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2025年1月7日火曜日

『腐肉の基地』大河内常平

NEW !

同光社出版
1961年5月発売



★   進駐軍内部の暴露小説




長篇「腐肉の基地」の主人公・中鳥恒雄が新たに着任する職種は進駐軍施設警備のガードマン。それは若かりし大河内常平の経歴そのまま。中鳥の勤務先につき作中には米軍フアースト・キヤバルリイ・デイビジヨン(第一師団司令部)としか書かれていないものの、昭和20年代の状況を考えると南青山じゃないかな。物語後半には霞町(現在の麻布)も出てくるし、そう大きく外れてはいないと思う。

 

 

過去の大河内関連記事では好意的な感想を述べてきたが、こればっかりは遺憾ながらワースト・ランクにカウントせざるをえない駄作としか言いようがない。

近年復刊された伝奇ものみたいに創造の自由度さえ高ければ、思いもよらぬ奇想の羽根を広げてストーリーを暴走させられるぶんリーダビリティも生まれよう。だが本作は占領する側(米兵)とされる側(進駐軍に雇用されている日本人)、双方の醜さを暴露する一種の実録小説っぽい側面を持ち合わせている。普通の日本人が知り得ない進駐軍の暗部を抉り出している点で、一定の存在価値はあるのかもしれない。然は然り乍ら、実体験から得たリアリティを前面に出そうとも一個の探偵小説として成立させられなければ読む側はシンドイ。

 

 

進駐軍が邦人を雇用する仕事といっても色々あるみたいで、昔の資料を見ると通訳・交換手などの事務系、荷役・雑役を受け持つ技能工系、コックその他を含む家族宿舎要員があったらしい。中鳥恒雄のガードマンは技能工系に属する。貞操観念なんてとっくの昔に失くしてしまったズベ公は米兵に媚を売りつつ、ある者はメイドになり、又ある者はモータープール(軍の車両施設・待機所)における個室付きタイピストとして雇われ、爛れた日々を送っている。その一方、米軍から出た物資をこっそり横流しする副業に忙しい日本人男性もいたり。

 

 

話は序盤、色目を使って米兵に飼われようとする水島啓子の兄・政太郎が謎の自殺を遂げるも、基地内で調査しそうな人物が誰も出てこないため盛り上がりもせず盛り下がりもせず、のっぺりとしたまま進行。終盤になりモータープール地区班長・曽根井勇が毒殺、さらにずっと何者かに付け狙われていた奥田君子の飼っているスピッツまでも青酸カリを飲まされ、絡みあった真相がなんとなく明らかになって終わる。改めて言うけどミステリとしての妙味は殆ど無い。

 

 

「腐肉の基地」単体の評価は★一つ。しかし本書には短篇「危険な壁」も収められており、これは『大河内常平探偵小説選 Ⅱ』に「坩堝」という雑誌発表時のタイトルで収録されていたもの。「腐肉の基地」と比べ、こちらは読む価値があるので、今日の総評価はおまけして★2つ。

 

 

(銀) 戦争に負け、ヤンキーに犬コロ同然の扱いを受ける日本人。同じ米兵が相手でも、反論ひとつできずヘコヘコするばかりの男とは対照的に、オンリイ/パンパンとなって甘い汁を吸うべく身体を差し出すしたたかな女。大河内常平の悪趣味ぶりは今に始まったことではないが、「腐肉の基地」の場合、読み終えてスッキリする内容には程遠く、余程のゲテモノ好きでもない限りお薦めはしない。


 

 

   大河内常平 関連記事 

 



 



 



 



 









2024年7月12日金曜日

『合作探偵小説コレクション⑦むかで横丁/ジュピター殺人事件』

NEW !

