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2023年10月13日金曜日

『大坂圭吉研究/第3号』

NEW !

杉浦俊彦個人誌
1976年8月頒布



★★★★★   ピュアな大阪圭吉・愛





 県立高校の図書館副部長であった杉浦俊彦は昭和45年、大阪圭吉こと鈴木福太郎の長男・壮太郎氏と面識ができたことで、不運にも早逝した三河の探偵作家顕彰に目覚める。




いくら圭吉の遺族が几帳面な資料を残していて、それらを快く提供してもらったとはいえ、大阪圭吉についてまだ誰も騒いでいない時代に個人レベルでこれほど踏み込んだ内容の本を制作した功績は誠に❛あっぱれ❜としか言いようがない。それまで杉浦がどれぐらい日本の探偵小説を読んでいたかは不明だが、地元出身の作家に対する純粋なリスペクトの気持ちが全面に出ているのは誰の目にも明らかだし、半世紀前の個人誌なら手書きやガリ版刷りが当り前だったろうに、きっちり印刷・製本されている点もポイント高し。

 

 

 『大坂圭吉研究』は全四冊発行されており、今日はその中から第三号を紹介する。巻頭特集は【中篇探偵小説「抗鬼」 雑誌『改造』への掲載をめぐって】。「抗鬼」が載った『改造』昭和125月号の状況を説明、それ以前の『改造』に発表された探偵小説作品一覧、また『改造』のライバル誌『中央公論』に発表された探偵小説作品一覧もある。名の知れた作家でもないのに『改造』の編集者・佐藤績に注目しているのは杉浦が決して探偵小説のド素人ではないか、あるいは実に注意深い人だったか、どちらにせよなかなか鋭い着眼点だとお見受けした。

 

 

雑誌『ぷろふいる』を発行していた熊谷晃一、井上良夫、圭吉の弟・鈴木圭次、佐藤績、甲賀三郎、小栗虫太郎、江戸川乱歩、九鬼澹らによる大阪圭吉宛て書簡の数々が掲載されているのが貴重(複数の書簡が残存している人も)。それらのうち特に気になった文面のひとつはさっきから名前が出ている編集者・佐藤績の、

〝編輯部一同の気持を率直に申上げますと、「これが本格探偵小説だ」といふことを一度読者に示してみたいと希望してゐるので御座います。乱歩氏、大下氏、などにはさういふことを言っても、作風から考へても一寸難しさうですし、結局それを貴方に御願い申上げ度いのです。〟

と述べているもの。『改造』がそこまで本格探偵小説に拘っていたのはなんだか意外な気がするし、本格について佐藤績は案外理解していたようにも感じられる。

 

 

もうひとつは圭吉の師匠にあたる甲賀三郎の文面。甲賀は「十九日会」と言う探偵小説研究グループを作っていて、圭吉もそのメンバーのひとりだった。ただ「十九日会」の除名ルールは厳しく【特別の理由なくして三回以上連続欠席したるとき】【特別の理由なくして二回以上連続して作品を朗読せざるとき】とあり、圭吉は『新青年』連続短篇のノルマなどで動きが取れず、連続三回欠席してしまったらしい。

 

そこで甲賀、〝極端にいへば貴兄の為にこの会は出来たといっていい。原稿が書けないから欠席するといふのは非常な心得違いです。(句読点は私=銀髪伯爵による)てな調子で圭吉を追い詰めるようなことを書いて寄越す。いつもの短気で怒りっぽい甲賀の態度だが、これだけ読むと一方的に責められちゃって圭吉が可哀そうじゃないかい?

