければならないが、世相や文壇の有り様は丁寧に説明されており、著者ならではの論述が縦横無尽に展開されている。

 

                                                      


とはいえ、最終章において異端文学たる日本探偵小説の行き着いた先が〝Jホラー〟だとして「角川ホラー文庫」の商業的成功を挙げるような陳腐で短絡的な考え方には全く賛同できない。18章まで「言論統制」「弾圧」についても触れてきたのに、偽善的な自粛方針でいま最も無責任に必要の無いテキスト改竄を行っている出版社が角川であるという事実は、大学のセンセイであり『新青年』研究会の一員である谷口基なら知らぬ筈が無かろう。



著者は文中で「自主規制」の悪を糾弾している訳ではなく、過去の文壇状況を淡々と解剖しているだけではあるけれども、皮肉をこめた視点の物言いも無く、角川が提供するホラーを着地点とする必要がどこにある? 谷口も所詮は70年代のブームに起因する角川商業主義を過剰に持ち上げるサブカル・オタクのひとりにすぎなかったのか。

 

                                                       


加えて最悪なのは、いくら本書が『新典社研究叢書』というお堅い文献だからといって、どうやったら12,000+税という法外な価格に設定できるのか、版元に聞いてみたいもんだ。 この叢書は多分それぞれの本が非常に販売部数が少ないからこんな事になっているのだろうが、文字メインで約470頁のハードカバー本がこの価格はクレイジーとしか言いようがない




(銀) 他人がやってないような突飛な論文を一発かまして認められたいと思うのが大学のセンセイの習性なのかもしらんけど、考えが浅い。これを読んで谷口基の発言にはシンパシーを持てなくなってしまった。『定本夢野久作全集』の解題の文中でも、そこで持ち出す必要の無い橘外男の事をねじ込んでいたし、困ったものだ。




 

2020年9月26日土曜日

『私の大好きな探偵~仁木兄妹の事件簿』仁木悦子

2009年11月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

ポプラ文庫ピュアフル
2009年11月発売

 

★★★    ファンシーなカバー・イラストが好みではない




江戸川乱歩「少年探偵団」シリーズ、モーリス・ルブラン/南洋一郎(訳)「怪盗ルパン」シリーズといった、昭和に流通していた本の復刻を目的としていた〈ポプラ文庫クラシック〉とは別のレーベル〈ポプラ文庫ピュアフル〉からのリリース。〈ポプラ文庫クラシック〉同様に語句改変はしていないのが大変結構。これが当り前なのであって、言葉狩りを普通に行っているいつものポプラ社のほうが問題なのだが。



● 登場人物紹介

●「みどりの香炉」   初出/『中学生の友 一年』 196112月号

●「黄色い花」     初出/『宝石』 19577月号

●「灰色の手袋」    初出/『宝石』 19583月号

●「赤い痕」      初出/『宝石』 1958年7月号

●「ただ一つの物語」  初出/『小説サンデー毎日』 197112月号


● [解説] 作家・仁木悦子と探偵・仁木悦子のこと    戸川安宣

●  昭和三十年代・四十年代を読み解くキーワード



書名から解るように、これは仁木雄太郎・悦子兄妹シリーズからセレクトした傑作選。冒頭の「みどりの香炉」は本書発売時には単行本初収録であった。戸川安宣がポプラ社の本とは思えぬぐらい丁寧な解説を書いており、仁木兄妹登場作・全リストのような書誌データまでも充実している。この解説が無かったらきっと私は本書を購入していなかっただろう。

 

 

仁木兄妹シリーズは怪奇さと縁のない ❛ ほのぼの ❜ 系の謎解きミステリなので、大人ものとジュブナイルを一緒に並べてもそれほど違和感は無い。だから本書のカバー絵に中村佑介を起用したのだろうが、あまりにテイストがファンシー過ぎて小説の書かれた時代と合ってないし、少なくとも私の趣味には合わなかった。こういうイラストは他のジャンルに使ってもらいたい。


 

 

(銀) この本の記事は前に一度upしていたのだが、誤って削除してしまったので再び書き起こして掲載した次第。このBlogGoogle系Bloggerというプラットフォームを使っている。他の日本製のBlogフォームを使ったことが無いのでよくわからないのだけど、Bloggerの管理画面って細かいところで変な現象がいろいろ起きて面倒。

 

 

今回の場合は、管理画面にてこの記事がどういう訳か二重になっていたから「バグか?」と思って片方を削除したのだが、そしたらBlogの公開画面からこの記事が完全に消えてしまった。どのフォームもこういうのってよくある事なんだろうか? 他にも毎日記事を書いている最中に、それまで普通に使えていた機能が使えなくなったり・・・この仁木悦子の記事は自分の操作で記事を消してしまったからまだ仕方ないけど、何もしてないのにもしも勝手に記事が消えたりしたら、やっとられんわい。




復刻版『大東京写真案内』博文館編集部(編)

NEW !

