2023年9月27日水曜日

映画『King Kong〈キング・コング〉』(1933)

NEW !

Warner Archive Collection    Blu-ray
2022年9月発売



★★★★★   Warner北米盤Blu-ray一択
   
 


ボーッとネットを眺めてたら〝『大仏廻国』、ブルーレイにて11月発売〟との告知を見つけた。「あれってフィルム現存していたのか、いきなりブルーレイで出すってやるじゃん!」と勇んで詳しい情報を拾いに行くと出演者の中に佐野史郎の名が・・・・・・・リメイクかあ。五年前にリメイク版「大仏廻国」が公開されてたって知らんかった。実際1934年(昭和9年)のフィルムが発掘されでもした日には、もっと大騒ぎになってるわな~ガッカリ。とんだぬか喜びでありました。




そんな訳で口直しに今回はオリジナル「大仏廻国」より一足早く公開され世界を驚愕の渦に叩き込んだ初代「King Kongで行ってみたい。ジョン・ギラーミン監督1976年版リメイクはリアルタイムで観た。あれはあれでまだCG以前の作り方だから良かったと思うけれども、日本の円谷プロを含むあらゆる特撮作品の古典的名作として、メリアン・C・クーパー/アーネスト・B・シュードサックが手掛けた1933年初代コングはハンパなくよく出来ている。野獣と美女のロマンスなんて生まれもしないし、コングは獣性のまま容赦なく人間を口に放り込み、あるいは踏みつぶす。叙情性に捉われることなく104グイグイ引き込んでゆくプリミティヴな在り方が数ある後続作品と違って爽快なり。

































【 仕 様 】

北米盤Blu-ray  リージョン・フリー

字幕:  英語

ブックレットなし

 

 

【 アドバンテージ 】

1933年版「King Kong」のブルーレイは日本盤も2010年代にIVCから出ているとはいえ、IVCのディスクはどうも画質がイマイチらしい。自分は日本語吹替なんて要らないし「King Kong」に台詞の細かいニュアンスを求める必要は無いので英語字幕があればOK。IVCの日本盤ブルーレイと見比べてはいないから比較論は書けないが、私の入手したWarner北米盤ブルーレイは画質・音質共に全くストレスを感じさせないベターな仕上がりだった。

 

 

【 特典映像 】

メリアン・C・クーパーのキャリアを俯瞰するなど、かなりのボリュームで収録。オーディオ・コメンタリーでのトーク以外はすべて英語字幕付き。気の遠くなるほど手間暇かけた約一世紀前の特撮メソッドの種明かしに興味をそそられる。「ウルトラQ」によって我々日本人もその名を知る事となったオプティカル・プリンターへの言及があったり、本作のヒロイン/アン・ダロウを演じたフェイ・レイは当然ながら、レイ・ハリーハウゼンやジョン・ランディス(1983年にマイケル・ジャクソン「Thriller」ショート・フィルムを監督)なんかも顔を見せている。
















IVCの日本盤ブルーレイって、これらの特典映像を普通に収録しているのだろうか?もし未収録なら(「日本語字幕/日本語吹替なしでは洋画が見られない!」と駄々をこねる人は無視して)尚更北米盤ブルーレイを推したい。Warner Archive Collectionと題されている本盤はアメリカでは20ドルぐらいで売られている。向こうからの送料と現在の為替レートを換算しても5,000円以内(送料込み)の金額で贖うべし。円安は痛いよ。

 

 

 

(銀) 特撮にばかり目を奪われがちだけど、音楽とサウンド・エフェクトの貢献を見落としてはいけない。コングが拳で何かを殴るシーンにおいて、その動きとぴったりシンクロした音が付けられているのがチャーミング。サントラの全体的なムード作りもその後のこのジャンルの指針になってるね。音楽は本作の五年後に「Gone with the Wind〈風と共に去りぬ〉」を手掛けるマックス・スタイナー。



本日は昨年(2022年)の秋に出たWarnerの北米盤ブルーレイをオススメしたが、同じ20222月にはパッケージ・デザインこそ北米盤とは異なるものの、ドイツ盤ブルーレイのノーマル・エディションとスペシャル・エディション(「Son of Kong」「Mighty Joe Young」もまとめて収録)がリリースされている。こちらも単価はお手頃なのに送料で高くつきそうなデメリットがあるのと、Region A」「B」「C」となっていて一見日本のプレーヤーで観れそうな感じだが欧州盤は再生できない場合もありうるから、全てのコンテンツが日本の通常のプレーヤーで再生できるか、また画質などのクオリティは良好かどうか、ネットに寄せられた海外ユーザーの声を確認した上で手を出したほうがよろしいかと。





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2023年9月24日日曜日

『黒岩涙香探偵小説選Ⅱ』黒岩涙香

NEW !

