2022年10月29日土曜日

『故郷へ、友へ、恩師へ、風の便り/山田風太郎書簡集』

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講談社 有本俱子(編)
2022年10月発売



★★     ただ書簡文を載せるだけでは
         端々の意味が江湖の読者には伝わりづらい



いま本書を読み終わったところ。この本の内容は山田風太郎自らしたためた書簡ばかりではなく風太郎へ宛てて投函された書簡も少なくはなかった。風太郎夫人・山田啓子さんのもとに残っていたのは当然後者しかない訳で、風太郎が出した書簡となれば送られた相手が長い間大事に保菅していて、なおかつこういった公の目に触れる事に対し全ての人が許可を出してくれなければ、我々が一冊の本として読むことは決して許されない。最初から公刊するつもりで書かれたのではないプライベートな内容を知る事ができる楽しみが書簡本にはあるし、風太郎に関しては過去に書籍化された日記の数々が面白かったものだから今回も楽しみにしていたのだが・・・。

 

 

                    



例えばその書簡集が〈谷崎潤一郎~渡辺千萬子〉〈南方熊楠~岩田準一〉といった一対一の関係ならば、彼らに通底するひとつのストーリーも見えやすい。本書の場合だと、風太郎とやりとりしている相手は三十名ぐらいいて、最初の章〖Ⅰ〗では風太郎が作家デビューする以前から交流があった学友・恩師たち宛ての風太郎書簡を掲載。

この本では書簡を人物ごとにカテゴリー分けしている。書簡文を読んでいると解りにくい箇所は必ず出てくるものだが、それにしてもキャプションも何もなくて素っ気無いなあ。いくら熱心なファンでもさすがに余程の研究者でなければ、風太郎に近しかったそれら市井の人達にどういう背景があるのか理解できないのでは?一応、巻末のあとがきに簡素な説明はしてあるが、読者がよく知り得ない人の情報は巻末じゃなく書簡文と一緒に見せるべきじゃなかろうか。吉田靖彦/小西哲夫両氏をはじめ〖Ⅰ〗に登場する人々が兵庫時代の若き風太郎と浅からぬ仲なのは読めば解るけれど、全体を通して各人の簡単なプロフィールぐらい付けてほしい。

 

 

 

〖Ⅱ〗での親戚・編集者枠も同様。御大・原田裕はこのBlogにもちょくちょく登場する名編集者だけど、探偵小説に左程興味が無く忍法帖とか王道風太郎路線が好きな読者だと原田裕についてよく知っている人はそういないでしょ?雑誌『宝石』編集者だった神尾重砲への書簡も複数掲載しているんだし、神尾と風太郎がどの作品で関わりがあったか等の情報はマニアじゃない読み手にも理解できるようにすべき。それこそ少なくはない部数を出す講談社の本なんだから。

 

 

 

探偵小説家としての風太郎を期待するなら最も核となる文学者・芸能関係者枠の〖Ⅲ〗。この章はなぜか風太郎から送られた書簡は殆ど無く、相手から風太郎へ送られたものが殆ど。当Blog的にチェックしておかねばならない発信者は高木彬光/横溝正史/江戸川乱歩(ただし乱歩唯一のハガキは『戦中派闇市日記』からの転載にすぎない)/角田喜久雄/鮎川哲也/中井英夫/中島河太郎のみ。角田の手紙はかなりの長文。ここでも〝例の会〟ったって、フツーの読者はわからんよ。



                    

 

 

本書を編纂したのは山田風太郎記念館を立ち上げた有本俱子。この人はあまり探偵作家としての風太郎には重きを置いてないのかもしれない。彼女だけでなく世間でもきっとそうだろうから、これはやむをえない。ただ風太郎発にしろ風太郎宛てにしろ現在残存している書簡はまだ他にもありそうだし、兵庫県養父郡出身者としての人間・山田風太郎に極力スポットを当てた有本とは全く違った角度で書簡をセレクトしていたら・・・。いや書簡のセレクト以上に講談社編集部の〝ただ書簡内容を載せました〟的なこの仕事が不満だな。大手の出版社の本だとこんな手抜きな作りにされてしまうからこちらは有難くないのだ。

 

 

 

(銀) 上記で挙げた以外に、単に年賀状で新年の挨拶しかされていない書簡も載ってて。残存している書簡がこれで全てなら私も承服するけれど、他に中身のある書簡が残っているならこういう型通りの年賀状なんてピックアップする必要はなかったのでは?風太郎本人も「年賀状がウザイ」って度々書いてるじゃん。本音を申せば既刊の日記本にも注釈や丁寧な解説はあったほうがよかったが、それでも日記の本文のみでかなり満足はできた。でもこの書簡集は色んな意味でフラストレーションがたまる編集内容。本書の制作に関わった人達は『子不語の夢 江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』でも読んで少しは勉強しないと。




