2020年6月30日火曜日

『貴婦人として死す』カーター・ディクスン/高沢治(訳)

2020年1月12日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫
2016年2月発売



★★★★★   Lady貴婦人と訳すことの功罪




1940年、第二次世界大戦の頃。国策が非論理的過ぎた我が国日本では「探偵小説などまかりならん!」「この聖戦下に男女の不倫などけしからん!」などと、愚にもつかぬ〝自粛〟が蔓延していました。一方、結果的に戦勝したとはいえ英国では本作のようなエヴァーグリーンな本格探偵小説がガンガン書かれていたのです。勝てぬケンカ(戦争)は早々に手を引いとけば国土も焼かれず、今残存しているより何十倍何百倍もの戦前の美しい本や雑誌が残存したろうに・・・。

英独が開戦しナチスがいつ侵攻してくるかわからない物情。夜間において、上空の敵機から集落がバレないよう灯火管制が敷かれているこの物語のシチュエーションを現代の読者は正しく把握できているだろうか?カーが執筆した頃の英国の状況がたまたま非常時だっただけかもしれないけど、本作ではそこにも意味がありノース・デヴォン地方リンクーム村の闇夜は一層暗く、その中に潜む者を包み隠す。当時の英米関係さえも、実はある人物の行動の謎を解く手掛かりが隠されている奥深さにシビレる。



ウェインライト夫人であるリタとバリー・サリヴァン、不倫関係にあるふたりが心中したとみられる〝恋人たちの身投げ岬〟の描写からして、瓶を投げつけられたヘンリ・メリヴェール卿の座る電動車椅子が崖から落下しそうになる場面もただのコメディ要素なだけではなく、眼下70フィート(約20m強)の崖の高さを無意識のうちに刷り込まれるから、読者はすっかりカーの術中にはまってしまう。

 

上手いね~、真犯人は実に巧妙に隠されて。


気になった点はふたつの証拠物件のみ。詳しくは書かないが、スティーヴ・グレインジ弁護士が道で拾う〝或るもの〟と〈海賊の巣窟〉という名の洞窟に残っていた〝或るもの〟。これらの扱いについてはもう一押し、登場人物のスムーズな行動の結果に見えるよう完璧に仕立ててほしかった、ウン。江戸川乱歩でいうところの〝あくどい体臭〟が無い「何者」に対し〝いつもの大仰な怪奇性〟を使わなかったカーの本作、私はどっちも高く評価している。




リタ・ウェインライトの遺書の部分をこの創元推理文庫(創)と昭和30年代のポケミス(ポ)で比較してみるとこうなる。 

 

(創)「ジュリエットは貴婦人として世を去りました。 

    責めないでください。邪魔もなさらないで。」

 

(ポ)「ジュリエットは操を立てて死にました。さわがないでください。 

    責任のなすり合いもなさらないで。邪魔もなさらないでください。」

 

原題『She Died A Lady』を『貴婦人として死す』と最初に訳したのはポケミス版の訳者・小倉多加志だ。英書を持ってないからこの部分の原文もわからないけど、どっちの訳が正確?



ただ、これだけは言える。〝Lady〟に〝貴婦人〟の意味は勿論あるが、日本語でいう〝貴婦人〟とは高貴な身分の婦人のことでしょ。書名を『貴婦人として死す』にすると見栄えが良くなるから営業的には望ましい。しかしリタ・ウェインライトは決して高い身分でもなければそこまで誇り高き性格にも書かれていない。

▽ 

Amazon.co.jp カスタマー・レビューにて幾人か本書の感想を寄せておられる中、ひとりだけ本を読みもしないでいつもレビューを投稿している人物が〝貴婦人〟という言葉の表面的なイメージから思いついたのか〝エレガント〟などと筋違いな事を書いている。思慮深く読んだ人ならおわかり頂けると思うが、本作の〝A Lady〟は〝貴婦人〟というより〝(ひとりの)女として〟と受け取るほうが正しいのでは? あなたはどう思いますか?




(銀) 特に付け加えることもないカー長篇五本の指に入る大傑作。〝本を読みもしないでレビューを投稿している人物〟ってのはAmazon.co.jpレビュー欄にいつも出没する Nodyとかいうレビュー業者のこと。その手のインチキ・レビュアーについては後日、栗田信『醗酵人間』の項などで記す機会があるだろう。 





『探偵雑誌目次総覧』山前譲(編)

2009年6月30日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

日外アソシエーツ ミステリー文学資料館(監修)
2009年6月発売



★★★★    探偵小説データベース




山前譲が長年取り組んできたデータベースの集大成で、戦前~戦後に亘る全探偵雑誌の総目次と執筆者名索引を見ることができる。光文社文庫「幻の探偵雑誌シリーズ」「甦る推理雑誌シリーズ」巻末部分を一冊に纏めたと思ってもらえればいい。但し『新青年』は量が多すぎるので収録されていない。  

 

 

「幻の探偵雑誌シリーズ」「甦る推理雑誌シリーズ」の巻末とどこが違うのかと言えば、まず総目次はミステリー文学資料館における蔵書の有無/各記事のノンブル/アンケートのお題の記載が加えられている。「幻の探偵雑誌シリーズ」「甦る推理雑誌シリーズ」では省かれていた『ぷろふいる』や『宝石』等の総目次も勿論ある。  

 

 

次に執筆者名索引。既存の書物で作品目録が無かった作家(例:森下雨村/水谷準ほか)のよくわからなかった著作内容が見えてくるのは嬉しい。また一般雑誌と比べて探偵雑誌だとあの作家の小説が意外に少ないとか、この作家は結構書いているなとか、チェックしてみるのも面白い。だが翻訳もので目に付く部分もある。索引に翻訳者の表記が無いのはイタイ。例えば「和蘭陀靴の秘密」の場合、総目次を見ればその翻訳者が伴大矩だと判るが、その翻訳者が他に何を書いていたか執筆者名索引で追うことができない。  

 

 

とりあえず気がついた点はそんなところだが、他にも良い点・悪い点があるかもしれない。この価格だったら図版やコラム等が欲しかったし、挿絵画家のクレジットや、小説が初出か再録かを判るようにするのはやはり難しかったろうか?  

