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2024年10月1日火曜日

『耶止説夫作品集/八切止夫の国際探偵小説』藤田知浩(編)

NEW !

せらび書房  せらび探偵小説セレクション1
2024年9月発売



★★★★   Welcome Back!




815日付『朱夏No.13/特集〈探偵小説のアジア体験〉』の記事(☜)にて予告したとおり、鳴りを潜めていた せらび書房から出来立てホヤホヤの新刊が届いた。それがこの『耶止説夫作品集』だ。まだ年末でもないのに、今年刊行されて最も昂奮した一冊となると、この本以外に思い当たるものが無い。何はともあれ、無事リリースされただけで★5つ確定。

 

 

本書の副題には〝八切止夫〟の名も見える。そのペンネームを名乗っていた昭和後半、既に耶止は探偵小説と疎遠になっていたので「このクレジットは不要じゃない?」とも思うが、当時八切止夫名義で発表した歴史書は結構売れたらしい(あいにく私は一冊も読んだことがない)。それゆえ せらび書房からすると、そっち方面の購買層にも手に取ってもらう為のアイキャッチなのだろう。

 

 

今回初お目見えの【せらび探偵小説セレクション】はこれまでのアンソロジーと異なり、一冊につき一人の作家をフューチャーする方針のようだ。とはいえ、外地を舞台に書かれた作品を対象とする基本コンセプトはそのまま継続されそう。ここに収録された十四短篇を彩る地域は多岐に亘っており、作品によっては幾つもの人種が複雑に入り乱れることもあって、物語の状況をしっかり把握するには各短篇冒頭に添えられた「舞台解説」、そして巻末にある「編者解題」の助けが欠かせない。

 

 

「海豹髭中尉」「聖主復活事件」

まずはソロモン諸島を含む豪州。この二作は海面を利用した馬鹿馬鹿しいからくりが見どころ。「海豹髭中尉」のクライマックスに「シャゼン、シャゼン」という耳慣れぬ日本語が出てきて、若い読者は何のことだか全く解らないだろうから一言申し添えておくと・・・・・その昔「丹下左膳」という時代劇映画が大流行しましてな。主演の大河内傳次郎が劇中の決めゼリフで「姓は丹下、名は左膳」と口にする際に、〝左膳〟を〝サゼン〟ではなく〝シャゼン〟と発音する訳。それが日本全国津々浦々に浸透してたんで、耶止の小説にも引用されているのであります。

 

 

「マカッサル海峡」「熱帯氷山」「笑う地球」

今でいうインドネシア方面が舞台。「熱帯氷山」は邦人達が南方にて掘り出した石油を輸送船で内地へ送り届けようとするも、その都度 謎の出火が起きるので何者かの妨害疑惑が浮上するストーリー。現実社会の日本も今のうちに石油の輸送ルートを安全な経路に変更しとかないと、中国共産党によって海峡封鎖されたら後の祭りだかんね。

 

 

「銀座安南人」

中にはこんな、帝都で働く若い女性の話もある。日本へ間諜を送り込んでくる国は様々あるが、本作にて暗躍する間諜の出所は、我々現代人からすれば我が国と敵対していたイメージがあまり無い方面なので、少々意外かも。

 

 

「ボルネオ怪談」

女探偵に憧れている萩原道江。女学校を卒業後、丸の内の事務所に就職した彼女だが興信所並みの仕事ばかりでクサってしまい、兄の赴任先・昭南島へくっ付いて行き、異国の地でスリルのある事件に出くわすことを期待している。萩原兄妹の起用は『外地探偵小説集/南方篇』(☜)に収録されていた「南方探偵局」と共通。小栗虫太郎や香山滋よろしく、耶止作品にまで有尾人が登場するのか?しないのか?

 

 

「漂う星座」「異変潮流」

これまた海洋もの。題材は「海豹髭中尉」「聖主復活事件」のようにのんびりしたものではなく日本への謀略。海中のプランクトンに目を付け、スケールの大きな悪事を考案する耶止の発想がユニーク。

 

 

「外国小包」

面白い化学的暗号通信。本当に実現可能ならスゴイけど、藤田知浩の解題を読むと、どうやら絵に描いた餅みたいね。

 

 

「沙漠の掟」「青海爆撃隊」

耶止説夫にはシリーズ・キャラとまで行かないものの、同じ登場人物が再び顔を見せるケースがある。この二作ではワダと名乗る青年が活躍、彼の造形は桜田十九郎作品に見られる日本男児と近い。

 

 

「曲線街の街」「瞑る屍体」

やっぱり耶止に満洲は外せない。どちらもニーナという女性が出てくるが別人。唯一戦後に発表された背景もあってか男と女の愛と悲しみをエモーショナルに演出したり、煽情的な要素もあったり、他の作品とはかなり毛色が違う「瞑る屍体」はある意味、本書の中で最も印象深い。

 

 