論創ミステリ叢書 第19巻
2006年9月発売



★★★    やっぱ長篇のほうが読みがいがある
   


   
収められているのは短篇オンリー。
解題を担当しているのはいつもの横井司ではなく小森健太朗。





「幽霊」

オリジナルの作品は不明。英国/軽目田村の郷士・竹生義成の妹・お塩は二十になる美人だが、ろくでなしの軽目田夏雄と恋仲になってしまい、周囲の大反対もむなしく彼らは結婚して米国へ発つ。出だしの雰囲気だと不幸の果て命を落として幽霊になるのはお塩だとばかり思ってしまうけれども、話はあらぬ方向へ。怪談としても因果応報ものとしても煮え切らぬ内容。

 

 

「紳士の行ゑ」

巴里府マレー区の豪商・塩田丹三が失踪した。この事件を担当する散倉老人は人をおちょくったような探偵なのだが、本作のオリジナルはガボリオの短篇「失踪」で、散倉老人は「ルルージュ事件」に出てくるタバレの翻案キャラ。保険金犯罪なれども涙香の別作品「生命保険」とは無関係。

 

 

「血の文字」

本書の中では最も枚数がありダイイング・メッセージが題材だし、これと上記「紳士の行ゑ」は涙香作品の中では推理味が強いとあって評価が高いらしい。オリジナルはやはりガボリオの「バチニョルの小男」、探偵役・目科とはメシネ氏を翻案したキャラ。小森健太朗によればガボリオ原作にはちょっとした矛盾があり、その点涙香が(完全に解消したとまではいかなくとも)補筆して解りやすくしているのだそう。へえ~、ただ勢いに任せて書いてるんじゃないんだな。

 

 

「秘密の手帳」

単行本初収録。原作不明ゆえガボリオのものかどうかも解らないとのこと。殺されし女優の顔が見分けも付かぬ無惨な状態になっているところなど、ミステリ読者が喰い付きそうな美点はそれなりに備わっている。


 

 

 

残りはかなり短いものばかり。


「父知らず」

現代でもよく見る、凶悪殺人犯が心神喪失というので無罪になるパターン。ブラックなオチ。

 

「田舎医者」

薬局が間違えて処方した薬を受け取った女。彼女は帰路暴漢に襲われ、その薬を暴漢の顔へ投げつけたところ・・・。

 

「女探偵」

2ページしかないショートショート。

 

「帽子の痕」

メシネーという人物が出てくるので「血の文字」と同じメシネ氏らしいがここでは翻案名が目科にはなっておらず、オリジナルがガボリオのどの作品なのかも判明していない。メシネが絡んでいることもあってか論理性は無くはないが、この短さでは物足りなさも。

 

「間違ひ」

名にし負う瞞引(まんびき)王の小咄。

 

「無実と無実」

私の好きでない実話系である上、未完なのでノー・コメント。

 

その他〈評論・随筆編〉として、「探偵談と疑獄譚と感動小説には判然たる区別あり」「探偵譚について」を収録。


 

 

さすがに掌篇がズラズラ続くと読んでてかったるい。黒岩涙香に何を求めるかにもよるが、もしもアナタが血沸き肉躍る涙香節を堪能したいのであれば、こういった短篇は小粒すぎて向いていない。迷わず長篇を読みましょう。

 

 

 

(銀) 涙香も2000年代に何冊かチョロっと新刊が出たあと、復刊の動きは全然無い。伊藤秀雄の後継者になってくれそうな人材がいないのか・・・。




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2023年9月22日金曜日

『エキストラお坊ちやま』水谷準

NEW !