 

 

 「抗鬼」の特集であっても大阪圭吉宛ての書簡がいろいろ読めるのは有益。昭和13年以降、日本で探偵小説を発表することが困難になっていったのを杉浦俊彦がどれほど細かく掌握していたかも微妙なれど、〝大坂圭吉以後、『改造』社の探偵小説に対する情熱は急速に冷却して行った(ママ)〟と語る杉浦の指摘は、『改造』のバックナンバーを読み込んでいない私には新鮮だった。

 

 

 

(銀) 大阪圭吉に関して杉浦俊彦が制作した小冊子はこの他に、『第1小説集「死の快走船」覚え書き』と『三河にも推理作家がいた - 大坂圭吉の復活』がある。また『改造』の編集者・佐藤績は言わずもがな、江戸川乱歩に「陰獣」「蟲」を書かせるきっかけを作った重要人物。

 

 

ネットなどない昭和時代、様々な書誌情報だって今ほど容易に入手できなかっただろうに、ここまで気の利いた研究本が作れたのは杉浦が図書館で働いていたからだろうか。これら一連の圭吉研究本を読んでいると、大阪圭吉だけでなくて杉浦俊彦の人となりも知りたい、とつい考えてしまう。




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2020年11月21日土曜日

『村に医者あり』大坂圭吉

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2020年10月発売



★★★     この肯定感はどこから



 東京から帰ってきた青年医師・倉松志氣太が実家の医院を継ぎ、村の人々の為に身を捧げるという、探偵趣味の欠片も無い長篇小説。この若先生の周りには三人の若い女性がおり、結局のところ最後まで興味を引っ張るのは、その三人娘のうちの誰が志氣太のハートを射止めるのか?という点。とはいえ実質一番彼の近くにいて、倉松医院で働いている石渡千尋が本命であるのを読み手は皆わかっているのだが。



明朗でペーソスがあるという以上に、家郷で生きてゆく事に対して愚直なまでの肯定。地元新聞からの要請とはいえ大阪圭吉は何故こんな小説を書いたか? 解説では本作のモデルケースとしてアナトール・フランス「聖母と軽業師」や池谷信三郎/龍胆寺雄あたりのモダニズム文学が指摘されている。



▼ 圭吉は本作を書き上げると上京、日本文学報国会に勤務する。日本文学報国会は「村に医者あり」が『豊橋同盟新聞』で連載されている間に設立、一言で言うと「国家の要請するところに従って、国策の周知徹底、宣伝普及に挺身し、以て国策の施行実践に協力する」のを目的とした保守派の啓蒙団体である。甲賀三郎が事務局総務部長だったので、それで圭吉にも声が掛かったか。

 

 

探偵作家の中にもその頃、国家寄りな行動をとっていた人はいて。「現在の世界情勢を熟慮し、それに見合った憲法になるように、変えるべき箇所は変えられるよう国民も考えるべき」と提言するだけで、何の考えも無く「右傾化だ! 軍国化だ!」という声が上がってくるのが今の日本だ。当時日本文学報国会に所属していた作家達を戦争協力者だと独り決めするリベラルかぶれもきっといるのだろう。彼らの全てが好戦的かつ拡大路線を望んでいた訳ではなく、故国存亡の危機を怖れ、同胞の生存を願っての動きだっただけかもしれないのに。

 

 

▼ 重苦しいところが一切無くあたかもNHK朝ドラのような展開の「村に医者あり」だが、どの登場人物の背景にも【非常時】の意識はごく自然にサラッと書き込まれている。日本文学報国会に所属するぐらいだし国に奉公する気持は強かったのだろうが、時代の趨勢に対処してやむなくこういう作品を書いた・・・・圭吉という人に探偵作家一筋であってほしいと望むのであれば、そんなちょっと内向きの執筆姿勢だったと思いたい。



ところが、冒頭に置かれた一片の曇りもない前向きな「作者の言葉」に続いて本文を読み進めてゆくと、どうもこれは探偵小説を書く事が許されないから自分を曲げて書いたとは思えぬようなポジティヴィティしか感じられないのである。

 

 

▼ 仮に戦争で命を失わなかったとしても、既にもう圭吉は探偵小説のパッションを出し尽していたのかもしれない。また、そうではないかもしれない。ここで「もし復員して創作を再開していたら、それは探偵小説ではなくユーモア小説だったであろう」という圭吉令息・鈴木壮太郎の言葉が再び浮上してくる。近年の圭吉本解説で「後年の彼は色々なジャンルを器用に書き分ける作家だった」と云われているが、それは見ようによっては「後年はもうそこまで探偵小説に執着していなかったのでは?」という風にも受け取れる。