2022年10月24日月曜日

合作探偵小説コレクション①『五階の窓/江川蘭子』

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春陽堂書店 日下三蔵(編)
2022年10月発売




★★★★    作品のクオリティを求めてはいけない




この度の【合作探偵小説コレクション】全八巻は、収録内容が各巻の表題作程度しか明かされていない。全体のうち半分近くはかつて平成以降に一度は単行本化されたものだろう。江戸川乱歩参加の合作については三十年ぐらい前、春陽文庫に一律収録されたのだが、私がこのBlogで再三再四お伝えしているとおり、昭和後期~平成にかけての春陽文庫は理解に苦しむ語句改変が横行していてテキストの信頼度はゼロだった。そういう問題だけ捉えれば今回の企画は意義ある再発と言えるので★4つにはしておくが、日下三蔵が本巻の編者解説にて、

 

一応、全八巻の構成案で版元の理解を得てスタートするが、収録作家が八十名以上に及ぶ大企画である。作品によっては収録の許諾がどうしても取れなかったり、存在は判明しているのにテキストの所在が不明なケースが出てきてしまうかもしれない。もちろん、ギリギリまで手は尽くすつもりだが、やむを得ず構成に変更が生じてしまった場合は、お許しいただきたい。

 

と、しょっぱなから頼りない発言をしている。

 

 

 

私はこの業界の内幕を知らないのでなんとも奇妙に思えてならない。収録の許諾が得られないのはまだ仕方ないとしても、編者からプレゼンされた企画の中で収録予定作品なのに底本テキストが揃っていないものがあるのなら、どうして出版社は安易にゴーサインを出すのだろう?こんな中途半端なプレゼンをされると購買者 or 読者が一番迷惑する事を日下は(論創社の【少年小説コレクション】が中絶してしまったのに)相変わらず学習してないのかねえ?

 

 

 

そんな【合作探偵小説コレクション】について春陽堂書店は自社HPで、全八巻一括セット売りを〈期間限定早割〉で予約募集している。HPにはわかりやすく書かれていないが、この全八巻一括セット売りを申し込むと、確かに一冊ぶん程の金額はお得になっても、第一巻が発送される時点で(まだ発売されていない巻のぶんもまとめて)一度に29,800円請求されてしまう予定していた作品の底本テキストが全部揃わず、可能性は低いとはいえ最悪の場合もし巻数が減ったりしたら、事前に29,800円を払った購買者には減った巻数のぶんだけキチンと返金はするんでしょうね春陽堂さん?と、懐疑的な目で見てしまうのだ。日下には上記のような前例があるもんで。

 

 

                    



第一巻は江戸川乱歩が参加した合作、かつ戦前に連載されたものを集めている。【合作探偵小説コレクション】の底本は基本的に初出誌を使用する、とある。

 

 

▲「五階の窓」

▲「江川蘭子」

この二作は前に博文館版『江川蘭子』の記事にて取り上げたので、そちらを参照して頂きたい。90年代の春陽文庫版『江川蘭子』で〝黒人〟〝狂わせて〟などと無意味な書き換えがされていた箇所も正しく〝黒ん坊〟〝気違いにして〟に戻されている。113頁下段(そうそう、二段組なのである)7行目は底本に〝ダイヸングの選手〟とあったから間違えて〝ダイイングの選手〟としてしまったようだけど〝ダイヴィングの選手〟が正解。

 

 

 

▲「殺人迷路」

森下雨村 → 大下宇陀児 → 横溝正史 → 水谷準 → 江戸川乱歩 →
橋本五郎 → 夢野久作 → 濱尾四郎 → 佐左木俊郎 → 甲賀三郎

 

昭和22年になって初めて探偵公論社にて単行本化さる。例の新潮社【新作探偵小説全集】全十巻(濱尾四郎『鐵鎖殺人事件』夢野久作『暗黒公使』横溝正史『呪ひの塔』等を含む書下ろし長篇シリーズ)の附録として封入されていた小冊子『探偵クラブ』に連載。全十巻の長篇とは別に、執筆作家にリレー執筆させたもの。この冊子が50頁以下しかないので通常の月刊誌に連載された「五階の窓」「江川蘭子」「黒い虹」と違って、各作家一回ぶんの枚数が少ない。それだけ負担は少なかったのかもしれないが、話を膨らませるには足枷になってしまったかも。最終回で甲賀三郎が指紋のからくりを持ち出すところだけしか頭に残らず。甲賀の単独作品にもっと良い形でこのネタを使ってくれたほうが望ましかったのに。

