2025年3月25日火曜日
『謎の骸骨島』水谷準
2024年11月15日金曜日
『合作探偵小説コレクション⑧悪魔の賭/京都旅行殺人事件』
「鯨」(昭和28年)
島田一男 → 鷲尾三郎 → 岡田鯱彦
「魔法と聖書」(昭和29年)
大下宇陀児 → 島田一男 → 岡田鯱彦
「狂人館」(昭和30年)
大下宇陀児 → 水谷準 → 島田一男
この三作は『狂人館』(東方社)の記事(☜)にて言及しているので、御手数だが左記の色文字をクリックし、そちらを御覧頂きたい。本巻の中でも私はやっぱり「鯨」が好きだな。
「薔薇と注射針」(昭和29年)
前篇 薔薇と五月祭 木々高太郎
中篇 七人目の訪客 渡辺啓助
後編 ヴィナス誕生 村上信彦
前篇を受け持つ木々高太郎がそれなりに状況設定を拵えており、本格派の作家なら、そこに登場している顔ぶれだけでケリを付けようと苦心して続きを書きそうなもんだが、なんと渡辺啓助は新たな登場人物・天宮寺乙彦を追加投入。そのあと彼が少なからず事件の鍵を握る存在になってしまって、池田マイ子殺しの犯人と動機を推理する物語として読むには甚くバランス悪し。
「火星の男」(昭和29年)
前篇 二匹の野獣 水谷準
中篇 地上の渦巻 永瀬三吾
後編 虜われ星 夢座海二
永瀬三吾と夢座海二が無理くりフォローしてはいるが、シリアスなオチで終わらせたいのなら、前篇の水谷準がここまでぎくしゃくしたプロローグにするのは間違っている。前篇の終りで殺人を犯した男が酔って崖から転落してしまうため、てっきり読者は「ああ、これは笑わせる方向に持っていこうとしているんだな」と思ってしまうよ。加えて大した必然性も無いのに、殺人者の男を火星人(カセイジン)などと呼ばせているのも「プリンプリン物語」じゃあるまいしダサイなあ。
「密室の妖光」(昭和47年)
大谷羊太郎/鮎川哲也
「悪魔の賭」(昭和53年)
問題編① 斎藤栄
問題編② 山村美沙
解答篇 小林久三
「京都旅行殺人事件」(昭和57年)
問題編① 西村京太郎
問題編② 山村美沙
解答編 山村美沙
「鎌倉の密室」(昭和59年)
渡辺剣次/松村喜雄
「皆な国境へ行け」(昭和6年)
伊東憲/城昌幸/角田喜久雄/藤邨蠻
「謎の女」(昭和7年)
平林初之輔/冬木荒之介
「A1号」(昭和9年)
九鬼澹/左頭弦馬/杉並千幹/戸田巽/山本禾太郎/伊東利夫
「再生綺譚」(昭和21年)
乾信一郎/玉川一郎/宮崎博史/北町一郎
「謎の十字架」(昭和23年)
乾信一郎/玉川一郎/宮崎博史/いま・はるべ
「幽霊西え行く」(昭和26年)
高木彬光/島田一男
「一人二役の死」(昭和32年)
木々高太郎/富士前研二(辻二郎)/浜青二/竹早糸二/木々高太郎
2023年9月22日金曜日
『エキストラお坊ちやま』水谷準
横浜の外人バーでトグロを巻いていた弓尾康作は、店の中で陽気に騒いでいた不良遊民っぽい五~六人の男達に突然取り囲まれる。そのメンバーのひとり牧野平馬が康作とそっくりの外見で、彼らは酔っていた康作をどう言いくるめたのか、平馬の身代わりに康作を牧野家へと送り込む。翌朝になり康作が目覚めると、そこはゴージャスな部屋のベッドの上。康作は牧野平馬として、周囲の者を騙し通せるか?