日本の探偵作家の多くが探偵小説を長い期間追求できずに他方面へ手を出したり、あるいは書くのを止めてしまう。乱歩や正史ほどのスピリットを死ぬ迄持ち続けるのは容易じゃない。非探偵小説である本作は淀みがなさすぎて、もしかすると大阪圭吉の中で探偵小説の炎は(世情のせいもあるが)消えつつあったのかもしれない。もしそうだとすれば残念だ。

 

 

横溝正史も同時期に長篇「雪割草」を書いているが、一生探偵小説に拘り続けた正史は探偵趣味が少しも無い小説を書いたことを恥じていたのか(?)近年発掘されるまで「雪割草」の存在は生前一度たりとも言及される事が無かった。正史ほどの探偵小説への執着が圭吉にもあったかと訊かれると、私は「ウ~ム・・・」と考え込んでしまいたくなる。いずれにせよその疑問に答えられる圭吉本人はとっくにこの世の人ではなく、どこまで行っても只の推測でしかないのだが。




(銀) 「村に医者あり」というタイトルは初出連載時に実際使われていた訳ではなく、当時圭吉が案として要望していたものにすぎない。であれば本書の書名は元通り『ここに家郷あり 初出版』とでもすべきじゃなかったか。遺族に許可をもらったとはいえ、ちょいとやりすぎに思えた。


大阪圭吉の名前がなかったらこんな内容の小説は絶対読まないだろう。あの戦争さえなければ、彼の探偵作家活動期間も(きっと、あと少しは)長くなったのかもしれない。




2020年11月11日水曜日

『死の快走船』(戎光祥出版)大阪圭吉

2014年7月10日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 ミステリ珍本全集④ 日下三蔵(編)
2014年7月発売




★★★★★   本格を離れた戦時下作品群から見えてくるもの





ミステリ珍本全集の収録基準はかなりのマイナー作家 or キワモノ風な作品であり、過去の単行本が稀覯である事だが、本書の場合は言うまでもなく後者に当たる。『とむらい機関車』『銀座幽霊』『大阪圭吉探偵小説選』から漏れた38短篇を収録。本格は冒頭「死の快走船」のみ。ユーモアもの・防諜スパイもの・人情話・国策協力ものが並ぶアナザーサイド・オブ・大阪圭吉的な内容で、「人喰い風呂」(昭9)等の数作を除くと探偵小説が圧迫・自粛下にあった日支事変勃発(昭和12年)後の作品がほとんど。

 

 

それでも彼なりの探偵趣味な小技は効いており「謹太郎氏の結婚」「寝言を云う女」ではドイルのある手法をアレンジして忍ばせたり、少女小説「香水紳士」にもサスペンスがある。地味ながら「三の字旅行会」「正札騒動」は小市民っぽいトリックがあり、「昇降時計」には暗号コメディも。他にもベタな国策協力小説にはせず、ありふれたストーリーのオチに一言置くだけでそれ風に仕上げるテクニックにも感心。

 

 

ヴァラエティに富む中、最も心に残ったのは実に圭吉らしくないエロティックで凄惨な「水族館異変」。江戸川乱歩と甲賀三郎が序文(610頁)で指摘するように普段の彼の作風はさっぱりしていて後味の悪いものではない。だがこういう猟奇作も書けるのならあともう数篇は読んでみたかったし、戦後生き延びて堂々たる本格長篇に挑戦していれば・・・なんてないものねだりをしてしまう。(甲賀三郎に生前預けた長篇はどうなってしまったのだろう)

 

 

「もし復員して創作を再開していたら、それは探偵小説ではなくユーモア小説だったであろう」と圭吉令息・鈴木壮太郎が語った旨を巻末資料/評論の中で鮎川哲也が伝えている。すっかり戦前の本格派として評価が定着しているが、圭吉の本質はもしかしたら違うのではないか?戦後、三橋一夫みたいになった圭吉など想像したくはないが、そんな問題提起も本書は与えてくれる。超高額物件だった作品が読めるという価値だけで終わらず、真の大阪圭吉とは何かもう一度考える動きが起こればいいなと思った。





(銀) このレビューで私が一番言いたかった事は本文の最後に書いた「大阪圭吉の本質を根っからの本格指向だと言い切っちゃっていいの?」という問いかけである。非探偵小説の長篇『村に医者あり』が今年発売されたので、その本の感想を書く時に改めてこの問題に向き合ってみたい。


本書の後にいろいろ圭吉本は出されたが、ここでしか読めない作品はちゃんと残っているから、この本が御役御免になった訳では決してない。







2020年10月13日火曜日

『銀座幽霊』大阪圭吉

NEW !