 

 

 

▲「黒い虹」

江戸川乱歩 → 水谷準 → 大下宇陀児 → 森下雨村 → 海野十三 → 甲賀三郎

 

雑誌『婦人公論』掲載。春陽文庫に入るまで、乱歩の生前には全編が単行本化されなかった作。蛇をあしらったルビーの指輪を持つ女性が次々狙われる話で、一回ごとに違う女性が奇禍に遭う展開だから、なんだが乱歩の「盲獣」ぽくも見える。実際、雨村の第四回では〝盲獣のように〟に〝けもの〟とルビを振っているぐらいだし、本人達もそう思っていたのか。ここでも最後の締め括りを頼まれている可哀想な甲賀三郎。もはやストーリー進行はそっちのけ、第一回から第五回までの無責任な展開についてボヤキまくっているのが本巻の中で一番の見どころ。気の毒だけど笑ってしまう。そりゃ甲賀も怒って当然だわ。

 

 

 

(銀) 斯様にして合作探偵小説なんてものは決して万人が楽しめる傑作ではないので、普通の健全な読者はそれを踏まえた上で購入されたほうがよろしい。もしあまり探偵小説に免疫が無い方がこの【合作探偵小説コレクション】をお試しになるのなら、一冊の収録分をあまり立て続けに読まず、一作読んだら少し日数を置いて次の作に取り掛かるのを薦める。統一性に欠けるし、たいした内容ではないだけに一気読みするとすぐイヤになりがち。とにもかくにも、全然売れず春陽堂の厄介な不良在庫にだけはなってほしくない。冗談じゃなくマジで。




2022年10月20日木曜日

『マヒタイ仮面』楠田匡介

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③ どういった理由で湘南探偵倶楽部は改竄を続けるのか?




 湘南探偵倶楽部が制作・発売した同人本『マヒタイ仮面』(楠田匡介)はテキスト入力時の誤字脱字があふれかえっているばかりではなかった。不幸にして、この本を買ってしまった方、あるいは底本である『小学六年生』該当号の古雑誌 or 複写コピーをお持ちの方は(そんな人はほぼいないと思うけれども)、それらを手元に置きながらこの記事を読んで頂くと、よりベターである。

 

 

 

前回の【② テキスト崩壊】の記事の中で私は『マヒタイ仮面』第六回にあたる6364頁の画像をupしておいた。その画像の右下を見ると「はじめて読まれる人に」という欄がある。これは〈前回までのあらすじ〉が簡単にわかるよう、初出誌『小学六年生』編集部が毎月冒頭に添えたものだ。

湘南探偵倶楽部版『マヒタイ仮面』を読むと、(第一回に無いのは当り前として)第二~五回/七回の〈前号までのあらすじ〉は本編と同じく、制作者が自らの手でテキスト入力している。
一方、第六回/八~九回/十二回の〈前回までのあらすじ〉は『小学六年生』原本からそのままスキャン・コピーされていて、第十回にはそれが無い代わりに豊福剛造一家/探偵役の漫画家・金近たかし/チビ連隊/死仮面の男といった主要キャラ紹介のスキャン・コピーが、残る第十一回はちょっと見ると原本からのスキャン・コピーだと勘違いしそうだが、文章は制作者が手入力したものだった。

 

 

 

さて、前回の記事にもupした文章だが第六回「はじめて読まれる人に」の部分だけズームアップしたものを読者諸兄のために、もう一度お見せしよう。三行目にはこう書いてある。
〝美江子、英子姉妹のゆくえがわからなくなったのだ。ついで剛造氏夫妻までが、緊張する警察陣をしりめに、何者かに連れ去られてしまった。〟

               

                                   


本作に登場する子供のメイン・キャラは、この本の制作者がテキスト入力した本編全文を読むと次の五人しかいない。

 

・豊福剛造・香絵夫妻の子供である木綿子/比奈子姉妹

・木綿子/比奈子とはいとこにあたる小松良夫/幸子兄弟

・チビ連隊メンバーのひとりである万病薬局の杏子

 

