一説によると、作者のキャリアのうち戦記ミステリの占める割合はそこまで多くもないらしい。生年は1924年(大正13年)。自分から志願して入隊したのか赤紙による強制召集なのかは不明だが、高校を卒業後すぐ兵隊になっており、一概に想像の産物とも思えぬリアリティは実体験から得たものだと考えれば納得がゆく。生き地獄のような戦争が終わったあと、幾つもの職を転々とし、最後の最後に行き着いたのが探偵小説/SF/時代もの問わず、どんなジャンルでもこなす貸本小説作家だったのだろうか。
「屍衛兵」「酸素魚雷」「Uボート」「草原に死す」「消えた兵隊」
「ガ島に死す」「太平洋に陽が沈む」「もずが枯木で鳴いている」
飛び抜けた駄作も無く安定したアベレージの中で、私が好きなのは「Uボート」。日本と共同戦線を張るドイツのUボートが、多島ゆえ複雑な構造を持つ瀬戸内海の来島海峡で沈没した疑いがあり、広島・呉の海軍作戦本部はサルベージ船を派遣するのだが、原因不明のトラブルが続き、調査は難航。古来より伝わる海難伝説を絡めつつ、計画的な犯人の目論みを織り込んでいる点がgood。
同じく海洋ネタで、潜水艇を利用した人非人の所業に誰もが口をつぐむ中、たったひとりの兄を失った弟が秘匿された核心にジリジリ近付いてゆく「太平洋に陽が沈む」も楽しめた。どうも私は朝山蜻一「海底の悪魔」しかり、青黒い海の底に秘められている謎を描いた作品に不思議と惹かれるタチらしい。但し(詳細は書けないけれど)、最終的に謎は暴かれても、主人公の運命には救いのないパターンが本書は多く見られる。戦記ミステリならではの特徴かな。
小説の内容にはとても満足できただけに、「酸素魚雷」の大事なクライマックスで〝鞄(カバン)〟と表記すべき漢字が〝靴(くつ)〟になっていたり、「屍衛兵」の文章では〝栗原大尉が心配そうに訊ねたのへ、どうしたことか、中尾中尉は、子供が照れたようにはにかむと、慌ててその紙包をポケットに入れた。〟となっていたり、本の前半部分のみに限られるその数は少ないものの、すぐ目に付いてしまうような疑問のテキスト入力箇所が相変わらず見つかって、折角良い本なのになんとも勿体ない事だ。
ミステリ珍本全集『殺人交響曲』に収められていたSFものより、本書に入っている戦記ミステリのほうがずっと読み応えがある。遺した作品のすべてが戦記オンリーではなくとも、ここまで拘って日本が自滅したあの愚かな戦争をモチーフにしている例は探偵小説のカテゴリーでは他に無いし、長篇「戦艦金剛」そして本書を読み、〝このジャンルは蒼社廉三の独壇場だなあ〟と認めずにはいられない特異性が備わっている気がした。
(銀) 年明けの1月3日に、hontoが今春をもって紙の本の扱いを止めてしまうニュースを取り上げた。そのあとhontoを閲覧してみると、『蒼社廉三/軍隊ミステリ集』の発送可能日が【1~3日】になっている。POD(プリント・オン・デマンド)とはいえ、これなら最低でも一冊分は既に出来上がっている本を在庫している状況の筈。クローズも近いことだし、数年ぶりにhontoで本書を注文してみた。
そうしたところ、注文日を含む四日後の午前11時過ぎになるまで発送メールが来ず、発送方法はヤマト運輸のネコポスが使用されていたが、荷物の追跡番号がヤマトの追跡サイトにやっと反映したのは、その日のかなり遅い時間。【1~3日】と表示されていても実は在庫を持ってなくて、イチから製本したのならば仕方ないが、おそらくそうではなかろう。