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2025年3月14日金曜日

『怪談小説選/指環』国枝史朗

NEW !

文海堂書店
1948年8月発売



★★   中身は田中貢太郎の作品




最初に申し上げておく。本日取り上げる『怪談小説選/指環』の著者名が〝国枝史朗〟となっているけれども、これは私の入力ミスではない。記事左上の「表紙」のみならず「背表紙」から「扉」「奥付」に至るまで、この仙花紙本は〝史〟でなく〝史〟と表記しているのである。

 

 

末國善己「研究動向/国枝史郎」を読んで私は本書の謂れを知った。
その一部分を引用する。

国枝の書誌については、現在のところ山蔦恒「国枝史郎・著作略年表(第3次・平成122月現在)」(『信州文学研究拾遺』所収、北樹出版、二〇〇〇年四月)が最も詳しいが、田中貢太郎『日本怪談全集』から作品をセレクトした短篇集なのに、なぜか国枝名義で刊行された『指環』(文海堂書店、一九四八年八月)が国枝の著書としてリストアップされているなど、注意が必要なところもある。

国枝史郎名義の本でありながら中身は田中貢太郎の作品? 何だ、そりゃ?
田中貢太郎『日本怪談全集』は持っていないし、読んだこともない。〈国立国会図書館サーチ〉で調べると『日本怪談全集』は昭和9年に改造社から全四巻編成で刊行されている。試しに『日本怪談全集』各巻の収録作品名本書収録作品名を見比べてみたら、末國の言うとおりであった。(但しテキストは未確認)

 

 

国枝史朗『指環』所収十八短篇は次の順に並べられているが、
これらはもともと田中貢太郎『日本怪談全集』のどの巻に収められていたものなのか、
色文字で分類してみる。

 

「指環」(第三巻)「鰻の怪」(第二巻)「岩魚の怪」(第二巻)

「黑い蛙」(第一巻)「黄燈」(第一巻)「蠅供養」(第四巻)

「水面に浮んだ女」(第一巻)「悪僧」(第一巻)「赤い土の壺」(第一巻)

「賴朝の最後」(第三巻)「切支丹轉び」(第四巻)「怪しき旅僧」(第二巻)

「一緒に歩く亡靈」(第一巻)「赤い鳥と白い鳥」(第一巻)「花の咲く頃」(第三巻)

「赤い花」(第二巻)「月光の下」(第一巻)「雨夜艸紙」(第三巻)

 

 

田中貢太郎は明治13年の生まれで、昭和16年没。
対する国枝史郎は明治20年生まれ、昭和18年没。
ほぼ同世代だが彼らの間に交流はあったのか、
不勉強ゆえ此処で伝えられる情報を持ち合わせていない。
とにかく『指環』は敗戦から三年後の昭和23年に刊行されているため、作者と関係の無い第三者の意図によって出されたのは間違いない。最初は版元の文海堂書店が戦前の紙型を入手して勝手に発売したどさくさ紛れの海賊版かとも思った。でも、ノンブルが整っているし、奥付に検印もあり、紙型流用の海賊版とは考えられない。




文海堂は敗戦直後に稼働し始めた出版社のようで、本書以外の刊行物には沢田克彦『鉄仮面』/真木志郎『怪奇実話 廃寺の怪』/美和庸三『情痴の人肉事件』等が確認できる。囲碁、将棋、あるいは詩集といったジャンルの本も出している。本書の検印紙に押されたハンコの漢字四文字を見るかぎり、その名前はどうも国枝史郎っぽい。昭和23年だと国枝未亡人は健在のはず。夫の作品ではないものを国枝史郎名義の本で発売するなんて、彼女が認めるだろうか。




いずれにせよ、怪しげな珍本ではある。この『指環』、冒頭にて述べたように〝国枝史郎〟を〝国枝史朗〟と表記しているだけでなく、本文にも誤植が多いし、作りが雑なのは確か。それはともかく、本書収録短篇はどれも長くないので肩肘張らずに読める。『日本怪談全集』全四巻は昭和40年代に桃源社より二巻一組で再発されているし、小泉八雲や三遊亭円朝あたりが好きなら手に取ってみるのもよろしかろう。





(銀) 国枝史郎も怪談小説を書いてくれるなら是非読んでみたかった。
そういうジメついた路線じゃないんだよな、彼の場合。
「賴朝の最後」は大河ドラマ「鎌倉殿の十三人」を観ていた人なら頷きながら楽しめる話だ。

 

 

 

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2023年1月20日金曜日

『空中紳士』耽綺社

NEW !