先日upした横溝正史『芙蓉屋敷の秘密』(日本小説文庫)の記事にて、あの本には成りすましや傀儡をネタにした作品がいくつも見られると述べたが、正史とはまた異なる軽いタッチで水谷準も本作を書いている。単純すぎるユーモアものだと退屈だけども、一応本作は弓尾康作の成りすましが牧野家の人々にバレるのかバレないのか、またその結果どういうオチが付くのか、興味を引っ張るのでまあまあ面白い。でもエンディングで牧野平馬たちが自分らの目論見をハッキリ語るくだりが無く、読者は「たぶんこういう事なのだろう」と推測するしかないのが言葉足らずな感じ。
未熟者ゆえに私、本作の初出誌が何なのか知らない。勿論「岩谷文庫」のための書き下ろしかもしれない。それにしては〝遊民〟なんてワードが出てきたり、日本敗戦からまだ一年経ってないのに、書かれている世界観は『新青年』絶頂期っぽいし、戦後のシチュエーションだと断定できそうな箇所は見つからない。まるっきり書き下ろしであれば、混乱した国内の状況でよくこんなカラッと明るい短篇を書けたなと感心もするが、考えてみたら昭和21年の準はパージを喰らっている。本作に漂うこんなオプティミズムが、決して良い精神状態とは思えぬ彼の頭に果たして浮かぶだろうか。
(銀) もともと本日はweb配信された『三康図書館2023年度第一回講演会「三康図書館でみる横溝正史」』(出演:浜田知明/黒田明)をお題にするつもりでいた。でもたいして書きたい事も無いし、たまたま前々回の記事が森下雨村で前回が横溝正史だったから、それなら『新青年』編集長の誰かにしとくかというので水谷準にチェンジ。
その三康図書館主宰の講演会、事前に予約して先方から送信されるメールにリンクしてあるURLからでないと映像を見られないようになっていたそうでね。以前、春陽堂書店の『完本人形佐七捕物帳』完結の際にもweb鼎談みたいなのやってたけど有料閲覧(1,650円!)になってたし、今回無料とはいえweb閲覧でさえ事前申し込みが必要って、いつも浜田知明はわざと門戸を広げないのか?
2023年5月25日木曜日
『ふらんす粋艶集』水谷準(訳)
本書の帯には次のような宣伝文がある。
〝 気品があり、健康的で陽性なエロテシズム、そしておおらかな笑いにみちた仏蘭西粹艶小咄は、古くから世の大方の風流人士の愛好するところとなつているが、現在の暗く嚴しい現実の中でもつと多くの人々が、このセンスを玩味するなら、世の中は常に花園のように明るく楽しいことだろう。
先に当社で出版した「粹人酔筆」は息づまる様な現実生活の中にしみじみとした人生の悅楽を見出すものとして大好評を博したがそのフランス版ともいふべきものが、本篇である。〟
早稲田在学時にはフランス文学科を専攻していた水谷準のフレンチ嗜好を前面に押し出した本。タイトルのとおりフランス製のちょっとHなショートショートを集めたもの。エッチといっても半世紀以上前の日本人の感覚だから現代人から見ればたわいもないエロ・コメディばかり。冒頭と最後のカミ作品はやや枚数があり、前者「處女華受難」には名探偵ルーフォック・オルメスが登場(本書ではルウフォック・ホルメスと表記)。
◓「處女華受難」カミ
「衣装箪笥の秘密」のタイトルで記憶している人もおられよう。しかし殺人鬼の脳を移植された箪笥が暴れ回るって、どんだけ馬鹿馬鹿しいハチャハチャなんだか。
◓「ふらんす粹艶集」(含7本)
◓「金髮浮氣草紙」
アレクシス・ピロン「蚤の歌」
ザマコイス「当世売子気質」
