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2021年5月7日金曜日

『龍山寺の曹老人』林熊生

NEW !

大陸書館(楽天ブックス POD)
2021年4月発売



★★★★    1940年代台湾の探偵小説




大陸書館による林熊生の二冊目はシリーズもの。台湾の龍山寺(日本でいえば浅草寺?)にいつも屯している曹老人という街の生き辞引のような不思議な年寄りがいる。彼のもとに厄介事を運んでくるのが堂守りの范さん、そして陳警官。この三人のレギュラーを中心に巻き起こる事件七篇を約200頁の短篇集として纏めている。

 

 

「許夫人の金環」

時節柄〝金(moneyではなくgoldのほう)〟を供出せねばならないのに、許夫人が「わたしの金の腕環が盗まれた!」と言って曹老人に詰め寄り騒動になる。

 

「光と闇」

龍山寺から見える民家の二階の壁に不思議な光が明滅しているのを曹老人と王錦泉(雑貨店の男)は発見した。暗号が扱われているのに注目。

 

「入船荘事件」

〝これは完全な密室の殺人だ〟と刑事課長は嘯くが、果してどうなるか読んでのお楽しみ。改めて言っておくけど、内地では取り締まりの目を恐れて誰もが探偵小説を自粛していた時に、当時日本の統治下にあった台湾で林熊生はこんなミステリを書いていたのだ。

 

「幽霊屋敷」

「住み手がつかなかった屋敷の新たな住人達がそこで撮影した写真に幽霊の影が写っていた」という怪談を陳警官は范さんと曹老人に話してきかせる。これも既読感のあるトリックではあるがラストのセリフが意味深。



 

「百貨店の曹老人」

シチュエーションからして万引きものに落着くのは仕方がないとはいえ、内地探偵小説でも〝スリ〟の物語は食傷気味だから台湾ならではの特色を見せるべく別の一手が欲しかった。


「謎の男」

インサイダー取引。当時はまだその行為に該当する言葉が無かったのだろう。この話のオチを読んで私はなぜか『ルパン三世』の原作や1st シリーズ後半を思い浮かべた。

 

「観音利生記」

溺愛する息子が病死してしまった母・李氏銀は、息子と将来結婚させるため貰い子(媳婦仔)として育てていた娘・玉児を虐待する。いかにも東洋人っぽい人情話。 

 

                       


曹老人シリーズがこの七篇でコンプリートなのか確かな資料が無いので解らないが、これらの短篇は19431947年の間に執筆されている模様。曹老人を〝台湾のブラウン神父〟と呼びたいところだけれども、残念ながら完成度もトリックの独創性もそこまで高くはない。しかしながら同時期の内地探偵文壇の惨状を考えたら、よく頑張っているほうだ。



林熊夫こと金関丈夫って本当は日本人だし最初は京都帝国大学を卒業しているが、台湾の大学に行き教授になってからどうしてまた探偵小説に手を染める事となったのか、その辺の動機も知りたい。金関丈夫名義の本は多種存在するので、どこかにコッソリそういった回想録は残ってないかな?          

 

                        


捕物出版と比べて、一回り本のサイズが小さいのがいいね。これで文字のフォントもグッと小さくしていたらもっと見栄えが良くなるんだが。年寄りの老眼対策にここまで文字を大きくしないと見えないものかな。むし私は昔の本のように、字は小さくとも行間を少し空けたほうがずっと読み易くて好きだ。


 

 

(銀) 大陸書館の前作『船中の殺人』は楽天やhontoでの発売が遅いぞと書いたが、今回は楽天でもわりと早めに発売開始してくれたので、そんなに待たされず本書を入手する事ができた。『船中の殺人』の項で☆4つにして曹老人シリーズを☆5つにしたらなんとなく気が引けるので本書も☆4つにしたものの、「出してくれて有難う」的な意味では間違いなく満点の価値がある。


 


2021年3月2日火曜日

『船中の殺人』林熊生

NEW !

東都書籍
1943年10月発売



★★★★    内地と違って植民地台湾なら
           戦時下でも探偵小説が許されたのか



このblogなるべく古書は扱いたくない。文章でああだこうだと言及するのは構わないのだが、その本が旧ければ旧いほど書影をネットから気安く拾えないので、書棚から引っ張り出してきて画像を撮らなければならない。で、画像を撮ろうとした古書に購入した時からパラフィン紙がかけられていた場合、そのまま撮ってネットにupしても書影がキレイに見えないし、かと言って、たかがblogの為にわざわざそのパラフィン紙を外してしまうのも馬鹿らしい。