博文館
1929年3月発売



★★★   光文社文庫版乱歩全集「空中紳士」にて
            言葉狩りされていたワードとは?




名古屋を拠点とする小酒井不木を中心に、国枝史郎/土師清二/長谷川伸、そして江戸川乱歩、この五人からなるグループ〝耽綺社〟が雑誌『新青年』へ発表した合作長篇。「飛機睥睨」の名で連載されるも、単行本化する際「空中紳士」に改題。1994年春陽文庫にて再発されるまでは、この作品の単行本は本日紹介する初刊の博文館版しか存在していなかった。普通に考えてみても「空中紳士」のほうが営業的にイケてそうな感じはするが、「飛機睥睨」にしろ「空中紳士」にせよ、何故このタイトルなのか物語の最後に辿り着くまで読者は全く意味が解らない。


 

                     

 


「江川蘭子」などリレー小説というものはなかなか統一感が保てず成功する事は難しい、という記事を去年の元旦にupした。〝耽綺社〟の作品はリレー形式ではなく皆でワイワイ案や筋をひねり出し、代表してひとりが執筆するスタイルを取っている。

「空中紳士」(=「飛機睥睨」)は掲載誌が『新青年』というのもあったからか、執筆は(岩田準一がピンチヒッターとして書いた第三回「物語る博多人形」「阿片窟に現れる獅子」「アトリエの内と外」を除き)江戸川乱歩が担当させられる仕儀に。前年「一寸法師」の失敗でやる気を失くしていたこの時期の乱歩は、なかなか筆を取ろうとしなかった。乱歩を強力に支援する小酒井不木博士にしても、『新青年』編集長として原稿を受け取る側の横溝正史にしても、とにかく乱歩に書かせなければという気持ちで頭はいっぱいだったろう。

 

 

 

しかし冒頭、あの乱歩が書いたとは思えぬグダグダな文章で始まり、話が盛り上がらない。岩田準一が代筆した第三回が好評だったと聞いて乱歩はクサったというが、いくら〝耽綺社〟合作の名義でもこのままではマズイと思ったのか、それ以降は僅かながらも筆に熱が感じられるまでには持ち直す。

でもねえ、乱歩が書こうが不木が書こうが、五人の合作ってのも実際難しかろう。どうしても合作小説を作りたいなら、せめて二人一組でやるしかないんじゃない?とにかく国枝史郎と乱歩はウマが合わないのだし、小酒井-国枝コンビなら揉め事は起きないだろうけれど、やはり合作じゃなくて個々の作品がいいに決まってる。後年、横溝正史が「あれはおよそくだらなかったな」と語ったのも当然の話で。

 

 

                      



後ろ向きな気持ちでの参加ゆえに、江戸川乱歩はプロットの面では殆ど主張をしていないように映るけれども、のちの通俗長篇や少年ものの片鱗がちらちら見え隠れしている箇所が意外に発見できる。果してこれらは乱歩本人から出たアイディアなのか、それとも他の四人のものなのか、是非知りたいところだが、それをジャッジできる材料が無いのが悩ましい。

唯これだけは言えるだろう。1928年における「飛機睥睨」終盤の執筆と、華麗なる乱歩復活作「陰獣」の執筆とは時期が重なっている。ということは〝耽綺社〟の他のメンバーが考えたプロットとはいえ、「飛機睥睨」を(しぶしぶながらも)書き続ける作業は「陰獣」を生み出す為の肩慣らしになったと思えなくもないし、もっと重要なのは、自作の長篇が売れる為には何が必要なのか、漠然と心の中で乱歩は再認識できた可能性もあるんじゃないかと私は考えるのである。

 

 

 