フィシェ兄弟「エレベーターをめぐる」「浮気の円舞曲」「悔い改める」「ぶらさがりの記」
ジャン・フォルゼーヌ「カフェ・ファントムの一挿話」「フォレット嬢の新床」
シャルル・キエネル「美しい眼のために」
レオ・ダルテエ「田舍ホテル」
ファリドン「ベルティヨン式鑑別法」
ピエール・ヴベ「ヴォスゲスの冒険」
アルフォンス・アレエ「金曜日の客」
ヴィリー「シュザンヌの悪だくみ」
◓「ふらんす艶笑小噺」
◓「てごめあだうちきだん」カミ
あまりに軽~く読み流せる内容なので、カミ以外のものはこの手のコントを受け入れられる人でないと退屈かもしれない。だが、一番華やかだった頃の『新青年』テイストの横溢に興味があるなら手に取ってみるのも悪くはない。古書価もそんなに高くないし。
本書には続篇『第二ふらんす粋艶集』もある。
(銀) 私は持っていないけれど、水谷準には『金髪うわき草紙 奥様お耳をどうぞ』(あまとりあ社)という本がある。これは上記『ふらんす粋艶集』『第二ふらんす粋艶集』を再編集したものだそうで、日本出版協同株式会社の二冊さえあれば無理に探す必要はない。
2022年4月6日水曜日
『狂人館』大下宇陀児・外
本書に収録されている三つの中篇はどれも、探偵作家三名が 前篇→ 中篇 →後編 を分担して書いているため一見リレー小説のように見えるが、三篇とも同じ雑誌・同じ号に一挙掲載されているので、事前に三人でおおまかな打ち合わせをした上で書かれている可能性はある。初出誌に当たっていないから、この企画の詳しい事情については何とも言えないけれど、通常のリレー小説のように方向性も文体もバラバラな感じが無くて、スッキリ読める。
三船紀子は小さな食料品会社に勤め、新聞記者の戸沢信一とつきあっている。信一とのデートの途中、弟に貸す約束をしていたカメラを会社に置き忘れたのに気付いた紀子が事務所に戻ると、会社の社長・疋田文平が見知らぬ男二人女一人と密談を交わしていた。それというのが他人に聞かれてはまずい話だったらしく、彼らは紀子を脅して車に押し込み、ある場所へと連れてゆく。その建物はまるで狂人が設計したような奇妙なビルだった。
「鯨」【『探偵実話』1953年7月号】
発端篇/血染の漂流船
島田一男
捜査篇/血しぶく女臭 鷲尾三郎
解決篇/血ぬられたる血潮 岡田鯱彦
「魔法と聖書」【『探偵実話』1954年2月号】
前篇 ― 小心な悪漢 大下宇陀児
中篇 ― 五階の人々 島田一男
後篇 ― 三つ巴の闘い 岡田鯱彦
丸金商事の外交員・浅井新吉は自分の会社が入っているビルのエレベーター・ガール南条市子を情婦にしている。二人とも悪い意味でのアプレで、新吉はホテルで市子とセックスするか、パチンコ屋に入り浸るかの日々。そんな新吉の行くところに妙な男の影がチラつき、市子はエレベーターの中でセクハラをしてきた丸金商事のエロ支配人が往来で死体となっているのを目にする。彼らの周りでいかなる悪事が進行しているのか?
2022年2月22日火曜日
『薔薇仮面』水谷準
疑問を抱いているのは私だけかもしらんけど、水谷準って世間で云われているほど『新青年』編集長として本当に名伯楽であっただろうか?江戸川乱歩に『新青年』復帰を促した「悪霊」の時だって、確かに乱歩という人は小説を書かせるのに普通の作家の何倍も手が掛かったとはいえ、結局その気にさせて完成させる事ができなかった訳だし、だいいち昔から準は他人の作品を一向に褒めない性格だったんでしょ。(褒めりゃいいってもんでもないけど)編集長の資質としてはそれでよかったのかな?
