2020年8月31日月曜日

『完本人形佐七捕物帳第二巻』横溝正史

2020年3月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿


春陽堂書店
2020年3月発売


★★    レアな単行本初収録ものが全集に無いからこそ
      痒い処にまで行き届いた解題・解説が求められる




捕物帳❜ というのは変なポジションにあって。日本固有のものだからなのか、ミステリーの要素を持ち合わせていながら近現代が舞台である探偵小説と違い、トリック等のオリジナリティーを評論家や読者から「やいのやいの」求められることもないし、他人のネタも使い放題。



第二巻収録分は大日本帝国がきな臭くなった昭和1416年の作品で、当時「探偵小説は控えろ」という日本人の持病過剰自粛が蔓延していたのに「人形佐七捕物帳」の中では探偵趣味が罷り通っている。由利・三津木コンビはダメなのにお玉が池の親分ならOKって、なんとも滑稽な話でゲスな。


                     



第一巻では初出の設定を踏まえなかったため、話によって辰・豆六がいたりいなかったり座りが悪い感じを受けたかもしれないが、とりあえず本巻からはふたりともずっと登場する。




新発見のレアもの収録がほぼ無い点で、今回の『完本人形佐七捕物帳』は現在国書刊行会からリリース中の『定本夢野久作全集』と状況が似ている。そんな場合は特に全集の存在意義に解説パートの充実が問われる。『定本夢野久作全集』は月報も付いているのだが、それも含めた本編以外の部分が高額な価格の割にはそれまでの全集・選集と比べて面白くない(最終的な感想は最後の巻が出た時に改めて触れるつもり)。で、本全集はといえば正史の次女・野本瑠美の横溝家回想録と解説・解題の二本立てで進行。




(前巻のレビューで指摘した)本巻に入っている「血染め表紙」は『講談雑誌』に初出掲載された「漂流奇譚」ヴァージョンで収録してほしかったが、予想どおりスルーされた。まあ後者で本編に載せてしまうと内容がホームズでいうところの「最後の事件」であるため、それに呼応する「空家の冒険」的な佐七が帰還するエピソードがなければ不自然だし、そんな話を正史は書いていない。




だから「血染め表紙」ヴァージョンを採った考えはよくわかるが、他のエピソードと違って特殊な事情を持っているんだし、解説頁に「漂流奇譚」ヴァージョンをボーナス・トラック扱いで載せるとか、それも無理なら削除されてしまった文章だけでもせめて光文社文庫版江戸川乱歩全集風に紹介するぐらいのサービスがあってよかったんじゃないか?繰り返し言うが、本全集には単行本初収録となるエピソードが今のところひとつも無い予定なのだから・・・「いわゆる横溝正史研究者にそこまで行き届いた目配りを求めるのが無理な相談だよ」と言われりゃ、そうかもしれないが。
                  
 
                    
 
 

そういえば、前巻を読み終わって自宅のライブラリーに仕舞おうと棚をいじっていたら、1998年筑摩書房版岡本綺堂『半七捕物帳』(全集?)が出てきて、これが本全集の装幀とそっくり。函・ソフトカバーなだけでなく税抜価格が4500円なとこまでなにも先輩・半七の真似しなくてもと笑ってしまった。





(銀) 時局の悪化により正史は人形佐七の連載打ち切りに追い込まれる。その時の連載最後の回が「漂流奇譚」で話は唐突に日本に迫る巨悪の存在を匂わせ、そんな世の中に嫌気がさした佐七一家は江戸を去る・・・というとんでもないフィナーレを迎えるのだ。




今まで単行本に収められた事のない「漂流奇譚」は今回の全集における数少ない目玉のひとつだったのに・・・まったく浜田知明というのは訳に立たない男だ。またその他の春陽堂の本にしても、2020618日当Blogupした今野真二『乱歩の日本語』が孕む問題について、私以外に中相作『名張人外境ブログ2.0』からも鋭い指摘がいくつも挙げられている始末。氏のブログの7月の投稿を是非ご覧頂きたい。




それは春陽堂だけのせいではないとはいえ、こう立て続けに内容に不満のある本を出されたのではこちらもテンションが下がる。更に更に、本の内容以外でも疑問視したくなるような事が起こり・・・以下、本全集第三巻の記事へつづく。






2020年8月30日日曜日

『クムラン洞窟』渡辺啓助

NEW !

出版芸術社 ふしぎ文学館
1993年11月発売



★★★    事実とフィクションを交配させた異国ロマン



この本が出た90年代は渡辺啓助翁まだ健在なりし頃。懐かしいなあ。これは秘境シリーズとして雑誌『宝石』に発表した作品を纏めたものである。以下、括弧内は初出掲載年月、その右側は各作品の中で題材に使われている国・地域を示す。 


 

□ 「クムラン洞窟」   (昭和342月)~ 中東アジア


 

□ 「島」        (昭和363月)~ マダガスカル

□ 「嗅ぎ屋」      (昭和365月)~ ジャマイカ

□ 「追跡」       (昭和36年7月)~ 南米マット・グロッソ

□ 「悪魔島を見てやろう」(昭和369月)~ 仏領ギアナ・ディアブル島

□ 「崖」        (昭和3611月)~ ネス湖


 