現にそれまで「闇に蠢く」「空気男」「一寸法師」と、長篇で悉く失敗していた乱歩だったが、翌19291月よりスタートさせた「孤島の鬼」では、同性愛を小説に盛り込むにあたり岩田準一の助けもあったとはいえ、初めて長篇で大成功を収めた。おまけに同年夏にはそれまで敬遠していた講談社系の雑誌にて大衆受けを狙った「蜘蛛男」さえもスタートさせている。そんな昭和24年の乱歩の動向を思い起こすと「空中紳士」は内容こそちっとも成功していないとはいえ、乱歩にとっては次のステップへ離陸するための滑走路的な作品になったのかもしれない。

 

 

 


(銀) 光文社文庫版の『乱歩全集』で語句改変されてしまった箇所として知られているのは、第四巻収録「孤島の鬼」における〝皮屋〟というワードである。で、第三巻に収録された「空中紳士」においてもそんな語句改変されたワードがあり、このような何の益も無いテキスト改悪を許さない為にも、ここにメモしておく。

 

 

博文館版『空中紳士』 初刊本(本書)

196ページ9行目

屠牛會社の經營者なら牛殺しぢやありませんか。〟

 

 

光文社文庫版江戸川乱歩全集第三巻『陰獣』収録「空中紳士」

440ページ14行目

精肉会社の経営者なら牛殺しじゃありませんか。〟

 

 

 

はるか昔の日本において、牛馬などの動物を処分する生業(なりわい)というのは下層における被差別民のする事だと見做し〝四つ足〟〝四足〟などと呼んでいた。光文社文庫版乱歩全集での〝皮屋〟〝屠牛〟なる言葉が書き変えられてしまう原因も同じ理由から来ている。この乱歩全集と同時期に出ていた他の光文社文庫では〝気違い〟が言葉狩りされていたのに、乱歩全集第三巻「空中紳士」で連発される〝気違い〟については特に標的にされてはいない。なんでやねん?

あと、春陽文庫版『空中紳士』のテキストについてはスルーする。春陽文庫のテキストの酷さは過去に度々書いてきたし、改めてここに取り上げる価値もないからだ。





2020年10月17日土曜日

『犯罪列車』国枝史郎

2013年7月23日 Amaoznカスター・レビューへ投稿

未知谷
2013年7月発売



★★★★   大発見の都市型長篇探偵小説なのだが・・・




発掘され尽したと思われていた国枝史郎の作品に東京を舞台とした探偵小説がまだあったとは!しかも長篇ではないか!おまけにいつもの分厚い国枝本と違い手頃な普通サイズのハードカバーなので、寝転がって楽に読めるのが嬉しい。早速購入し、一気に読んでみた。


                                 


新婚の深井正彦・万里子夫婦は「花嫁列車」に乗り熱海の別荘へ。その夜、正彦は何者かの手によって殺害されてしまう。正彦の友人で、職業が新聞記者である本篇の主人公・隠岐健次は調査に乗り出すが、あたかも帝都では人を殺めず麻酔を操る謎の怪盗【影なき男】が跳梁していた。そんな中、隠岐の恋人・堀口美紗子にも麻酔魔の触手が・・・。

 

 

戦前の長篇探偵小説に見られるルブラン調。モダン都市東京の雰囲気はそれなりにあり、交換手のいた当時の電話トリックがなかなかよろしい。昭和12年1月連載開始にて、女が躰を餌に男を欲情させるシーンは時局柄もう一年遅かったら、地方新聞といえどもこんな煽情的描写は横槍を入れられていたと思う。国枝だから正当派の謎解きは最初から期待していなかったが、伝奇時代小説の如き暴走するプロットではなく意外とカッチリした仕上がりで、探偵小説のファンはともかく国枝ファンからすると、そこは物足りなく感じるかもしれない。

 

                                 


エンターテイメントを意識して書いたそうなので、賊の標的を結ぶ連続する条件に主人公が直感で気付く点など惜しい弱点は散見されるが、それほど気にならない。最も残念なのは、この長篇は全146回連載なのだが、127回・142回・144回が欠落している点。しかもそれらは終盤の謎が解明される場面。確かに大筋の理解に問題はないとはいえ、これはなんともイタイ。関係者の方は随分探されたことだろうと想像するが、初出新聞『南信日日新聞』の欠落回該当号はどこかに残存していないのだろうか・・・嗚呼・・・。この欠落さえなければ ★5つだったのに。

 

 


