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2025年5月1日木曜日

『猟人』伊藤人誉

NEW !

小壺天書房
1958年4月発売



★★★   第二部をもっと有効に活かしていれば




三部構成の長篇。
奥秩父と雖も、関東のどの辺りに位置するのかはっきりしない笠石という部落。
義務教育以上の学校に進学する住民は殆どおらず、訪れるのは湯治客や登山者ばかり。
斯様に近代発展から取り残されたような僻地にも、数える程だが鄙びた旅館がある。
その旅館の子で鶴屋の娘・輿石千代、金山荘の息子・井村登、
また、父親とたったふたり人里離れて暮らす河西和吉、
この三人を中心に物語は転がり始める。
「猟人」とは部落民と交流の無い猟師・茂十を父に持つ和吉のことであろう。

 

 

第一部は小学生時代。
野人の子そのものの和吉は山林の中でこそすばしっこいけれど、
口数少なく頭も悪そうだし、鮭色の濁った白目といい、外見が不気味なので、
子供達からなんとなく一線を引かれている。そんな和吉が平生見つめているのは、
この部落一番の金持ちで、お姫様的存在な千代のこと。
一方、甘やかされて育ったため、周りに我儘かつ勝気な態度を取りがちな千代。
旅館の子同士、おとなしく内向的な登と一緒に遊ぶ機会が多い。

幼年期の出来事では千代と登が金山荘の一角にある「明かずの間」(ママ)を探検、千代の入浴をしょっちゅう覗きに来ていたと思しき和吉の行動に気付き、和吉のほうもそれに感付いて逃げ去るエピソードを押さえておきたい。

 

 

第二部。
大学に入った登は池袋のアパート・千歳荘に部屋を借り、部落と対照的な街の生活を送る日々。かつて千代の太腿にエロスを感じていたが、此処でも〝性〟に翻弄されている。それはさておきやさぐれた千歳荘の住人達にまつわる話はひとつところをグルグル回っていて、先に繋がる要素が少なく、前段行方知れずだった茂十の妻(=和吉の母)は姿を見せるものの、中弛み感ハンパない。市井の人々が目先の明日をダラダラ生きる光景はこの作者らしい。でも私は自然の神秘や厳しさを幻惑的にペインティングしている伊藤人誉のほうが断然好きだな。

 

 

そして第三部。再び舞台は笠石へ。千代と登の婚礼が行われたあと季節は移ろい、山の頂にある無人小屋付近に猟銃を携えた気味の悪い山男が出没するとの怪情報が登山者から伝わってきた。部落民はそれが和吉だとピンと来ても、何故そんな所をうろついているのか理由が分からない。そうこうしているうち、無人小屋で若い女性が連れ去られる事態発生。登を含む部落の男は人数を駆り集めて山嶺へと向かう。

薄々匂っていた伏線がここに来て表出、山場を迎える本作。あの山事件(☜)ほど血みどろの惨劇にはならないが、千代の身に起こる異変は別の意味でコワイ。全体を振り返ってみて、寒村と東京の対比は必要だったとしても、第二部の停滞は悔やまれる。
 

 

 

(銀) 「~ずら」と喋っている登場人物がいるので、山梨~長野あたりの部落をイメージして書かれた可能性高し。〝笠石〟をGoogle Mapで探してみたが、甲斐市にそれらしき地名が見つかるだけで作中に描かれている地勢とは一致しない。あれは架空の地だったか。






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2023年8月27日日曜日

『續人譽幻談/水の底』伊藤人譽

NEW !

龜鳴屋
2008年1月発売



★★★★   盛林堂と日下三蔵が出した『ガールフレンド』より
         こっちのほうがずっと持っている価値あり





「気味のわるい小説を書く叔父さま」・・・藤人誉の義理の姪に当たる女性が彼のことをそう言ったそうだ。1913年(大正2年)生まれということは年齢的に大阪圭吉の一つ下。あの世代の人だと知って作品を読むと、また味わいも増してくるかもしれない。彼の書いたものを人はミステリ/怪談/幻想小説ではなく〝幻談〟と呼ぶ。




龜鳴屋HPを見ると、この『續人譽幻談/水の底』はまだ在庫が残っており、今でも買えるらしいので、まだ読んだことがない方のために紹介しておきたい。日下三蔵が底本協力し、先日盛林堂ミステリアス文庫が出した『ガールフレンド/伊藤人誉ミステリ作品集』(☜)は好感を抱けるようなものではなかった。あれに比べたら本書のほうが内容的にも造本的にも格段優れており、興味のある方は龜鳴屋に通販で注文して是非手に取ってみるといい。




ここに収められている作品にも〝性〟の香りを発しているものがある。「溶解」は主人公の男と山中の自然しか出てこないのに、なんとも蠱惑的な世界が広がる。「水の底」では医者である語り手の〝わたし〟が住む建物の五階の住人・永本誠一が「娘とふたりで居るとどうにもならなくなって、絞め殺しそうになるので助けて下さい」と縋ってくる。彼の苦悩を表現するにあたって単なるキチガイ扱いになりそうなスレスレのところを微妙に躱しているのが特徴。

 

 

エッセイ然とした「ふしぎの国」、散骨を題材にコクトーを思わせる海のファンタジーを描いた「肌のぬくもり」は掌編。「落ちてくる!」はブラック・ジョーク的要素もなくはないが、老女の死後を語るエピローグはそこに至るまでの病室シーンと若干釣り合っていない気もする。

