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2020年10月16日金曜日

『岡村雄輔探偵小説選Ⅱ』岡村雄輔

2013年5月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第62巻
2013年4月発売



★★★★★   このナイーブな作家に何が起こったか




昭和2528年頃の岡村雄輔は失職や度重なる身内の不幸で苦悩していた。「本業をしっかり終えた後でないとペンが取れない」と公言する性分だから、この時期の執筆に影響が及んだのは間違いないだろう。

 

 

本巻の収録作は「王座よさらば」「斜陽の小径」「黄薔薇殺人事件」「盲魚荘事件」「幻女殺人事件」「通り魔」「ビーバーを捕えろ」+ 随筆五篇。解題に度々引用される「暗い海 白い花」は『 Ⅰ 』『 Ⅱ 』には収録されなかったが『甦る推理雑誌 10 「宝石」傑作選』(光文社文庫)で読む事ができる。

 

 

前巻『 Ⅰ 』収録作は少々の綻びも押し切る勢いがあったが本巻では何か焦点が定まっていない気がする。名探偵秋水魚太郎はそれまでのように、プロットの軸となって事件を解決する事が減ってしまい、存在感が薄い。片や脇役からメインに昇格した熊座警部は「知」でなく「情」の人であり、それ以外の登場人物によって謎が解明されたりして、解決のカタルシスがどうしても弱くなる。

 

 

また、徐々に岡村が大下宇陀児や木々高太郎らのリアリズム志向に惹きつけられていった気配もうかがえる。謎解き要素を残してはいるが、重心がトリックの見せ方から人間の悲哀へと変化。ゲーム性の強い秋水探偵・最後の事件「ビーバーを捕えろ」のラストでさえ、登場人物のセリフを用いて己の心情を吐露していると見るのは穿ち過ぎだろうか。

 

 

岡村の状況がどん底だった頃、江戸川乱歩との初対面を果たすも「このおひとは私たち労働者と異質のおかたなんだ」と後年の随筆の中で告白している。これは勿論、乱歩逝去からしばらく経った昭和53年『幻影城』誌上での回想だが、後輩作家が乱歩との距離をこんな風に吐露した例はついぞ知らない。それだけに岡村の鬱屈・混乱が痛々しい。

 

 

作風が変わる事は他の作家でもある訳だし、そこまで気にしないけれども、熊座警部の役職名や「盲魚荘事件」「ビーバーを捕えろ」に登場する女流作家・貝塚魚絵など、キャラの設定だけは齟齬なく描いていればな・・・という思いが残った。




(銀) 完成度はちっとも高くなかったもののテンションの高さに心揺さぶられた前巻『 Ⅰ 』収録作と比較したら、それまで放っていた粗削りな魅力がフェイド・アウトしてしまい、お行儀良くなってしまったのは残念。



江戸川乱歩と自分との、どうにもならない身分の違いを知って落ち込む岡村雄輔。
小林信彦がこんな事を書いていたっけ。
大家となってからの乱歩は電車など乗る機会が無かったので、
小林信彦・泰彦に対し「電車って、きみ、大工や左官が乗るもんだろう」と言ったという。
小林兄弟とその場に同席していた城昌幸は乱歩の世間の知らなさに思わず笑ったそうだが、
乱歩と対面した頃の岡村はそういうのを聞き流せる悠長な気分ではなかったのだろう。





2020年10月15日木曜日

『岡村雄輔探偵小説選Ⅰ』岡村雄輔

2013年4月3日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第61巻
2013年3月発売



★★★★★  この面白さで今まで著書が一冊も無かったとは



本巻は一短篇を除き中〜長篇という分量のものばかりという編成。探偵・秋水魚太郎を擁する「紅鱒館の惨劇」「盲目が来りて笛を吹く」「うるつぷ草の秘密」「ミデアンの井戸の七人の娘」「廻廊を歩く女」「夜毎に父と逢ふ女」「加里岬の踊子(原型版)」を収める。

 

 

この中で、シャム兄弟・血の儀式・モーゼの十戒・・・ユダの悪夢に彩られた問題作「ミデアンの井戸の七人の娘」(以下、「ミデアン」と略す)に触れたい。本書に収録されている作品は基本的に論理的な解決を迎える本格ものとして扱われるのだろう。ただそうすると「ミデアン」の場合、例えば冒頭でヒロイン真木のり子の寝室に夜毎侵入してくる謎の妖婆について解明がないのはどうなるのか。

 

 

幽鬼太郎による「科学と寓話の不合」という当時の書評にも一理ある。編者は巻末解題で『「あくまで本格推理」「新本格と繋がる遊戯性がある」と言っている芦辺拓のシンパシーは自己都合からくるもので、岡村雄輔本人の意向とは異なっている』とさりげなく窘めているように私には読めた。ここはもう少し詳しく記述してほしかった処ではあるが、さすが横井司。それを裏付けるかのように「暗い海 白い花」(本書未収録)以降、非ロジカルな方へ作風は傾いてゆく。

 

 

だが「ミデアン」をはじめ、どれもが力作であるのは保証する。戦前探偵小説のロマンの血を受け継いだ上で「本陣殺人事件」「高木家の惨劇」「刺青殺人事件」以降の錚々たる戦後本格の牙城に挑んでいる。『日本ミステリー事典』で岡村は「作風が地味」だと紹介されていたけれど、そこまでの弱みは感じない。「盲目が来りて笛を吹く」の中で次作「ミデアン」の事件をチラリ予告するなど、シリーズものである事を読者に印象付ける為の些細な演出が心憎い。「加里岬の踊子」では秋水探偵のルーツを紹介する人物の登場も。

 

 

なんで今まで岡村雄輔の著書は一冊も出なかったのだろう?これだけ読ませる作家の鉱脈が日本の探偵小説にはまだ眠っているのだから、なんだか嬉しくなってしまった。

 

 

 

(銀) 雑誌『宝石』を刊行していた岩谷書店が戦後大掛かりに売り出した全集・叢書の類に【岩谷選書】というものがある。その中には発売を予告されていながら結局日の目を見なかった巻があって、例えば J・ハリス『幻妖夢』、椿八郎『カメレオン黄金虫』、大倉燁子『地獄の花嫁』、そして本巻でようやく読めるようになった岡村雄輔の『盲目が来りて笛を吹く』も当初はラインナップの一冊として単行本発売される筈だった。

 

 

小栗虫太郎の亜流みたいな部分も見受けられるが、「出してくれてトテモ嬉しい」「内容も満足した」という二面の意味で、岡村雄輔は論創ミステリ叢書がこれまで採り上げた作家のうち、My Best 5〉に値する高評価。