博文館新社
1990年9月発売


★★★     高森栄次編集



正確には、写真集ではなく(今どきの言葉でいうなら)タウン・ガイドとして見るべきもの  なのだろう。戦前の博文館刊行と聞けば持っておかなければ。元本の発売は1933年、といえば『新青年』の編集長を水谷準が務めていた頃。調べたらこの復刻版、2000年を過ぎても再版していたらしく第七刷の存在を確認している。                            リイシューとしても地味なロング・セラーだったようだ。

 

 

復刻版には投げ込みの付録が付いており「戦災前の風物の数々~この写真集の誕生裏話」という文章が載っている。その文章を書き、当時本書の制作を担当していたのは、戦後に最後の編集長として『新青年』の幕引きに立ち会った高森栄次、その人だったのだ。それを知って、ちょっと得した気分。

 

 

戦前に本書が世に出た時の東京市(まだ都ではない)はなんと三十五区もある。そして都会の 中心は新宿よりも東側であって、その頃は渋谷も原宿も最先端ではない。世田谷区・目黒区・ 品川区なんてまだ全然田舎扱い。航空写真をはじめ引きの画像が多いけれど皇居上空写真は  載っていない。「陛下の頭上から写真を撮るなどもってのほか」だったあの時代、      もし決行していたらどれほどの罰を喰らったことか。

 

 

〈東京案内〉なので写真にはキャプション(高森の執筆?)が付き、ランドマークな名所や神社仏閣を中心に掲載している。地図/味どころ一覧などもありベーシックな資料としては最適なのだけれども、エロ・グロ・ナンセンスの象徴のような盛り場、それとは対照的な東京の裏の顔 である貧民窟・ドヤ街なども見てみたかった。風景メインで見せているため人は殆ど写って  いないので、あの頃の賑わいみたいなものはそこまで伝わってはこない。



私が一番写真を見てみたかったのは江戸川乱歩の『怪人二十面相』に出てくる非常に印象的な、戸山ヶ原の〈大人国のかまぼこをいくつもならべたような〉陸軍実弾射撃場だったけれど、  残念ながら本書には未掲載。「孤独すぎる怪人」その他に見られる、東京市に想いを馳せた中井英夫のエッセイで触れられているような風景をズラリと並べた旧い写真のVisual Bookが欲しいのだが、「これだ!」と言えるような本には未だ出会えていない。




(銀) 高森栄次を知るにはエッセイ『想い出の作家たち―雑誌編集50年―』(博文館新社)があるが、これは古書で探す必要あり。彼は昭和10年頃、一度博文館を辞めている。森下雨村の 博文館退社時にボイコット気味に編集部員が一緒にゴッソリ抜けた時よりも後のことか。 

 

辞めて何をしたかったのか不明だが、とにかく高森の転身は失敗に終わる。途方にくれていた処に手を差し伸べたのが水谷準。不在は短い期間であったが、再び高森は博文館編集部の席に戻るのだった。




2020年9月25日金曜日

『妹尾アキ夫探偵小説選』妹尾アキ夫

2012年9月17日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第55巻
2012年9月発売



★★★★★    美術の優れた、旧い映画を観るような



翻訳と創作とでは、使う頭脳の回路が違うようで。あの典雅なホームズ訳を手掛けた延原謙でさえ創作ものに傑作はないし、乾信一郎は動物・ユーモア小説しか書いてない。保篠龍緒もルパン訳ではそこまで気にならないが、創作ものになると悪文な印象を受ける。それを考えたら妹尾アキ夫の創作は翻訳仕事がメインの人としては例外的に、非常に優れていると言えよう。

 

 

