2025年5月1日木曜日
『猟人』伊藤人誉
2023年8月27日日曜日
『續人譽幻談/水の底』伊藤人譽
エッセイ然とした「ふしぎの国」、散骨を題材にコクトーを思わせる海のファンタジーを描いた「肌のぬくもり」は掌編。「落ちてくる!」はブラック・ジョーク的要素もなくはないが、老女の死後を語るエピローグはそこに至るまでの病室シーンと若干釣り合っていない気もする。
最後の一行に決め球のフォーク・ボールを投げ込んだような「鏡の中の顔」も掌編。「夜の爪」は男と女の性愛の話だが、しんねりむっつりとした女の描写が怖い。爪の伸びる擬音を〝にっ〟と表現しているのもなんだか背中がムズムズする。
最後の「われても末に」は最も枚数があり、ほぼ中篇。人誉からすると一番難産だったそうで、「半世紀も苦吟していたため最初の思惑とは大きな隔たりを生み、なめらかさを乱しているような思いのする個所もある」と語っている。確かに結末に向けてまっしぐらという風情ではなく、やや振れ幅があるのは否めないものの、読み終えて不満みたいなものは一切湧かなかった。
巻末には松山巖が寄稿した「魔賊の囁き」が添えられているが、これが適任の人選による心地良い文章で、レアだの稀少だのとセコいことしか解説に書けない日下三蔵とは雲泥の差なのが一目瞭然。同じ作者の本でも作り手の品性によってこうも印象が違うものかと思わせてくれる一冊である。
(銀) 本書は五百十四部限定制作。本文360頁、A5変刑上製本で3,124円(税抜2,840円)。真っ白な堅表紙は読めば読むだけ、ともすると手垢が付いてしまったり雑に書棚に置いといたらヤケて変色してしまいそうだから、そこはデリケートに扱いたい。
2023年8月14日月曜日
『ガールフレンド/伊藤人誉ミステリ作品集』伊藤人誉
「一 たてがみのある女」
「二 女は夜来る」
「三 面をかぶった女」
「四 女をゆすれ」
「五 鍵と女」
「あとがき」
〝一話完結エピソード〟が五篇並び、それぞれ発表誌はバラバラみたいだし、形としては短篇集扱いになるのだろう。すべてメイン・キャラクター滝田行雄が登場、彼の境遇は薄ぼんやり連続していると思われる。作者が「あとがき」で語っているように選び抜いた言葉とその配置の仕方など、文章にこだわりを持って書いているのは読んでいてもはんなりと伝わってくる。しかし私がどうにも閉口するのは滝田行雄がどんな女でもあわよくば一発ヤリたいだけの男で、一応働いてはいるみたいなんだが常に描かれているのは競輪にのめり込むシーンという〝煮しめたような小市民感〟。明瞭にユーモア調を選択していないぶんサスペンスは織り込みやすいはずだけど、このビンボー臭さはイヤだな。
次々出会う女たちと滝田とののっぴきならぬ〝モメ事〟がストーリーの根幹。〝犯罪〟と呼ばず〝モメ事〟と表現している点からして、本書に見られるサスペンスの特徴がどれだけ日常範囲のドメスティックなものか察して頂けるだろう。彼女らは『ガールフレンド』という書名から想像したくなる身綺麗な存在とは全然違って、例えば三十過ぎの毛深くてあから顔の粗野な女医だったり、まだ正式に前夫と離婚してもいないのにダラダラ滝田の遊びの相手になっている中井晋子だったり、吃音かつ兎口で冴えぬ男の細君・高段マサ子だったり、皆なにかしら泥臭さを纏っている。「一 たてがみのある女」に登場する畑中幸恵だけ唯一まともだが、ふらふらしてばかりのC調な滝田が幸恵と結ばれる・・・てなことは無い。
〝のほほん〟とした空気が流れているのは三橋一夫っぽくもある。そういえば日下三蔵が推していて中間小説みたいな趣きが流れているところなど共通点は多いかも。龜鳴屋が勧めるものなら素直に受け入れもできるが、盛林堂と日下がやれ「伊藤人誉の著書は激レア」だの、「『ガールフレンド』の元本(東京出版センター版)には遭遇する機会がない」だの、古本乞食を釣らんとするセリフをちらつかせるので不快感しか湧かない。それしか言うことはないのか?龜鳴屋とは対照的な心根をもつ連中の標的にされた物故作家はまことに不幸なり。
(銀) 伊藤人誉のこの文章の感じって、小沼丹が好きだった久世光彦がもし生きていたら喜びそう。それは私も理解できるけれど、色川武大じゃあるまいし本書における滝田行雄の競輪狂いには辟易。最近とみに、従来よく知られている日本探偵作家そっちのけで「これってミステリの範疇なの?」と思われるような作家や作品を「これこそミステリである」と押し切って売り出す新刊が多い。この傾向しばらく続きそうな気がするが、なんだかなあ。
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