ごく当り前に、プロの仕事を見せ付ける本書。「校訂について」のページでテキスト制作の方針を明確に示しつつ、各収録短篇の書誌データを(判明しているものは)詳細に記し、更に底本は何か/特記すべき校訂箇所はどこか、痒い処にまで行き届いた配慮がなされている。正しいテキストをユーザーへ提供する責任感など無く、作者及び著作権継承者に対し、ひたすら礼儀知らずな態度でゴミ本を濫造し続ける探偵小説復刊ギョーカイにあって、せらび書房の姿勢はまさしく「掃溜めに鶴」。立派としか言いようがない。
 

 

 
 

(銀) せらび探偵小説セレクションの次巻は宮野叢子だそうで、自分達が何をすべきなのか、彼らは実によくわかってらっしゃる。「外地探偵小説集」の続き共々、早く読みたい。







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2023年10月21日土曜日

『營ロ號事件』矢留節夫

NEW !

大東亞出
1943年10月発売



★★    大東亞出版社の単行本




本書のクレジットは矢留節夫になっているが、この人の筆名は十種以上にも及び、扱いに困る。その件はまた最後に追記するけれども、さしあたり耶止説夫と呼ばせてもらおう。

 

 

ここに収められた創作八篇、その殆どにおいて探偵趣味は存在しない。冒頭の「營ロ號事件」は哈爾浜行きの定期船・營ロ號が匪賊に襲撃されるストーリーだが、これを探偵小説と呼ぶのにはいささか抵抗がある。同様に「ガラパンの街」「別離」「酋長譚」「苦しみと云へど」「霧の焦點」も、かつて日本が統治していた南洋諸島/満洲/上海租界における現地の風習を軸に据えた外地小説で、描かれているのは日本人雄飛のもたらすロマンだけども、徒(いたずら)に読者を高揚させるのではなく異国で発生するシリアスな問題を教示しているような趣き。それに対し、「春日町附近」「瞑る肢體」の二篇にはやや異なるテイストが。

 

 

満洲初夏の物語「春日町附近」は旧知の娘と再会する男性主人公の苗字が耶止になっているばかりか、彼の出身校がN大とされているので、耶止説夫が実際に卒業した日本大学とも合致する。若狭邦男は『探偵作家尋訪』で〝耶止が満洲の地で運営していた出版社・大東亞出版社は春日の浪速通りと春日町が交差するところにあった〟と書いていて、これも本作のタイトルに取り入れられている町名と合致。いつも言っているとおり、若狭の言うことを100%信用するのは非常に危険なれど、この町名の件が真実なら、幾分かのフィクションが含まれているかもしれないとはいえ「春日町附近」は作者自身の私小説の可能性アリ?

 

 

そして、自殺を図った女・ソノの体が施療病院に運ばれてくる「瞑る肢體」。これだけは内地が舞台なだけでなく本書中唯一、探偵小説の範疇に入れてもよさそうな要素を孕んでいる。そんなこんなで本書は(特に探偵趣味を望む人には)強くリコメンドできる内容ではない。むしろ気になるのは巻末に載っているこの本の版元・大東亞出版社の刊行物リスト(全ての本がちゃんと刊行されたかどうかまでは確認していない)。

 

 

『安永密訴狀』久生十蘭/『左膳捕物帖』耶止說夫/『江戸天下祭』久生十蘭

 

『都會の奇蹟』土屋光司譯/『日東選手』HWベレツト作/『靑春赤道祭』耶止說夫

 

『男の世界』耶止說夫/『南方探偵局』耶止說夫/『南の誘惑』耶止說夫

 

『香水夫人』大坂圭吉/『人間燈台』大坂圭吉/『幽靈遠島船』久生十蘭

 

『靑春遺書』矢留節夫/『靑春日記』早乙女秀/『阿呆浪士』三好季雄

 

『吉野朝殉忠記』松浦泉三郎/『異變潮流』耶止說夫

 

 


大東亞出版社の刊行物のうち、次の本だけは書名だけでなく内容紹介文も転載しておこう。 

◆ 報知新聞に連載中は帝都七百萬の市民を昂奮の坩堝に湧かせた問題の防諜探偵小説

『スパイ劇場』南澤十七

怖しいスパイの毒手は延びて不幸な女性達が次々とその犠牲となつて行く不可解な謎

B6判美裝價一圓九〇錢廿錢  

南澤十七は2000年以降の復刊ムーブメントからすっかり取りこぼされた作家。「蛭」「氷人」といった大人向け探偵小説の短篇、そしてこの「スパイ劇場」を併せて新刊で出せばいいのにね。報知新聞に連載されたという初出情報もわかっているのだから。


 

 

 (銀) この作家の筆名は多過ぎて当Blogでのラベル(=タグ)表記をどうするか躊躇ったが、探偵小説の分野で一番多く見かけるのはやはり耶止説夫名義だと思うので、その名前で登録しておいた。





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