横浜・神戸・上海と、彼が過ごした土地の香りに満ちた美しい20短篇を収録。この人の作品って戦前の渡辺啓助に近い感触もある。かつて「人肉の腸詰」「凍るアラベスク」「恋人を喰ふ」「本牧のヴイナス」「深夜の音楽葬」「密室殺人」「カフェ奇談」「リラの香のする手紙」がアンソロジーに軒並採録された実績からしても、その品質の安定感が窺える。出来が良いだけに、もう一歩ポオやビーストン風から踏み出した刺激があったらな。

 

 

その刺激という点でいうと後半の随筆集、特に〈胡鉄梅〉名義で『新青年』に掲載された毒舌月評「ぺーぱーないふ」が無類に面白い。妹尾にバッサリ斬られた大下宇陀児の反論も同時収録。しかし宇陀児はこんな外部の声に腐ってしまって、謎解き路線から逸脱していったのかしらん。もったいない。

 

 

こういった小説以外の文章は、貴重な資料であるにも関わらず本になる機会が少ないのが実情。井上良夫『探偵小説のプロフィル』という手本になる前例もあるのだから論創ミステリ叢書でもたまには変化球として、何かテーマを決めて小説以外の評論・随筆だけを収録した巻を出してみては如何? 例えば単行本未収録ものを集めた『江戸川乱歩座談・対談集』とか。殆ど暴挙になりそうな次回配本予定『正木不如丘探偵小説選』(しかもニ冊出るらしい。ホントに大丈夫か?)よりは安定して売れる気がするけど。

 

 

本叢書の姉妹シリーズ「少年小説コレクション」は鮎川哲也の初出誌に揃わない号があって、仁木悦子が二番手になってしまった。サッカーの延長PK同様、二番手が決めるか外すかは後に大きく影響するよ。論創社は採算ギリギリの線でやっていると聞くから私は不安視している。




(銀) たとえ胡鉄梅からキツい作品評を喰らっても書かれた側の作家が微動だにしない存在でそんな毒を吐かれたところで本の売れ行きに何の影響も無いのだったら、きっと蚊に刺された程度にしか感じなかっただろう。しかしあの乱歩でさえ世評を気にする程に日本の探偵小説業界は狭かった。昔はSNSなんてくだらないものが無いから炎上する迄には至らなかったが、誰だっておひゃらかしたような言葉で批判をされたら、心中穏やかではないのは理解できる。



私は現在のミステリ業界の〈なあなあ感〉がキモくて肌に合わないので、Amazonのレビューだろうと当Blogだろうと、思ったままの感想を書いている。だから胡鉄梅を擁護する、というよりも時には胡鉄梅みたいにシニカルな発言をする人間がひとりぐらい居たほうが、生ぬるく褒め合ってばかりの連中だけで群れているよりずっと健全じゃないか、と思うのだ。チンケな罵倒の応酬じゃ読む気も失せるがね。


 

「少年小説コレクション」については、山田風太郎『夜光珠の怪盗』(2020914日)、『本の雑誌 201912月号』(2020915日)の項にて取り上げたから、ここではスルー。





2020年9月24日木曜日

『薫大将と匂の宮』岡田鯱彦

2020年3月22日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿                

創元推理文庫
2020年3月発売



★★   また「薫大将」のリイシュー?




岡田鯱彦を文庫で出すのは有難いけれど、また「薫大将と匂の宮」とは・・・紫式部・清少納言の時代を舞台にした謎解き探偵長篇なんて他に例がないし、これが彼の代表作と見做されるのは無理からぬことではあるのだが。(「噴火口上の殺人」みたいな非・時代ものの鯱彦作品のほうが私自身は好ましい)


                    


本書354ページにあるように、「薫大将と匂の宮」は別題「源氏物語殺人事件」としての流通も含め過去何度も本になっているので、古書で探す分には困難ではない。1993年には国書刊行会〈探偵クラブ〉の一巻として、2001年には扶桑社文庫からも発売されており、年季の入った探偵小説読者ならどちらも所有しているだろう。

 

 

メインに「薫大将と匂の宮」を置くとしても、
カップリングに目新しいものを収録してくれればフレッシュ感があったのだが、
本書に入っている短篇「艶説清少納言」「〝 六条の御息所 〟誕生」「コイの味」、
エッセイ 2「清少納言と兄人の則光」、それらはどれも扶桑社文庫版に収録。
エッセイ 1「恋人探偵小説」は、これも『岡田鯱彦探偵小説選』に収録。

 

                    