もうお気付きですね。上掲『小学六年生』の第六回「はじめて読まれる人に」欄に記してあった美江子/英子姉妹の名前が見当たらないことに。本書を何度見返しても物語の中に美江子/英子なんて登場人物は存在しない。そして第六回までの時点で誘拐される姉妹といったら豊福木綿子/豊福比奈子以外にはいないのである。これは作者楠田匡介や『小学六年生』編集部のミスでも何でもない。何故かって?第二回のラストに見られる、原本から直接スキャン・コピーされた(つづく)以降の煽り文にもこう書いてあるからだ。

〝死の面・・・・とうとう、美江子、英子きょうだいのへやにまでしのび込んできた、
あの不気味な面・・・・〟(☟の画像をクリック拡大して確認されたし)


            

 

それだけではない。同じく原本からスキャン・コピーされた第十回の〈主要キャラ紹介〉欄には〝清水薬局のヒロ子〟と書かれている。エエッ、万病薬局の杏子までもが・・・。このヒロ子という名前も間違いではない証拠に第八回〈前号までのあらすじ〉欄には〝豊福家の美江子、英子姉妹、それにヒロ子の三人は〟とハッキリ書いてある。つまりだ。意図的な改竄か夢遊病みたいな心地でテキスト入力をしたのか知らんが、湘南探偵倶楽部の制作者は美江子/英子姉妹の名前を木綿子/比奈子へ、清水薬局のヒロ子万病薬局の杏子へ、勝手に書き変えているとしか思えない。



      

             第十回〈主要キャラ紹介〉の一部

        原本も美江子を幸子と間違えている。やれやれ・・・。



         

             第八回〈前号までのあらすじ〉


 

 湘南探偵倶楽部のこういう改竄事例は他の本でもあった。去年の七月、当Blogで紹介した大下宇陀児のジュブナイル作品『黒星章』→『黒星團の秘密』だ。その時の二つの記事のリンクを貼っておくので、よ~くお読み頂きたい。


①  春陽堂版(戦前)と靑柿社版(戦後)のテキスト異同

②  全体に細かく手が入れられた光文社痛快文庫版


 

 

『黒星章』は戦後になって、靑柿社という出版社から粗末な仙花紙本で『黒星團の秘密』と改題され、作者が時代の変化に合わせていくらかの改稿を施して再刊された。湘南探偵倶楽部はその靑柿社版『黒星團の秘密』を2018年に復刊しているのだけど、これが原本そっくりそのままスキャン・コピーした作りではなく、『マヒタイ仮面』同様に手入力でテキスト・データが作られていた。

そして上に挙げた『黒星章』→『黒星團の秘密』のテキストを比較した記事で説明したように、湘南探偵倶楽部はこの頃から本来ありうべからざるテキストを作りあげ、まことしやかに復刊していたのだ。こうなるともう『マヒタイ仮面』も人物名以外の部分も改竄されているのかもしれない。

ここに正真正銘、本物の靑柿社版『黒星團の秘密』テキストが閲覧できる「国会図書館デジタルコレクション」リンクも貼っておくから、湘南探偵倶楽部が復刊したほうの靑柿社版『黒星團の秘密』をお持ちの方は13頁を開いて13行目の四十八願という名の富豪の邸宅が、このリンク先にある本物の靑柿社版『黒星團の秘密』1211行目では玉置某となっているところ等を御自身の目で確認してほしい。


    国会図書館デジタルコレクション/靑柿社版『黒星團の秘密』大下宇陀児  

 

 

 

去年、大下宇陀児『黒星章』→『黒星團の秘密』の記事に着手した時にはまだ湘南探偵倶楽部を信じる気持が残っていたから「可能性は低いけど、もしかしたら靑柿社版のテキストにはヴァリアントが存在するのかもしれない」と書いておいた。しかし、今回の楠田匡介『マヒタイ仮面』でさえ明らかに(たとえごく一部とはいえ)内容改竄しているのだから、決してミスではない。確信犯だ。でなかったら、制作者の頭は相当ヤバイ状態にあるとしか考えられないではないか。

もしこんな風に書き変える必要があるのならば、なぜ理由を本の中に一言書いておかないのか。誠に失礼ながら、前回の記事で私が「頭がおかしいとしか受け取りようがない」と書いたのは、これだけの動かぬ証拠が上がっているからだ。

 

 

 

しかも『マヒタイ仮面』の新刊売価は驚くなかれ、なんと5,800円だよ。ボッタクリ価格な上に間違いだらけだと私以外の人からもこのリンク先を見よ指摘されている善渡爾宗衛の本並みだぞ。そりゃあ今、何でもかんでも物価が上昇しているさ。前回の記事で比較対象として掲げた横溝正史ファンの同人誌『偏愛横溝短編を語ろう』(2,500円)だって前に出ていた『ネタバレ全開! 横溝正史読書会レポート集』と比べて40頁増えて新刊売価が1,000円もアップしてる。