パラフィン紙のかかっている頻度もグッと下がるので(?)、古書を取り上げるとしても江戸川乱歩の亡くなった昭和40年(1965)以後にリリースされた本だけにしておきたいなとblogスタート時から漠然と考えていたけれど、今回はそのルールを無視する。

 

 

戦時中、日本の統治下にあった台湾にて刊行された林熊生の『船中の殺人』。以前記事にしたオンデマンド出版の〈捕物出版〉が〈大陸書館〉という姉妹レーベルを立ち上げた。魔子鬼一『牟家殺人事件』に次ぎ、大陸書館が出す二冊目の本として「船中の殺人」が選ばれたので、最初はこの大陸書館版も入手するつもりでいたけれど、これまでの〈捕物出版〉の新刊よりも楽天/hontoでの発売が遅い・遅い・遅い・・・。



情報によれば、大陸書館の林熊生再発に使用される底本は2001年にゆまに書房が発売した『日本植民地文学精選集』台湾篇⑬の林熊生の巻らしい。ゆまに書房版には解説が付いていたようだが大陸書館版には無いみたいだし、初刊本と思われる1943年に東都書籍臺北支店から刊行された(パラ紙もかかっていない)『船中の殺人』を持っているので、再発ではないオリジナルのこちらをblog用に使うことにした。だから、いつもみたく再発によって変に改悪されていないテキストなのかどうかのチェックはパス。戦前の東都書籍版は結構誤植があり、ゆまに書房→大陸書館がどう処理しているのか気になるところではあるけれど。


 

                       



林熊生こと金関丈夫はれっきとした日本人学者なんだが、台湾の大学に属していた時どのような経緯で探偵小説を書こうと思ったのか、さっぱり解らない。つまりこの人の再発に解説を必要とするのはそういう理由で、私はゆまに書房版を持ってないから彼の探偵小説は書下ろしなのか、それとも台湾の雑誌に発表されたものなのかが五里霧中。


 

 

「船中の殺人」

大陸書館版の表紙には長篇探偵小説とあるが、実際のボリュームは中篇。台湾から内地へ向かう客船の一室で発生した殺人事件に臺北南署の木暮刑事が挑む〝本格〟を意識した物語。最後の一行に「国防献金」というワードが見られるから、大日本帝国は戦争にのめり込んでいて国民への締め付けがかなり進行していた筈。とは言うものの、内地ではお上から明確な禁止令が出ていた訳ではなく、狂える自粛のせいで探偵小説が抹殺されたのを現代の私達は知っている。台湾ではその辺意外に自由というか、民衆の意識も多少違っていたのだろうか。

 

 

兇器や指紋のトリックは普通に好印象だし、この時代の探偵小説専業でもない作家でここまで書けた例は珍しい。容疑者への疑惑のアングルがクルクル変わってゆく過程も悪くないので、語り口のテクニックを持ち合わせていればもっとサスペンスが増しただろうし、せっかく船内の見取図まで用意したんだから、読者にフェアな謎解きを挑戦できるレベルにまでシチュエーション作りを突き詰められたら・・・と高望みは尽きない。ちなみに 四十二(章)に入る直前、東都書籍版でいうと1592行目にこういう一文がある。

 

木田が二十八號室に手拭を探しに入つて廊下にゐなかつた時間は、

 

この二十八は二十七號室の間違い。大陸書館版を買った方はここをチェックしてみて、この部屋のナンバーが正しく二十七に訂正されていれば、大陸書館もしくはゆまに書房がちゃんと内容をよく読んでテキストのチェックと校正をしている可能性が高い。


 

 

「指紋」

こちらは短篇。久方ぶりに金庫破りに着手した陳天籟は現場に指紋を残す致命的なミスをしてしまった。途方に暮れた陳は顔馴染みの若い医者・周混源に頼んで、自分の指に他人の指紋を移植する手術をしてもらう。これで彼の指は警察が認識している指紋ではなくなり危難を免れたかに見えたが・・・。これを読んでも林熊生はストーリーテリングが上手いとは思わないが、巧みにプロットへ捻りを利かせる点は褒めていい。

 

 

 

(銀) 昔、この本を買って読んだ時よりも読後の印象が良かったので、マイナス点もいろいろあるが高評価にした。但しそれは東都書籍版のことで、大陸書館版とゆまに書房版は目を通してないから何とも言えない。テキストの仕上がり次第だね。いずれにしろ、大陸書館から次に出る予定の『龍山寺の曹老人』は未読ゆえ買うつもりでいる。

 

 

でもどうして捕物出版=大陸書館はAmazonと他のサイトの新刊発売開始時期にこんなにも差を付けるのだろう? よんどころない事情があるのか、それともAmazon盲信派なのか。前者だったら仕方がないけど後者ならば困ったものだ。