では本書の呼び物となると「薫大将」に初出誌『宝石』掲載時の鈴木朱雀による挿絵が付けられたのと、たった2ページのエッセイ 3「〝 六条の御息所 〟誕生-について」のみ。これじゃあ、なんとも新味に乏しい。「薫大将」を表題作に採ると、どうしたってカップリングも時代ものにされるので、このような編成に陥りがちになる。

 

 

「また薫大将?」と書いたのはそういうことで、例えば時代ものではなく探偵小説にしておけば入手しにくい作品を収録できるし、既に現行本に収録されている作品であってもヴァリアントを採用できるから〝 ビギナーではない従来の読者 〟にも買う価値が生まれる。岡田鯱彦が文庫になる機会なんてめったにないんだから、創元さんにはもう少し熟慮してほしかった。

 

                     


今回の「薫大将」の底本は鯱彦が生前若干の修正を加えた『別冊・幻影城』のテキストを使っているそうで、国書刊行会〈探偵クラブ〉版も同様との事。となると扶桑社文庫はどうだったのか気になるところだが、記載がないので断定できない。たぶんあれもサッと見た感じでは『別冊・幻影城』テキストのような気がするが、細かく調べる気力が湧かず・・・。

 

 

そんな中、国書刊行会〈探偵クラブ〉版に続き本書の編集を手掛けた藤原編集室のネットでの言によると、「創元推理文庫からのオファーで、帰ってきた〈探偵クラブ〉的な企画を進行中」との事なのでこれは待ち遠しい。買った本をネット上にあげるだけで満足している輩ではなくて、じっくり本を読んで楽しんでいる人達の為に、近年の刊行物とは重複の無い内容を期待する。



 

(銀) この創元推理文庫版は巻末解説パートもそれ目的で買いたくなるような内容ではない(解説者は王朝ミステリを書いている森谷明子)。「薫大将と匂の宮」は時代が時代だから科学捜査というワザが使えないし、そこまでロジカルな趣きが徹底している物語でもない。が、紫式部対清少納言というふたりの探偵(?)~ ふたりの女がバチバチに対決する構図は秀逸で、「この作品ならでは」の見どころはある。



2020年9月23日水曜日

『完本人形佐七捕物帳第三巻』横溝正史

2020年5月2日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

春陽堂書店
2020年4月発売     
     
     
★★    昔から春陽堂の ❛アバウトさ❜ は変わら
    


   
低評価の理由は本巻内容よりも版元の春陽堂にあり、一番下の副音声パートにて述べている。



                    



昭和15年をもって戦前における人形佐七捕物帳の雑誌連載は打ち切られたが、なぜか単行本ならOKという事で、昭和16年以降も横溝正史は佐七の新作を引き続き執筆。この第三巻では、それまで正史が時代小説の別シリーズとして発表してきた短篇を佐七ものへ書き換えた作品が中心となっている(中には原型が探偵ものも)。例えば時代ものからの書き換えは本巻の中では次の数点が該当。



▲「敵討走馬燈」「いろは巷談」「鳥追人形」「出世競べ三人旅」

                  →〈鷺十郎捕物帳〉シリーズが原型



▲「捕物三つ巴」「清姫の帯」「身代り千之丞」「怪談閨の鴛鴦」

 「人面瘡若衆」「笛を吹く浪人」  →〈不知火捕物双紙〉シリーズが原型


▲「まぼろし小町」         →〈花吹雪左近捕物帳〉が原型



本全集の底本には、枝葉の部分をさっぱり仕上げた戦前の初出テキストを採らず、昭和40年以降の改稿版テキストを採っているため、濃厚を通り越してドギツイ場面が書き足された話が目立つのも本巻もうひとつの特徴。「そんな書き足し、いらなかったんじゃないの?」と言う人もきっといるだろう。あの頃はまだ小説もグラビア以外でエロを提供するためのメディアだったからと見るか、はたまた正史の関西人コテコテ気質ゆえと見るかは読む側のあなた次第。



人形佐七は戦後、自由な世の中に変わって更にお色気もたっぷり盛り込まれて・・・みたいに認識されているが、風流なエロならまだしも、リンチ/不具者のまぐわい/異常性癖/片輪者品評会/3Pといった、「お前は朝山蜻一か!」と正史にツッコミを入れたくなるような話が本巻にはある(キレた佐七が女房お粂にDVしてしまう話なんて可愛いもの)。そういうのが苦手な方は人形佐七の中に極端なグロが毎回ある訳じゃないので安心してほしいし、大人だったらコンプライアンスどうこうなどと騒がずサラリと読み流してくださればよいのであって。



