2024年1月10日水曜日

『黒い獣/渡辺啓助ジュヴナイル作品集』渡辺啓助

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盛林堂ミステリアス文庫
2023年12月発売



★★★   単行本化されてこなかった啓助のジュブナイル




渡辺啓助は少年少女小説を執筆している印象が希薄だったけれど、本書のように本一冊ぶん楽に作れるほどジュブナイルも手掛けていた。意外なのは、啓助の大人向け小説に時々登場する探偵役キャラクター・一本木万助が本書収録作品にも顔を見せていること。
それでは一作ずつ見ていくとしよう。

 

 

 

「幽霊一家」(『少年少女譚海』昭和2512月号)

敗戦後の荒廃で自分の家族の住む家が無くて困っている壮吉は、気になる空家があったのでその家主に訊ねてみると、「あそこには幽霊が住んでいる」と家主の太田は言う。そんな筈はないと信じる壮吉は太田に交渉し、二、三日住まわせてもらうことにした。ただの怪談話か、それなりのヒネリがあるのか、読んで確かめて頂きたい。

 

 

 

「黒聖母島の秘密」(『少年少女譚海』昭和261月号)

孤児・雪村ミサ子は怪しい一味に捕まり、ブラック・マリヤという謎の孤島に連れてゆかれる。どうもその理由というのが、ミサ子は舞踏家・牧園先生の弟子なのだが、映画「狂える白鳥」で主役を務める女優・水島珊瑚とミサ子がそっくりであるため、その映画で十分ばかりのバレエ・シーンを珊瑚の代りにミサ子が演じたため、賊はミサ子を珊瑚と間違えて誘拐したようなのだ。SF的ガジェットも交えた、秘密結社の企み。 

 

「氷河の囚人」(『少年少女譚海』昭和2612月号)

渡辺啓助の大人もの小説における特性をジュブナイルでも表現するとしたら、やはり冒険ストーリーの流れの中に〝秘境〟をもってくるのが一番自然な感じはする。

 

 

 

「黒い獣」(『少年少女譚海』昭和2647月号)

横浜に停泊していた貨物船アルハンプラ号から、コンゴ産の大ゴリラ・イロンクベが脱走する事件が発生した。イロンクベは海に落ちて死んだと思われていたが、少年給仕・正一の勤める愛東貿易会社のビルに出現。女中の玉ちゃんがむごたらしく殺され、片や社長令嬢・雪子は姿を消してしまう。ここで私立探偵・一本木万助登場。 

四回連載なだけでなく、ポオというより日本の超有名探偵作家の或る失敗作からの影響が感じられたりして、なかなか話が凝っているのでアレコレ紹介したいところだけれども、ちょっとでもネタを割ってしまうとこれから読む人が興醒めになるし、何も書くことができん。 

 

「人喰魚」(『少年少女譚海』昭和2711月号)

一本木万助は時折海岸を訪れて、水泳や釣りをやるらしい。日本の海にいるとは思えない熱帯産のフグ=ハリセンボンが呑み込んでいたのは水族館長・星木先生のカフスボタンだけではなく、黒田刑事のガラスの眼玉(偽眼!)。犬が犠牲になったり、なかなか演出がエグいのは発表誌が『少年少女譚海』というのもあるかもしれない。

 

 

 

「シンデレラの片足」(『少年少女譚海』昭和2812月号)

本作に出てくる中学生の三吉、「黒聖母島の秘密」にてミサ子を救出するため孤島へ向かう戦災孤児・春田三吉、そして「人喰魚」の三吉。物語の主役となる少年にたびたび〝三吉〟という名前が使われているが、どうも同一人物ではなさそう。焼場に少年を閉じ込め、可燃性の高い状況下でガソリンを天井からポトポト滴らせる責苦は、子供の読者には若干ハードとはいえアイディアは悪くない。

 

 

 

「失われた黒ねこ」(『高校コース』昭和321月号)

四度目の三吉、今度は大森三吉という。ほんの少しだけど密室設定あり(ホントか?)。不思議と啓助は、ジュブナイルなら回りからそれほど厳しい目で見られないからか、大人ものだと目立たないロジカルなプロットで遊んでいる気配も感じられる。それなりに・・・だけどね。

 

 

 

「姿なき訪問者」(『中学生の友・三年』昭和32410月号)

半年に亘る連載、さらにリリー製薬ビルで必ず各階にひとり発生してゆく殺しの犯人は誰か?という興味、また物語の中では非常に粗末な施設といえども、茨城県東海村に原子力研究所が建てられている設定を昭和32年のジュブナイルで描いているのは、(のちの東日本大震災の事故を思い起こせば)社会への警告的な先見性があるし、賞賛に値する。ガイガー・カウンターで放射能を計測するシーンなんてシャレにならないほどシリアス。

 

 

 

「第三の容疑者 熱帯魚殺人事件」(『冒険王』昭和327月号)

短いながらも、啓助にしては意外な犯人を描いている。 

 

「夜歩く銀仮面」(『冒険王』昭和329月号)

江戸川乱歩「黄金仮面」などの華やかな仮面キャラとは違い、銀仮面氏の動機なり素性は、これがもし大人ものだったら令和の現在よりむしろ当時の昭和の頃のほうが「✕✕被害者を冒涜している!」などとやいのやいの言われそうなヤバさがあるかも。


 

 

「かえる男時代」(『中学生の友・二年』昭和338月号~昭和341月号)

昔は大人も子供も、英国スコットランドのネス湖に〝ネッシー〟なる恐竜が棲息しているという伝説で盛り上がったもんです、ハイ。この作品もその流れで書かれたのだろうが、後半になると壮大なロスト・ワールドの謎に発展。 

 

「地中海であった話 海底の魔女」(『冒険王』昭和346月号)

7頁の掌編。

 

 

 

(銀) レアな渡辺啓助のジュブナイル作品を読めるし、これが例えば佐々木重喜の皆進社から出た本だったら即★5つにして喜ぶところだけど、解説執筆者は日下三蔵、協力者クレジットには相変わらず善渡爾宗衛の名が。関わっているのはどこぞの自民党と何ら変わりない、古本やミステリで甘い汁を吸い続ける奴ばかり。



盛林堂ミステリアス文庫を観察していて思うのだが、盛林堂書房店主・小野純一はどうやっても善渡爾宗衛抜きには同人出版本を作れないようだ。

 

 

啓助の娘・渡辺東氏も善渡爾と並んで協力者にクレジットされている。いつだって古本ゴロ/ミステリ・ゴロどもはこういった探偵作家の御遺族に言葉巧みに近寄ってきた。彼女もあいつらの本性に気付かず、すっかり信じきっておられるのだろうなあ。
 

 

 

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