春陽堂書店  日下三蔵(編)
2024年6月発売



★★★    戦前の轍は踏まず




「合作探偵小説コレクション」もすっかり戦後モードに入った。本巻収録作品は昭和20年以降に発表されたものばかり作家も編集者もみな学習したのか、戦前の連作・合作よりはだいぶスマートな内容になり、甲賀三郎のように最終回を押し付けられ、リレー小説の無責任さに怒る人も見かけなくなった。

 

 

「能面殺人事件」   青鷺幽鬼(角田喜久雄)

「昇降機殺人事件」  青鷺幽鬼(海野十三)

海野十三は本格物を書く素養を持ち合わせていない。敗戦後の彼は江戸川乱歩に「変態男」なんて言葉を放つほど、「本格にあらずんば探偵小説にあらず」的な声を上げていた同業者達に対し疑問を呈したこともある。青鷺幽鬼名義の二短篇は競作だが、仮に角田喜久雄と海野十三の二人が本当の意味での合作長篇に挑戦したとしても、角田単独作品のような本格探偵小説にはなり得ないんじゃなかろうか。

 

 

「三つの運命」

プロローグ 白骨美人  土岐雄三

骨が鳴らす円舞曲    渡辺啓助

鉄の扉                         紗原幻一郎

帆村荘六探偵の手紙     海野十三 

一人目の土岐雄三がお題を出す形で事件の発生を描き、残りの三名がそれぞれ個別に解決篇を受け持っている。

 

 

「執念」   大下宇陀児/楠田匡介

後述する「むかで横丁」とは対極にある宇陀児節全開のウェットなスリラー。どういう役割分担で書き上げたのかわからないが、安心して読めるのは確か。

 

 

「桂井助教授探偵日記」


第一話         幻影の踊り子         永瀬三吾

第二話     犯人はその時現場にいた    楠田匡介

第三話     謎の銃声               大河内常平

第四話     蜜蜂               山村正夫

第五話     古井戸                             永瀬三吾

 

第六話     窓に殺される             楠田匡介

第七話     愛神                                山村正夫

第八話     西洋剃刀                            大河内常平

第九話     遺言フォルテシモ           永瀬三吾

第十話     狙われた代議士            楠田匡介

 

第十一話    八百長競馬                       大河内常平

第十二話    洋裁学院                        山村正夫

第十三話    地獄の同伴者                    朝山蜻一

第十四話    妻の見た殺人         永瀬三吾

第十五話    アト欣の死                       楠田匡介

 

第十六話    訴えません                         永瀬三吾

 

T大助教授の探偵役・桂井龍介/新聞社員・阿藤欣五郎/欣五郎の妹・ネネ子/警視庁嘱託鑑識課員・和田兵衛、この四人を中心に展開する一話完結型の競作もの。例えば大河内常平だったら地の文を〝ですます調〟にしたり、また彼独特のスラングもふんだんに飛び交っていたりして、各人の個性が活かされた凸凹感の少ない仕上がり。なによりも思った以上に謎解きが重視されているのが良い。


これだけのボリュームがあるのだから、「桂井助教授探偵日記」だけで単行本一冊作ることは十分可能。一般層にも知名度のある作家が参加していないため、かつて大手の光文社が出していたミステリー文学資料館名義の文庫では難しいかもしれないけれど、横井司が先頭に立ち、正常な刊行を続けていた時分の論創ミステリ叢書あたりから単独でもっと早くに本作が出なかったのが悔やまれる。探偵小説復刊に関わる界隈はもはや死に体同然だし、春陽堂のこのシリーズを毎回楽しみに読んでいる人がどれだけいるか、なんとも心許ないからだ。

 

 

「むかで横丁」

発端篇   宮原龍雄

発展篇   須田刀太郎

解決篇   山沢晴雄

これは正統的なリレー作品。「合作探偵小説コレクション」の最初のほうの巻に入っていた戦前作家の連作に比べ、一作品として整っている点は評価できる。轢死者の屍が一人の人間のものではなかったり、出だしは悪くない。ただ『密室』という発表媒体の性格上、込み入ったパズラーを狙いすぎて本格マニアしか相手にしていない印象が強く、そこまで本格を好まない読者は拒否反応を起こすかもしれない。

 

 

「ジュピター殺人事件」

発端篇   藤雪夫

発展篇   中川透(鮎川哲也)

解決篇   狩久

「むかで横丁」とは違い、同じ本格でもこちらのほうがずっとスッキリしている。とはいえ、『藤雪夫探偵小説選 Ⅰ 』の記事(☜)にも書いたように、私は藤雪夫の国語力には大きな疑問を抱いているので、発端篇は別の作家にお願いしたかった。