□ 「シルクロード裏通り」(昭和381月)~ 東トルキスタン

□ 「紅海」       (昭和382月)~ 中近東

□ 「逃亡者の島」    (昭和383月)~ 南太平洋

 

 

米国の有名な雑誌『National Geographic』に載っていたリアルな地球上のネタを膨らませたフィクション・ストーリー。〈秘境〉といっても香山滋や小栗虫太郎のように探検家キャラを設定している訳でもないし彼らほど空想的なSF色はないので、兼高かおるならぬ  ❛ 渡辺啓助が描く世界の旅 ❜ とでもいった趣きか。外地を題材にした作品でも戦前における亜細亜大陸見聞記路線の『オルドスの鷹』などと風合いが異なるのは当然。


 

一冊通して地味な内容だし話はフィクション仕立てなのだから、「紅海」に登場する女流魚類学者アグネス・ミラー博士のようなセックス・アピールを振りまくレディを全エピソードに登場させる勢いのケレン味でもって、男性読者を釣っても良かったのではないか。それと渡辺啓助本人によるあとがき、加えて著書リストがわざわざ付いているのだから解説もあってしかるべきなのに、無いというのが ×。




(銀) 私が持っているのは初版だが日下三蔵の仕事だからか校正甘いな。まず目次からして、著者リストじゃなくて著書リストじゃないの? 探偵小説の枠に飽き足らなくなった啓助の戦後のアプローチの一部がSFであったり、また本書に収録されている異国ロマンだったり、いろいろな方向に挑戦はしているが、戦前の『地獄横丁』『聖悪魔』に肉迫するような良いものは生み出せなかった。




2020年8月27日木曜日

『土山秀夫推理小説集/あてどなき脱出』土英雄

2012年6月7日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

長崎文献社
2012年5月発売



★★★★★   幻の探偵作家・土英雄87歳、初の推理小説集




土山秀夫。長崎大学元医学部長で現在「世界平和アピール七人委員会」メンバーの一人。そして氏には幻の探偵作家「土英雄」というもうひとつの顔がある。 

 

 

山前譲編『探偵雑誌目次総覧』を開くと、土英雄作品は七作載っているが、
本書には昭和30年以降の四短篇「深淵の底」「影の部分」「妄執」「切断」、
加えて昭和50年に脱稿したまま未発表だった中篇「あてどなき脱出」を収録。 

 

 

「あてどなき脱出」の舞台は第二次世界大戦時のドイツ。ナチスの統制監視下におかれた強制収容所の病理実験室。満洲から派遣された軍医中尉・宗像昭はロケット光学研究者クリスチーヌに心惹かれるが、殺人兵器開発を拒否する彼女にナチスの魔の手が迫る・・・。 

 

 


 

大手でない出版社の本に対するAmazon.co.jpの扱いは劣悪で、この本にしても早々に予約しながら発売日を過ぎても一向に入荷・発送しないので、Amazonは早々にキャンセルし版元から通販で購入した。長崎文献社のHPではごく小部数限定ながら著者サイン本を販売している。興味のある方はそちらをご覧になられたら如何? 

 

 

 

(銀) これはもう内容よりも、土英雄の本を出してくれた版元・長崎文献社を讃える気持だけで満点評価。長崎市名誉市民でもある土山秀夫は20179月に逝去、享年92TBS系の番組JNNドキュメント「追悼 谷口稜曄・土山秀夫〜被爆地が歩む道」は観てみたかった。ちなみに著者サイン本販売の情報は当時のもの。




 

2020年8月25日火曜日

『佐左木俊郎探偵小説選Ⅰ』佐左木俊郎

NEW !

論創ミステリ叢書 第124巻
2020年8月発売




★★★    虐げられし者たちの抵抗




同じ内容の小説でもどういう訳か、現行本で読むより年季の入った旧仮名時代の古書で読むほうが面白さ二~三割増しに体感する。戦前の本は総ルビだったり味わい深い装幀が施されていたり字をぎゅうぎゅう詰めに組んだ現代の本と違ってゆったりした文字組みにされているので、  不思議と作品から受ける印象が大きく違う場合も多い。となると時にはその小説の真価を見誤ることだってありうるのではないだろうか?


                   

 

長篇「狼群」に向き合うのは新潮社「新作探偵小説全集」初刊本(昭和8年)を入手した時以来 だから、もう何年ぶりになるだろう。今回再読してみて「あれっ、こんな話だったっけ?」と いうのが正直な感想。もう少し探偵小説としての読みどころがあるものと思い込んでいたが、 あれこそ初刊本の魔力だったか?


 

房総の田舎で代議士が危険分子集団に襲撃される事件が発生。そして危険分子の中には代議士と同じ党派の衆議院議員 青堀周平宅の使用人・瑞沢嘉知雄も加担しているのでは・・・と見られている。元々瑞沢家は素封家で、嘉知雄の父は青堀周平の面倒を見ていたのだが事業を躓かせた為に零落。父母を亡くし天涯孤独の身になった嘉知雄は青堀家の下男同様に成り果ててしまって いた。


 

瑞沢嘉知雄は本当に危険分子の一味なのか? また青堀周平の娘・洋子との恋愛はどうなるのかという要素はあるけれど、彼をこの物語の主役とするには無理があるし、物語の大筋は危険分子対警察との争闘であって、個人主義に基づく探偵小説のポリシーにはどうもそぐわない。

 

                   

 