創元推理文庫
2001年10月発売



★★★★★   怪奇性、意外性よりも論理 ②




昨日に続き、復刊された大阪圭吉の創元推理文庫を読む。『銀座幽霊』も改版扱いではないから小説・挿絵部分に変更は無いが、巻末の〈大阪圭吉著作リスト〉には本書の初版が出た後にリリースされた圭吉本の情報と、新しく判明した作品情報の追記がある。それまでの青山喬介に変わって別の探偵役が起用されているので、東屋三郎の事件には(東)、大月対次の事件は(大)と表記しておいた。

 

 

「三狂人」

時代遅れで経営左前になっている赤沢脳病院には三名のキチガヒ患者が取り残されていた。その三名が院内から姿を消し、彼らの捜索中に頭蓋骨から脳味噌を抜き取られ血の海状態の赤沢院長が発見される。ともすれば ❛ グロなだけ ❜ になりそうな素材を圭吉はユーモラスかつロジカルに料理している。

 

 

「銀座幽霊」

銀座裏の、ネオンが眩しい「カフェ・青蘭」の前にある煙草店。女主人・恒川房枝は年頃の娘が一人いるシングルマザーにしてはまだ色気があり年下の情人・達次郎とデキているが、達次郎はどうも若い女店員の澄子に乗り換えようとしているようだ。夜、「青蘭」の女給は向かいの煙草店二階の窓に房枝と澄子の不穏な光景を目撃、一同が駆け付けると澄子が咽喉元を斬られて横たわっている。てっきり房枝の仕業と思いきや、同じ部屋の押入の中から房枝の屍体も出てきた。やったのは幽霊?

 

 

「寒の夜晴れ」

不幸なサンタクロースの話。雪と、消えた足跡の謎を追う。

 

 

「燈臺鬼」(東)

問題作。『ウルトラQ』でも使えそうな灯台のサスペンスフルなシチュエーションが最高。予想がつかぬ動機も上出来。「ひどく大きな茹蛸みたいに、ねッとりと水にぬれたグニャグニャの赤い奴でした・・・」と風間老看守が証言した化け物とは?「死の快走船」事件を解決した臨海水産試験所長の東屋三郎が再び登場。

 

 

「動かぬ鯨群」(東)

北方領土/朝鮮半島/鬱陵島(竹島から見て朝鮮半島寄りの西方に位置)がすべて日本の領土だった時代の物語。仔鯨を撃つ捕鯨船には必らず祟りがあると云う。東屋三郎、北海まで出張しての事件。

 

 

「花束の虫」(大)

新たな探偵役に弁護士・大月対次。海沿いの断崖における凶行を遠方から目撃するという、探偵小説によく見られる様式。林檎の皮のトリックがバレる時、殺人者の正体も暴かれる。

 

 

「闖入者」(大)

面白くもない駄洒落を活かしたくて圭吉はこれを書いた? ありえなさそうな錯覚トリックがまたも使われ「本当にそんな見え方する?」と私は疑問を抱いてしまう。

 

 

「白 妖」(大)

抜け道の無い闇夜のクローズドな熱海 ~ 箱根間有料道路で轢逃げをした自動車が失踪。標高が高い場所で車のウィンドウも曇るようなケースなら他の錯覚ネタと比べてまだリアリティがあるのかもしれないが、この話は蒸暑い夜の出来事。当時の読者はここに書かれている現象に納得したろうか。私もあの辺のウネウネした山上の道路を夜中に車で走った経験はあるが、昔と現代では車の作りが全然違うとはいえ、車内の人間の眼にこんな幻影が映るかね?