それが妥当な金額なのか私にはわからんけど、
あのミーハーな横溝ファンでさえテキスト入力はちゃんとやっているのに、
湘南探偵倶楽部がやっている事は著作権の侵害ではないのか・・・。
どのような目的でこんな事をしたのか、明らかにする義務が彼らにはある。


 

 

 

(銀) 湘南探偵倶楽部のアイテムは最初のうち内輪のメーリング・リストのみの扱いだったが今では盛林堂書房をはじめいくつかのミステリー専門古書店で販売されている。



楠田匡介の本名は小松保爾。現在の著作権継承者がどなたなのか残念ながら存じ上げない。大下宇陀児の著作権継承者は今もお元気なのであれば娘の木下里美さんから変更は無いと思われる。小松保爾氏の遺族そして木下里美さんとコンタクトが取れる方は、このようなやってはならない改竄行為が行われている事を大至急知らせてあげてほしい。



探偵小説の欲に目がくらんだ人間の頭の中はこんな風になっているんだろうか。
蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲蟲・・・・・ではなく、
金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金金・・・・・と。





2022年10月18日火曜日

『マヒタイ仮面』楠田匡介

NEW !

湘南探偵倶楽部叢書 臨増版4号
2022年8月発売



    ② テキスト崩壊



 前回の記事【① 湘南探偵倶楽部が販売してきたもの】からのつづきである。本日はいよいよ湘南探偵倶楽部が先月発売した同人本『マヒタイ仮面』(楠田匡介)の実態に踏み込む。
このところ彼らは楠田匡介の未刊ジュブナイル作品を立て続けに刊行しており、今回はそれまでのサイズよりもグッとコンパクトなA5判に変更。全145ページ、梁川剛一の挿絵も収録。価格については次回の記事 にて記す。初出誌情報などは何も記載されておらず、ネットで調べたらこの作品は『少学六年生』昭和324月号から翌年3月号まで連載との情報があった。

 

 

 

 湘南探偵倶楽部が制作・販売する同人本は前回も書いたように、原本をそのままスキャン(コピー)して作られるのが主だったが、最近は自らテキストを打ち込んだ体裁の本も多くなり挿絵がある作品であればその部分を原本からカットアウト + 複写 + ペーストした紙面になっている。この『マヒタイ仮面』も同様。原本を1ページ1ページ丸のままスキャン(コピー)するのであれば見栄え的には問題無いが、PCを使ったテキスト・データ作りとなると、このレーベルの制作者は洗練された編集スキルを持っている人がいないのか文字組みが下手だったり、場面転換する箇所なら底本では改行して適当なスペースが空けられているはずなのに、それが全くなされていなかったり、旧漢字が意味もなく混じっていたり、はたまた漢字であるべき単語をひらがなのまま入力していたりと、非常に読みにくいこと甚だしい。

 

 

 

参考までに、これも最近横溝正史ファンの人達が自主制作した『偏愛横溝短編を語ろう』という同人誌があるので、それの紙面と『マヒタイ仮面』の紙面とを見比べてもらおう。画像クリックすると拡大して見ることができる。

       

               
              『マヒタイ仮面』の紙面



 
  
『偏愛横溝短編を語ろう』の書影と紙面

表紙だけでなく中のページもコーティングされているような良い紙質が使われており、
こちらはちゃんと校正がされ、誤字脱字なども無さそうに感じた。
『マヒタイ仮面』と同サイズのA5判/全104ページ/新刊売価2,000






Web上では伝わりづらいかもしれないが、『偏愛横溝短編を語ろう』の紙面はテキストが非常に読みやすく組まれているのに対し、『マヒタイ仮面』は文字間隔がギチギチで窮屈。もちろん、小説ではない前者と(ジュブナイルとはいえ)れっきとした小説である後者を比べるのはフェアじゃないかもしれないが、どっぷり小説を復刊している盛林堂ミステリアス文庫あたりの紙面と比較してみても、湘南探偵倶楽部の本作りには素人っぽさが漂う。このようなPCの作業だと年齢が若い制作者のほうがテキパキ進められる傾向は確かにある。だがプロの出版人の仕事ではなくフツーの素人がやっている事なのだし、そこを問題にして責めているのではない。