もうひとつの長篇「恐怖城」も基本的にその問題点は一緒。森谷牧場の令嬢・紀久子には男前の婚約者 松田敬二郎がいる。両親を紀久子の父・森谷喜平に滅ぼされ今では犬のように牧場でこき使われている高岡正勝は、幼馴染で本来自分の嫁になる筈だった紀久子のことだけはどうしても他人に奪われたくはない。そんな中、紀久子が誤って正勝の妹・蔦代を射殺してしまう。紀久子の弱みを握ってしまった正勝は自分の欲望を果たす為に喜平を殺害し・・・。

 

                   

 

結局「狼群」も「恐怖城」もストーリーの中で犯罪こそ起こっているが、根底にあるのは〈富める者に対する貧しき者の抵抗〉、それが全てではないのか。私は戦前の農民小説って他にどんな作品があるのか不勉強で知らないけれど、もしかしたら人間と大地の営みをポジティヴに描いているものだってあるだろうし、農村を題材にしたものが貧者の鬱屈した小説ばかりという訳でもなかろう。


 

であればこの二長篇は、戦前の社会派ならぬ格差小説とでも言うべきか。佐左木俊郎は文壇の中ではプロパーなプロレタリア作家グループに入れてもらえなかったと解題には書いてあるし、 かといって探偵小説の在り方からもかなり逸脱しており、実に奇妙なポジションにあるのは否めない。幸いにして今後取り上げる予定の正木不如丘などに比べたら、佐左木のほうが読者を惹きつける筆力は勝っている。「熊のいる開墾地」のような短篇のほうがまだ長篇よりも探偵趣味が 感じられるし、次回配本『Ⅱ』は短篇集になるのでどれだけ挽回できるか?





(銀) なんで「恐怖城」ってタイトルを付けたのだろう? 作中に一言も出てこないし、それを象徴するものさえ何もない。サブタイトルの「復讐双曲線」のほうがよっぽど内容に合っているのに。


 

盛林堂書房での本書通販分には特典ペーパーが付いており、それを買った知人に聞くと「土方 正志の〈『佐左木俊郎探偵小説選』全二巻の刊行に至るまで〉っていう文章が一枚のA4用紙両面に印刷されてるだけで、こんなのだったら送料無料の通販サイトから買えばよかった」と怒っていた。


 

今回の佐左木の本は実は東北の出版社・荒蝦夷からの刊行が予定されていたのだが、震災等の 影響で論創ミステリ叢書に委ねることになったとある。だからなのかもしれないが、この叢書は特別な理由が無ければ底本は初出を採用するのがルールなのに「熊の出る開墾地」は英宝社版『佐左木俊郎選集』のテキストを使っているのは如何なものか。



本書の校正は横井司がやっていて、論創ミステリ叢書の総監修から外れてもこんな作業まで  しなくちゃならないんだなと少し気の毒になる。でも飛鳥高の巻といい、浜田知明ではなく横井が校正すれば誤植が無いのだから今回その点だけは良かった。


 


2020年8月24日月曜日

『狩久探偵小説選』狩久

2014年4月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

 
論創ミステリ叢書 第44巻
2010年3月発売





★★★★     This Is Not Enough



狩久もまた、これまで著書が『妖しい花粉』『不必要な犯罪』のたった二冊しかなかった。  2010年春に本巻が出た時はかつてアンソロジーの中の彼の短篇を単品で読んだ印象と同様に、 その雑多性がさほど良いとは感じなかった。


 

瀬折研吉・風呂出亜久子の登場作品「見えない足跡」「呼ぶと逃げる犬」「たんぽぽ物語」  「虎よ、虎よ、爛爛と~一〇一番目の密室」。ユーモアを交えた論理物だが、余計な装飾が多い気がする。風呂出亜久子は後の赤川次郎が書きそうな女子大生みたいなライトタッチじゃなくて本来いい女なのだからそこが活きるように描いて欲しかった。元『幻影城』読者だった中高年の自称マニアなおっさん達にはウケの良い「虎よ、虎よ・・・」だが、深夜に虎を連れ歩いて邸に運ぶなんてのは戦前の乱歩の時代とは違うのだからどうもリアリティに欠ける。


 

それに比べると「落石」「氷山」「ひまつぶし」「すとりっぷと・まい・しん」「山女魚」  「佐渡冗話」「恋囚」「訣別~第二のラブレター」「共犯者」はシリアス・タッチと論理がまだ親和している。狩久という人は作品に自分自身をやたらと登場させる。そんな作風を個性として好む読者がいるのはよくわかるが、私にはtoo muchに思える事も多い。特に「訣別」なんかは内輪ネタ過ぎて。


 

しかし―。2013年に篤志家がなんと私家版『狩久全集』(妻・四季桂子全集を含む)全7巻なるものをリリースしたので全ての狩久作品を通読することができ、この作家の最大の美点がやっと掴めたのである。要するに、匂い立つような女の官能を書かせたらもう天下一品なのだ。   本書収録作にもその片鱗はあるけれど氷山の一角に過ぎない。この『狩久全集』はとても豪華で丁寧に作られているのだが、購入窓口が限られており少部数発行かつ超高額で誰でも気軽に入手する訳にはいかないのが問題。


 

本書だけで狩久が判断されてしまう事のないよう、官能的な作品を集成して発売されるのを強く希望する。これまでの論創ミステリ叢書を見ていると、複数巻出す作家の選択がおかしいと思うことがしょっちゅうある。本書はよく売れた方だと聞いた事があるが、                      なぜ狩久の続刊を出さないのか?




