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2023年10月10日火曜日

『閑雅な殺人』大坪砂男

NEW !

東方社
1955年4月発売



★★★    兎にも角にも「天狗」




大坪砂男の代表作であり、本書にも収録されている「天狗」。あそこから仰々しいレトリックを一切合切剝ぎ取って骨格の概況だけ述べるとこうなる。

 

 

その男は避暑地の温泉宿で見知った、お高くとまっている令嬢の存在が気になっている。男は腹を下してしまい宿の便所に駆け込んだところ、件の令嬢が先に入っており扉の鍵が壊れていたため、彼女はあられもない姿をモロに男に見られてしまった。どうにかして男は詫びようとするのだが、プライドが二本足で歩いているような令嬢が示すのはにべもない対応ばかり。逆ギレした男は令嬢にとって最も屈辱的な罰を与えるべく奇天烈な罠を仕掛ける。

 

 

これだけでもよくよく考えたら十分滑稽な導入である上、フツーの人からしてみれば令嬢が見事に嵌まるあの罠というのは往年のたけしとんねるずの番組でお笑いタレントがよくやらされていたシーンそっくりだし、令嬢の末路を知って爆笑してもおかしくない。つまり笑いを誘発するほど極端な要素で構築されていたから「天狗」は珍妙な傑作になり得たのだ。

 

 

本書収録作品はこのとおり。括弧内の数字は創元推理文庫『大坪砂男全集』全四巻のうち、本書の各短篇が収められた巻を示している。

 

 

「閑雅な殺人」(➋)

「白い文化住宅」(➋)

「虛影」(➋)

「花束」(➋)

「逃避行」(➋)

 

「検事調書」(➊)

「蟋蟀の歌」(❹)

「黒子」(➊)

「雨男・雪女」(➋)

「初恋」(❸)

 

「零人」(❹)

「賓客皆秀才」(❹)

「天狗」(➋)

「外套」(❸)

「胡蝶の行方」(➊)

 

 

澁澤龍彦や都筑道夫ら大坪贔屓がどれだけ下駄を履かせようとも、本書のようなラインナップで彼の作品を読むと、研ぎ澄まされているのはやっぱり初期のごく一部分だけであって、それ以外のものには空虚な感じさえ漂う。「白い文化住宅」あたりは若妻・亜子の白骨を消失させる理化学ネタが添え物になるぐらい仁科達郎と青年とのネチネチした対決が見ものだけれど、大坪本人のねじくれた資質を受け入れられぬ読み手には、いちいち持って回った語り口が癇に障るかもしれない。

 

 

「零人」も代表作のひとつながら、植物を自分の妻だとのたまう園芸家の思考を読者がどれだけ消化できるか、其処にかかっている。文中に「いや、あなたこそ気違いだ!」と園芸家が指をさされる場面があり、いみじくもこのセリフが象徴するように、他の日本人探偵作家の奇想と比べてもかなりタガが外れている大坪砂男の本質はそう簡単に理解できる類のものに非ず。

 

 

「天狗」クラスの出来ならそれなりにキャッチーだし、探偵小説中毒者以外の人々にも受け入れられるポテンシャルはあるとは思うが、大坪の場合、自身の素行が原因で作家人生を自滅させてしまった情報が流布しているため、小説そのものだけで貴乃花光司みたく妙に偏屈な人、あるいはそれ以上に(ちょっとアタマがおかしいという意味での)異端の人だと思われかねない危うい線上を死後も浮遊している。

 

 

 

(銀) 前段にも書いたが、彼の作品で良いものは初期に片寄っているため、全集を編むとなると創元推理文庫のごとくジャンル別に各巻編集しないとどうしようもない。よくあるやり方で発表順に作品を各巻収録してゆくと、面白いのは最初の巻だけになってしまい、あとの巻は全然売れず・・・なんてことにもなりかねない。



生前の大坪は「天狗で天狗」、要するに「天狗」一作の高い評価で天狗になってしまったなんて悪口を云われたりもしたが、それだけ「天狗」という短篇の威光が目映かった証拠でもあろう。





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2020年10月1日木曜日

『大坪砂男全集/③私刑』大坪砂男

2013年6月10日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫  日下三蔵(編)
2013年5月発売



★★★★    輝ける時は短く



山村正夫は『わが懐旧的探偵作家論』で大坪砂男について、「後期になるほど破綻が目立ち始めた」と語る。サスペンス篇とカテゴライズされた第三巻。冒頭の「私刑」「夢路を辿る」(昭和24年)「花売娘」(昭和25年)あたりの初期作はさておき、それ以降の筆に徐々にどういう変化が起きているか? それを頭に置きながら読んでみた。

 

 

叙情的な小品「街かどの貞操」「初恋」犯人当て作品「ショウだけは続けろ!」米映画のノベライズもの「二十四時間の恐怖」「ヴェラクレス」等、本全集第一巻『立春大吉』収録作に比べると、プロットの奇妙さ・語り口の凝り様が随分落ち着いてしまった感はある。とはいえ卵の黄身が鍵となる旧家因縁もの「男井戸女井戸」は佳作で、横溝正史中絶作「病院横丁の首縊りの家」解決篇を完成できなかった大坪が改めて書き下ろした死婚ネタの「ある夢見術師の話」にも注目。