同人本を作っている人のすべてが編集作業に秀でていたり良い印刷業者を使っている訳ではないから、本の見た目の多少の拙さには目をつぶるべきだろう。しかし、だ。この『マヒタイ仮面』のテキストの無惨なザマは決して他人様からお金を頂けるような代物ではない。いちいちページをめくり入力ミスを拾い出すなんて面倒臭くてイヤなのだけど、事実は事実として、このような本を買わされてしまう被害者が出ないよう世の中に伝えなければならない。善渡爾宗衛の作った本以上に発生している『マヒタイ仮面』の大量な入力ミスをここにお目にかける。


以下、上段の『マヒタイ仮面』の紙面上に入力されている文章。
下段のは正しい底本の、というか本来あるべき文章。
下線は私(銀髪伯爵)が記した。(私は底本となる『小学六年生』は一冊も所有していない)
頭を抱えるほどの数だから心して御覧頂きたい。

 

 

 

● は七日でまだ正月気分から     320行目

● 今日は七日でまだ正月気分から

 

 

● 「まあ、いいタクシーで帰ろう」     518行目

● 「まあいい、タクシーで帰ろう」

こういうミスは数えだすとキリがない。

 

 

● ころげ落ちたんです」     924行目

● ころげ落ちたんですか?」

この会話は木綿子の説明に対し警官が疑わしそうに問いかけている言葉なので、
語尾は〝ですか?〟でないとおかしい。

 

 

● してあったんです」「ですもの、ナンバーなんかで     108行目

● してあったんですもの、ナンバーなんかで

このように会話のカギカッコを置く位置ががメチャクチャだったり、〈、〉〈。〉など句読点の打ち方が間違っている箇所は全体にわたってあちこちに見られる。その他にも !(=感嘆符)が文字化けみたく ▢ となっている箇所もある。

 

 

● 「だれ一人いないが、    1119行目

● 「だれ一人いないが、」

 

 

● ギョとしたように     1124行目

● ギョとしたように

〝フフっ〟とされている箇所もある。
カタカナ小文字〝ッ〟の打ち方がわからないのだろうか?

 

 

● 1220行目から【死面(デスマスク)】という新しいチャプターが始まっているのに、改行さえされていない。

 

 

● あの時だって、まったまったくわからない話である。     1416行目

正しい文は何だったのか、さっぱり見当が付かない。

 

 

● さすが顔色を変えていた。     1423行目

● さすがに顔色を変えていた。

 

 

● さめてから聞いてみたが         1517行目

● 彼らの目がさめてから聞いてみたが

 

 

 「だっだってえ、     1610行目

 「だってえ、

 

 

● でたらめいうからさ ・ 幽霊が出るなんて・・・・・・」     172行目

● でたらめいうからさ。幽霊が出るなんて・・・・・・」

〈。〉でないとしたら〈、〉にすべきだろう。

 

 

● ずいぶんと古風なことを言って     189行目

● ずいぶんと古風なことを言って

 

 

● ミシリ・・・。と、また、     2212行目

なぜこの〝ミシリ〟という擬音に〝みしり〟とルビを振る必要があるのか?

 

 

● 《 っ。 っ。》     2314行目

28頁の記述からして、《フッ。フッ。》とするのが正しいと思われるのに・・・。

 

 

● 柱時計鳴る音もハッキリ聞いたわ」     289行目

● 柱時計の鳴る音もハッキリ聞いたわ」

 

 

● お世話にっております。どうぞ。」    297行目

● お世話になっております。どうぞ」

 

 

●  不平言う     3514行目

●  不平を言う

 

 

 「大原さん、会社?お父様だけ」(3527行目)という木綿子の問いのあとには大原運転手の返事が来るべきで、もしかすると一~二行分欠落している可能性もある(微妙)。

 

 

● とっくに此所には着いているはずである。     4218行目

● とっくに此所には着いているはずである。

 

 

● しい|んと静まり返っている。     447行目

● しいーんと静まり返っている。

 

 

● 考え込んでいた。とっ。少しずつわかってくるような     4524行目

地の文で〝とっ〟って何よ?

 

 

● みな殺しにする計画ためだったんです」     4724行目

● みな殺しにする計画のためだったんです」

 

 

● なにを夢見ていらっしゃる。     5716行目

● なにを夢見ていらっしゃる。

 

 

● 「あっ!と叫び声をあげた。     588行目

● 「あっ!」と叫び声をあげた。

 

 

● 獄門だがゆらいで竹竿が     6621行目

● 獄門台がゆらいで竹竿が

 

 

● 無気味さをいっそうにもちもちとくにかいしている。     755行目

???