 

 

おそらく前述の文庫はいずれ姿を消すだろうし、好事家のリファレンスのため後世に残すよう、図書館本としてこれは刊行されたのだと思う。間違いなく山前譲のキャリアの代表作。こういう企画は大歓迎なので、どんどん発展させてほしい。 

 

 

 

 

(銀) 〝索引に翻訳者の表記がない〟のはおそらく、戦前などは同一ペンネームを複数の人間で使っていたり、その翻訳者のペンネームの正体が本当は誰なのかハッキリ断定できないとか、そういう理由があるからではないか。 

 

 

『新青年』総目次と索引は中島河太郎『日本推理小説史』第二巻などで補わなければならない。本書の定価は19,000+税とかなりのお値段だからこれ以上の価格アップは厳しいし、もし『新青年』の分も載っていたなら(ページ増で済むか二巻本になるかはさておき)、調べものがこの本だけで済んだのだけど。それにしてもまさか池袋のミステリー文学資料館がクローズするとは夢にも思わなかった。  

 

 

とはいうものの、今でも調べものがあると度々本書の世話になっており、お役御免にはなりそうもない。山前氏よ、いつもありがとう。


 



2020年6月29日月曜日

『深夜の魔術師』横溝正史

2012年6月14日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

出版芸術社 横溝正史探偵小説コレクション②
2004年10月発売



★★★★★  戦前の名調子が改稿版「真珠塔」よりも心地良い
              原型版「深夜の魔術師」




本書のメインとなるジュブナイル長篇はやや複雑な経由を経ている。

 
▲「深夜の魔術師」
(昭和13年雑誌『新少年』連載。この原型版は本巻にて単行本初収録。)

             ↓

▲「深夜の魔術師」
(昭和25年雑誌『少年少女王冠』連載。内容を改稿するも三回で中絶。)

             ↓

▲「真珠塔」
(昭和28年雑誌『少年画報』連載。改題で仕切り直して再度改稿。

しかしこのヴァージョンは昭和50年代に朝日ソノラマ・角川文庫で出版社にテキスト改竄され、正しいテキスト本の流通は横溝正史の没後、未だに無し。)





物語の骨子はともかく改稿にて設定がかなり変わっている。「真珠塔」の主役は三津木俊助・御子柴進少年だが、本書における原型版「深夜の魔術師」では戦前の定番どおり由利麟太郎・三津木俊助コンビが登場、少年キャラは古舘譲。怪人の狙うものも〝真珠塔〟ではなく戦前の世相を反映した〝無音航空機設計図〟。その他の登場人物、殊に真犯人にも異同があるのだが、それは読んでのお楽しみ。



少年雑誌連載なのは一緒だが、戦前の「深夜の魔術師」の方が語り口が大人ものに近くて味わい深く、結末部分がやや駆け足なのが惜しいが「真珠塔」よりもこの原型版の方が良い。連載終了後すぐに単行本化されなかったのが惜しかった。「深夜の魔術師」の前の事件にあたる「幽霊鉄仮面」もまた正史没後には正しいテキストの本が存在せず、初出誌と初刊本から校訂した決定版の発売が待たれる。




併録はこれまた長年眠っていた戦時下短篇群で国策的な色が強い。しかし本当の正史ファンならテーマが何であれ独特のストーリー・テリングの上手さをそこに見つけるだろうし、これら戦時下の抑圧があったからこそ戦後の金田一耕助譚が大きく開花した事を知るのだ。




「本陣殺人事件」「百日紅の下にて」「獄門島」等のストーリー、いや金田一耕助自身にさえも戦争の爪痕が影を落としていた事を思い出してほしい。そういう意味でもこの戦時下短篇は見逃してほしくない。





(銀) 平成も終わりになって大人向けの由利・三津木シリーズを纏めた『由利・三津木探偵小説集成』が柏書房から刊行された。由利・三津木ジュブナイル作品をコンプリートしたものはまだ出ていないが、遠くない将来には刊行されるかも、との噂。



 
令和2年に珍しく由利・三津木ものがドラマ化されて、そうすると金田一ほどではないかもしれないが世間は食い付いてくる。正史作品は映像にされると注目度が上がり、相変わらず「なんだかなあ」という感じ。意外に思う人がいるかもしれないけれど、江戸川乱歩の少年ものでは基本的に〝二十面相は血がキライで人殺しをしない〟というのが流布しているイメージだが、乱歩以外の探偵作家のジュブナイルでは結構殺人が発生するということ。「深夜の魔術師」もしかりで、乱歩の「黄金仮面」を部分部分で正史が意識しているのがわかる。
 

 

前巻『赤い水泳着』に続き、本巻もいまい毬のカバー絵が光っている。




『欧米推理小説翻訳史』長谷部史親

2009年5月8日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

双葉文庫 日本推理作家協会賞受賞作全集〈72〉
2007年6月発売



★★★★   蒐集欲をそそる旧カナ時代の翻訳ミステリ



日本において昭和以前に翻訳された海外探偵小説の歴史を作家別に紐解いてゆく雑誌連載から、何本かピックアップして90年代に単行本化したものの初文庫化。数々の貴重なミステリ本の書影はその筋の人にはたまらない誘惑があるだろう。戦前期日本探偵小説家への影響もキッチリ触れているので、洋モノを読まない人でも充分楽しめる。

 

 

■ アガサ・クリスティー 

■ SS・ヴァン・ダイン 

■ ジョンストン・マッカレー 

■ オースティン・フリーマン 

■ ガストン・ルルー

 