(銀) これもねえ、Amazon.co.jpのレビュー欄に投稿した時には★5つにしたけど、    本巻の中で瀬折研吉・風呂出亜久子ものはあんまり好みではない。だから誤解の無いよう★4つに訂正しておく。(この系統の作品を含まないセレクトだったら躊躇うことなく★5つにしていた)


 

もし自分で、日本の探偵小説の〈エロティック・ミステリー集〉みたいなシリーズ本を編纂して一作家一冊出すようなことになったら、その中に狩久は絶対入れるんだがなあ。        アングラな〝性〟の本をバンバン出していたちょっと前の河出なら、こういう企画を商品化してくれるかなと待ってたんだけど、最近はエロ路線やってないみたいで。


 

話題に挙げている『狩久全集』を制作した佐々木重喜ご本人から「2014年暮~2015年を目処に『狩久全集』別巻二冊を出したい」と知らされていたのだが、その後『狩久全集』別巻どころか氏の噂も聞かなくなってしまった。何かあったのだろうか? 本はともかくとして佐々木氏が健在かどうかだけでも知りたいのだけど。




2020年8月23日日曜日

『乱歩彷徨/なぜ読み継がれるのか』紀田順一郎

2011年11月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

春風社
2011年11月発売



★★★★   「怪人二十面相」謎の休載の裏に2・26事件の影


   


この歳になって紀田順一郎が江戸川乱歩評論を上梓するとは思わなんだ。そして予想以上に充実した内容にちょっと驚き。





『探偵小説四十年』に「負」の情報の隠蔽があるのを喝破したのは中相作だったが、中氏がwebサイト『名張人外境』で長年検証してきた手法が本書に活かされているところもある。例えば『探偵小説四十年』にてスルーされた、矢留節夫が戦後の乱歩をジリ貧だと評したコラムに着目。こういう、乱歩が自著に残していない情報は得てして乱歩評論から抜け落ちてしまうもの。


ジュブナイル第一作「怪人二十面相」を初出誌『少年倶楽部』と単行本のテキストとで比較し、連載の進行に伴う乱歩の執筆意識の変化と取巻く当時の黒い世相、そこから意外な盲点を炙り出す。この第二部は本書中、圧巻の面白さだ。


ただ少年探偵ものの嚆矢とされる「怪人二十面相」には、先行して発表された佐川春風(=森下雨村)の「怪盗追撃」(戦前ヴァージョン)によく似た場面がいくつもある。この「怪盗追撃」は古書でもなかなか読めないうらみがあり紀田も気づいていない。「怪人二十面相」、必ずしも全てにおいて革新的とは言えない事実を、今後誰かが新たな評論としてものするのを待ちたい。






そして乱歩戦後最大の敵を松本清張と置く。私など所詮清張ごときは坂口安吾と同様、他ジャンルからミステリ界にたまたま足を踏み入れただけの作家としか思っていないのだけど、清張が「お化け屋敷」と揶揄する探偵小説は二時間ドラマネタの社会派ミステリなんぞよりもしぶとい固定ファンの支持があるからね。おっと、175頁の「偕成社」は「ポプラ社」のミス。

 

 

本書が生まれたとなれば2009年神奈川近代文学館「大乱歩展」の意義も大きかったと喜びたい。必読の乱歩評論が一冊加わった。






(銀) 手応えのある内容だったのでAmazon.co.jpレビュー投稿時には★5つにしたけど、この本の初版は本当に間違いが多かった。それも『江戸川乱歩語辞典』みたいなゴミ・レベルの本ならともかく、紀田順一郎の著書にこんなミスがあってはいかんだろ。




いちいち細かいこと言いたかないけど、近頃は論創社の本まで平気で誤字だらけだったり、ましてや毎日twitterとヤフオクしかしていなくて単に長年横溝正史にパラサイトしているだけの木魚庵みたいな人間が『金田一耕助語辞典』の制作やNHKの番組に呼ばれるご時世。一体どこまでプロフェッショナルのいない世の中になってゆくんだろうな。




そんなことだからスマホ無しでは生きていけないアタマの悪い連中には「本なんて誤植やミスが数か所あってもフツーでしょ?」みたいな考えがまかり通るんだよ、ったく。少なくとも探偵小説関連の書籍にだけは今以上〈誤植やミスだらけの本〉が増えてほしくないので、本書も厳しく★1つ減点した。紀田順一郎もいよいよ老いてしまったのか、春風社の校正担当者が仕事のできない人間だったのか、定かではないけれど。





2020年8月22日土曜日

『十三の階段』山田風太郎

2011年9月8日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

出版芸術社 山田風太郎コレクション③
2003年2月発売



★★★★★   『宝石』世代の探偵作家ショーケース



山田風太郎が参加した連作小説コンピレーション。こういった珍品群は、大物でも各自の著書にその書き手の分しか収録されなかったりするので、時が経ち絶版にでもなってしまうと入手が厄介になる。在庫があるうちに買っておきたい。