「まァー」「こりゃー、いけねー」等、会話文に見られるヘンな長音符号の棒引き「―」が相変わらずイタイ。また田所警部というキャラクターが登場するのだが、この人は電話を掛ける際、自分で自分のことを「もし、もし、田所警部です」と言っているし(本巻494頁下段3行目)、他の登場人物にも同様の物言いが見られる。あのねー、自ら名乗るのにわざわざ自分の役職付けて言ったりしないよ。普通「もしもし、田所です」って言うだろ。藤雪夫の小説を読んでいると、こういうところが目に付いて閉口する。






(銀) この辺の戦後に発表された合作・連作群を楽しみにしていたので、整合性がとれていなかった戦前のものと内容を比較しても「ああ、やっと出てヨカッタ」という感じだ。全八巻完結予定でスタートした「合作探偵小説コレクション」も、いよいよ次がラストか。






■ 春陽堂書店 関連記事 ■



『亜細亜の旗』小栗虫太郎




















2021年8月5日木曜日

『人造人魚』大河内常平

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫 善渡爾宗衛(編)
2021年7月発売



★★★★   妖怪博士 蛭峰幽四郎ふたたび




ここ数年、ようやく大河内常平の新刊本がポツポツ出るようになった。
今回は十作品すべて単行本未収録作のみで一冊仕上げた短篇集。有難い。

 

 

白い蛇は昔から縁起のいいものと言われているが、
「黒い小蛇」は、小さな生き物を手荒に殺した男が皮肉にも祟られてしまう怪談。
「海底の情鬼」は、海の底に横たわる女の屍体をなぐさみ、
自分を裏切った若妻とその不倫相手に復讐せんとする情痴のマリン・スリラー。
「情事に報酬はない」は、結核患者という大河内らしくない療養所のシチュエーションで、
性交こそ最も身体に悪い行為だと言われていたのに、
夜毎病室に忍んでくる妖しい女の魔力にどうしても抗えぬ男の独白。

 

 

そういえば初めて大河内や楠田匡介を読んだ時、ヤクザ・チンピラ・パンパンが入り乱れるやさぐれた内容が多かったものだから、「戦争に負けて探偵小説もこういうのが題材になるほど世の中貧しくなってしまったんだな」という拒否反応があって、この手の風俗に慣れるまでに、少し時間がかかったのをふと思い出した。
「桃色の替え玉」など、まさしく下賤なパンパンを描く一品。
「進行性痴呆症」は、あまとりあ社の単行本に入っていてもおかしくない艶笑譚。

 

 

「呪われたテント」は傴僂の小男ゆえサーカス団の中で虐められているピエロ・徳治の、
まあなんというか、いわゆる「踊る一寸法師」みたいな逆襲劇。力の無い者が如何にして、五人の大人を一列に並べて首吊り刑にする事ができたか、という馬鹿馬鹿しくて笑えるトリック。
「三人目の女」も、大河内節が飛び交う与太公ミステリ。
「仮面の獣人」〝推理探偵小説〟と角書きがあるのは、クライマックスに子供っぽい理科の実験みたいなトリック(?)が使われているからか。

 

 

大河内には〝クルス速水〟という別名義があるが、「闇に笑う影」に登場する私立探偵の名前は速水恒太郎といって、シリーズ・キャラ探偵の来栖谷一平とは異なる。その来栖谷一平とも共演していた怪人物・蛭峰幽四郎博士は『大河内常平探偵小説選 Ⅰ 』収録の「25時の妖精」で助手の江波貞雄と共に死んだはずだったが、「人造人魚」にてまたしても登場。そういえば「25時の妖精」ラストシーンとそっくりの情景が、「人造人魚」以外の本書のある作品にて描かれているのに気が付かれただろうか?


 

 

(銀) 文庫サイズだし、内容的にも大満足の大河内本なんだが、
私の買った『人造人魚』は文字が擦れ、中には読み取れない箇所がいくつかあったため減点。
印刷が上手くいってなかったのだろうが、こういうのは困るよ。



「25時の妖精」最終エピソードが雑誌に発表されたのが昭和36年2月。
単行本『25時の妖精』(浪速書房)が刊行されたのが昭和35年12月(奥付による)。
すると単行本は最終エピソードよりも先行して発売、あるいはほぼ同時に発表された?
それはともかく「人造人魚」が雑誌発表されたのは昭和36年8月のこと。
蛭峰幽四郎博士が好評にてアンコール執筆したのか、それとも軽い気持で再登場させたのか、
真相を知る手掛かりがどこかに残っていればいいけど。