 

 

「大百貨注文者」(大)

東京ゴム会社の蒔田幸造社長から連絡を受けたと言って、銃砲火薬店の番頭 → 荒物屋の番頭 → 大月対次弁護士 → 銀座マネキン協会の美人マネキン・ガール → 大島椿製油所のポマード青年 → 割烹「藪常」の女将 → 靴屋の親爺、これら七人が順番に訪問してきた。しかし帰社した当の蒔田社長は彼らのうち誰一人として呼んではおらず、腹心の部下・神山秘書が殺されたと警察から連絡を受け彼はそれどころではなかったのだ。

 

 

「人間燈台」

本書と『とむらい機関車』に収録されている作品の初出誌は『新青年』『ぷろふいる』といった探偵雑誌が中心だが、この作は『逓信協会雑誌』に発表。詳しくは書かないがこれも「死の快走船」における或る部分の趣向を燈台の中で再利用している。

 

 

「幽霊妻」

圭吉が亡くなって二年後に発表されたもの。厳格な校長である平田章次郎は十二歳年下の控えめで実に貞淑な妻・夏枝に不行跡の疑いを持ち、強引に離縁してしまう。ショックで夏枝は毒を呑んで命を絶ち「自分はどこまでも潔白であるが、お疑いの晴れないのが恨めしい」との書置きが残された。偏屈な章次郎にも死者を憐れむ気持が見え始めていたのだが・・・。


                   


江戸川乱歩は圭吉の作風を「怪奇/論理/意外の三要素のうち、論理のみに力点を置いて書かれている」と評し、山前譲はそれがあったからこそ今日【戦前の本格派】と評価されるようになったと説いている。本書巻末における山前の論述は一方的に褒めることはせず欠点も遠慮なくさらけ出した上でポイントを正しく押さえるという、解説の手本のような文章。




(銀) かつての杉浦俊彦のようにピュアな気持ちで大阪圭吉をもっと知りたいというのとは異なり、「圭吉の初刊本はどれも稀覯でさあ~」みたいな古書の市場価値に目がくらんだ莫迦どもが批評性の欠片も無く、圭吉作品をどんなものでも持ち上げてばかりいるのに違和感ありまくりだもんで、他の記事より少し厳しめに感想を書いてみた。

 

 

戦前の貴重な本格派だと皆が言う。確かに私も「死の快走船」「とむらい機関車」「燈臺鬼」が大好きだ。しかし『とむらい機関車』『銀座幽霊』に入っている全ての作が果たして混じりっけの無い本格と呼べるのか・・・と考える時もある。ひとつ例を挙げるならば度々指摘した錯覚ネタ。語りのノリで読ませるのも書き手のテクニックだけど、「石塀幽霊」「闖入者」あたりは何度読んでも現実味が薄い。真の本格だったら絵空事でも本当にありえる事のように読者(私)を上手く騙してほしいのだ。ま、「銀座幽霊」の錯覚ネタは悪くなかったけど。

 

 

横川禎介など他にも圭吉が作り出した探偵役はいるが『とむらい機関車』『銀座幽霊』に顔を見せる三人の探偵のうち、海洋にまつわる事件と探偵役の職業に最も必然性が感じられる東屋三郎が設定としては一番好ましい。とはいえ探偵を彼だけに固定してしまうと、海と無関係な事件の際に不都合が生じるやもしれぬ。大月対次の登場する作はユーモア系なので青山喬介とは別に分けたのかもしれないが、三探偵の中では最も印象が薄い。せめて青山喬介か東屋三郎のどちらか一人だけでも由利麟太郎(横溝正史)/大心池章次(木々高太郎)/法水麟太郎(小栗虫太郎)レベルと肩を並べられるぐらいのステイタスをもぎ取る野心が作者にあったら・・・。


 


2020年10月12日月曜日

『とむらい機関車』大阪圭吉

NEW !