■「白薔薇殺人事件」 香山滋 → 島田一男 → 山田風太郎 

                    → 楠田匡介 → 岩田賛 → 高木彬光


■「悪霊物語」    江戸川乱歩 → 角田喜久雄 → 山田風太郎

■「生きている影」  角田喜久雄 → 山田風太郎 → 大河内常平

■「十三の階段」   山田風太郎 → 島田一男 → 岡田鯱彦 → 高木彬光


■「怪盗七面相」   島田一男 → 香住春吾 → 三橋一夫 → 高木彬光 

                       武田武彦 →  島久平 →  山田風太郎


■「夜の皇太子」   山田風太郎 → 武田武彦 → 香住春吾 → 山村正夫

                                                               → 香山滋 → 大河内常平 → 高木彬光

 


「十三の階段」で全篇活躍する神津恭介は他にも本書のあちこちに登場するのでお楽しみに。「悪霊物語」では風太郎が明智小五郎・加賀美敬介を登用。「怪盗七面相」には荊木歓喜ら参加作家のお抱え探偵キャラ達が各話に出演(ただ敵役七面相ってのがショボい)。少年もの「夜の皇太子」はなんとか初出誌が揃ったそうで、初の全話単行本収録。


 

連作は雑誌の話題作りが目的ゆえ統一性が無いなどと云われるが、なかなかどうして最初の四篇は緊迫感を楽しめた。アジャパーなんて時代を感じる当時の流行語がお気楽に使われてたりするのも連作ゆえの遊びかしらん。こんなテーマでもやっぱり角田喜久雄は小説が上手いし、風太郎と高木彬光はトップもしくはラストを任される事が多いんだね。いや満喫。痒い処にまで行き届いた、出版芸術社による気の利いた企画だった。


 

でも乱歩、風太郎と連作ものを纏めた単行本があって、なぜ横溝正史のそれは未だにないのか、この辺がよくわからない。



(銀) 出版芸術社は2015年に静山社系列に身売りされたが、原田裕が逝去した今でも事業は継続されていて新刊本も出している様子。だが、原田ほど探偵小説に愛情があるとは思えぬ現在の社長に私が買いたくなるような新刊を出す意向は全く無さそうで、時の流れには逆らえないということか。

 

その出版芸術社が過去にリリースした風太郎本の中で、危惧したとおり本書は流通が無くなっている。風太郎以外の各作家のファンがこぞって買った為にこの巻だけわりと売れた? もしくは出した部数が他の巻より少なかった?




2020年8月21日金曜日

『「宝石」一九五〇/牟家殺人事件 』

2012年5月13日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫 ミステリー文学資料館(編)
2012年5月発売




★★★★    「抜打座談会」は載せてほしかった



今回は長篇「牟家殺人事件」(魔子鬼一)に四短篇「首吊り道成寺」(宮原龍雄)     「四桂」(岡沢孝雄)「贋造犯人」(椿八郎)「妖奇の鯉魚」(岡田鯱彦)を収録しているが、前回の『悪魔黙示録 「新青年」一九三八』ほど満腹感はなかった。でも作品セレクトの良し悪しはあくまで私個人の嗜好の問題なのでたいした事じゃない。気になった点は他にある。


 

「一九五〇=昭和25年」が探偵小説界にとってどういう年だったか、本書でそれを象徴しているのは小説よりも、江戸川乱歩派 vs 木々高太郎派の論争をレポートする二つの随筆「抜打座談会を評す」(江戸川乱歩)「信天翁通信」(木々高太郎)だと思うのだが、論争が起こるきっかけとなった「抜打座談会」そのものが未収録なのはいただけない。底本を『宝石』のみに限定してしまった為に、『新青年』に掲載された「抜打座談会」は収録できなくなってしまった。   これは失敗だったんじゃないかなぁ。


 

『悪魔黙示録 「新青年」一九三八』のレビューに書いたとおり、探偵小説年鑑みたいに一年単位で区切ってフォーカスするアイディアはGood。ただ、掲載するテキストの底本元雑誌を一年一誌とはせず、また探偵雑誌からだけではなく良い作品があれば大衆雑誌からも採ったってよかったのでは?なんだかミステリー文学資料館に蔵書があるものからしかテキストを選ぶ気がなさそうなんだよね、最近。 山前譲・新保博久のご両人及び光文社文庫の担当編集者氏、その辺なんとかなりませんか?


 

もうひとつ。前回も思ったけど、クロニクルなのだから時事も絡めて解説をもう少し熱っぽく 書いてほしいな。なぜ〈その年〉に注目したのか、そして〈その年〉の社会情勢はどうで、  探偵小説界はどういう状況で、収録された作家はどういう活動をしていたかを。       でないと昭和25年の『宝石』にはこんなのが載ってましたよってだけのアンソロジーに思われてしまう。このシリーズの方針を改めて明確にするためにも次巻での巻き返しに期待する。




(銀) 前回の『悪魔黙示録 「新青年」一九三八と本書をもって、ミステリ・クロニクル・ シリーズは終了してしまった。『「宝石」一九五〇 牟家殺人事件』は作品選択があまりにも マニアック過ぎて一般層は手を出しにくかったのかな? 自分的には『麺’s ミステリー倶楽部』『古書ミステリー倶楽部』みたいなつまらない企画よりよっぽど良いと思ったのだが。


 

本書に満足できなかったのは、メインの魔子鬼一「牟家殺人事件」が字面がやや読みにくい内容だったというのもある。この人は本格の資質を持ち合わせていないようだし、ズブズブの変格で創造のイメージを自由に広げたほうが良いものが書けたかも。