岩谷文庫 4
1946年7月発売



★★★    敗戦直後に書いたとは思えぬ軽妙さ

  



「岩谷文庫」とネーミングされてはいるけれど、戦後すぐの刊行ゆえ物資不足もあってか、A6判で50ページあるかないかの超薄い本。収録されているのは各巻短篇一作のみ(江戸川乱歩『恐怖の世界』だけは小説でなく随筆六編を収録)。九人の作家ぶん九冊出ており、現在に至るまでこの「岩谷文庫」でしか読めない作品はほぼ無い。例外にあたるのは武田武彦『踊子殺人事件』、そして水谷準の『エキストラお坊ちゃま』、それだけ。

 

 

横浜の外人バーでトグロを巻いていた弓尾康作は、店の中で陽気に騒いでいた不良遊民っぽい五~六人の男達に突然取り囲まれる。そのメンバーのひとり牧野平馬が康作とそっくりの外見で、彼らは酔っていた康作をどう言いくるめたのか、平馬の身代わりに康作を牧野家へと送り込む。翌朝になり康作が目覚めると、そこはゴージャスな部屋のベッドの上。康作は牧野平馬として騙し通せるか?

 

 

先日upした横溝正史『芙蓉屋敷の秘密』(日本小説文庫)の記事にて、あの本には成りすましや傀儡をネタにした作品がいくつも見られると述べたが、正史とはまた異なる軽いタッチで水谷準も本作を書いている。単純すぎるユーモアものだと退屈だが、一応本作は弓尾康作の成りすましが牧野家の人々にバレるのかバレないのか、またその結果どういうオチが付くのか興味を引っ張るのでまあまあ面白い。でもエンディングで牧野平馬たちが自分らの目論見をハッキリ語るくだりが無く、読者は「たぶんこういう事なのだろう」と推測するしかないのが言葉足らずな感じ。

 

 

未熟者ゆえ私、この作品の初出が何なのか知らない。勿論「岩谷文庫」のための書き下ろしかもしれないけれど、それにしては〝遊民〟なんてワードが出てきたり、日本敗戦からまだ一年経ってないのに書かれている世界観は『新青年』絶頂期のようで、戦後のシチュエーションだと断定できそうな箇所が見つからない。まるっきり書き下ろしであれば、混乱した国内の状況でよくこんなにカラッと明るい短篇を書いたなと感心もするが、昭和21年の準はパージを喰らっており、本作に漂うオプティミズムが彼の創作時に果して浮かんでくるだろうか。

 

 

 

(銀) もともと本日はweb配信された『三康図書館2023年度第一回講演会「三康図書館でみる横溝正史」』(出演:浜田知明/黒田明)をお題にするつもりでいた。でもたいして書きたい事も無いし、たまたま前々回の記事が森下雨村で前回が横溝正史だったから、それなら『新青年』編集長の誰かにしとくかというので水谷準にチェンジ。

 

 

その三康図書館主宰の講演会、事前に予約して先方から送信されるメールにリンクしてあるURLからでないと映像を見られないようになっていたそうで。以前春陽堂の『完本人形佐七捕物帳』完結の際にもweb鼎談みたいなのやってたけど有料閲覧(1,650円!)になってたし、今回無料とはいえweb閲覧でさえ事前申し込みが必要って、わざといつも門戸を広げないのか浜田知明?

 

 

黒田明も自分がSNSで出す出すと触れ回った論創社の本はちっとも出せないのに、某古書店目録への寄稿だとか大陸書館の本の解説執筆とか、本業はそっちのけでどこにでも顔を出すんだな。この講演会で浜田知明と司会の三康図書館の人は顔出ししてるのに、黒田だけは都合がどうだのと言って現場にいながら声のみの参加ってのもよくわからん。♪ 編集者は気楽な稼業ときたもんだ~。





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2023年9月20日水曜日

『横溝正史の日本語』今野真二

NEW !