■ FW・クロフツ 

■ フランス推理小説の怪人たち 

■ JS・フレッチャー 

■ アルフレッド・マシャール 

■ 草創期の短編作家たち

 

■ モーリス・ルブラン 

■ エドガー・ウォーレス 

■ ドイツ文化圏の作家たち 

■ ジョン・ディクスン・カー 

■ GK・チェスタトン

 

 

 

双葉文庫「日本推理作家協会賞受賞作全集」初期カバーは均一のデザインで何とも面白みがなかったが最近は個別デザインになり、本書も文庫用に新しくエドガー・ウォーレス『黄水仙事件』の書影(函ではなく本体の表紙だが)を使用してなかなか良い。せっかくの再発だから『翻訳の世界』『EQ』に連載した単行本未収録分をボーナス追加掲載しなかったのは惜しまれる。それらを完全収録していたら文句無く☆5つにしていた。そのあたりは著者もあとがきで述べていて続編の可能性を匂わせているので楽しみに待ちたい。 

 

 

 

(銀) という風に本文では書いているが、その後も「欧米推理小説翻訳史」で単行本になっていない分は未だに纏められていない。著者には本書と『探偵小説談林』そして『私の江戸川乱歩体験』という三冊の名著があり、『探偵小説談林』にも同人誌『地下室』に連載されただけで本に入ってない分がやっぱり残っている。このまま眠らせたままにしておくのはもったいない。





2020年6月28日日曜日

『緑色の犯罪』甲賀三郎

2009年5月12日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

国書刊行会 <探偵クラブ>
1994年4月発売



★★★★★    著書目録もあり、甲賀初読者にピッタリ




大下宇陀児もそうだが、とにかくかなりの作品数が存在する。戦後に一度だけ全集が刊行されているが漏れているものが多すぎ。この甲賀全集は復刻がされているものの、いわゆる図書館本で価格高すぎの上、文字も読み難いとくる。甲賀三郎シリーズ・キャラには獅子内俊次・木村清・葛城春雄・手塚龍太・土井江南などがあり、それぞれがどの作品に登場しているのか一度完全に整理しないとよくわからない程だ。

 

 

江戸川乱歩とは逆に「質より量」的に見られることも多く、探偵小説が好きな人にとって魅力的な物々しいタイトルのわりにはショボい内容の作品もあるけれど、そんな中から本書は良いものだけ選りすぐっている。 

 

■ ニッケルの文鎮 

■ 悪戯 

■ 惣太の経験 

■ 原稿料の袋 

■ ニウルンベルグの名画 

■ 緑色の犯罪 

■ 妖光殺人事件 

■ 発生フィルム 

■ 誰が裁いたか 

■ 羅馬の酒器 

■ 開いていた窓

 

現行本では論創社『甲賀三郎探偵小説選』創元推理文庫『黒岩涙香・小酒井不木・甲賀三郎集』が入手し易い。春陽堂の初刊本復刻『琥珀のパイプ』『恐ろしき凝視』も探せば見つかるはず。春陽文庫『妖魔の哄笑』は新聞連載されたスリラー長篇だが、出来はもうひとつ。甲賀の弱点は詰めが性急で書き飛ばしているように見えてしまうところ。やっぱり気短な性格なんだろうか?もっと作品数を絞って一作一作じっくり練り上げるような老獪さがあったら・・・。 

 

 

 

(銀) 2015年以降、商業出版でも同人出版でもようやく甲賀の本がポツポツ刊行される動きが出てきた。やっと「姿なき怪盗」も現行本に入った。その「姿なき怪盗」が収録された『甲賀三郎探偵小説選』へ私が書いたAmazon.co.jpカスタマー・レビューに対しtwitterを使ってカラんできた人間がいた。 

 

 

私は『甲賀三郎探偵小説選Ⅰ』と『Ⅱ』の収録作選択はあまり適切ではなかったと感じており、その上また『Ⅳ』で甲賀作品を差し置いて次女・深草淑子氏の小品を収録していることに疑問を呈したのである。第三者がそれを見て「深草氏の作品を収録したって別にいいじゃん」と言うのはかまわない。twitter〝ゆーた〟と名乗っているその人物は「深草作品を収録したことにケチをつけているレビュアーがいる。甲賀三郎作品は古本探せば読めるけど、娘さんの作品はこんな機会がないと永遠に読めない、甲賀を長嶋茂雄やジョン・レノンと比較しているのは無理がありすぎる」と申していたのだ。詳しくは『甲賀三郎探偵小説選』のAmazonレビューを参照。 

 

 

この〝ゆーた〟とかいう人物のことがネットの某所に書かれているのを見た覚えがある。しょっちゅうtwitterで手持ちのレアな探偵小説古書を自慢するのが生きがいのようで、入手難な同じ本を何冊も買うほど金を投入している輩らしい。ヤフオクにpikamakIDで出没しているのもこの人物だそう。そういう人種はいくらでも甲賀の稀覯本を買えるからいいのだろうが、家庭を持ちごく普通の生活を送っている読者にそんな金は無く、論創ミステリ叢書一冊だって財布に痛い人もいるに違いない。そんな甲賀ファンのため、現行本に一作でも多く甲賀作品を載せるのがごくノーマルな考えというものではないのか。  

 

 

そしていかにも他人の文章をちゃんと読んでいないネット民らしい短絡的な言だが、私は甲賀三郎をミスターやジョンと同等のスーパースターという意味で書いたのではない。大衆から見た、親と子に対するかけ離れたニーズの差を喩えて引き合いに出したのだ。そのツイートを受けてGenei-Johnと名乗っている野地嘉文が「稲富さんが深草作品を収めた気持ちには共感します。別に藤雪夫・藤桂子と同等の扱いをしている訳ではないと思う」と呟いていた。 

 

 

 