(銀) ところが何年か経って、本書未知谷版『犯罪列車』の欠落を補うテキストが発見され、その三回分のみを小冊子にした『「犯罪都市」補遺』(16頁/300円)が発売された。「えっ、「犯罪都市」? 「犯罪列車」の間違いじゃないの?」と言うなかれ。説明しよう。

 

 

東京の盛林堂書房が出している同人出版によく参加している善渡爾宗衛が北海道の図書館にて、昭和12年2~7月の『室蘭毎日新聞』に連載されていた国枝史郎の「犯罪都市」という長篇小説を発見。調べてみたらこれが本作「犯罪列車」の改題だったそうだ。「犯罪都市」を読むと微妙に異同があったのでヴァリアント・テキストと見做したものの、連載68回目に一回分欠落があり、ここからは私の想像だが未知谷版『犯罪列車』がまだバリバリ流通していたので、インディーズとはいえ一冊の新刊として「犯罪都市」を売り出すのは見合わせたのだろう。

 

 

こうして失われていた三回分の『「犯罪都市」補遺』と併せて読む事で、『犯罪列車』の全体像は(一応)掴めるようになった。昔の地方新聞には(テキストだけでなく挿絵の面でも)我々がまだ知らない小説の宝の山が埋もれている。けれど非常に悩ましいのは、本作のようにせっかく発掘してもどこかしら欠けている回があったり、マイクロフィルムのコンディションが悪くて読めない文字があったり、あるいは同じ小説がタイトルを変えて、まったく違う地方の新聞に改めて連載されていたりするなどの面倒臭さがあること。

 

 

2020年928日にupした『正木不如丘探偵小説選 Ⅱ 』の記事にも書いたように、私も昔の新聞から連載長篇小説をdigった経験は少しだけあるが、どれも一回として欠落回が無かったのは本当にラッキーだった。空襲で国土を焼かれていなければ、このような欠落問題とて回避できたかもしれないのに。




2020年9月22日火曜日

『国枝史郎伝奇風俗/怪奇小説集成』国枝史郎

NEW !

作品社  末國善巳(編)
2013年3月発売



★★★★  翻訳怪奇小説集「恐怖街」
             /性欲風俗長篇「生のタンゴ」



作品社の重くてファットな国枝史郎の本もこれでシリーズ打ち止め。海外パルプマガジンの怪奇小説を国枝自身が翻訳した『恐怖街』という古書市場でもお目にかかれるチャンスの無い昭和14年の稀覯本がある。それを遂に甦らせたのは実にめでたい。『恐怖街』に収録されていた作品はこちら。

 

 

「地獄礼賛」(原作:GT・フレミング・ロバーツ)

「恐怖街」(原作:サンダース・M・カミングス)

「獣人」(原作:エドモンド・ハミルトン)

「復讐に燃えて」(原作:HM・アッペル)

「クルダの衆道」(原作:アーサー・J・バークス)

「死のおもかげ」(原作:フランク・ベルクナップ・ロング)

 

 

この六短篇は『スリリング・ミステリー』という洋雑誌の1936(昭和11)年5月号に載っていたもので、たまたま入手した国枝が特に深い見識もなく、軽い気持で上記の作品を選び翻訳したのでは、というのが編者・末國善巳の見立て。

 

 

考えてみると、国枝が慕っていた小酒井不木は生前、パルプマガジンの代表格『アメイジング・ストーリーズ』に関心を寄せていた訳だし、不木が亡くなった後でも、その影響は残っていたのかもしれない。当り前だが国枝のオリジナル創作伝奇小説とは口当たりが異なる。その違いにも目を向けたい。


                   

 

 

次は新聞『大阪時事新報』に昭和7年夏から半年程連載した長篇生(いのち)のタンゴ」単行本初収録だが、これは初刊本が発禁扱いにされた長篇「ダンサー」の姉妹編的内容で、昭和初期のモダニズム文化をベースにした風俗小説である。国枝はそのコンセプトを「一種の社会小説、人情小説、問題小説であります」と申し、ある部分ではプロレタリアな階級主義への批判もしているけれど、これはう読んでも ❛ 男の性欲を狂わせる素晴らしい肉体を持った魔都上海帰りのヴァンプ ❜ である主人公ネルリを中心に据えた、彼女に群れる牡どものダラダラしたストーリーにしか見えない。

 