春陽堂書店
2023年9月発売



★★    やることすべてルーズな春陽堂の本の中で
      いちいち細かな指摘をされても説得力が無い
         



 今野真二という人は以前から江戸川乱歩や横溝正史なり探偵小説のことが本当に好きで『乱歩の日本語』や本書を上梓しているのだろうか?それに本についての基礎知識もちゃんと理解してる?私にはそう思えないな。





 各種存在する「真珠郎」単行本を刊行順に並べ、1937年に六人社から発売された一番最初の「真珠郎」単行本に対し、のっけから著者は〝初版〟という言葉で定義しているので、私は首を傾げたくなる。

どうも或る作品が初めて単行本になった時の状態イコール〝初版〟と思い込んでいるようなのだが、これってすべからく〝初刊〟の間違いじゃないの?その作品が初めて単行本になって世に出たあと、(版元や外装はともかく)紙型などテキスト部分にて少しでも変更を施し再発される時だって、そういった本の第一刷はどれも〝初版〟って言うでしょ。(違いますか?)

 

 

次に「鬼火」。この作品は単行本によって採用されるテキストがバラけており、やはり歴代の単行本をリストアップし、その異同に触れている。2023年現在、直近に刊行された「鬼火」の収録書籍が柏書房の『横溝正史ミステリ短篇コレクション2 鬼火』であるため、その解説を引用してあたかも日下三蔵が「鬼火」の複雑なテキスト変遷を整理したように書いているが、本のレア度にしか関心の無い日下にそんな芸当ができる筈もなく、これはすべて横溝正史研究者・浜田知明が長年かけて明らかにしてきた成果を日下がコピペしているだけの話。著者は御存知?

 

 

そして、本書の中で個人的に一番ウケたところ。
横溝正史作品に対して日頃〝草双紙趣味〟という表現が安易に使われるけれども、「正史本人が実際どんな草双紙を読んでいたのか具体的な作品名をあげていることは少ない。それなのに現代の評者は本当に草双紙というものを理解した上で〝草双紙趣味〟なんて修飾を正史作品に用いているのだろうか?」と今野は疑義を呈している。ハハハハハハハハ、まさしく仰せのとおり。口が悪いのは私人後に落ちないとはいえ、この著者も言うねぇ~。少なくともtwitter、いやXに蔓延る横溝クラスタ云々/日下三蔵に代表される蔵書自慢がルーティーンな人達、このあたりはまず200%草双紙のことなんてちっとも解ってないと断言しますヨ。(検索してみたら私もこのBlogの中で一度〝草双紙〟という言葉を使っていた。)

 

 

♣ 初出から初刊(著者言うところの初版)、また初刊からそれ以降へ、テキストにおいて本来作者が意図していたものが次第にブレていってしまう危うさなど、至極もっともな非常に頷ける警句は其処此処にある。然は然り乍ら、前段にて指摘した〝初版〟〝初刊〟問題以外にも〝三津木俊助〟〝三津木俊介〟になってたりして(289ページ)、重箱の隅をつつきまくるような内容の本を書いている以上、こんなケアレスミスはゼロにしないと自分にブーメランが返ってきかねない。相変わらず『江戸川乱歩全集』のテキスト引用に最も使ってはいけない1950年代の春陽堂版全集を使ってるし(336ページ)。

 

 

春陽堂といえばこの『横溝正史の日本語』、発売前から版元のOnline Shopで事前予約してても大手書店や通販サイトより発送作業がものすごく遅いのだから、ダメな会社は何年経ってもダメですな。その証拠にこちらの画像をクリック拡大して見てほしい。これは今年の五月に出た春陽堂文庫の『神州纐纈城』(国枝史郎)初版第一刷。こんな風に奇妙に泣き別れして改行印刷されたテキスト、私は見たことがない。


こういう春陽堂側への不審が常にあるから、余計に今野真二の本にも良い印象を持ちづらいのである。





(銀) 本書を読んでいて主役の横溝正史以外にも、その他の探偵作家のことや各章のテーマに関連する書誌情報が城壁のように積み重ねられているよう、一見映る。でもこれって今野本人の探偵小説読書歴に伴う知識だろうか。「ビギナーなんだから探偵小説の知ったかぶりをするな」とまでは言わないけれど、なんだかマニア受けしそうなデータをどこかから借りてきて理論武装しているみたいで、著者自身の読書体験から来る深みのようなものは感じられない。





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2023年9月16日土曜日

『二重の影』森下雨村

NEW !