『緑色の犯罪』『甲賀三郎探偵小説選』『』の私のAmazonカスタマー・レビューを読んでもらえれば解るとおり、『』の甲賀作品セレクト・解題執筆を担当した稲富一毅に対して敬意を払いこそすれ、一言もケチなどつけていない。私はこの〝ゆーた〟野地嘉文がネットであれこれホザき出すよりずっと以前、稲富氏の乱歩・甲賀ファンサイト立ち上げ時から彼のHPを興味深く閲覧させてもらってきた。  

 

 

 

それに「別に藤雪夫・藤桂子と同等の扱いをしている訳ではない」というが、私は「深草作品を世に出すな」なんて言っている訳じゃない。わざわざレビューの中には書かなかったが、深草氏の未発表作を世に出すのなら甲賀の本じゃなくて単独名義で出せばいい。それは同人出版になるかもしれないけれど。 

 

 

 

稲富一毅は春田家の著作権継承者ではなく深草作品は論創社編集部の黒田明が遺族から預かったものゆえ、深草作品の収録は黒田の意向だろう。そもそも『Ⅳ』の刊行前に出した鮎川哲也『幻の探偵作家を求めて 完全版』をはじめ、最近の論創社の新刊は見苦しいほど誤字だらけな上、こんな内容では(稲富氏ではなく)論創社に対し余計に厳しい物言いにならざるをえなかった。こざかしいネット民は私のような場末の人間にはあれこれ言うくせ、相変わらず誤字を無くそうともしない論創社や著名業界人へのヨイショには忙しい。こういう連中に探偵小説の愛情があるとは私は全く思っていない。「一冊の本に誤植が五つもあったらそれは相当杜撰な本といわざるをえない」とは真田啓介も言っている事だ。 

 

 

 

なんかしょーもない連中のお相手に終始してしまった・・・・この『緑色の犯罪』は面白いし、甲賀三郎デビューとして一冊目に読むにはピッタリ。是非多くの人に読まれてほしい。



 


『Twin Peaks The Entire Mystery』

2014年8月8日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

Paramount      Blu-ray Box (10枚組 )
2014年7月発売



★★★★   収録内容は満点




パイロット版、2ndシーズンまでのTVシリーズ、映画と全部盛り。Amazon.co.jpから届いた輸入盤はラッピング・ビニールにdisc made in mexicoと印刷がある北米盤だった。日本語字幕は完備され、まずディスクをプレーヤーに入れると言語選択ができ、メニューも全て日本語。私は「吹き替え」では観ない派なので、「字幕」で全ディスク10枚を観て気が付いた事を書いておきたい。





● Easter Egg(隠しコンテンツ)

全ての特典映像にも日本語字幕がキチンと付いているのに、ここにだけ日本語も英語も字幕が付いていないのが大変惜しい。付け忘れか?では各ディスクの隠しコンテンツを見ていく。



Disc-1

「再生メニュー」でリモコンのEnterボタンを押さず「」ボタンで右側へ飛ぶと縦四段にわたり小さなbox  ( □ ) 9個隠れているので、リモコンの矢印ボタンで画面の下部空間を探すべし。内容は制作スタッフのそれぞれとても短いトーク。



Disc-10

「特典メニュー」から「『ツイン・ピークス/ローラ・パーマー最期の七日間』の思い出」へ飛び、そこでEnterボタンを押さず「」ボタンで右へ飛ぶと、2個の小さな box  ( □ ) が隠れている。


The Bet」〜アシスタント・ディレクターの映画撮影話

The Fight」〜撮影監督、そしてGary Bullock(映画の前半でデズモンド捜査官+スタンレー鑑識官と敵対する怪力保安官役の俳優)のトーク。





● 不具合?

Disc-10

「劇場予告編集」の「play all」にEnterしても、該当部分ではなくアトランダムに別のとんでもないチャプターへ飛んで再生されてしまう。だから「劇場予告編集」の3つのコンテンツを観たければ、それぞれ個別再生するしかない。


ふたつのブルーレイ再生機で試してみて同じ現象になったので、再生機のせいではないと思う。それらのコンテンツを観られない訳ではないが・・・この現象は製造工程による不運な個体差?他にも海外のファンから〝「The Missing Pieces」(映画の削除シーン集)で音と映像がズレている箇所がある〟という報告があったが、それについては私には感じられなかった。それよりも2ndシーズン後半、オードリーが気のいいおじさんに変装したウィンダム・アールと出会うシーンはなぜか画像が粗く、ここだけアップデートし忘れてるんじゃ?と感じた。


ブルーレイにはNTSCPALもあまり関係ないし今回のBOXはリージョン・フリーで全世界同一仕様のはず。収録内容には大満足なだけに、買った他の人はどうなのか知りたい。





● 特典映像

過去のBOXからの再収録分に加え新収録分と盛り沢山で実に見応えあり。
わけても長年切望されてきた、映画版のカットされたレア・シーンを再構成して作り上げた映像「The Missing Pieces」の価値は大きい。
90分に及ぶその中でもフィリップ・ジェフリーズ(David Bowie)の出現・再失踪と、
TVシリーズ最終回でのクーパーとアニーのその後、このふたつのシーンはファンなら観ない訳にはいかない。


またインタビューで2nd シーズンと映画の当時の不評について、俳優・スタッフとも正面から向き合ってコメントしているのは潔い。David LynchよりもMark Frostの舞台裏証言のほうが面白かった。



殆どの主要キャストがインタビューに出てくる中、映画出演を断固拒否したLara Flynn Boyle(ドナ)と、95年に亡くなったFrank Silva(ボブ)のコメントがないのは仕方ないとしても、Michael Ontkean(ハリー・トルーマン保安官)のコメントは新しく撮ってほしかった。やはりデイル・クーパーとハリー・トルーマンのコンビあってこそのTVシリーズだったから。






(銀) おそらくこのBoxが企画された時点で売上収益を注ぎ込むべく、既に続編『Twin Peaks : The Return』の制作に動き出していたのではないだろうか。『The Return』もwowowで全話見たし、クーパーがブラック・ロッジを出て異空間を彷徨う第3話や〝悪の因子の誕生〟を描いてTVドラマのクオリティとはとても思えない第8話、これらの幻想的な映像は素晴らしかったけれど・・・。 


 

本文でも触れているが、まず続編を作るなら絶対いてもらわないと困るメンバーがいない。これはイタすぎる。

ボブ → 俳優が1995年に病死

小人 → 俳優が出演辞退(ギャラ問題か?)

