2022年10月24日月曜日

合作探偵小説コレクション①『五階の窓/江川蘭子』

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春陽堂書店 日下三蔵(編)
2022年10月発売




★★★★    作品のクオリティを求めてはいけない




この度の【合作探偵小説コレクション】全八巻は、収録内容が各巻の表題作程度しか明かされていない。全体のうち半分近くはかつて平成以降に一度は単行本化されたものだろう。江戸川乱歩参加の合作については三十年ぐらい前、春陽文庫に一律収録されたのだが、私がこのBlogで再三再四お伝えしているとおり、昭和後期~平成にかけての春陽文庫は理解に苦しむ語句改変が横行していてテキストの信頼度はゼロだった。そういう問題だけ捉えれば今回の企画は意義ある再発と言えるので★4つにはしておくが、日下三蔵が本巻の編者解説にて、

 

一応、全八巻の構成案で版元の理解を得てスタートするが、収録作家が八十名以上に及ぶ大企画である。作品によっては収録の許諾がどうしても取れなかったり、存在は判明しているのにテキストの所在が不明なケースが出てきてしまうかもしれない。もちろん、ギリギリまで手は尽くすつもりだが、やむを得ず構成に変更が生じてしまった場合は、お許しいただきたい。

 

と、しょっぱなから頼りない発言をしている。

 

 

 

私はこの業界の内幕を知らないのでなんとも奇妙に思えてならない。収録の許諾が得られないのはまだ仕方ないとしても、編者からプレゼンされた企画の中で収録予定作品なのに底本テキストが揃っていないものがあるのなら、どうして出版社は安易にゴーサインを出すのだろう?こんな中途半端なプレゼンをされると購買者 or 読者が一番迷惑する事を日下は(論創社の【少年小説コレクション】が中絶してしまったのに)相変わらず学習してないのかねえ?

 

 

 

そんな【合作探偵小説コレクション】について春陽堂書店は自社HPで、全八巻一括セット売りを〈期間限定早割〉で予約募集している。HPにはわかりやすく書かれていないが、この全八巻一括セット売りを申し込むと、確かに一冊ぶん程の金額はお得になっても、第一巻が発送される時点で(まだ発売されていない巻のぶんもまとめて)一度に29,800円請求されてしまう予定していた作品の底本テキストが全部揃わず、可能性は低いとはいえ最悪の場合もし巻数が減ったりしたら、事前に29,800円を払った購買者には減った巻数のぶんだけキチンと返金はするんでしょうね春陽堂さん?と、懐疑的な目で見てしまうのだ。日下には上記のような前例があるもんで。

 

 

                    



第一巻は江戸川乱歩が参加した合作、かつ戦前に連載されたものを集めている。【合作探偵小説コレクション】の底本は基本的に初出誌を使用する、とある。

 

 

▲「五階の窓」

▲「江川蘭子」

この二作は前に博文館版『江川蘭子』の記事にて取り上げたので、そちらを参照して頂きたい。90年代の春陽文庫版『江川蘭子』で〝黒人〟〝狂わせて〟などと無意味な書き換えがされていた箇所も正しく〝黒ん坊〟〝気違いにして〟に戻されている。113頁下段(そうそう、二段組なのである)7行目は底本に〝ダイヸングの選手〟とあったから間違えて〝ダイイングの選手〟としてしまったようだけど〝ダイヴィングの選手〟が正解。

 

 

 

▲「殺人迷路」

森下雨村 → 大下宇陀児 → 横溝正史 → 水谷準 → 江戸川乱歩 →
橋本五郎 → 夢野久作 → 濱尾四郎 → 佐左木俊郎 → 甲賀三郎

 

昭和22年になって初めて探偵公論社にて単行本化さる。例の新潮社【新作探偵小説全集】全十巻(濱尾四郎『鐵鎖殺人事件』夢野久作『暗黒公使』横溝正史『呪ひの塔』等を含む書下ろし長篇シリーズ)の附録として封入されていた小冊子『探偵クラブ』に連載。全十巻の長篇とは別に、執筆作家にリレー執筆させたもの。この冊子が50頁以下しかないので通常の月刊誌に連載された「五階の窓」「江川蘭子」「黒い虹」と違って、各作家一回ぶんの枚数が少ない。それだけ負担は少なかったのかもしれないが、話を膨らませるには足枷になってしまったかも。最終回で甲賀三郎が指紋のからくりを持ち出すところだけしか頭に残らず。甲賀の単独作品にもっと良い形でこのネタを使ってくれたほうが望ましかったのに。

 

 

 

▲「黒い虹」

江戸川乱歩 → 水谷準 → 大下宇陀児 → 森下雨村 → 海野十三 → 甲賀三郎

 

雑誌『婦人公論』掲載。春陽文庫に入るまで、乱歩の生前には全編が単行本化されなかった作。蛇をあしらったルビーの指輪を持つ女性が次々狙われる話で、一回ごとに違う女性が奇禍に遭う展開だから、なんだが乱歩の「盲獣」ぽくも見える。実際、雨村の第四回では〝盲獣のように〟に〝けもの〟とルビを振っているぐらいだし、本人達もそう思っていたのか。ここでも最後の締め括りを頼まれている可哀想な甲賀三郎。もはやストーリー進行はそっちのけ、第一回から第五回までの無責任な展開についてボヤキまくっているのが本巻の中で一番の見どころ。気の毒だけど笑ってしまう。そりゃ甲賀も怒って当然だわ。

 

 

 

(銀) 斯様にして合作探偵小説なんてものは決して万人が楽しめる傑作ではないので、普通の健全な読者はそれを踏まえた上で購入されたほうがよろしい。もしあまり探偵小説に免疫が無い方がこの【合作探偵小説コレクション】をお試しになるのなら、一冊の収録分をあまり立て続けに読まず、一作読んだら少し日数を置いて次の作に取り掛かるのを薦める。統一性に欠けるし、たいした内容ではないだけに一気読みするとすぐイヤになりがち。とにもかくにも、全然売れず春陽堂の厄介な不良在庫にだけはなってほしくない。冗談じゃなくマジで。