                    

 


それと、本巻をAmazonから買った他のレビュワーの方が「梱包がひどくて本が傷んでいた!」と書いておられるので私も便乗して書かせてもらう。このコロナ・パニックの状況下、発送された商品が配送業者側の事情で到着が遅れたというのなら仕方なしと我慢もするが、私はプライム会員なので本巻をオーダーすれば翌日には届くところ、ヤマト宅配便でAmazon倉庫からすぐ出荷されオーダーの翌日昼にはもう私の住まいの最寄のヤマト営業所に着いていたのに、指定などしていない配達希望日をその翌日にされていたために到着が無駄に翌々日にされてしまった。




その一件前のオーダーでは、プライム該当アイテムなのにゆうパケットで発送されてしまって〈お急ぎ便〉扱いにされず、水曜の夕方にオーダーして在庫も十分ある商品だったのに届いたのは土曜だった。これらはコロナによるAmazonスタッフ人手不足のせいなどではない。以前から日本のAmazonは業者レビューに対しては野放しで、我々ユーザーが彼らにとって都合の悪い本当の事を書くと不当にレビューを削除してきた。その上、コロナ騒ぎに紛れて発送処理にまで不審点が多いとくる。プライム会員の方は特に、自分のオーダーが正しいお急ぎ便で発送されているかをチェックし、本を傷めるような梱包しかり、筋が通らない事がもしあったら泣き寝入りなどせずに抗議、いやさっさとプライムを退会してAmazonなど使わないほうがいい。





(銀) 「Amazonはルールどおりにお急ぎ便発送処理をしないから、プライム会員になど絶対なってはいけない」というメッセージは、2020919日の記事とリンクしている大事な内容なので、よかったら是非合わせて読んでもらいたい。


                    

 


春陽堂はAmazonと直取引しているとかで新刊本入荷が他の通販サイトよりかなり早かった為、この第三巻までの『完本人形佐七捕物帳』はAmazonから購入していた。で、2020919日の記事に書いたとおり、汚いマネばかりするAmazon.co.jpで買物をするのは金輪際きっぱり止めることにしたのである。


若干の割引があるし1,500円以上買えば送料無料というので、『完本人形佐七捕物帳』については版元・春陽堂書店のOnline Shop購入へと切り替え、第四巻をオーダーしてみた。サイト上には「1~2営業日以内で配送」と表記してある。そうしたら、いくらコロナで世の中混乱しているったって、新刊の在庫は十分持っており連休中でもないのに発送が一週間ずっと放置状態ときたもんだ。


訳を訊ねると「コロナにより社員の出社が交代制になっているから、発送が週一しかできない」だって。え?他の中小出版社からも直通販で本を買ったけど、どこもすぐに発送してくれたし、遅れるにしても一週間はないだろう? そんなに通販の発送作業ができないのなら、どうして他の中小出版社のように直通販の発送作業ををアウトソーシングしないのか?(その後弁解がましく「勤務体制変更に伴う発送遅延のお知らせ」という文言がサイトに掲載)


                    



ついでに、私がよく使う楽天ブックスや紀伊国屋書店ウェブストアには『完本人形佐七捕物帳』の新刊が全然入荷されないから「何故なのか?」と春陽堂に問うたら「むこうからオーダーが来ないと出荷されないようになっている」って何だよ、そりゃ? 知人に聞くと街の大きい書店にはけっこう並んでいるらしいが、私は実店舗に足を運ぶ時間がなかなか取れない身なのだ。春陽堂の人間は無理にでもAmazonか実店舗か春陽堂Online Shopで買えっていうのか。だったら自社の通販機能ぐらい在庫のある本なら即日発送できる態勢にしなよ、と思った。

 

 

昭和の昔から本作りについておかしな点の多い出版社ではあったが、令和になっても〝テキトーな会社理念〟は変わってないんだな。とにかく自分とこの本を買ってほしいのなら、こっちが最低限スムーズに買えるような環境は必須。なんでもコロナのせいにばかりすれば許されると思ったら大間違いだ。






2020年9月22日火曜日

『国枝史郎伝奇風俗/怪奇小説集成』国枝史郎

NEW !