2020年8月20日木曜日

『少年少女昭和ミステリ美術館~表紙でみるジュニア・ミステリの世界』

2011年10月24日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

平凡社  森英俊・野村宏平(編)
2011年10月発売




★★   最高のVisual Bookだけに、
       書影・書誌データとも思ったよりミニマムで残念



不幸にも元来、児童向け探偵小説本はユーザー・研究者の両方から粗雑に扱われてきた。だから本書の刊行には多大な期待を寄せていた。



まず通読して思ったのは、一冊分の書影が大きすぎて掲載冊数が少ない事。各書影を小さくしてかまわないから、特に稀少で人気の高い(第二〜三展示室に掲載されている)昭和45年までの各全集は可能な限り全ての書影を並べてもらいたかった。この分量ではあまりに物足りない。


 

また巻末に全集リストが付いているが、タイトルと作者名だけがメインでは簡素すぎる。本書は上質なハードカバー製なので増頁して価格を上げたくない事情は解るけれど、紙質のコストを抑える等の工夫をしてでも書誌データ(頁数、装幀・挿絵画家名、収録作品詳細、前書・後書・解説・函カバーの有無、発行日、等)はキッチリ明記するべきだった。



 

書かれた文章を読んで感じるのだが「この全集のうちどれがキキメ(入手難)」などと悪い意味でのコレクター臭がある。喜国雅彦らと繋がっている森英俊を編者にするとこうなるから駄目なのだ。資料として後世に残す愛情があるなら、そんな古本キチガイの蘊蓄よりも優先すべき情報がある筈だろうが。その点、発刊当時の関係者の一人である内田庶の証言は意味があった。


 

本書を読んで現物が欲しくなった方に申し上げる。ただでさえ投機の対象になっている探偵小説古本、まして児童書は近年その筆頭。上記第二〜三展示室掲載の多くの古書は5桁、ものによっては6桁もする。火傷をしたくないなら2011年秋『少年小説コレクション』をスタートする論創社のような、テキストを改悪しない良識出版社に復刊リクエストをよせるのもいいかもしれない。


 

評伝『別名SS・ヴァン・ダイン』を出したばかりの藤原編集室の本書立案は評価できるが、全ての現物を所有するのが相当困難なのは誰の目にも明らかなだけに、編集内容は★★。本当に惜しい。森英俊と、協力した古本屋には★1つの資格もなし。




(銀) 藤原編集室と森英俊。真っ当な編集者と転売が日課の古本乞食とが一緒に仕事をする、現代の探偵小説業界が芯から腐敗しているのを象徴するような組み合わせだ。


 

今となっては嘘みたいな話だが、昔の古書目録をひっぱり出して見てみると1999年頃までは本書で扱われているジュブナイル古書は、稀少なものでも(超レア・アイテムを除けば)度が過ぎる価格は付けられてはいなかったのがわかる。だが本来、少年少女探偵小説の旧い単行本や雑誌はコドモが買ってもらうものだから、やたらと名前や住所だったり意味の無い落書きが書き込まれている場合が多い。コドモが成長すると親は彼らが大事にしていた本や雑誌を捨ててしまうため後世まで生き残る数が少ない上、書込み・痛みの無いものとなると本当に珍しくなる。


 

それに目を付けた〈ミステリ専門店を名乗る古本屋〉が、「新しいカモを見つけた」とばかりに法外な価格に吊り上げていく。おまけに森英俊のような奴らがレアなジュブナイルを必要以上に持ち上げて騒ぎ立てるので、結局ある種のものなんて一冊何万円もするようになってしまった。ぶっちゃけたことを書いてしまうけれども、ジュブナイルに読む価値など無いなんて言うつもりは毛頭ないが、だからといってこんなトチ狂った金額の古本を買い集めてまで読むほどの必要があるなんて、とても思えない。



この本の制作に協力した古本屋というのは都内西荻窪のにわとり文庫と広島の古書あやかしや。いくら稀覯本を扱うからといっても、前者の極悪な値付けは論外。




2020年8月19日水曜日

『大倉燁子探偵小説選』大倉燁子

2011年5月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第49巻
2011年4月発売




★★★★★   カルトの女王、降臨す



古書市場におけるレア度が異常に高く、本書刊行に待ち草臥れたファンも多いことだろう。      探偵小説処女作「妖影」が昭和9年。探偵文壇への登場は早くはないので意外に思われるだろうが実はこの人江戸川乱歩・横溝正史、更には小酒井不木・森下雨村・夢野久作よりも年上の明治19年生まれ。国学者・物集高見の娘で二葉亭四迷や中村吉蔵に師事、平塚らいてうとも交流があるという毛並の良さもあり、贅沢なデビューの場を用意されたという。

 


点在するアンソロジーの収録作や初出雑誌を読んでも、この人の芸風がよくわからなかったが、一冊に纏められた本書を通読してみてようやく彼女の作品像がおぼろげに見えてきた気がする。ビーストン/ルヴェル風味がベースにあったり、S夫人シリーズ(「妖影」「消えた霊媒女」  「情鬼」「蛇性の執念」「鉄の処女」「機密の魅惑」「耳香水」)には外交官夫人としての  セレブな経験が色濃く、よく云われる心霊・霊媒趣味な作は思ったよりも少なくて、        全篇通して女の〈念〉が最も強い印象を残す。