創元推理文庫
2001年10月発売


★★★★★   怪奇性、意外性よりも論理 ➀



何年か前も一度再版された創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』、2020年に発行されたこの第三版からカバーを刷新。改版ではないので、添えられている初出挿絵/巻末の解説に変動は無い。2001年初版時の帯の背には【名探偵 青山喬介】と謳ってあったが、本書収録作の全部に青山喬介が出てくる訳ではないのでノン・シリーズ作には ❄ マークを付けておく。

 

 

「とむらい機関車」 

轢殺事故率が最も高く〈葬式機関車〉の異名を持つD50444号。その機関車が三度続けて人間ではなく豚を轢くという珍事が起こる。そこには世にも奇妙な目的が隠されていた。


 

「デパートの絞刑吏」

映画監督のキャリアを捨てた、一個の自由研究家(ママ)として青山喬介初登場。都内Rデパートの裏露路に貴金属部勤務の男が墜死し、その回りには前日貴金属部から紛失していた高価な首飾が。ただの墜落死にしては被害者の体は落下時の打撲以外に頸部瘡痕/蚯蚓腫れ/擦過傷がある。これは何を意味するのか?

 

 

「カンカン虫殺人事件」

カンカン虫とは造船工場で働く労働者のこと。全体的に駆け足気味だし、動機の真相だとか後半で謎が発覚してゆくクダリはもっと丁寧に書き込んでもらいたかった。『新青年』発表時に水谷準から十分な枚数をもらえなかった?

 

 

「白鮫號の殺人事件」

傑作本格作品の初出ヴァージョンだが、こちらよりも単行本収録時に探偵役を青山喬介から東屋三郎へと変更した改稿ヴァージョン「死の快走船」のほうがずっと出来が良い。

 

 

「気狂い機関車」

「とむらい機関車」と同じく、語り手の一人称でストーリー進行。機関車内のメカニックが細かく描写されている。「とむらい機関車」とは異なる2400形式・73号という型式が本作の主役なのだが、鉄オタのミステリ・ファンが読んだら機関車のフォルムや内部の構造といったそれぞれの特徴がわかるものなんだろうか? 私にはさっぱりわからんけど。ラスト・シーン、生き物のような機関車の死で The End。

 

 

「石塀幽霊」

初めて読んだ時にはてっきり「黄色い部屋」の流用か?と、早とちりしたものだ。このトリックはいくら小説とはいっても「そんな錯覚が見えるわけないだろ~」と思って毎回得心がいかない。

 

 

「あやつり裁判」

タイトルどおり裁判ネタにしては法廷での対決を描くものにあらず。犯人の動機はちょっと変わっていてペーソスもあり、本作のタイトルを書名に採用した鮎川哲也のアンソロジーもかつて存在したものだ。そこまで飛び抜けて傑作だとも思わんけど。

 

 

「雪 解」 

北海道に渡り、もう何年も虚しく金の鉱脈を探し続けている木戸黄太郎。そんな彼は、ある温泉部落にて鉱脈探しの成功者・片倉紋平とその娘に出逢い恐ろしい野心を抱く。初期の作に時々見られるインダストリアルな演出がここにも。話のオチは大下宇陀児っぽい。

 

 

「坑 鬼」 

室生岬の炭坑夫として働く峯吉とお品は暗く深い地下の仕事場で好き合うようになった仲。ふたりが採炭する抗の中で突発事故が起き、お品は外へ逃げられたが峯吉を中に残したまま現場監督ほか二人の男は大惨事の危険を怖れてその抗を完全封鎖してしまう。悲嘆にくれるお品と峯吉の家族。するとその後あたかも復讐されるかのようにを封鎖した三人の男が一人ずつ殺害されてゆき、お品と峯吉の家族に嫌疑がかかるがいずれもアリバイがあった・・・犯人は誰か?

 

この作は『改造』という左寄りのお堅い雑誌発表のせいか、プロレタリアというか悲惨小説の風合いも持ち合わせている。


                   


その他、随想鈔録として10のエッセイを収むる。

 

 


(銀) 青山喬介はその風貌・性格・癖などが詳しく披露される事も無いまま六作のみで退場。


大阪圭吉が本格を書いていた時期はまだ戦中・戦後のような物資難ではないのだから、各誌編集部も作家がじっくり書き込めるような枚数を与えてやればよかったのに・・・と、いつもながら思う。 どの短篇も「抗鬼」ぐらいのボリュームが許されれば海外の短篇に匹敵する豊かな味わいがより生まれたかもしれないのに、『新青年』にしたところで新進作家の書いたものだと例外なく編集長が削っている印象があって。 

 