作品社  末國善巳(編)
2013年3月発売



★★★★  翻訳怪奇小説集「恐怖街」
             /性欲風俗長篇「生のタンゴ」



作品社の重くてファットな国枝史郎本もこれでシリーズ打ち止め。海外パルプマガジンの怪奇小説を国枝自身が翻訳した『恐怖街』という、古書市場でもお目にかかれるチャンスの無い昭和14年の稀覯本がある。それを遂に甦らせたのは実にめでたい。『恐怖街』に収録されていた作品はこちら。

 

 

「地獄礼賛」(原作:GT・フレミング・ロバーツ)

「恐怖街」(原作:サンダース・M・カミングス)

「獣人」(原作:エドモンド・ハミルトン)

「復讐に燃えて」(原作:HM・アッペル)

「クルダの衆道」(原作:アーサー・J・バークス)

「死のおもかげ」(原作:フランク・ベルクナップ・ロング)

 

 

この六短篇は『スリリング・ミステリー』という洋雑誌の1936(昭和11)年5月号に載っていたもので、たまたま入手した国枝が特に深い見識もなく、軽い気持で上記の作品を選び翻訳したのでは、というのが編者・末國善巳の見立て。

 

 

考えてみると、国枝が慕っていた小酒井不木は生前パルプマガジンの代表格『アメイジング・ストーリーズ』に関心を寄せていた訳だし、不木が亡くなった後でもその影響は残っていたのかもしれない。当り前だが国枝のオリジナル創作伝奇小説とは口当たりが異なるので、そんなところにも目を向けたい。


                   

 

 

次は新聞『大阪時事新報』に昭和7年夏から半年程連載した長篇生(いのち)のタンゴ」単行本初収録だが、これは初刊本が発禁扱いにされた長篇「ダンサー」の姉妹編的内容で、昭和初期のモダニズム文化をベースにした風俗小説である。国枝本人はそのコンセプトを「一種の社会小説、人情小説、問題小説であります」と申し、ある部分ではプロレタリアな階級主義への批判もしているけれど、どう読んでもこれは ❛ 男の性欲を狂わせる素晴らしい肉体を持った魔都上海帰りのヴァンプ ❜ である主人公ネルリを中心に、彼女に群れる牡どものダラダラしたストーリーにしか見えない。

 

 

ふつうポップソングにはAメロ → Bメロ → サビ → エンディングという型があるように、小説にも起承転結がある。だが国枝の長篇は音楽に喩えると、あるパターンのフレーズを延々ループするハウス・ミュージックの如く、物語のクライマックスと呼べるカタルシスがないままエンディングを迎える傾向にある。「生のタンゴ」もおぞましい畸形児が登場するあたりから話を盛り上げてくれるのかなと思っても、いつもの国枝節は変わらない。

 

 

その他にも既刊本に未収録だった短篇や戯曲、エッセイを数篇収録。作品社の国枝本はゾッキ扱いで安売りされている巻もあるが、本書は私のような探偵小説読者も買っているのか、あまり安売りされているのを見かけない。「恐怖街」だけでも興味があったら、定価で売っているうちにキープしておいたほうがいい。


 

 

(銀) 「生のタンゴ」にて繰り広げられる男と女がSEXに振り回されるこのチャラい光景は、昭和末期~平成初頭の浮かれていた日本で、自分がこの目で見てきた状況とそれほど差を感じないのが面白い。そんな享楽の後には暗く深刻な時代が訪れるものだ。


それはさておき、作品社のような厚くて重い本は寝ながら読んでいて手が疲れる。「恐怖街」「生のタンゴ」だけそれぞれ単品で、もっと扱いやすい大きさ/厚さの本で出してくれたら助かったのだが。

 

国枝史郎の入れ込んだ一番の趣味といったらダンスで、二番目は麻雀。彼が編集代表としてクレジットされている『麻雀時代』という戦前の麻雀雑誌を所有しているのだが、本書の「ダンス与太話」というエッセイを読むと〈名義だけの編集主幹〉だった事が判明。そりゃそうだろうな。




2020年9月21日月曜日

『蒼井雄探偵小説選』蒼井雄

2012年8月14日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第54巻
2012年8月発売



★★★★★   やっぱりベストは「霧しぶく山」



 