 

 

山村正夫が言うほど作が破綻しているとは思わないが、昭和26年には筆名を「沙男」に変え昭和28年には「砂男」にまた戻したり、この時期に何らかの迷いが生じているようにも映り、厳しく一語一文凝りまくる姿勢を貫けてはいない。なぜ彼が長篇を一作も書こうとしなかったのかも、いまひとつ私には見えてこない。初期の濃密さがまだ続いているならともかく、いくら頑固とはいえ、ノベライズものなんて手掛けるぐらいなら、長篇へのトライとてやってやれない事はなかったように感じるのだが。

 

 

戦後は探偵作家クラブの仕事に従事するため、自作の構想・執筆の時間を持てなかった探偵作家もいる。江戸川乱歩がその筆頭だが、大坪も余波を被った一人かもしれない。まして寡作の上、主戦場たる雑誌『宝石』の原稿料は安すぎるときている。そこから来る貧苦。趣味人に見えても実は心に脆さがあって、それが探偵作家クラブ幹事長期の経理不始末に繋がっていったのか。



(銀) 今回の大坪砂男全集は厚めの文庫が四冊も出て非常に厚遇な扱いだが、本当のところ高い評価を得ることのできる作品と言ったら短篇のごく一部しかないと自分は思っていて。ちょうど多過ぎない量の総作品数なんで復刊はやりやすかったろうが、逆にキャリアが長くて作品数が多い為に復刊してもらえない探偵作家が多いことをを配慮すれば、そんな作家達から怨まれそうなほどに没後の大坪の扱いは手厚い。都筑道夫のように再評価を後押しするような支持者がいれば、物事こうも違ってくるのダナ。


 

 

2020年9月30日水曜日

『大坪砂男全集/①立春大吉』大坪砂男

2013年2月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫  日下三蔵(編)
2013年1月発売



★★★★★  文体に好き嫌いがあるかもしれないが、
         このドラマツルギーには抗えない磁力がある



カミングアウトすると、私は小栗虫太郎のゴテゴテに装飾された文体がそこまで好きではない。澁澤龍彦が虫太郎と並んで偏愛する大坪砂男も、程度や質の違いこそあれ他の探偵作家がやらないような独特の装飾文体を特徴とする。戦後派五人男の一人であるこの男は明治37年の生まれ。横溝正史より2歳年下なので戦前デビューしていてもおかしくはなく、遅咲きなのだ。


 

 

第一巻となる本書は謎解き要素の強いものを集めた内容。読み始めた時はその過剰な言い回しに鬱陶しさを感じていた。ところが、冒頭の鑑識課・緒方三郎技師もの四篇を過ぎた頃には紙面に引き込まれている自分に気付く。



三代にわたり、未明の古井戸で頭部を砕かれて屍となる白無垢姿の女たち
「三月十三日午前二時」)

闇の崖から舞い上がる龍・鳴く骨壷・妖しき光を放ったその骨壷から現れた赤児
「大師誕生」)

未亡人となった嫂を娶った弟の前に出征で死んだ筈の兄が帰ってきた三角関係が起こす恐ろしき悲劇「涅槃雪」)



抗い難いそのドラマツルギーには、文体が気になる事さえ忘れてしまう。私の考える大坪砂男の上出来な作とは「チェスタトン流儀の謎・トリック」と「終戦直後における脂がのりきった時期の横溝正史が描く和の趣き」を融合した感じに仕上がったものだと思う。「黒死館殺人事件」のように埃及の古文書でも読むようなしんどさではなく、ひとつひとつの語彙や節回しを執拗に選び抜いた語り口だから、一度ハマれば抜け出せなくなる人もいることだろう。

 

 

今回の全集では薔薇十字社版全集(昭和47年)未収録分を大幅増補とのことだが、本書では「浴槽」「贋作楽屋噺」そして窪田般彌の旧全集書評の三点にとどまった。この点は第二巻以降に期待したい。『新青年』に掲載された抜打座談会事件で本格派作家(特に高木彬光)の怒りを買ったり探偵作家クラブ資金問題で文壇を追われたり、良家の出にもかかわらず非業の人生を送った大坪砂男。だが没後二度もこんな立派な全集を出してもらえるのだから、禍福は糾える縄の如しとはよく云ったものだ。




(銀) 2020年7月14日にこのBlogで取り上げた渡辺温『アンドロギュノスの裔』もこの大坪砂男全集も、元は薔薇十字社で出ていたものを拡大版として文庫化したもの。福永武彦にしても『完全犯罪 加田玲太郎全集』はこれまで出ていたものの文庫化だし、『深夜の散歩 ミステリの愉しみ』だって前に他社の文庫で流通していた訳で。

 

 

日下三蔵が選集をプレゼンした海野十三なども一応出てはいるけれど、創元推理文庫が近年出してきた日本探偵小説の企画って、既刊本のリニューアルに頼ってばかりだったようにも見える 。東京創元社の社長が長谷川晋一だった二十年間はこんな感じが長く続いたので、新社長の渋谷健太郎にはオリジナルの企画を打ち出して攻めに出てもらいたい。