いつの間にか圭吉を手放しで褒めちぎってばかりの風潮になってしまった。今回のカバー・リニューアルに伴い数年ぶりに再読してみたのだが、確かにどれも小気味よくて面白い。面白いけれど、もし戦争が無かったとしても圭吉にとっての本格は『とむらい機関車』『銀座幽霊』収録作の分だけで既に息切れしていっぱいいっぱいになっていたように私には映る。よく頑張ったほうなのは間違いないが、このぐらいの短篇の数で行き詰っていては海外の一流作家と比べた場合、どうしても日本の探偵作家はひ弱に思えてしまう。本格に挑戦した長篇を昭和12年迄にひとつも残せなかったのも、世評の盛り上がりを今世紀まで待たなければならなかった最大の原因であるのは否定できない。




2020年8月18日火曜日

『死の快走船』(創元推理文庫)大阪圭吉

NEW !

創元推理文庫
2020年8月発売



★★★★★   もはや幻の探偵作家ではない




「幻の探偵作家」と云われてきた者達の中で、今世紀に入ってガラリと扱いが変わったのが大阪圭吉であることは前にも書いた。これは創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』の後に出された大阪圭吉名義の本(同人出版も含む)の中からセレクトされた短篇による新編集の文庫。以下、各篇タイトル末尾のカッコはその作品のジャンルを示す。

(本)= 本格     (ス)=  スリラー 

(ユ)= ユーモア   (国)=  国策 

(コ)= コント    (時)=  時代 

この文庫は基本的に初出誌ヴァージョンを採用しており、例外である単行本ヴァージョンには〈単〉と記す。




■「死の快走船」(本)〈単〉
 
初出時の「白鮫号の殺人事件」では探偵を青山喬介としていたが、昭和11年ぷろふいる社からの単行本『死の快走船』収録時にはタイトルを「死の快走船」へ探偵役を東屋三郎へと変え倍近い尺に。素晴らしい本格ものでありながら、海洋関連のディティールから舞台となる岬周辺の情景まで丁寧に書き込んだ申し分のない代表作。





■「なこうど名探偵」(ユ)〈単〉 

■「塑像」(コ) 

「塑像」は4頁の小品。郷土誌『新城文学』に発表した「花嫁の塑像」を改題し『ぷろふいる』に再録したものがこれ。『新城文学』ヴァージョンは『砂漠の伏魔殿/大阪圭吉単行本未収録作品集2』(書肆盛林堂)に入っている。 

■「人喰い風呂」(ユ)〈単〉
 




■「水族館異変」(ス)
 
圭吉の裏・代表作。これもなにげに海に由来する作品。





■「求婚広告」(ユ)
 
単行本ヴァージョン「謹太郎氏の結婚」はミステリ珍本全集『死の快走船』に収録。 

■「三の字旅行会」(ユ) 

登場人物の後日譚を少々付け加えた単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。 

■「愛情盗難」(ユ) 

改題加筆された単行本ヴァージョン「香水夫人」はミステリ珍本全集に収録。

■「正札騒動」(ユ) 

〝パーマネント〟描写が削除された単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。 

■「告知板の謎」(ユ) 

作中に「非常時型」という表現があるため防諜国策小説としていいのかもしれないが、はっきりとスパイ行為が書かれている訳ではないのでユーモアもの扱いとした。改題された単行本ヴァージョン「告知板の謎」はミステリ珍本全集に収録。





■「香水紳士」(ユ)

『少女の友』に発表した少女探偵小説。

■「空中の散歩者」(国)

■「氷河婆さん」(国)

最後の二行から国策小説扱いとしたが、実質はエスキモー悲譚。





■「夏芝居四谷怪談」(時) 

■「ちくてん奇談」(時)

この二作はまだ全話発掘されていない「弓太郎捕物帖」の第二話と第七話。
第六話「丸を書く女」も発掘しているのに本書には収録せず、盛林堂書房の同人出版としてこの一話分だけ40頁の小冊子に500円もとって本書と同時リリースで別売りしている。こういう汚い商売をするからこの古本屋にはあまり好感を持てないのだ。



その他、随筆・アンケート回答六篇の詳細は省略。

 

 