発売前に本巻収録内容を知った時には、なぜ遺稿長篇「灰色の花粉」でなくて近年の文庫二種(『日本探偵小説全集〈12〉 名作集2』『幻の探偵雑誌 4 「探偵春秋」傑作選』)で読める「霧しぶく山」がまた入っているのか?と訝ったものの、最後まで通読してみて「ああ、これで正しかったんだ」と思い直した。戦前作家の中では数少ない本格のイメージが流布している蒼井雄だが、最初は伝奇的な要素に惹かれていたようだし、小品「蛆虫」のようなグロも書いている(ラストでは笑わされるけれども)。本巻の中で彼らしい作品といったら「黒潮殺人事件」かもしれないが、最も鮮烈な印象を残すのはまぎれもなく「霧しぶく山」。



クロフツ・鮎川哲也を例に挙げるまでもなく因数分解を解くのが主眼のような淡白なストーリーには時として不満を覚える。鮎川は「霧しぶく山」を評価しつつも「こういう怪奇路線には行ってほしくなかった」と述べた。だが探偵小説に必要なものとはまず〈プロット/語り口〉は当然として(斬新なトリックがあれば勿論嬉しいが)やはり〈暗い情熱=情念〉、そして結局は小説なのだから〈登場人物の魅力〉及び〈背景描写〉ではなかろうか。 特に日本では変格・怪奇幻想ものも探偵小説の重要な一面なのだし。全く個人的な見解だが、私はそう考えている

 

 

蒼井の場合〈背景描写〉の良さは「船富家の惨劇」でも堪能できるが、「霧しぶく山」は猟奇的ムードに満ち満ちて、かつ甲賀三郎風〈理化学トリック〉要素もある。人物描写も申し分無し。その反面、(本書に収録されている)戦後書かれた「黒潮殺人事件」ほか三短篇に登場する探偵役の竹崎という男は元警視庁捜査課長で戦時中特高課に属したため敗戦後追放処分に遇った陰のある魅力的な設定なのに、どうして凡庸な苗字だけで下の名前がないのか?  そしてこの設定を活かした長篇を何故書かなかった? 〈登場人物の魅力〉で言うとその辺の詰めの甘さが惜しまれてならない。

 

 

その他の収録内容にもざっと触れておくと、京都探偵倶楽部名義の「ソル・グルクハイマー殺人事件」なんていうアマチュアっぽさがいただけない連作小説もあるが、巻末解題で断片的に引用されている江戸川乱歩・横溝正史・蒼井雄の座談「『瀬戸内海の惨劇』をめぐって」はきっちりフル収録してもらいたかった。


 

 

(銀) 大阪圭吉は2010年以降に新しい本が数冊リリースされ(もっとも純粋に本格ものを収録している現行本は創元推理文庫『銀座幽霊』『とむらい機関車』の二冊のみだが)、より注目度が上がっているのは結構な事だけど、戦前の本格派なら蒼井雄を忘れてもらっちゃ困る。

 

 

この人も会社員で作家活動は余技だったため世に出た作品は十五篇ほどしかなく、地味な作風のせいか一般層にはもうひとつ認知度が低い。私立探偵南波喜市郎を擁する長篇「船富家の惨劇」を収録した創元推理文庫『日本探偵小説全集〈12〉 名作集2』、同じく南波喜市郎ものの国書刊行会〈探偵クラブ〉『瀬戸内海の惨劇』、そして本書、三冊とも入手は難しくないので、文章に旨みやテクニックがある人じゃないけど、大阪圭吉であれだけ騒ぐのなら蒼井雄だって読まれてほしいよ。




2020年9月20日日曜日

『ムー 一族/BOX-1』

2019年12月9日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

TCエンタテイメント  DVD-BOX(6枚組)
2008年9月発売




★★★★★  樹木希林をご託宣の神様だと勘違いしている連中は
            これ観て全員ズッコケろ



201911月からBS12でホント久しぶりに前シリーズ『ムー』の再放送が始まったんで、懐かしく毎週観ている人も多かろう。のちにこのノリをなんとか真似しようとしたドラマが数知れずあったが、どれもこれも『ムー』を超えられず。稀有な異端番組だったんですよ。同じチャンネル同じ時間帯の先行ドラマ『時間ですよ』『寺内貫太郎一家』は今観ると主役の野暮ったさが古めかしく感じさせるけど、『ムー』にはそれが少ないのが良くてね。

 

 

このBOX-12ndシリーズ『ムー一族』の前半、第118話までを収録。特典ガイドブック「謎が謎よぶムー一族」は『ムー一族』全話の解説に加え、樹木希林・岸本加世子・近藤邦勝(演出家)のインタビューなどが掲載され、読みがいのある資料になっている。でも、どうせ観るなら1stシリーズの『ムー』から観ないとダメよ。