 

 

最後の一行に決め球のフォーク・ボールを投げ込んだような「鏡の中の顔」も掌編。「夜の爪」は男と女の性愛の話だが、しんねりむっつりとした女の描写が怖い。爪の伸びる擬音を〝にっ〟と表現しているのもなんだか背中がムズムズする。

 

 

最後の「われても末に」は最も枚数があり、ほぼ中篇。人誉からすると一番難産だったそうで、「半世紀も苦吟していたため最初の思惑とは大きな隔たりを生み、なめらかさを乱しているような思いのする個所もある」と語っている。確かに結末に向けてまっしぐらという風情ではなく、やや振れ幅があるのは否めないものの、読み終えて不満みたいなものは一切湧かなかった。

 

 

巻末には松山巖が寄稿した「魔賊の囁き」添えられているが、これが適任の人選による心地良い文章で、レアだの稀少だのとセコいことしか解説に書けない日下三蔵とは雲泥の差なのが一目瞭然。同じ作者の本でも作り手の品性によってこうも印象が違うものかと思わせてくれる一冊である。

 

 

 

(銀) 本書は五百十四部限定制作。本文360頁、A5変刑上製本で3,124円(税抜2,840円)。真っ白な堅表紙は読めば読むだけ、ともすると手垢が付いてしまったり雑に書棚に置いといたらヤケて変色してしまいそうだから、そこはデリケートに扱いたい。



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2023年8月14日月曜日

『ガールフレンド/伊藤人誉ミステリ作品集』伊藤人誉

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2023年7月発売



★    主人公のギャンブルまみれなだらしなさ




伊藤人誉もこれまで存在を知られていなかったところに龜鳴屋が先鞭をつけ、限定少部数ながら何冊かの本を世に送り出したことで一部の人の興味を引くようになり、それを見たあざとい盛林堂書房周辺の連中が追随して新刊を出すパターンは先日の倉田啓明と同様。異なる点といえば、読めたものではないテキスト入力を施した本をばら撒いてきた善渡爾宗衛が今回は絡んでおらず(まあきっと裏で協力しているに違いないけど)、善渡爾のレーベル東都我刊我書房ではなくて盛林堂の店主・小野純一による盛林堂ミステリアス文庫の一冊として制作。善渡爾の代りに日下三蔵が深く関わっており、相変わらずウサン臭さは漂っているが。



「一  たてがみのある女」

「二  女は夜来る」

「三  面をかぶった女」

「四  女をゆすれ」

「五  鍵と女」

 

「あとがき」

 

 

〝一話完結エピソード〟が五篇並び、それぞれ発表誌はバラバラみたいだし、形としては短篇集扱いになるのだろう。すべてメイン・キャラクター滝田行雄が登場、彼の境遇は薄ぼんやり連続していると思われる。作者があとがき」で語っているように選び抜いた言葉とその配置の仕方など、文章にこだわりを持って書いているのは読んでいてもはんなりと伝わってくる。しかし私がどうにも閉口するのは滝田行雄がどんな女でもあわよくば一発ヤリたいだけの男で、一応働いてはいるみたいなんだが常に描かれているのは競輪にのめり込むシーンという〝煮しめたような小市民感〟。明瞭にユーモア調を選択していないぶんサスペンスは織り込みやすいはずだけど、このビンボー臭さはイヤだな。

 

 

次々出会う女たちと滝田とののっぴきならぬ〝モメ事〟がストーリーの根幹。〝犯罪〟と呼ばず〝モメ事〟と表現している点からして、本書に見られるサスペンスの特徴がどれだけ日常範囲のドメスティックなものか察して頂けるだろう。彼女らは『ガールフレンド』という書名から想像したくなる身綺麗な存在とは全然違って、例えば三十過ぎの毛深くてあから顔の粗野な女医だったり、まだ正式に前夫と離婚してもいないのにダラダラ滝田の遊びの相手になっている中井晋子だったり、吃音かつ兎口で冴えぬ男の細君・高段マサ子だったり、皆なにかしら泥臭さを纏っている。「一 たてがみのある女」に登場する畑中幸恵だけ唯一まともだが、ふらふらしてばかりのC調な滝田が幸恵と結ばれる・・・てなことは無い。

 

 

〝のほほん〟とした空気が流れているのは三橋一夫っぽくもある。そういえば日下三蔵が推していて中間小説みたいな趣きが流れているところなど共通点は多いかも。龜鳴屋が勧めるものなら素直に受け入れもできるが、盛林堂と日下がやれ「伊藤人誉の著書は激レア」だの、「『ガールフレンド』の元本(東京出版センター版)には遭遇する機会がない」だの、古本乞食を釣らんとするセリフをちらつかせるので不快感しか湧かない。それしか言うことはないのか?龜鳴屋とは対照的な心根をもつ連中の標的にされた物故作家はまことに不幸なり。

 

 

 

(銀) 伊藤人誉のこの文章の感じって、小沼丹が好きだった久世光彦がもし生きていたら喜びそう。それは私も理解できるけれど、色川武大じゃあるまいし本書における滝田行雄の競輪狂いには辟易。最近とみに、従来よく知られている日本探偵作家そっちのけで「これってミステリの範疇なの?」と思われるような作家や作品を「これこそミステリである」と押し切って売り出す新刊が多い。この傾向しばらく続きそうな気がするが、なんだかなあ。



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