ハリー・トルーマン保安官 → 俳優業を引退したとの事で出演辞退




他にも、『The Return』のどうしても気になる点

 

   旧シーズン・レギュラー出演女優の老け具合がツライ

   ダギー・ジョーンズの一連のエピソードは観ていてカッタルイ

   2ndシーズン終盤でクーパーはあれだけアニーに夢中だったのに、

  その設定がすっかり消去されている


   David Bowieが出演できないのにフィリップ・ジェフリーズの存在は大きい

   想像された事だけど、ストーリーの殆どがツイン・ピークス以外の土地で展開する

   Angelo Badalamentiの美しい音楽が聞こえてこない


   ボブを倒すやり方がショボい

   2ndシーズンの終わり方には納得したけど、

  『The Return』の最終回は全然良いと思えない

   滝本誠が『The Return』について各メディアでよくコメントしていたのだが、

  『ザ・リターン』を『リターンズ』と言ったり、

  旧シーズンの時よくコメントしていた山形浩生と比べるとウザかった

 

 
全部ではなくても、謎を明かすと物語の神秘性が薄れるという悩ましさが残る。やっぱりどっちかといえば『The Return』はやってほしくなかったかも。






2020年6月27日土曜日

『大暗室/江戸川乱歩全集第10巻』江戸川乱歩

2013年6月18日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫
2003年8月発売



★★★★★  懲悪の騎士・有明友之助 対
       邪悪の寵児・大曾根龍次の闘争(「大暗室」)




一昔前まで流通していた、子供向けに悪役を怪人二十面相に変えて江戸川乱歩が戦後に武田武彦に代作リライトさせたジュブナイル版「大暗室」と本書収録のオリジナル「大暗室」を混同している人が世の中にはいるようなので、新しい読者に誤解のないよう書いておきたい。

 

 

世界的旅行家である有明友定男爵を裏切り海原の骸にした極悪人・大曾根五郎は、男爵の若い夫人・有明京子を騙し彼女の再婚相手に収まったため、男爵の一子・有明友之助とは異父兄弟となる五郎の子・大曾根龍次が生み落とされる。まだ幼い友之助の命を奪おうとした事から五郎の企みを知る京子。五郎は有明家を業火に包み、莫大な財産を奪って姿を消した。そして二十年の時が流れ、善と悪ふたりのアドニス、因縁の闘争が始まる・・・。

 

 

曲亭馬琴『近世説美少年録』の乱歩版とも云われる「大暗室」。謎解き・トリックが肝ではないから乱歩もストーリーの整合性に苦しむことはなかったようで、昭和1113年の一年半と長期に亘る連載がなされた。ユートピア路線に括られるのは一読瞭然だが、興味深いのは大暗室の主・大曾根龍次が「帝都を火焔地獄で焼き尽くす」暴帝ネロの夢を持っていること。美女群の肢体に彩られたビザールな王国のみならず、己の破滅を賭けてまでも攻撃的な最終目的を掲げるこの点だけは「パノラマ島奇談」「影男」と少し異なっている。

 

 

昭和89年の本格長篇「悪霊」が中絶し、「緑衣の鬼」等の翻案はあったといえ大衆的通俗長篇しか書けなかった乱歩の厭世観が「疎ましい現実もなにもかも灰になってしまえ」と意識下で呟いていたのだろうか。物語中で父・大曾根五郎が息子・龍次に何故そんな薫陶をしたのか説明がなく、龍次の野望が何をキッカケに生まれたのか読者はわからないので、ついそんな妄想をしてしまう。

 

 

また乱歩の通俗長篇には「猟奇の果」後半での「労働争議」のように、連載当時の世相の中から乱歩らしくないネタが時々ヒョイと顔を出す事がある。「大暗室」でも後半で「軍隊」という単語が時折出てくるのも2.26事件の影響か。

 

 

いずれにしてもこんな壮大で面白い小説は乱歩にしか書けない。他の探偵作家には無理だ。この光文社文庫版全集の特徴として、小説は大人ものとジュブナイルを区別せず純粋な発表順で収録されており、この巻では「怪人二十面相」を併録するという過去に例のないカップリング。「怪人二十面相」はポプラ社版と違って戦前発表時のテキストに戻してあるので、その当時の空気もよく伝わってくる。

 

 

 

(銀) よく読んでいると大曾根龍次の野望の根源以外にもツッコミたくなる点がある。序章、陸地からまだ遠い海面のボート上で大曾根五郎に狙撃され海中へ落ちた久留須左門は、その後どうやって大曾根の目につかずにいられたのか?意識があったにしろなかったにしろ、長時間海中にいたら出血多量でとても生きてられなかっただろうに・・・なんて事を言っちゃ野暮ってもんか。

 

 

馬琴の代表作『南総里見八犬伝』は白井喬二が元の文語体から現代語訳した文庫が河出から出ているけれど、『近世説美少年録』など他の作品も雰囲気を壊さず現代語訳したハンディな文庫があるといいのに。





『押絵と旅する男/江戸川乱歩全集第5巻』江戸川乱歩

2009年5月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫
2005年1月発売



★★★★★  新保・山前ご両人、
          宿願の『江戸川乱歩全集』全30巻を編むこと




これ以上の内容を望むのは難しい程によくできた、この『光文社文庫版江戸川乱歩全集』全体について触れておきたい。大乱歩没後、講談社より度々全集が世に放たれ、三度目の『江戸川乱歩推理文庫』に至っては、遂に幻の『貼雑年譜』までも刊行。しかし『推理文庫』の内容にはいささか問題があった。書中にある「初出時の原文のまま掲載」が売りである筈のテキストが実はそうではなく、戦前の軍部により扇情的と見なされ削除・訂正を余儀なくされた箇所は手付かずのままだったのだ。