ヒラヤマ探偵文庫 30  森下雨村少年少女探偵小説コレクション 1 
2023年9月発売




★★     大震災前後の少年少女小説





「幻の男」     『日本少年』     大正13年1月号掲載

「二重の影」    『少女倶楽部』  大正12年1~4月号掲載





70頁のスリムな本。収められている作品も短篇ひとつに、四回連載とはいえ中篇と呼ぶにはほど遠いものがひとつ。内容的に取り立てて語るべき点は無い。「幻の男」は江戸川乱歩が「怪人二十面相」にて使ったトリックの元ネタであると解説してあるが、乱歩が森下雨村の少年探偵小説を意識して「怪人二十面相」を書いたふしが伺えることは紀田順一郎『乱歩彷徨 なぜ読み継がれるのか』が刊行された際、このBlogで言及済みゆえ目新しい知見でもなく。





月は関東大震災100年。新書などそれを扱った紙メディアが目立ち、またテレビでは特にNHKが次々特集を組んでいた。「NHKスペシャル」「映像の世紀バタフライエフェクト」「クローズアップ現代」など、内容の良し悪しはともかく主要な番組を一通り見たのだけど、NHKが当時の映像を流しつつ「悲惨だ!」「パニックだ!」と煽情的な物言いをするものだから、頭の中に疑問が浮かんだ。〝あれだけ東京が壊滅状態になっていたのに、日本の探偵小説に関して震災やその被害状況を克明にスケッチした作品が殆ど存在しないのは何故なんだろう?〟と。天災と探偵小説は食い合わせが悪い?





本書収録作で言えば、「幻の男」が発表される少し前に関東大震災は起きている。森下雨村や博文館がどの程度の被害を受けたのか知るよしもないけれど、この短篇では〝あの恐ろしい震災を機会に東京に入り込んだ強盗団の所為だと堅く信じていた。〟と只一言あるばかり。そりゃあ「幻の男」の場合は子供向けな怪盗の話であり、リアルな震災ネタを作中に持ち込む必要など無いかもしれない。それにしたって、つい数ヶ月前東京に居を構えている人の六割は罹災しているのだから、大人ものであれ少年少女ものであれ、大正1213年に書かれた探偵小説にはもう少し震災直後の描写が見られて当り前だと思うのだが。


私みたいなのは現状を知らぬ後世の人間の感触であって、実際マグニチュード7.9を喰らってエグい体験をした大正の人たちは「地震の恐慌やその後の荒れた光景なんか、小説であれ読みたくも書きたくもない!」とナーバスになっていたのか、もしくは案外どうでもよかったのか、見当が付かない。自分の祖父が生きている時に訊いておけばよかった。





関東大震災をビビッドに描いた数少ない探偵作家の創作小説といえば海野十三の「棺桶の花嫁」ぐらいしか浮かばない。ある意味探偵小説って浮世離れしているし、もっとシニカルかつマクロな目で見るなら、あの大震災は関東以外の地に住んでいる人からすれば隣家の火事に過ぎなかったのかもしれん。罹災していない土地に住む人達へ活字でそういった情報を伝えるのが探偵小説の役目ではないんだし、斯様な理由から大震災の情景を詳しく書き残した探偵小説なんて無いのかな。もしこの時期、震災をジャーナリスティックに取り込んだ探偵小説を書いてたら社会派ミステリの先駆者になれてたぞ、雨村。





褒めたいところも貶したいところも無い本について書くのは結構ムズカシイ。それはいいけど、森下雨村の大人向け創作探偵小説で、90年代以降まだ現行本に一度も入っていないものってどれぐらい残っているのだろう?





(銀) 面白いかどうか読んでみないとわからないが、ヒラヤマ探偵文庫近刊予定に入っている中村進治郎『コント、エッセイ、小説短編集』が待ち遠しい。





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2023年9月14日木曜日

映画『Der Hund Von Baskerville』(1929)

NEW !