 

 

● 「それより、あんたのことだわ?よ?」     768行目

● 「それより、あんたのことだわよ」

 

 

● 逃げ出す工夫をしなくっちゃ。     7710行目

● 逃げ出す工夫をしなくっちゃ。

 

 

● ないわけなでしょう。     782行目

● ないわけないでしょう。

 

 

● 三浦君がそう言っ。     7915行目

● 三浦君がそう言って、

 

 

● 見たことがある?と知らせてくれた。     8715行目

● 見たことがあると知らせてくれた。

 

 

● 五つの良夫をのぞく寝台の人は、     922行目

楠田匡介ジュブナイルのレギュラー・キャラ小松良夫少年が五歳ってことはありえないし、
五つめの寝台という意味ではないのか?

 

 

● 殺人犯がこの船に今乗っているんですよ。     9513行目

この時点で小松良夫たちの一行はまだ寝台列車に乗っている筈なのに、
〝この船〟などと訳わからんセリフが飛び交っている。

 

 

● 明日の朝森入港まであと三時間です。     9517行目

● 明日の朝青森駅到着まであと三時間です。

 

 

● 杏子はノート取っている。     968行目

● 杏子はノートを取っている。

 

 

● 「あれっえ!」杏子ちゃんが悲鳴を上げた。     992行目

● 「あれえっ!」杏子ちゃんが悲鳴を上げた。

 

 

● 剛造氏が書いた肖像画あった。     10025行目

● 剛造氏が書いた肖像画があった。 

 

 

● 金田一耕助のような吃音が特徴の漫画家・金近たかしがチビ連隊に話しかける際にはいつもタメ口だったのに、【マヒタイ族】のチャプター(101頁~)になると、なぜか丁寧なですます調に変っているのが不自然。おそらくは104頁に登場する豊福鉱山の案内人の口調とごっちゃにしてしまっている。

 

 

● 日本のとがった木の枝     1055行目

● 二本のとがった木の枝

 

 

● かなり金近さんのグループを詳しいようだ。     1071行目

● かなり金近さんのグループを詳しいようだ。

 

 

● 尊敬の目で改めて見るのった。     1166行目

● 尊敬の目で改めて見るのだった。

 

 

● 行く方向示すものです。     1252行目

● 行く方向を示すものです。





(銀) これ程までにテキストが崩壊状態の本をシレッと売る者がいて、それを読みもしないかあるいは何も気付かずにワッショイしている莫迦が現実に存在しているのである。まあ楠田匡介のストーリー執筆、そして『小学六年生』編集部の校正無視ともどもやっつけ仕事な訳だから、上に挙げた事例のうち湘南探偵倶楽部の責任ではない箇所も、あるにはある。それにしたって、入力したテキストがこんなんなっているのに、どうして彼らはデータが打ちあがった時点で再度見直しをしたり、あるいは印刷業者から本が出来上がってきて売りに出す前に一冊でもチェックしようとしないのか?悪いけど頭がおかしいとしか受け取りようがない。


この擁護のしようがない数の入力ミスばかりか、湘南探偵倶楽部の本作りにはそれ以上の悪質な疑いが発覚している。その疑いとは? 


次回の記事  ③  へつづく。




2022年10月17日月曜日

『マヒタイ仮面』楠田匡介

NEW !





















① 湘南探偵倶楽部が販売してきたもの



 Blogではプリント・オン・デマンドとか商業出版とか同人出版とか関係なく、捕物出版/大陸書館に論創社、そしてなによりも盛林堂書房周辺で販売している善渡爾宗衛の制作する本が購買者をまったく馬鹿にした杜撰なテキストであること、特に善渡爾宗衛の本作りは話にならぬレベルであることを忖度無くレポートしてきた。だが、善渡爾宗衛の酷さを超えるぐらい読むに堪えない本が作られ非常識な金額で売られている事実が今回また新たに判明。その内容を正しくお伝えするため数回の記事に分けて発信したいと思うので、そのつもりでお読み頂きたい。

 

 

 

 神奈川県在住の奈良泰明という(かなり高齢と思われる)人物がいる。この人はヤフオクがまだyahooオークションという名称だった頃から探偵小説関連古書を毎週出品 + 販売していて、遊楽洞の屋号を名乗っていたが古本屋を営業しているでもなく、森英俊のように世間で売られている珍しい古本をセドリしてきて転売しているようにも見えず、それなのに稀少かつ状態の良い古本を長い間売り続ける事ができていたから「なんでこの人は本を手元に置かずヤフオクで処分しまうのだろう?」と私はずっと不思議に思いつつ観察していたものだ。

 

 

 