といった具合にいくつかの別ヴァージョン・テキストや初出誌挿絵こそ収録しているが、中身は2010年以降に出た『大阪圭吉探偵小説選』、ミステリ珍本全集『死の快走船』、盛林堂書房の圭吉本数種、それらからピックアップされたものばかりなので目新しさは無い。こんなコンピレーションが出るのだからもはや圭吉は幻の探偵作家ではなく、その点に関しては素直にめでたいと思う。




(銀) ミステリ珍本全集『死の快走船』についてのレビューをこのBlogに載せるのはもう少し先のことになりそう。

 

 

改めて本書の内容を眺めると、少女ものを書いたり時代ものを書いたり戦争が起これば防諜ものを書いて御国の為に協力せざるをえなかったり・・・。純粋な探偵小説だけを書いて生きてゆくことができぬ、昭和前半の日本の探偵小説家の侘しい処世術のサンプルを一冊で見せられているような気分にもなる。




2020年7月29日水曜日

『大阪圭吉探偵小説選』大阪圭吉

2010年5月1日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第45巻
2010年4月発売



★★★★★    墓場から甦った防諜スパイ小説




古書市場でもかなり希少なため読む事が叶わなかった大阪圭吉戦時下防諜小説集が長篇「海底諜報局」と短篇集『仮面の親日』の中から10篇、初出順にメインキャラ横川禎介シリーズを集成して遂に登場。贅沢を言えば、ノンシリーズ「恐ろしき時計店」「寝台車事件」「手紙を喰ふポスト」未収録がもったいない。


 

編者・横井司は解説の中で、過去の大阪圭吉防諜スパイ小説の扱いの低さについて江戸川乱歩・甲賀三郎・中島河太郎の発言も引用しつつ、長年定着してきた権田萬治『日本探偵作家論』の論旨に噛付いている。権田・横井両氏の見方とも正鵠を射ている。ただし権田は昭和11年生まれであり、昭和37年生まれの横井にはとても理解できない不穏な戦時国家のもとで少年時代を送った筈。権田の世代ならそういった苦い想いが無意識の内に論文に現れるのは仕方がないことを踏まえておかなければならない、とは思う。


 

だいたいプロパガンダ目的、というよりも啓蒙主義がのさばり出すと、作品は遊戯的な趣向を封じられ一本調子になってしまう。規制ばかりが蔓延る現代日本の映画やTVに自由度とクリエイティビティが全く失われているのが良い例ではないか。私がレビューにて、何かというと言葉狩りを行う角川書店のような出版社の所業を度々批判している理由もそこにある。ともかく本書は小説だけでなく巻末の解説にも要注目。軍靴の音高き時代、表現を縛られた作家達がどう抵抗していたのかを読み取りたい。


 

山前譲が『探偵小説の風景』(光文社文庫)で提示してみせたように戦前独特の情景・風俗・思想、あの当時の日本を探偵小説を通して眺めてみる事にも大きな意味がある。戦後まったく光を当ててもらえなかった防諜スパイ科学長篇も遠慮なく再発して欲しい。それから大阪圭吉と対を成すもう一人の高値の花/大倉燁子はどうなっているのか?




(銀) ここでは偽善的な規制をする者の例として角川書店を挙げているが、その後不都合な事実を隠蔽すべく私の書いた文章をことごとく抹殺したAmaozon.co.jpに対して大手出版社の言葉狩りより何倍も不快感を持つようになった。本巻が出てからまだ10年しか経っていないのにネット社会の中にはSNSという不必要なツールが生まれ、毎日毎日アタマの悪い連中が140字の中で偽善の皮を被って嘘っぱちな情報を拡散したり誰かを罵倒・リンチし続けている。


 

本巻が発売された時、創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』は品切れ状態だったのだがその後重版され、いつの間にかまた市場から消えている。そして2020年夏、創元推理文庫が新しい大阪圭吉の文庫『死の快走船』を出すのに合わせて『とむらい機関車』『銀座幽霊』もカバーを一新してまた重版すると聞く。カバーが変わることで旧版を持っているのにまた買う輩がいるのだろう。大阪圭吉とは関係ないけど、東京創元社は下らないカーのパスティーシュ集『密室と奇蹟』なんぞを文庫化するより現行で読めないカー作品の新訳をどんどん出せばいいものを。