先程書いたとおり、最初は大河内や楠田匡介のようなヤクザやチンピラの跋扈する探偵小説は嫌だったが、今ではこうして抵抗なく読んでいるのだから、我ながら現金なものだ。大河内の著書は入手難なので、単行本未収録作だけでなく既刊収録作も続々再発してほしい。
今日の「女妖」はお休み。
 

 

 


2020年12月29日火曜日

『大河内常平探偵小説選Ⅱ』大河内常平

2016年6月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第98巻
2016年6月発売



★★★★★   大河内常平に対する正しい評価とは?




☽ 本巻には、嵐の夜キャデラックを狙撃した謎の犯人を追うデビュー作・長篇「松葉杖の音」(別題「地獄からの使者」)と十三短篇を収録。

 

 

☽ 病態の夫と子を裏切り他の男と麻薬に堕ちた妻への未練を描く「誤れる妻への遺言」、陰湿な軍隊関係を描く「風にそよぐもの」「赤い月」、いわゆる与太公ものの「暫日の命」「相克」といった、やりきれない人間達の物語はいかにも彼らしい。

 

 

「夕顔の繁る盆地に」も旧日本軍が題材だが、脱走兵とその為に自殺した軍曹、甲府の山奥の婀娜な女と、複雑な設定が独特。本巻収録作品の発表誌の多くが正統派の『宝石』である影響か、大河内にしては手堅くトリックをどこかに見せようとしている様子も見受けられる。

 

 

☽ この人は元来、テクニック的に上手い方ではなく、進駐軍下で働いていた経験から、普通の人が知らないヤクザやパンパンなど闇社会の知識・俗語に長け、それを作中にリアルに書き込むところに良さがあって。また刀剣ものに見られるように、どこか一本キレた狂気を絞り出した方が旨味が出て来る。

 

 

「蛍雪寮事件」など水を用いた巧妙な殺人の考案もあるが、「九十九本の妖刀」「餓鬼の館」の如きオソロシイ迫力のある短篇は見受けられない。それに、「クレイ少佐の死」や前巻『 Ⅰ 』収録の「ムー大陸の笛」ってそこまで代表作かな? 私はそうは思わなかったけれど。

 

 

☽ この種の愛欲風俗派探偵小説はそれまで正面から論じられることもなく、大河内の再発だって大幅に遅れてしまった。敗戦がもたらした日本の戦後探偵小説のひとつのパターンでもあり、大河内常平という作家像を正しく捉えるためにも新しい読者のガイドになるような風俗探偵小説を論じた本があるといい。それにはもっと同ジャンルの再発が進まねばならず、本叢書でも朝山蜻一・楠田匡介らの刊行が望まれる。




(銀) 風俗探偵小説の評論ったって、その手の昔の単行本は古書市場でも全国の図書館でも、残っている数が非常に少ない。たまに市場に出てきてもベラボウな古書価格だったり、またそれを古本キチガヒが(既にもうその古本は持っているくせに)買い占めるものだから、研究者とかフツーの人は絶対に読むことができない。



ヤフオクでも、探偵小説の古本を買い占め回っているのはいつも同じ奴と決まっている。かくも不毛な状況ゆえ、森英俊が盛林堂と組んで(小説の内容を読み解く評論なんかでは決してなく)「あの本のレア度は超Aランク、この本のレア度はCランク」などと古本で頭が狂ってしまったオヤジ達を一層煽るだけの本を出したりするのだ。




2020年12月28日月曜日

『大河内常平探偵小説選Ⅰ』大河内常平

2016年5月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第97巻
2016年4月発売




★★★★★   泥絵具をなすり付けたような




☽ ミステリ珍本全集に先を越されてしまった本叢書での大河内常平だが、さて、どの作を収録してきたか? まずは探小読者にもさほど知られていないシリーズ探偵/来栖谷一平と、その探偵事務所秘書/君津美佐子、探偵にお熱を上げるバー『クラフト』のマダム百合子、探偵の親友/早乙女甚三警部補をレギュラーに据え、六話から成る「夜光る顔」(別題「夜光獣」)