2012年頃だったろうか、この奈良氏とはまた別のヤフオクIDを使用している松澤勲という人物が一緒になって、湘南探偵倶楽部というレーベル名で探偵小説関連の同人出版本の販売を始めた。つまり奈良・松澤両氏のヤフオクIDにてお得意様だった古本落札者への各連絡先をメーリング・リストにして、ごく内輪の好事家向けに通信販売を始めたという訳だ。昔のヤフオクは取引ナビなんて機能がまだ無くて、出品者も落札者もおのおののメールアドレスから住所・電話番号まで全部明らかにされるシステムだったから、そういう事も可能だったのである。

 

             

 

 湘南探偵倶楽部の最初期のアイテムとしてすぐ思い浮かぶのは、(もしかしたら『初期創元推理文庫 書影&作品 目録』のほうが先だったような気もするが)フィリップ・マクドナルドがマーティン・ポーロック名義で発表した「殺人鬼對皇帝」を『新青年』が1939年に掲載した井上良夫の翻訳(本日の記事の冒頭に掲げてある書影がそれにあたる)


湘南探偵倶楽部が刊行した『殺人鬼對皇帝』のテキストは、底本である雑誌『新青年』をそのまま挿絵ごとコピーというかスキャンして印刷されており、スキャンの際に取りこぼしミスでもない限り、復刊本としてテキスト・ミスなど発生のしようがない作りになっていた。この時はレーベル・スタートの餞だったのか新保博久が解説を寄せていて、その部分だけは制作者がPCでタイピングしている。盛林堂が自分の店でも同人出版本を出すようになるのは翌2013年。今にして思い返すと湘南探偵倶楽部は今世紀に入って通販の形で継続的に探偵小説やSF関連の同人本を制作販売する〝先駆け〟だったかもしれない。

 

 

 

湘南探偵倶楽部着目する作品は昭和初期以前の海外ミステリ翻訳本が多く、中では戦前の黒白書房「世界探偵傑作叢書」や春秋社版翻訳探偵小説あたりの復刊が特に印象深い。彼らの同人本というのはおそらく原本を裁断・分解しキレイにスキャンして作られており原本そのままの装幀が再現され、かつテキストも当時の旧仮名のままの状態だったから、製作者がテキスト入力する際にやりがちなタイプ・ミスなど起こりようがないのはアドバンテージであった。


                                                        

    当時の『新青年』の紙面をそのまま転載して制作された『殺人鬼對皇帝』
             98ページ/新刊売価1,300



ただ、遠慮なしに原本を都合よく丸のままスキャンしているから、果して彼らは著作権を守っているのだろうかという疑惑も無くはない。戦前の探偵小説全集の附録である月報等を復刻したりもしているが、それは製本などされておらずホントウに只のコピーに過ぎない。また現在に至るまで、印刷業者がキチンと製本するカタチではなく、まるで会議に使われる資料のような、印刷されたままのペラペラ用紙を綴じただけのものもレーベル開始時から平気で販売されていて、「こういうのって・・・。」と私は首を傾げざるをえなかった。


最近では束(つか)のある製本された本よりも、その手の複写コピーばかりを販売し、本というより紙資料みたいなものに1,000円以上のありえない売価を付けて売っているので、いつしか私は醒めた目で湘南探偵倶楽部を見るようになっていた。



                     

          『銀座不連續殺人事件』大河内常平

      たった26ページのペラペラ紙資料に売価3,300円って・・・
            いったいどれだけの利益が?   



更に湘南探偵倶楽部の本はたとえキチンと製本されたものでも、後発同人出版と比べると細かいところでクオリティに見劣りがする。それは制作者が自分で仕込むテキスト・データの作り方が拙いからなのか、それともそのデータを受け取って製本作業を行う印刷業者の質がよろしくないのか・・・。たぶん前者だと私は見ている。ではどういったところに見劣りが?そしてどういう風に酷いテキスト入力がなされていたのか?今回の記事の題材である湘南探偵倶楽部の最新刊『マヒタイ仮面』(楠田匡介)について、次回以降の記事にて細かく見ていきたい。




(銀) 奈良泰明/松澤勲両氏のヤフオクIDは承知しているが、ここには書かないでおく。またその他にも湘南探偵倶楽部の関係者と思しき人物がヤフオク上にはちらほら見受けられる。近頃は以前と違って、古書を売るというより論創社から送られてくる「論創海外ミステリ」や「論創ミステリ叢書」の最新刊献本分、あるいは湘南探偵倶楽部刊行物の売れ残りをヤフオクに出品しているようだ。



次回の記事 つづく。