2021年2月18日木曜日
『殺人狂想曲』水谷準
「待てよ。あの本が出た90年代って春陽堂は江戸川乱歩や横溝正史の文庫本でバリバリ言葉狩りしてたよな。この名作再刊シリーズ〈探偵CLUB〉は山前譲が解説を書いているから今迄言葉狩りは無いものだとてっきり思い込んでいたけど、光文社文庫「幻の探偵雑誌」シリーズも編集部がこっそり語句改変をやらかしてたし・・・。」
そんな虫の知らせがしたので、水谷準の著書はこのBlogでもまだ取り上げてなかったのもあり『殺人狂想曲』を題材にテキスト・チェックしてみることにした。
表題作の中篇「殺人狂想曲」(昭和6年6月から半年間『朝日』に連載された時の原題は「翻倒馬殺人譜」)。翻倒馬と書いてファントマ、元ネタはスーヴェストル+アラン。実に荒っぽい翻案の上に荒っぽい終わり方。
次も中篇の「闇に呼ぶ声」(昭和5年10月より半年弱『朝日』に連載された時の原題は「心の故郷」)。恋人を倖せにするため北海道から出稼ぎで東京へ出てきた主人公の青年がいきなり与太者に半殺しにされて記憶喪失になり、その後悪人に救われ裏の世界で生きるが今度は獄窓の人に・・・というムチャクチャな悲哀小説。
最後の「瀕死の白鳥」は解説によれば初出誌が不明との事。乱歩や戦後の橘外男のような美女が誘拐される猟奇ものなので、初出誌が『朝日』で見つからなかったのであれば、同じ博文館雑誌の『講談雑誌』や『文藝倶楽部』にて水谷準ではない別の名で書いているのかもしれない。いずれも『新青年』とは客層が異なる大衆向け雑誌だけど、あれだけ幻想メルヒェンを書いていた準がよくこんなディスポーザブルな小説を臆面もなく書き飛ばしたもんだ。
さてテキスト・チェックの話に戻ろう。こんな場合は同じ本の旧い版に目を通してみなければ言葉狩りされている箇所を見つける事はできない。よって昭和7年の春陽堂文庫版初刊本『殺人狂想曲』(私の所有しているのは昭和14年発行22版)を紐解いてみる。すると・・・
行方不明になった前中国大使(✖) 2頁10行目
行方不明になった前支那公使(〇)
まるで狂気の沙汰としか思われん(✖) 11頁12行目
まるで気狂ひ沙汰としか思はれん(〇)
人はただ言葉を失うしかない (✖) 12頁6行目
人はたゞ無言の唖となつてしまふ (〇)
「ぼく、ぼく、そんなんじゃない」(✖) 16頁14行目
「僕、僕、気狂ひぢやない」 (〇)
あの子は気の毒な母を持った哀れな子供です (✖) 34頁15~16行目
だれが一時的に発作を起こさなかったと言えましょう
あの兒は狂人を母に持った哀れな子供です (〇)
誰が一時的に發狂しなかつたと云へませう
酷すぎる。「殺人狂想曲」の前半だけでこんなに見つかるとは。他の二篇でも改悪箇所はあるのだがキリがないからここに載せるのはこれだけにしておく。この調子で言葉狩りオンパレード、それに加え昔の旧漢字を現行漢字にするだけならまだしも、「様」とか「僕」とか開く必要の無い漢字までひらがなに開きまくり。こんな校訂でよく再刊などしたものだ。
気狂い/発狂/白痴/唖/聾/満洲/支那、この手のワードがオリジナル・テキストに含まれる作品を再発している昭和50年以降の春陽文庫は × となる訳だが、それでなくとも(もっと以前から春陽堂が行っていた)漢字を無意味に開く校訂が、この〈探偵CLUB〉シリーズでも遠慮なしに実行されているので、テキストとして使いものにはならんことがよく解った。
乱歩でさえ過去の著書において信用できぬテキストの本が存在する事実を知ることができたのは林美一が河出文庫『珍版・我楽多草紙』で解り易く例を挙げて警告していたからであって、さすがに乱歩の次に本の流通量が多い横溝正史は注意していたけれど、それ以外のあまり有名でない戦前探偵作家の再発本に対しては「まさか、そんなことはあるまい」とたかをくくっていたかもしれない。改めて言う。春陽堂書店の戦後のテキストは全く信用できん。
(銀) 水谷準の戦前の春陽堂文庫には『殺人狂想曲』ともう一冊、『都魔』という本がある。表題作「都魔」も『文藝倶楽部』に昭和5年8月から半年ほど連載していた時のタイトルは「虹の彼方へ」だった。こんなにも単行本収録時タイトルを変えるということは、準にとってやっぱりこれらの作は自分の会社の雑誌の埋め草的なやっつけ仕事として書いていたのだろうか。