 


ただ、初期の長篇「殺人流線型」が今回オミットされたのが非常に不満。この叢書に唯一注文をつけるとしたら長・中篇をなかなか収録してくれない事。「作品の質の問題」とか「一冊としての構成バランス」を考慮した上でのチョイスなのだろう、とは容易に想像できるのだが・・・。 第47巻/水谷準の時も中途半端な「瓢庵先生 〜 人形佐七」コラボ集にする位なら「獣人の獄」やその他の探偵ものの長篇を採ってほしかったし。(瓢庵先生ものは春陽文庫あたりから全作を集成して刊行すべきだ。閑話休題。)

 


以前の論創ミステリ叢書なら当然続刊が出たのに、大倉燁子はたったこの一冊で終了なのか? 追討ちをかけるかのように次回配本予定『戦前探偵小説四人集』をもって、この叢書が一時休止だという。詳細は次巻レビューにて記す。





(銀) ここに書いているとおり第50巻までの論創ミステリ叢書は長篇を収録してくれなくて、当時それがとても腑に落ちなかったものだ。

 


大倉燁子と水谷準、このふたりはこの後一冊も単独著書が出ていない。「瓢庵先生ものは春陽 文庫から全作を集成して刊行すべき」などと書いているが、これからそういうものを企画するとしても、春陽堂書店ではなくインディーズで頑張っている捕物出版からのリリースのほうが期待できるのかもしれない。『完本人形佐七捕物帳』を現在刊行している春陽堂は信用できない処があるし。ただ捕物出版の本のハンデは、買えるところが限られてしまうのと、プリント・オン・デマンド(POD)ゆえに装幀が貧弱だということ。

 


その捕物出版が大倉燁子の「新吉捕物帳」をリリースする予定があるそうで出たら買うつもりでいるけれど、本音を申せば読みたいのは時代ものじゃなくて探偵ものなんだが・・・どうして 論創ミステリ叢書で大倉燁子がこの一冊だけなのか、その想いはいまも変わっていない。





2020年8月18日火曜日

『死の快走船』大阪圭吉

NEW !

創元推理文庫
2020年8月発売



★★★★★   もはや幻の探偵作家ではない




「幻の探偵作家」と云われてきた者達の中で、今世紀に入ってガラリと扱いが変わったのが大阪圭吉であることは前にも書いた。これは創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』の後に出された大阪圭吉名義の本(同人出版も含む)の中からセレクトされた短篇による新編集の文庫。以下、各篇タイトル末尾のカッコはその作品のジャンルを示す。

(本)= 本格     (ス)=  スリラー 

(ユ)= ユーモア   (国)=  国策 

(コ)= コント    (時)=  時代 

この文庫は基本的に初出誌ヴァージョンを採用しており、例外である単行本ヴァージョンには〈単〉と記す。




■「死の快走船」(本)〈単〉
 
初出時の「白鮫号の殺人事件」では探偵を青山喬介としていたが、昭和11年ぷろふいる社からの単行本『死の快走船』収録時にはタイトルを「死の快走船」へ探偵役を東屋三郎へと変え倍近い尺に。素晴らしい本格ものでありながら、海洋関連のディティールから舞台となる岬周辺の情景まで丁寧に書き込んだ申し分のない代表作。





■「なこうど名探偵」(ユ)〈単〉 

■「塑像」(コ) 

「塑像」は4頁の小品。郷土誌『新城文学』に発表した「花嫁の塑像」を改題し『ぷろふいる』に再録したものがこれ。『新城文学』ヴァージョンは『砂漠の伏魔殿/大阪圭吉単行本未収録作品集2』(書肆盛林堂)に入っている。 

■「人喰い風呂」(ユ)〈単〉
 




■「水族館異変」(ス)
 
圭吉の裏・代表作。これもなにげに海に由来する作品。





■「求婚広告」(ユ)
 
単行本ヴァージョン「謹太郎氏の結婚」はミステリ珍本全集『死の快走船』に収録。 

■「三の字旅行会」(ユ) 

登場人物の後日譚を少々付け加えた単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。 

■「愛情盗難」(ユ) 

改題加筆された単行本ヴァージョン「香水夫人」はミステリ珍本全集に収録。

■「正札騒動」(ユ) 

〝パーマネント〟描写が削除された単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。 

■「告知板の謎」(ユ) 

作中に「非常時型」という表現があるため防諜国策小説としていいのかもしれないが、はっきりとスパイ行為が書かれている訳ではないのでユーモアもの扱いとした。改題された単行本ヴァージョン「告知板の謎」はミステリ珍本全集に収録。





■「香水紳士」(ユ)

『少女の友』に発表した少女探偵小説。

■「空中の散歩者」(国)

■「氷河婆さん」(国)

最後の二行から国策小説扱いとしたが、実質はエスキモー悲譚。





■「夏芝居四谷怪談」(時) 

■「ちくてん奇談」(時)

この二作はまだ全話発掘されていない「弓太郎捕物帖」の第二話と第七話。
第六話「丸を書く女」も発掘しているのに本書には収録せず、盛林堂書房の同人出版としてこの一話分だけ40頁の小冊子に500円もとって本書と同時リリースで別売りしている。こういう汚い商売をするからこの古本屋にはあまり好感を持てないのだ。