 

 

それから十年以上の時が流れ、光文社より最強の布陣で新『乱歩全集』がベールを脱いだ。前述の削除箇所を復元するのみならず、初出以来のテキストの変遷を徹底比較した「解題」、乱歩小辞典と言ってもいい「註釈」。「解題」「註釈」「解説」だけを目当てに購入しても全く問題ない。監修者はミステリーファンなら、その名を知らぬ者はない新保博久と山前譲。両氏を乱歩邸に通わせ、膨大な乱歩蔵書のデータ化を指示した故・松村喜雄が生前切望していた真の意味での全集がついに実現した訳だ。

 

 

強いて言えば巻末エッセイ「私と乱歩」を全て小林信彦に託し、全集では収録しきれない編集者乱歩の隠された側面や作品論を展開してくれたら・・・とも思うがこれは贅沢と言うもの。資料性の高さ、デザイン・造本の魅力、比類なき全集である。将来これを超える『乱歩全集』は果たして出るだろうか?

 

 

(残念ながら第4巻初版の「孤島の鬼」にてごく一箇所のみ編集部によると思われる語句の手入れが発見されている。当初の方針どおり必ず再版で訂正するべし。)

 

 

 

(銀) 本全集第4巻の「孤島の鬼」における〝皮屋〟というワードの削除が再版ではどうなっているか確認するのを忘れていて、自分の怠惰が実に恥ずかしい。小林信彦が『週刊文春』の連載エッセイでこの全集について触れたことがある。クオリティの高さは認めつつ、本全集の解説に「乱歩は雑誌『宝石』の編集長を嬉々としてやっていたのだろう」と書かれていたのを、現場で見ていた生き証人の小林は「下げたくもない頭を下げたり、編集長としての乱歩にとって決して楽しい事ばかりではなかった」と諫めている。

 

 

2015年になると「乱歩奇譚」とかいうアニメがオンエアされ、この全集の各巻にそのアニメの醜いタイアップ帯が掛けられてしまい、本来カバーと帯をセットにして100%美しさが発揮されるようにデザインされていた間村俊一の装幀が覆い隠される羽目になってしまう。装幀者に対してこんな失礼な事はないし、もし私が間村の立場だったら光文社の人間を絶対許さんけどな。どうしてこんなにも日本人はタイアップに代表される〝他力本願〟というものを脱却できないのだろう?




『風間光枝探偵日記』木々高太郎/海野十三/大下宇陀児

2009年5月4日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第31巻
2007年10月発売



★★★★★     女探偵、七変化




◆ 海国日本の高揚を国民に意識させようとする戦前の雑誌『大洋』に連載された〝風間光枝探偵譚〟は海野十三木々高太郎大下宇陀児の三名による読切連作小説である。以下、カッコ内は各篇が収められた初刊本を示す。




「離婚の妻」木々高太郎(春陽堂文庫『風水渙』に収録)
「什器破壊業事件」海野十三(ラヂオ科学社『幽霊放送者』に収録)
「危女保護同盟」大下宇陀児(博文館 小説選集『思慕の樹』に収録)


「赤はぎ指紋の秘密」木々高太郎(春陽堂文庫『風水渙』に収録)
「盗聴犬」海野十三(ラヂオ科学社『幽霊放送者』に収録)
「慎重令嬢」大下宇陀児(博文館 小説選集『思慕の樹』に収録)


「金冠文字」木々高太郎(春陽堂文庫『風水渙』に収録)
「痣のある女」海野十三(ラヂオ科学社『幽霊放送者』に収録)
「虹と薔薇」大下宇陀児(博文館 小説選集『思慕の樹』に収録)
   



◆ 次に海野十三単独作である風間三千子シリーズ〝科学捕物帳〟四篇。掲載は『講談雑誌』。上記の風間光枝とこの風間三千子ものはどちらも昭和14年以降に発表されており、戦争の気配が次第に忍び寄ってきている。「探偵西へ飛ぶ!」は、皇国の為に命を懸けたふたりの探偵が敵地にて最期の時を迎えたとしか思えないようなエンディング。



「鬼仏堂事件」(博文館『英本土上陸戦の前夜』に収録)
「人間天狗事件」(成武堂『空中漂流一週間』に収録)
「恐怖の廊下事件」(   〃   )
「探偵西へ飛ぶ!」(   〃   )
   


◆ 最後に、これも海野十三によって戦後発表された〝蜂矢風子探偵簿〟編。掲載誌は『宝石』だが、「幽霊妻」だけは当初「幽霊妻事件」というタイトルで雑誌『物語』に掲載。



「沈香事件」(高志書房『怪盗女王蜂』に収録)
「妻の艶書」(   〃   )
「幽霊妻」(世間書房『ネオン横町殺人事件』に収録)
   


以上、中には普段コミカルな味など出さない木々の、海野っぽくて剽軽なシーンが見られる作があったり、そのの最も代表的な探偵・帆村荘六がゲスト出演する作もある。過去には個々の単行本に分散していたり未刊だったものをコンパイルした好企画だった。

 

 

 

(銀) 大下宇陀児の風間光枝もの三篇を本書の解題では単行本初収録と書いているが、実は『思慕の樹』という大下の昭和17年の著書に「風間光枝の事件」として収録されている。たぶんこの本は過去の大下宇陀児著書目録に載っていなかったので、横井司は単行本未収録だと思ってしまったのだろう。『思慕の樹』だけでなく木々の初刊本にしても、近年は古書市場で見かけることが無くなった。古書に拘ってそれらを探すとなると結構入手が難しい本がある。内容はさておき、私だけかもしれないけれど、論創ミステリ叢書の中で出してくれて嬉しかった度合でいえば、かなり上位にランクされる巻だ。