 

 

「禁猟区」「バイブレーション」がヒットしていた郷ひろみ(拓郎)は、樹木希林(金田さん)とのデュエット「林檎殺人事件」が『ザ・ベストテン』でも一位に。伊東四朗(安男)・由利徹(平さん)・左とん平(野口五郎)・伴淳三郎(徳さん)、この四大・笑芸人だけでなく旬のアイドル/名優/久世光彦らクセ者スタッフが揃っていて面白くない訳がない。本シリーズからは荒井注(住職)も参戦。私にとって樹木希林とは、内田裕也夫人や日本アカデミー賞女優である以上に〝 金田さん(カネタ、です)〟なのである。

 

 

1stシリーズ『ムー』の時に岸本加世子(カヨコ)が「北風よ」を歌っていた挿入歌ポジションは、『ムー一族』では拓郎の片想いの相手/里中マチコ役の桂木文「短篇小説」へ。日吉ミミ「世迷い言」、郷ひろみ「Hell or Heaven」を観たい人は BOX-2 で。今シリーズも生放送の回あり、『飛べ!孫悟空』(こちらもDVD化並びに再放送を強力に希望)と同じパペットで作った郷ひろみ人形が出てきたり、特別ゲストがあったりで、『ムー』よりもバラエティ色が増した雰囲気。

 

 

細川俊之演じる二階堂とたこ八郎との立ち退かせ屋コンビも笑えるが、『ムー』の時の暗い過去がある渋い陶芸家・更科を演じていた細川も捨て難かった。それに徳さんや平さんが夜立ち寄る小料理屋の女将しのぶ(中島ゆたか)が今回はひろみ(石田ゆり)になっていたり、設定が『ムー』の時とは若干変更されている。五十嵐めぐみ(桃子)は髪が長いムー』のほうが好みだったな。うさぎやだけでなくドラマ全体の潤いの部分を一貫して渡辺美佐子(小春)が締めているのは立派。

 

 

このドラマの問題児/宇崎家の長男・健太郎(清水健太郎)だが、前シリーズのカノジョとは違う女=うさぎやの地主でお得意様でもある一条家の若妻(司美穂)と不倫して、再び宇崎家へ帰れなくなってしまう。放送が終わった数年後に清水健太郎は度重なる覚醒剤使用で逮捕。劇中ばかりか、どんだけ他人に迷惑かけてんだ?おかげで一時はこのドラマも二度と観れなくなりそうな危機は確かにあった。インストゥメンタル「しのび逢いのテーマ」は良い曲だけど、劇中でウジウジして家族に迷惑をかけっぱなしの健太郎には、拓郎ならずとも当時TVを観ていてブン殴りたくなったものだ。

 

 

あまりに遊び心満載なため、「ホーム・ドラマとして楽しめない」などという頭のカタい人もいるだろう。この笑って泣けるテンションがたまらない人は小ネタの隅々までより楽しく、そうでない人はそれなりに楽しめばいいのである。(注)私が買ったこのDVD-BOXはDisc-4 10話のディスクの読みがよくないんだけど制作ミスか?



(銀) 探偵小説とは全然関係ないドラマだが、樹木希林は竹中英太郎の子供たち=竹中労/紫とも親交が深かったし、久世光彦は作家として『一九三四年冬-乱歩』『悪い夢 ― 私の好きな作家たち』を書いているし、五十嵐めぐみは「江戸川乱歩の美女シリーズ」で文代を演じていたし、伊東四朗は人見廣介(「パノラマ島奇談」)や中村警部を、郷ひろみは久世の演出による『D坂殺人事件』で明智小五郎を・・・と、そんな例をいちいち挙げていたらキリがない。単に好きなドラマだし、このレビューもBlogの中に救済しておきたかった。

 

 

いま見直すと、確かにこの2nd シリーズの後半(BOX-2)は少しグダグダ気味。地方のホールで『8時だヨ!全員集合』みたいな公開中継をしてもこのドラマの良さは活きてこないし、度々トライした生放送の回よりもスタジオできっちり録画・編集した回のほうが、初回オンエア/リアルタイムではない視聴の場合にはやっぱり落ち着いて楽しめる。久世光彦は3rdシリーズ『ムーの樹に花さくころ」もやる気だったそうだが、『ムー一族』で止めといて正解だったのでは?