 

 

昔から情報の少ない作家だったし、そんな手探り状態の中で大河内といったら刀剣・伝奇・風俗ものみたいな、トリックなんぞ歯牙にも掛けない人の印象があったが、ここでは通俗タッチながらも、それなりに謎解きに取組んでいる。やれば書けるじゃないか、大河内。

 

 

☽ 次なる25時の妖精」(妖怪博士 蛭峰幽四郎物語)は、大河内の愛した乱歩通俗作品への憧憬か。これも基本は一話完結式だが、全体では連続した体裁をとる。本書帯に「名探偵vs妖怪博士、来栖谷一平と蛭峰幽四郎の顔合わせ」なんて煽ってはいるが、この二人の直接対決はほぼ無いまま終わってしまうので、そういうのを期待した読者がガッカリなさらぬよう、一言添えておく。

 

 

『醗酵人間』(栗田信)等のレビューでも触れたが昭和30年代貸本小説はなにかとテキトーで、蛭峰博士一味の惨たらしさを最後まで徹底すればいいものを、怪盗東京ジョニーなんて中途半端な別の悪役を終盤に割り込ませたりするから、焦点がボケてしまったのがもったいない。生贄達の臓腑を抉り出したり悪趣味ぶりは乱歩以上だが、大河内の場合は大仰な表現や構成の荒っぽさも相まって、とてもユーモラスとは言えないが、気持の悪い滑稽さが付き纏い、どこか笑える。

 

 

☽ 残りの中篇二作「蛙夫人」「ムー大陸の笛」
いずれも呪い・祟り的な題材かと思っていたら、ねじれた奇妙な展開を見せる。まあ詳しくは書かないでおくので、是非手にとってみてほしい。随筆での大河内の探偵小説に対する考え方は、

 

● 自然科学の領域

● 怪奇幻想

● 人間の神秘な心霊のうちに飛び込み果敢奔放な闘争を展開し得る

 

と言った風に、その許容性を強調している。この時代に全盛だったリアリズム重視の社会派ミステリ、及びそれに対抗するため地味な謎解きに狭窄され、折り目正しくなり過ぎてダイナミズムを失った本格物より、大河内のように悪趣味で雑な面はあっても、汚い泥絵具の如き個性を放っているほうが私は好ましい。



(銀) 商業ベースで三冊の単行本を発売したからか、同人出版では大河内の本を出そうとする動きが起きてこないな。猟奇的な内容ならまだいいけど、さすがに与太公ものや風俗系になると「売れなさそう」と二の足を踏んでしまい、誰もリリースする勇気が持てないのか。




2020年12月7日月曜日

『九十九本の妖刀』大河内常平

2015年3月27日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 ミステリ珍本全集⑦ 日下三蔵(編)
2015年3月発売



★★★★★   遅きに過ぎた、この男のリバイバル




数年前に発売を噂されながら、没。このミステリ珍本全集でも第一期に発売を予告されながら、これまた延期。いつまで経っても新刊本が出ず、長い長い間待たされた大河内常平。米駐留軍の事情に通じ、刀剣鑑定・軍装研究など特異な趣味を持つ男。彼の小説の主なイメージとして、〈刀剣などを材に採った伝奇ミステリ〉〈敗戦が生んだやくざ・チンピラを描く風俗ミステリ〉がある。 


                   


本書は刀剣を題材に書かれたもの(長篇「九十九本の妖刀」「餓鬼の館」/中短篇「安房国住広正」「妖刀記」「刀匠」「刀匠忠俊の死」「不吉な刀」「死斑の剣」「妖刀流転」「なまずの肌」)を集成。舞台はすべて時代物ではなく現代物。

 

 

古本で読んだ時は「なんて粗暴で下手な作家なんだろう」と思ったけれど、
本書で読むと、長篇など意外にリリカルに書かれていて拍子抜け。
とにかく大河内が書きたいのは刀剣に纏わるペダントリーで、
それを盛り上げる為に残虐・凄惨な生贄が捧げられる。
でもそのペダントリーは堅苦しく眠気を誘うようなものではない。
二長篇の妖気に満ち満ちた面白さは、退屈とは対極の位置にある。

 

 

