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2020年12月16日水曜日

『クロフツ短編集2』F・W・クロフツ/井上勇(訳)

NEW !

創元推理文庫
1965年2月発売



★★★★★   警察小説というより探偵小説の味わい





2019年に復刊フェアの一冊として新カバーで再発。
長篇とは一味違ったクロフツ・ミステリのヴァリエーションがいろいろ楽しめる。
以下、フレンチ警部の名を挙げていない作には彼は出てこない。


 

「ペンパートン氏の頼まれごと

英国人ペンパートンは毎月第一/第三火曜日には、ビジネスの会合でパリへ通っている。英国へ帰る列車の中で、彼の知人ヒル・ブルーク夫人の邸で女中として働いているという若い娘から「夫人の孫娘へ贈る品物を言付かったけれども、自分の婚約者が事故にあったので、どうしても英国にいる孫娘のもとへ渡しに行けない。代わりに届けてもらえないだろうか?」と懇願され、彼は快く引き受けた。ペンパートンが帰宅すると、執事は刑事課フレンチ警部の来訪を告げる。結局ペンパートンはおろかフレンチまでも担がれてしまう羽目に。

 

 

「グルーズの絵」

代理業者ニコラス・ラムリはスナイスなる客から依頼を受けた。それは「アーサー卿の所有している絵画がどうしても欲しいので代理で交渉してもらいたい。ついてはその絵とスナイスの持っている極上の模写絵画とを交換してもらえたら三千ポンド払ってもよい」という内容。公明正大とはいえ奇妙なこの申し出に対し、アーサー卿は財政的に困窮していたので結局絵画を引き渡すことに応じた。すると王室美術院会員のダブスは、ラムリが買い取った絵の本物はまだルーブルの中にあり、スナイスの欲する絵はたった四十ポンド程度の価値しかないと鑑定する。

 

 

「踏切り」

スウェイトは五年前、自分よりも裕福な家の娘とつきあう為に会計上のインチキ行為をするが、その事を次席のジョン・ダンに知られてしまい、それ以来金をゆすられ続けていた。スウェイトは自分の家からそう遠くない、寂しい田舎道の踏切りでの殺人を計画する。

 

 

「東の風」

フレンチ警部が乗り合わせたプリマス行きの急行列車は、宝石泥棒として逮捕された囚人ジェレミー・サンディスを護送しており、ギャング仲間の襲撃によってサンディスは奪回される。盗まれたまま回収されていない宝石を巡ってサンディス一味の企みを推理するフレンチ

 

 

「小 包」

これも「踏切り」同様、いやそれ以上にネチネチした恐喝者を遠隔操作にて殺そうというもの。魅力的な理化学トリックを暴くのは残念ながらフレンチ警部ではなく、ちょっと変わった構成が採られている。

 

 

「ソルトバー・プライオリ事件」

妻と休暇を楽しんでいたフレンチは、その土地を担当しているヘッドリー巡査部長から、地元の有力者サー・チャールズ・グッドリフ自殺捜査の手助けを乞われて重い腰を上げる。証拠を洗い出すにつれ銃器などに不審な点が出てくるが、真犯人を確定する決め手には欠けた。そこでフレンチとヘッドリーがトラップを仕掛けると、釣られたのは・・・。
(フレンチが妻を呼ぶ時、本書で「かあちゃん」と訳されているのは何か嫌だ)

 

 

「上陸切符」

カールは会社の大金を横領するため、少なからぬ偽装工作を行う。
そのひとつはフランスへの上陸切符を使ったもの。
カールの勤める保険会社へフレンチ警部が呼ばれた。
しかしカールの「三十ポンドうまくごまかすことができたのなら、
三万ポンドごまかせないという法はない」という理屈はそりゃ無謀だろ。

 

 

「レーンコート」

これも踏切りでの列車事故に見せかけようとした上司殺し。
現場に向かうのはハッバード警部。上司のフレンチはエンディングで報告を聞く。

 

 

 

(銀) この短篇集の原書タイトル作は「急行列車内の謎」なのに『世界(推理)短編傑作集2』に入れてしまったという創元さんの都合で、本書では割愛されているのが残念。クロフツの長篇といえば地味な捜査/足の探偵などと形容されるため〈警察小説〉と呼ばれがちなのだが、短篇はフォーマットが短いせいか、探偵小説が本来持っている〈びっくり箱〉的な刺激がある。

 

 

なんで本書を取り上げたかというと、今年はFW・クロフツ単行本未収録作品集』というクロフツ・ファンが作った本がリリースされたから。内容は「少年探偵ロビンのクリスマス」「シュラウド・ヴァレー危機一髪」のジュヴナイル二篇、「ゴース・ホールの謎」「ニュージーランドの惨劇」という犯罪実話二篇、そしてコリンズ社の中で探偵小説の入ることは稀な「ポケット・クラシック叢書」という洋書のうち、「樽」がリイシューされた時に付された著者序文を収めている。

 



「ニュージーランドの惨劇」はDNA鑑定の無い時代でも科学捜査のチャレンジを楽しめるものなのだが、いつも言っているように実話は実話であって創作小説とは違う。この作品集について付け加えるなら、作った人がアマチュアゆえ誤字があるのが惜しい。

 

 

