2022年4月4日月曜日

『南総里見八犬伝㊃』曲亭馬琴

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岩波文庫 小池藤五郎(校訂)
1990年7月発売



★★★★    獣人妖猫の怪



(前回の記事で述べた理由により、今回から岩波書店新版文庫を使用している) 

◕ 犬村角太郎の実父・赤岩一角を喰い殺し、その姿になりすまして赤岩家の主に収まっていた庚申山の化け猫。しかし角太郎をはじめ里の人間は誰もその事に気付かず、角太郎の実母の死後化け猫のニセ一角は次々と妻を迎え、窓井という女が(角太郎とは腹違いの)二男・牙二郎を産んだ。後妻達は皆ニセ一角に精気を吸い取られて死んでいったが現在の妻・船虫だけは悪人同士だけにニセ一角とウマが合い、継母の立場で角太郎と許嫁の雛衣をじわりじわりと苦しめる。




 

射干玉(ぬばたま)の闇に、鬼火のように燃えている妖猫の眼。人獣交婚。和のゴシック。魑魅魍魎。江戸川乱歩が「人間豹」を書いた時、この赤岩一角妖猫譚が頭の中にあったとしても何の不思議もない。より読者に戦慄を与えるため、角太郎と犬飼現八をもっと苦戦させるほどの手強さと凶悪さをニセ一角/牙二郎に備えてもよかったと思うが、これでも江戸時代の読者にはかなりインパクトを与えただろうな。


それにしても馬琴は犬士達と縁の深いヒロインには悉く非業の死を背負わせる。伏姫や沼藺はさらなり、浜路に次いで雛衣の運命は特に悲惨。そう思うのはやっぱり犬塚信乃が浜路を悪人だらけの大塚にひとり置き去りにしたのと同様、いくら親のニセ一角と船虫から云われたからって、妻となるべき雛衣を遠ざけてしまう角太郎の行動も影響している気がする。







◕ ここでちょっと、関東及びその周辺の武家の争いについて説明しておこう。『新八犬伝』で目立っていたのは滸我の足利成氏と鎌倉の扇谷定正だったが、原作ではもう少し複雑。関東管領の座には扇谷定正と並んで山内顕定がいる。赤岩一角妖猫譚に登場する籠山逸東太縁連は赤岩一門出身の男で、その武芸を認められて山内家の内管領・長尾判官景春の家臣になっていた。前巻では白井城に扇谷定正が居たのに、何故この第四巻で長尾の者である逸東太が白井城へ向かうのかというと、その後定正は長尾景春に攻め落とされ武蔵國の五十子城へ移っているから。つまり扇谷からしたら長尾は怨み重なる敵なのだ。

 

逸東太はニセ一角と一緒に現八を討とうとしたが、結局化け猫どもは二犬士に退治される。罪人として船虫を長尾家に差し出すよう逸東太は二犬士に指示されていたにも関わらず、色仕掛けによる一晩の同衾を許してしまった逸東太は船虫に逃げられ、おまけに主から預かっていた名刀も掠め取られてしまって、長尾家におめおめと帰れなくなり扇谷定正側へと寝返るのだった。







◕ 犬塚信乃は甲斐國で村長・四六城木工作の養女・浜路と出逢う。ある晩、亡くなった信乃の許嫁・浜路の霊がこの生きている浜路に乗り移って、信乃へ想いを伝える。この第二の浜路、実は里見義成の五の姫で、幼児の頃大鷲に攫われ甲斐の地で木工作に拾われ育てられていた。信乃を逆恨みする泡雪奈四郎は不倫している木工作の後妻・夏引と共に、木工作を殺してその罪を信乃になすり付ける。それを救うのは眼代に化けた犬山道節。石禾の禅寺・指月院には丶大法師と蜑崎十一郎照文が居り、四人は合流。木工作殺しの真相を調べた国主の武田信昌は信乃/道節の人となりを気に入って「自分に仕えぬか」と誘うが、里見家への義がある信乃と道節はそれを丁重に断り、再び旅に出た。

 

このような形で再度浜路が登場してきたのには、当時の読者から「あまりに浜路は不憫過ぎた」とでもリアクションがあったか。四六城木工作殺しを調査するくだりには、現代でいうところの探偵趣味が見られる。







◕ 犬田小文吾は越後國小千谷の里にいた。この地に逃れてきた船虫は盗賊の妻になっており、前の前の夫・並四郎を討たれた復讐をすべく、贋按摩となって小文吾殺害を図る。こちらも越後にやって来ていた犬川荘介(=荘助)は小文吾を支えて盗賊を誅戮するが、なぜか二人は領主に捕えられてしまった。その訳というのが、長尾景春の母である箙大刀自なる老婦人が越後を仕切っており、彼女の娘のひとりが武蔵國大塚の大石家に、もうひとりは石浜の千葉介自胤に嫁いでいる。それゆえ大塚で仲間の犬士に助けられて死刑を逃れた荘介がお尋ね者になっている事、更には対牛楼で馬加大記らを皆殺しにした下手人の旦開野と一緒に逃げたのが小文吾である事も、すべて箙大刀自には筒抜けだったから。

 

 

 

かかる最大の窮地を、ある賢人の詭計によって救われた小文吾は荘介と共に越後を去り、信濃路で相模小猴子(さがみ こぞう)を名乗る乞食に身をやつしていた犬阪毛野と再会。ようやく毛野が「智」の玉を持ち、肘には牡丹に似た痣があるのも判明した。自分が八犬士の一人で、将来里見家に仕える身であることを理解した毛野。だが、彼には馬加大記の他にもまだ討たねばならぬ親の仇がおり、置き手紙代わりの詩歌を残して、小文吾と荘介が熟睡している間にそっと宿を後にしたのだった。といったところで第四巻ここまで。

 

 

 

(銀) 戦前の刊行から新版が出るまで、昭和の時代に流通していた『南総里見八犬伝』の旧版岩波文庫がコレ。カバーは無く帯が巻いてあるのみ。本文が旧仮名遣いなのは新版も同じだが、文字間隔も行間も若干狭く、挿絵は少ししか入っていない。



 

 









現八と角太郎が見逃してやった籠山逸東太縁連こそ犬阪毛野の求める仇敵だったのだが、二人はまだその事を知らない。そして越後で盗賊征伐がなされた際にも淫婦船虫はまたまた逃げおおせる。雛衣の掻き切った腹から「礼」の玉が飛び出して、これでようやく(読者には)全ての霊玉の持ち主が明らかになった。

 

 

次の第五巻に収録の〈第八輯〉下帙が出版される頃から、作者馬琴は右眼の視力に異常を感じ始めていたらしい。