その他、随筆・アンケート回答六篇の詳細は省略。

 

 

といった具合にいくつかの別ヴァージョン・テキストや初出誌挿絵こそ収録しているが、中身は2010年以降に出た『大阪圭吉探偵小説選』、ミステリ珍本全集『死の快走船』、盛林堂書房の圭吉本数種、それらからピックアップされたものばかりなので目新しさは無い。こんなコンピレーションが出るのだからもはや圭吉は幻の探偵作家ではなく、その点に関しては素直にめでたいと思う。




(銀) ミステリ珍本全集『死の快走船』についてのレビューをこのBlogに載せるのはもう少し先のことになりそう。

 

 

改めて本書の内容を眺めると、少女ものを書いたり時代ものを書いたり戦争が起これば防諜ものを書いて御国の為に協力せざるをえなかったり・・・。純粋な探偵小説だけを書いて生きてゆくことができぬ、昭和前半の日本の探偵小説家の侘しい処世術のサンプルを一冊で見せられているような気分にもなる。




2020年8月17日月曜日

『赤後家の殺人』カーター・ディクスン/宇野利泰(訳)

NEW !

創元推理文庫
1960年1月発売



★★★★★  たったひとりでいると毒死する部屋の謎




命にかかわるような危険な毒薬にも普通の人が知らないような特性を持つものがあります。我々が医者から処方される薬にもそれぞれ摂取の仕方があるように、毒薬を殺人に用いる場合にも、事前に使用上の注意を踏まえていれば優れた効果が得られるのです・・・。

実業家アラン・マントリング卿の住む邸には〈後家部屋〉と呼ばれるあかずの間がある。複数の人数なら問題は無いのに、その部屋にひとりでいると毒死して命を落とした先祖が何人もおり、今日に至るまでそのカラクリを知る者は誰もいない。とある春の晩、トランプ・カードを引いて選ばれた者ひとりがこの部屋で肝試しをするというゲームが発案され、マントリング家の人々にヘンリ・メリヴェール卿を含むゲストを加えた顔ぶれの中で、肝試しの役に当たったのはアランの妹ジュディスと婚約しているアーノルド博士の友人ラルフ・ベンダー。


 

〈後家部屋〉にひとり閉じこもって二時間過ごすというルールで10時にゲーム開始。他の面々は廊下を隔てた食堂におり15分ごとに声をかけつつ、離れた部屋の中にいるベンダーからの返事を聞いて無事を確認していた。ところがゲーム終了の12時を迎えても〈後家部屋〉から出てこないベンダーに不安を覚えた一同が扉を開けて中に入ってみると、なんと彼は一時間も前に絶命していたではないか。では〈後家部屋〉の中から返事をしていたのは・・・?


                              

 

代々伝わる恐ろしい謂れに巻き込まれるフォーマットは二年前に書かれたフェル博士もの『妖女の隠れ家』に準じている。本作は『弓弦城殺人事件』後日譚に該当するエピソードで、犯罪学者ジョン・ゴーントと共に活躍したマイクル・テアレン博士が再び登場。そして会話の中で修道院殺人事件(『白い僧院の殺人』)に触れられていることからも、この辺の作中の時間軸は発表順とシンクロしている。


 

また、H・M達があの部屋でなぜ人が死ぬのか議論しているシーンで言及される《カリオストロの箱》事件といい、H・Mが過去に手こずった捜査の一例としてハンフリイ・マスターズ警部が挙げている《ロイヤル・スカーレット》事件といい、いわゆる〝書かれざる事件〟が紹介されているのも小ネタとして注目。


 

『赤後家の殺人』はいくつかの謎の解凍がひとつの行きつく結論に収束しきれていないのでは?という点で疑問視される傾向にある。最初のうちは〈後家部屋〉の恐怖が主題だったところを、後半になって或る人物と或る人物のもつれによる思惑と工作へ視点が移ってしまい、それまでの殺人部屋伝説がやや宙ぶらりんになっている気もする。


 

もし〈後家部屋〉の因縁ネタ一本で押し切ってしまうと、それはそれで謎の提示としては単調になってしまう懼れもありうる。物語のちょうど折り返し地点でアランの弟ガイが語り出す〈後家部屋〉の長い由来が挿入されたり、ガタついたところはあっても、絡まる要素を複数盛り込んだおかげで物語に厚みが出たと言えるのかもしれない。

探偵役がH・Mだから、さほど悪い読後感を持たなかったのかな。最後まで楽しく読み通せたとはいえ、カー作品の中で出来栄えとしてはA級の下クラスか。




(銀) 『白い僧院の殺人』に続く1935年のH・Mシリーズ第三長篇。今回Blogの執筆に使用したテキストは20008月発行の26版で、カバーデザインこそトランプをあしらった山田維史の新しいイラストに変わってはいるが、解説は懐かしい中島河太郎のもの。

 

再読してみると〈気ちがい〉というワードがけっこう頻出している感じがした。新訳版が出る際いらぬ手心が加えられなければいいが。振り返ってみると本作も東京創元社・世界推理小説全集時代の宇野利泰以降、一度も新しく改訳されていないのが信じられん。


以上、盆休みを利用して一週間ぶっ通しでカーを取り上げた。明日からはまた通常のスタイルに戻る予定。