 

ふつうポップソングにはAメロ → Bメロ → サビ → エンディングという型があるように小説にも起承転結がある。だが国枝の長篇は音楽に喩えると、あるパターンのフレーズを延々ループするハウス・ミュージックのごとく、物語のクライマックスと呼べるカタルシスがないままエンディングを迎える傾向が見られる。「生のタンゴ」も、おぞましい畸形児が登場するあたりから話を盛り上げてくれるのかなと期待するものの、愛想の無い国枝節は変わらない。

 

 

その他にも既刊本に未収録だった短篇や戯曲、エッセイを数篇収録。作品社の国枝本はゾッキ扱いで安売りされている巻もあるが、本書は私のような探偵小説読者も買っているのか、あまり安売りされているのを見かけない。「恐怖街」だけでも興味があったら、定価で売っているうちにキープしておいたほうがいい。


 

 

(銀) 「生のタンゴ」繰り広げられる、男と女がSEXに振り回されるこのチャラい光景は、昭和末期~平成初頭の浮かれていた日本、自分がこの目で見てきた状況とそれほど差を感じないのが面白い。そんな享楽の後には暗く深刻な時代が訪れるものだ。


それはさておき、作品社のような厚くて重い本は寝ながら読んでいても手が疲れる。「恐怖街」「生のタンゴ」それぞれ単品に分け、もっと扱いやすい大きさ/厚さの本で出してくれたらよかったのに。

 

国枝史郎の入れ込んだ一番の趣味といったらダンスで、二番目は麻雀。彼が編集代表としてクレジットされている『麻雀時代』という戦前の麻雀雑誌を所有しているのだが、本書の「ダンス与太話」というエッセイを読むと〈名義だけの編集主幹〉だった事が判明。そりゃそうだろうな。





2020年6月24日水曜日

『国枝史郎探偵小説全集〈全一巻〉』国枝史郎

2009年5月19日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

作品社 末國善己(編)
2005年8月発売



★★★★   乱歩への嫉妬を秘めて




後半の随筆集を目当てに購入。感情的・ヒステリックというか、ちょっと論理的でない物言いが多い。国枝本人によると、バセドー病による心の不安定さがそうさせているらしい。病のせいかどうかはともかく、こういう人は時々周りにいるけれど。

 

 

そして江戸川乱歩への棘のある発言が続く。その原因の元は、ラストでのどんでん返しを狙った国枝の好短編「広東葱」より、後発の乱歩作「二銭銅貨」のほうが余りに評価が高かったため、心中穏やかではなかったんじゃないかと編者・末國善己は解説にて推理している。国枝の気持はわかるがこれは逆恨みじゃなかろうか。間に立った小酒井不木の苦労が偲ばれる。この辺の人間模様は『子不語の夢』に詳しい。

 

 

ただ、早い時期に横溝正史を評価している点も目についた。病における鬱屈を創作への力に変えられればよかったのだがね。伝奇小説のあの良い味を活かして、探偵ものでも長篇いや中篇でも何か一本そこそこ良いものを遺していれば・・・という気がしないでもなかった。本書は限定1,000部発行。

 

 

 

(銀) 上記のレビューを書いた当時、国枝史郎の探偵小説もしくはカテゴリー的にそれに近いものを収録した現行本で主だったものは次の五冊だった。
 

● 本 書

● 未知谷『国枝史郎伝奇全集』第一巻(長篇「沙漠の古都」収録)

● 未知谷『国枝史郎伝奇全集』補巻(長篇「東亞の謎」収録)

● 光文社文庫『幻の探偵雑誌 6 「新趣味」傑作選』(長篇「沙漠の古都」収録)

● 学研M文庫『伝奇ノ匣〈1〉国枝史郎ベスト・セレクション』

 (戯曲集「レモンの花の咲く丘へ」収録) 

 

ところが、2013年にはなんと海外怪奇作品の国枝翻訳アンソロジー「恐怖街」(古書でも入手 超困難のブツだった)を含む『国枝史郎伝奇風俗/怪奇小説集成』が、更には今までその存在を聞いたこともなかった創作長篇ミステリ『犯罪列車』までもリリースされるという快挙が続いたのである。


『沙漠の古都』は2018年に河出書房新社からも単行本が発売されている。