Flicker Alley  Blu-ray/DVD
2019年2月発売



★★★★  サイレント末期のドイツ映画「バスカヴィル家の犬
  




イギリスとドイツは第一次世界大戦において敵国同士であり、結果屈辱的な負け方をしたのはドイツのほう(その反動がヒトラー/ナチスの台頭に繋がる)。シャーロック・ホームズ晩年の事件「最後の挨拶」でも、イギリス侵略を目論むドイツ側のスパイ/フォン・ボルクはホームズによってみじめに捕獲されてしまう。つまり第一次大戦後のドイツ人からすれば「なにがなんでもイギリス憎し」となって不思議じゃないのに、敵国の英雄シャーロック・ホームズの映画を制作しているのは非常に興味深い。韓国人や中国人だったらまず考えられないことだ。




1929年。世の中ほとんどトーキーに変わろうかというサイレント末期に公開されたドイツ映画「Der Hund Von Baskerville(バスカヴィル家の犬)」。監督・脚本はRichard Oswald
これ、フィルムは疾うの昔に失われてしまったとばかり思われていたところ近年ポーランドより奇跡的に発掘。その昔ヨーロッパの映画館で実際観た人は年齢的にもほぼ生存していないだろうし、100年の時を超え現代に蘇った幻の作品が観られるのは嬉しい。




【 仕 様 】

北米盤   NTSC/リージョン・フリー


Blu-rayDVD二枚組

(内容は同一なれど注意点あり。下段 【ボーナス・コンテンツ】欄を参照。)


字幕:   英語

 

 

【 キャスティング 】

シャーロック・ホームズ役のCarlyle Blackwellはアメリカ人俳優。シドニー・パジェットの挿絵っぽい風貌ではないものの名探偵の佇まいとしては悪くない。どの配役にも不満は無いが、唯一あるとすればGeorge Seroff演じるワトソン。彼が道化っぽく演出されてしまうのは(イヤだけど)仕方ないとしても、この人だけ背が低い上に口髭さえ無いので若いカルロス・ゴーンみたいに見えてしまう。




 シャーロック・ホームズ(Carlyle Blackwell)




 ワトソン、荒地に怪しい人物のシルエットを発見





【 内 容 】

ムードたっぷりの無声モノクロ映像と陰鬱な音楽とが題材にピッタリ合っているのがイイ。それだけに前半部分、ホームズとワトソンがヘンリー・バスカヴィルと初対面したあとワトソンとヘンリー卿がバスカヴィル邸に入るまでのフッテージが悲しいかな欠落しているため、そこだけはスチールと字幕を用いた説明になるのが惜しまれる。

 

原作の主要登場人物でこの映画に出てこず省略されてしまっているのはレストレード警部とカートライト少年ってとこ。なぜかフランクランド老人は冒頭シーンのバスカヴィル邸内でチャールズ・バスカヴィル卿やモーティマー医師と一緒に姿を見せるだけで、後半ワトソンとの絡みは無い。これから観る方のために詳細は伏せてはおくが、おおむね原作に準拠しているとはいえ映像化にありがちな改変はやっぱりある。問題の魔犬は・・・そうだな・・・原作に倣って犬に燐を塗っている設定らしいが、その燐光の怪しさは画面から感じ取れない。本当に犬に燐など塗ったら可哀想だから仕方ないか。




    深夜、邸内を忍び歩くバリモア




  このシーンがあるだけで〝良し〟としよう





【 ボーナス・コンテンツ 】

実はRichard Oswald監督、本作に先立つこと十五年前(1914年)に公開された同じタイトルの映画「Der Hund Von Baskerville」でも脚本を担当。その時の監督はRudolf Merinert。当然出ているのはすべて1929年版とは別の役者。こちらも本盤に収録されているけれども(ただしBlu-rayのみ)、原作の設定を借りているだけでホームズと真犯人のあの人とが化かし合うコメディ・スリラー。1929年版のように原作の味わいを活かした正統派スクリプトにしてくれればよかったのに、1914年版は文字通り只のおまけと割り切って見るしかない。



残り二つのボーナスはショート・ドキュメンタリー。

Arthur Conan Doyle and The Hound of the Baskervilles

Restorling Richard Ozwald’s Der Hund von Baskerville

 

 


歴史的価値を鑑みて★4つ。1929年版のフッテージがすべて揃っていたら満点にしたかも。






(銀) なんせドイルがまだ生きている時代の映画ってのがポイント。本盤に収録されているふたつの「Der Hund Von Baskerville」、どちらにも銅像や胸像の裏側に〝あの人〟が隠れてバスカヴィル邸内を覗き見るシーンが出てきたり、またバスカヴィル邸に忍び込むための秘密通路があったりして、原作に無いことを私はしてほしくないんだけど、Richard Oswaldはそういうのが好きみたい




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2023年9月11日月曜日

『讀切小説第一集』九鬼澹ほか

NEW !