『クロフツ短編集 』はまた機会があれば、
その時に。

 


2020年7月6日月曜日

『クロイドン発12時30分』F・W・クロフツ/霜島義明(訳)

2020年1月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 名作ミステリ新訳プロジェクト
2019年2月発売




★★★★★  「樽」「マギル卿最後の旅」「製材所の秘密」、
           クロフツで挫折してしまった人に



▽▽ 

「クロイドン発1230分」がイギリスで発表された1934年(昭和9年)というのは、極東日本では小栗虫太郎が『新青年』に「黒死館殺人事件」を連載していた年。後発のフレンチ警部長篇「船から消えた男」は昭和12年、日本公論社から土屋光司の翻訳による単行本が出ていながら、本作は戦前には邦訳単行本が出なかった。今回訳者だけでなくカバーもスタイリッシュに一新、「名作ミステリ新訳プロジェクト」というキャンペーンの一環になっていて、ベテランの読者も再び手を伸ばしてみるのに良いチャンス。

 

 

▼▼ 

昭和以降の文庫版「クロイドン」を振り返ると、長年流通してきた大久保康雄(訳)による創元推理文庫の近年の版は購買欲が湧きにくいカバーだったのに比べて、平成18年のハヤカワ・ミステリ文庫ではカバー・デザインのセンスがぐんと向上、加賀山卓朗という訳者も悪くはなかったと思う。

 

 

そして令和元年の創元推理文庫新版。霜島義明の訳は確かに万人向けだし、最もソフトになっている雰囲気。注文を付けるとすれば、アンドルー・クラウザー老人の語り口などに〝一族の長〟らしい重厚さがもう少しあったらな。同時にリニューアルされた解説については☆3つ。戸川安宣ばりの書誌データをマニアックに読ませてほしかった。

 

 

▽▽ 

「クロイドン発1230分」というタイトルは字面で見ても印象的だけど、
アンドルー・クラウザーが急死する第一章において、出立する空港がクロイドンという地名なのはまだしも、アンドルー一行が搭乗する飛行機の便が1230分発だとはどこにも書いてないし、やっとそれがわかるのは、中盤にさしかかる検視審問シーンにおいて。本文中、他に言及されていたっけ?だからこの1230分という時間は、さして物語の大事なファクターではない。

 

 

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主人公の日常が崩壊してゆく、ヒリヒリするようなサスペンス。発表当時は倒叙での長篇というドラマツルギーが斬新だったのだが、一世紀近く経った現代では倒叙ミステリーを用いたテレビドラマさえ広く浸透してしまって、いっぱしにわかったような大口をこの古典に叩いている世評もある。

 

 

どこに問題が?倒叙だと最初からわかっていても、主人公であるチャールズ・スウィンバーンの警察連行は唐突。その後の法廷シーンだけではチャールズがどこでミスを犯したのか、読者には100%解明されぬまま最終判決が下り、最後の2324章におけるフレンチ警部のトーク・タイムに至って、腑に落ちなかった部分もようやく納得がいく。そのビミョーな構成をしっくりこない読者もいるかもしれない。私も初読時には22章まで読んで、「こんな詰めのまま終わってしまったら裁判官アカンやろ」と思ったクチだ。

 

 

▽▽ 

そのような点はあるものの、決末に至るまで快調に読み進められるし、読了後には改めてキー・ポイントを振り返る楽しみもある。クロフツ=地味・退屈な作風といわれるが、本作は小難しい専門用語や延々と繰り返す取調べシーンも無く、かつてクロフツに挫けてしまった人やミステリに馴染みが薄い人にも取っ掛かりとして、「樽」「ポンスン事件」やその他のフレンチ警部ものよりずっとジャスト・フィットする筈。クロフツ・ビギナーに薦めたいもうひとつの代表長篇『スターヴェルの悲劇』も早く新訳プロジェクトでリイシューされると、なおよろしい。

 

 

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余談だが、この物語の中でダントツに嫌な奴ってチャールズ・スウィンバーンでもなければ彼に殺される被害者でもないし、犯罪は暴くけど前面にはあまり出てこないフレンチ警部や、他人の詮索に忙しいお喋りなシアマン夫人でもない。チャールズが結婚したくて仕方がない女性・・・なんだけど男を選ぶ基準が「富」最優先というユナ・メラー、だろ?「女を見る目は養うべし」というクロフツのアフォリズムがこっそりと。

 

 

 

(銀) ミステリー同人誌『Re-ClaM』第四号にてクロフツの特集が組まれたことで、これから新たなクロフツ・クリティックが生まれてくるだろうか。2020年秋には創元推理文庫復刊フェアの一冊として、『ホッグズ・バッグの怪事件』大庭忠男(訳)がカバー・リニューアルして再発される。

 

 

昔、江戸川乱歩が「クロフツはちょっと・・・・」と言ったせいで、戦後クロフツに熱を上げるミステリ・ファンがいまいち増えなかったという話がある。本当にそこまで乱歩の影響はあったのかな?1956年にはポプラ社からジュヴナイルとしてクロフツの『英仏海峡の謎』を(実際翻訳したのは氷川瓏だが)江戸川乱歩(訳)名義で売り出した『海峡の秘密』(別題:怪船771号)という本があるのだけれども。