中短篇では、普通の探偵小説なら倒叙物として扱われるであろう作が、その解決部分はなんともあっけなく無視され、そこに至るまでの刀剣をめぐる骨肉の争いに一方的に力が注がれているのが笑えるほど無茶としか言いようがない。だが、その無茶っぷりこそ大河内常平。ミステリ珍本全集が登場したことで、これまで評論家筋には良い顔をされなかった作家・作品を面白がる土壌ができ、ゲテモノ扱いされてきた大河内にも光を当ててもらえる時がようやく到来して、欣快に絶えない。 

                    


これを機に大河内作品の復刊が続く事を希望する。あと、ミステリ珍本全集は第二期に入り、
きっと値上げするんだろうなと思っていたが、値段据え置き。
こっそり値上げを続けている論創ミステリ叢書と違って、この点も評価すべき。




(銀) 『九十九本の妖刀』の初刊本は大手の講談社から出ており、
しかもこの長篇は映画化もされた(2020年9月4日の当Blog記事を見よ)。
にもかかわらず、昭和の後半から21世紀を15年も過ぎるまで大河内の存在は人々の記憶から忘れ去られていたのだから、探偵作家業なんて儚いものだ。大河内単独著書として、文庫本ではまだ一度も出されたことが無いから、次は大河内の文庫だな。




2020年9月4日金曜日

映画『九十九本目の生娘』(1959)

NEW !

国際放映  新東宝キネマノスタルジア  DVD
2020年9月発売



★★★★★  大河内常平の原作本も読まれてほしい





待望の初DVDだが、私の視聴対象は先行してTV初放送された日本映画専門チャンネルのオンエア録画分なので、販売されている商品のレビューではないから念の為。

 

 

戦後の東北地方。日本のチベットと呼ばれている岩手県北上川の上流で、東京から来た若い女性二人が行方不明に。山奥の部落で十年に一度行われる、奇妙な迷信のある ❛ 火造り祭 ❜ の日が近付く中、神社の宮司・弓削部(沼田曜一)はこの部落に昔から生息する舞草一族の長老(芝田新)から「部落以外の人間はすぐに下山せよ」と告げられる。

 

 

そして 火造り祭 ❜ の日。誘拐されていた二人の女性は舞草一族によって半裸で木に吊るされ、刀で貫かれて亡きものにされる。処女の生き血はこの部落に伝わる妖刀のエキス(!)にする為の供物だったのだ。青年警官・阿部政之(菅原文太)達は部落と妖刀の因縁に辿り着くが、舞草一族は次なる生贄として弓削部を慕っている部落の娘・あざみ(松浦浪路)、そして阿部の上司である及川署長(中村虎彦)の娘・加奈子(矢代京子)を次々と生け捕る。



                   




ストーリーはコンパクトで、冗長な部分も無く面白かった。昔出たビデオ・ソフトは音声が一部消去されたり画質悪かったりで散々だったらしいが、このCSオンエアを見る限りそういった欠点は無い。宣伝ポスターに見られる誘拐された生贄女の水車磔は本編には無いし、長老が生贄女を刀で突き殺すシーンだけは何故か音が無くなって、断末魔の呻きは聞こえなくなるけど。




私はこの映画を見ても、岩手の山奥に住む現実の人達が狂っているだなんてアホな考えは微塵も起きないが、そういう時代錯誤なことを考える可哀そうな人達ってまだ世の中に存在しているのかねえ? 「キチガイ」「日本のチベット」とかいうセリフは確かにあるしカラーなら流血シーンが陰惨に見えるかもしれないけれど、白黒だから目をそむけたくなる程のインパクトではない。若き日の菅原文太はのちの任侠っぽさが全然無いのも非常に好感度アップ。

 

 

こうやって、日本社会の根深い害悪である〈作品自粛〉は、少しずつでも無くしていかねばならない。
 

 


(銀) 当Blogで大河内常平の原作よりも先に映像についてupすることになるとは思ってもいなかった。『九十九本目の生娘』しか知らない人には是非ミステリ珍本全集 ⑦『九十九本の妖刀』も買って読んでほしいなあ。猟奇スリラー映画ではあるが日本のアニミズムみたいな風習も描かれているので『南総里見八犬伝』が好きな人にも興味を引く要素がきっとあるだろう。そうだ、明日は八犬伝でも取り上げてみるか。