讀切文庫
1948年1月発売


★★      いろいろやってる九鬼澹



  
 月報サイズで50頁弱。カストリ雑誌の類なんだろうけれども短篇が四作しか載っていない。そのうち二作は九鬼澹のもの(ひとつは三上紫郎名義)なので、純然たる単行本ではないものの九鬼澹の著書扱いとして取り上げてみることにした。この二作は彼の著書あるいは各種アンソロジーにも未収録なのではないか。終戦後の印刷物にありがちな、非常に文字が読み取りづらいのが難。





「盗まれた貞操」三上紫郎

画家・佐川冬夫は省線のガード下で夜の女に声を掛けられる。それは五年前、絵のモデルとして出会ったマキだった。その頃冬夫は己の若さを制御できず、無理に酒で酔わせてマキを犯してしまい、以来彼女は失踪してしまっていた。特にフックがある訳でもなく、淡々とした話。




「姿なき探偵」九鬼澹

三條元侯爵の息子・三條高麿は映画女優・夕顔カホルに送った一通のラブレターを取り戻してもらうべく、敏腕女探偵WHの事務所を訪れる。しかし、その女探偵は一切姿を見せず送話管を通してしか会話できないシステムになっていて、後日彼女はあるものを夕顔カホルへ贈物するよう高麿に指示してきた。タイトル/内容からも、これなら探偵小説と見做してよかろう。手紙を取り返すのがテーマだからといっても、ポオ「盗まれた手紙」ドイル「ボヘミヤの醜聞」をトレースしている訳ではない。





最初は以下の二名も、知られていない九鬼澹の変名かと疑った(とかく彼にはペンネームが多いから)。別人であれ、荒木田潤の名には思い当たるふしが無く、どういう人だか全くわからん。安藤静雄はこの本(?)の編集者として奥付にクレジットされており、ネットで調べて見ると昭和10年以降詩集を出したり小説を書いている〝安藤静雄〟という人が存在しているようなので同一人物と思われ、九鬼とは別人だと断定してもよさそう。




「肉体の夜」荒木田潤

そろそろ四十に届きそうな民江だが、夫の伯太郎は六十近いのもあってか夫婦の営みを求めても不能に近く、彼女はイラついている。そんな時、民江は伯太郎の会社の社員で自分と年が近い菅原と二人きりになるチャンスができたのをいいことに、飢えた欲望を満たそうとする。もし書き手が探偵作家なら強引に艶笑ミステリ扱いしていいのかもしれないが、ちょっとしたオチがあるばかりの読物でしかないな。




「魔都東京」安藤静雄

シベリアから復員してきた櫻井粧太郎は東京駅に着いたばかりだというのに自分の荷物をかっぱらわれてしまい、自分を〝人間賣物〟とアピールしてふらつくより他になかった。そこに現れた一人の紳士が「買はうじゃないか」と声を掛け、粧太郎を銀座のある一角の地下室へと連れてゆく。と書くと先日記事にした関川周『忍術三四郎』(☜)みたいだが、ここから先は全然違って目まぐるしい展開に。






♠ 昭和23年の九鬼澹は2月から始まる雑誌『仮面』(戦後版『ぷろふいる』の後身)の編集に忙しい筈なのに、いろんな事やってますな。そういえば、以前紹介した九鬼の『戦慄恐怖 怪奇探偵小説集』(下段にある関連記事リンクを見よ)は八千代書院からリリースされた本で、雑誌『仮面』も版元は同じ八千代書院。ではこの『讀切小説』も八千代書院となにか関係があるのかと思ってしまうが湊書房と藤田書店の広告が見られるばかり。




湊書房は九鬼が刊行に尽力した『甲賀三郎全集』の版元。一方の藤田書店は安藤静雄と関わりが深かったようで、二人それぞれ伝手を辿って広告を打ってもらったのかも。この頃九鬼はかもめ書房の雑誌『小説』の編集もやってなかったっけ?

 

 

 

(銀) 九鬼の『探偵小説百科』をペラッと開いてみたが、九鬼のキャリアそのものが作家としても編集者としても細かい部分でよく解らないところがあるし、あれを書くより自分史を本にしてくれたほうが私は有難かった。




■ 九鬼澹 関連記事 ■