2020年6月26日金曜日

『日本探偵小説論』野崎六助

2010年10月20日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

水声社
2010年10月発売



★★★    別の書名にしたほうが 



この書名から大概の人は権田萬治『日本探偵作家論』のような内容を想像するだろう。だが著者が序文で断っているように、「モダン都市小説」と「探偵小説未満」という切り口ゆえ横溝正史も夢野久作も海野十三も小酒井不木も出て来ない。24章はほとんどプロパーな探偵小説以外の作家。ここらが読者の好みの分かれ道になる。

 

 

上記の2つの視点はユニークで良い。でも川端康成にこうも頁を割く必要がある?前田河広一郎や平林たい子への言及には一瞬目が止まるが、群司次郎正・北村小松・貴司山治とか他にも扱うべき探偵小説未満作家はいたのでは?濱尾四郎が谷崎潤一郎の系譜にあるという説は、これまで聞いたことのなさそうな提言。その後は木々高太郎・小栗虫太郎・久生十蘭・橘外男に筆が費やされ、本格とか変格の議論では決してない。著者の水面下で蠢く意識はプロレタリアから結局、弾圧と抵抗へ帰結して終る。ラストで触れているのは朝鮮半島出身の野口赫宙だし。

 

 

探偵小説に限らず日本の大衆文学に深く分け入っていて、著者が従来にはないミステリ論にトライしているのはよく判る。この書名が妥当とは私には思えない。もっと適切なタイトルがあったのではないか。それが本書を二度読んだ感想。

 

 

先行して刊行された野崎のもうひとつの新刊『捕物帖の百年』にも少しだけ触れておこう。第一部はよろしい。特に横溝正史と夢野久作の章は必読。ただ、こちらも百年という広めのタームを採ったために第二部で失速するのが惜しい。昭和40年以降の作品は、必要最低限のもの以外は切り捨てた方がよかった。『北米探偵小説論』も含め、野崎の著書はどうもとっちらかった印象が残ってしまうのが不満。

 

 

 

(銀) このレビューはAmazon☆3つで投稿したのだが、ちょっと厳しかったかもしれない。本書の版元は、Amazon.co.jpのブルドーザーのようなやり方に反旗を翻して意図的に書籍を卸さないポリシーで戦っている水声社だから、発売当時よりも彼らを応援する私の気持は強くなっている。

 

 

野崎の本の内容がわりととっちらかり気味という印象は変わらないし、本書のタイトルはもう一捻りしたほうがベターだったと今でも思う。しかしこの『日本探偵小説論』での、探偵小説専業作家と専業ではない作家それぞれの作品をカテゴリ分けせずフラットな目で味読したら新たな価値観を見つけられるのでは?という見方はなかなかの先鞭だった。

 

 

事実、2019年に長山靖生が評論書『モダニズム・ミステリの時代~探偵小説が新感覚だった頃』を出した時、「あっ、これは『日本探偵小説論』を長山流にヴァージョン・アップしているな」と感じたものだ。

 

 

『捕物帖の百年』のレビューを書いた事、そしてそれがAmazon.co.jpのレビュー管理担当者に不当削除されていたのはすっかり忘れていた。トンガった事を書くと何でもかんでも〝悪意〟呼ばわりだからな、あいつら。




2020年6月25日木曜日

『妖女の隠れ家』ジョン・ディクスン・カー/斎藤数衛(訳)

NEW !

ハヤカワ・ミステリ文庫
1981年9月発売



★★★★  フェル博士第一長篇、新訳はいつ出るんだ?




昔の人は身に付けるものによく名前を書いたり縫い取りしていましたね。スーツのジャケットの内側にイニシャルを入れている男性、今でもいるんでしょうか?何はともあれ、完全犯罪をやり遂げたい人にはオススメできません。

ギデオン・フェル博士長篇第一作。それ迄の筋立てとは変化を付け、男女のロマンスを織り込むカー。そのカップルは本作の主人公のアメリカ人青年タッド・ランポールとドロシー・スターバース嬢なのだが、『夜歩く』『髑髏城』等アンリ・バンコラン・シリーズの直後だからか〝 代々監獄の管理を務めてきたスターバース家の長は首の骨を折って死ぬ 〟という不気味なゴシック伝説がここでも挿入されている。

 

 

物語の中心となる沼沢地は独特の腐敗臭を醸し出し、チャターハム監獄のそばにある絞首台の真下には処刑された罪人を投げ捨てたという深い〝 濠 〟があり、そこでは昔コレラ等の疫病も発生したというから、よく読むと不衛生なエグイ舞台状況だ。我らがフェル博士はこの辺鄙な村に住居を構えている。




さて『妖女の隠れ家』だが十分リーダビリティはあるものの、絶品の域まではもう少し。あれやこれや設定を複雑に拵えるため自然な見え方がしない処がある。スターバース家を引き継ぐ者はわざわざ〝 25歳の誕生日の深夜に一時間、監獄の所長室に必ずいて特殊金庫の中の秘密を確認しなければいけない 〟という法律みたいな遺言とか、読んでいて「えっ、相続するのにそんな面倒な手続きを?」と私は思ってしまった。



それとフェル博士がもつれた糸を解きほぐすクライマックスで、読者の先読みをも押し倒してやるという作者の自信があったからだとも想像できるが(あまり深く考えて読んでいない読み手はともかく)、読者に犯人を感づかせる手掛かりが早い段階で露わにされていて、どうだろう? そこは好みが分かれるかも。よってやや☆3つ寄りの☆4つという事で。 

▽ 

本作のタイトルは、早川書房から出ている本だと『妖女の隠れ家』、それ以外の出版社の本では『魔女の隠れ家』とされている。私が本稿を書くために読んだのは昭和56年初版のハヤカワ・ ミステリ文庫。2020年のいま現行本は無し。なんでカーほどの巨匠がこんなにあれもこれも現行本がないのか、実にゆゆしき問題じゃないか?




(銀) 本文でも書いたが、作品の多くが現行でいつでも読める状態にないのもネックとなってカーの新しい評論書がちっとも刊行されないのでは?本書などまさに旧い訳の文庫版なのだが、HM/フェル博士/バンコラン/ノン・シリーズに短篇集、せめて歴史もの以外の作品ぐらいは誰でもいつでも読める状況になるよう(勿論歴史ミステリだって大切だが)そんな願いも込めて新刊本・古本問わずちょくちょくカーについて書いていくつもりでいる。




『横溝正史研究〈創刊号〉』

2009年5月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 江藤茂博・山口直孝・浜田知明(編)
2009年5月発売



★★    もっと資料性の濃さとセンスが欲しい



~ 特集 金田一耕助登場 ~


)    金田一耕助の変遷 

)  古谷一行インタビュー 

)  論考 金田一耕助の恋愛・食生活・アメリカ・探索・金銭感覚・探偵事務所・

    パトロン・語り手・戦争体験・探偵方法 

)  鼎談・観てから読む横溝正史 

)  横溝正史旧蔵資料紹介 

)  横溝正史年譜事典 

)  自由寄稿 

)  横溝正史ネットワーク

 

 

) はホームズ研究本に見られる手法だし、5) ) などなかなか興味深いのだが・・・創元推理倶楽部秋田分科会の横溝正史同人誌ほどには満足感が得られなかった。映像はあくまで小説の副産物であり 、2) ) のような映像礼賛は他の企画でやった方が良いと私は思う。巻頭の杉本一文によるカバー絵頁にしろ、本書を買うような人は旧角川文庫を殆ど所有し見慣れているのだから今更という感じ。初出誌挿絵を配置しているのは良い。次号以降でより多くのレアな挿絵大特集が見たい。

 

 

専門的な指摘になるがレイアウトの見せ方とか編集の手法が幼いのかもしれない(西田政治の写真キャプション、明治昭和の間違いだろ?)。二松学舎大は正史に関してまだまだビギナーなのだから、裏方に回ってプロに旗振りを任せたほうがいい。まだ一冊目でもあるし見方が少し厳しすぎたかもしれないが、期待していることに変わりはないので巻を重ね一層の充実を望む。

 

 

 

(銀) 手堅く、もっとも知名度の高い金田一耕助の特集から手を付けているのだが、もしセンスが良く能力のある作り手が揃っていたなら、もうちょっとマニアックな切り口から始めていたのでは、と想像する。なんか悪い意味での〝素人〟感がプンプンしていて、いきなり次号に不安を抱いたものだ。こういうものは一発目から内容が充実していなければ、その後徐々に良くなってくるなんてことはまずありえない。そしてその危惧は次号でモロに的中する。





『幻の探偵雑誌6「猟奇」傑作選』

2009年5月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫 ミステリー文学資料館(編)
2001年3月発売



★★★★★   2ちゃんねるのような「コラム〝りょうき〟」





「幻の探偵雑誌」シリーズと銘打った全10巻傑作選アンソロジー。
本巻『猟奇』の他に、『ぷろふいる』『探偵趣味』『シュピオ』『探偵春秋』『探偵文藝』『新趣味』『探偵クラブ』『探偵』『新青年』がある。 

 

 

今となっては揃いを見るのもままならない貴重な戦前の雑誌ばかり。各巻末にリファレンスの糧として「総目次」もあり、ミステリー文学資料館名義で編集された文庫の中でも、この「幻の探偵雑誌」と続編の「甦る推理雑誌」の両シリーズが群を抜いて嬉しかった。 

 

 

本巻の主な収録作品は、

■「瓶詰の地獄」夢野久作 ■「拾った遺書」本田緒生 ■「和田ホルムズ君」角田喜久雄

■「ビラの犯人」平林タイ子 ■「扉は語らず」小舟勝二 ■「黄昏冒険」津志馬宗麿

■「きゃくちゃ」長谷川修二 ■「雪花殉情記」山口海旋風 ■「下駄」岡戸武平

■「ペチィ・アムボス」一条栄子 ◇「コラム〝りょうき〟Part Ⅰ

■「朱色の祭壇」山下利三郎 ■「死人に口なし」城昌幸 ◇「コラム〝りょうき〟Part Ⅱ

◇「〝猟奇〟の再刊に際して」国枝史郎 ■「吹雪の夜半の惨劇」岸虹岐

■「肢に殺された話」西田政治 ■「仙人掌の花」山本禾太郎

◇「コラム 〝りょうき〟Part Ⅲ 

 

 

もっとも目玉なのが、投稿欄「コラムりょうき〟」。毒舌、文句だけでなく、時には江戸川乱歩名義の短篇「あ・てる・てえる・ふいるむ」を、この時代に代作だと見破っている鋭い意見も。やっぱりAmazonのレビュー欄みたいに〝おためごかし〟な褒め文句ばかり並べていたら、本当の事はわからないものなのだ。 

 

 

 

 (銀) 「幻の探偵雑誌」シリーズについてAmazonカスタマー・レビュー欄で私以外の投稿を眺めてみると、訳もわからず「Good」とだけ書いて何でも★5つにしているか、「駄作、低レベル」などと貶しているものばかり。如何せん、一般読者にこのシリーズの価値を理解してもらうのはかなり難しい。

 

 

ちなみに平林タイ子とは、戦前にアナキストだったりプロレタリア小説も発表した平林たい子のこと。

 

 

探偵小説愛読者からしたら既存の単行本にはなかなか収録されない小説が読めたり、調べものをするのに「総目次」や「作者別作品リスト」がとても役に立ったり、有難いアンソロジー企画だったのだ。のちに『「シュピオ」傑作選』にて、あるはずのない言葉狩り箇所を発見するまでは・・・。