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2025年2月22日土曜日

『パナマ影に怖びゆ』海野十三

NEW !

興亞文化協會
1941年2月発売



★★   これも彼の歴史の一部





元来、海野十三のSFないしSFミステリーの問題点は、
〝科学恐怖の夢〟が卑俗な生物学的な恐怖感の次元にとどまり、
それがより次元の高い文明批評にまで昇華されなかった点にある。
このような思想性の欠如は、海野十三をやがて完全な軍国主義の宣伝者へと追いやることになるのである。

~ 権田萬治『日本探偵作家論』/「秘められた科学恐怖の夢=海野十三論」より

 

 

軍国主義の宣伝者か・・・。同世代の探偵作家達がここまで深入りしなかった国策協力も、海野十三は純真な人ゆえ真剣に日本を憂い、今では眉を顰められそうな小説を書きまくった。それがプロパガンダであろうと面白く読めさえすれば一向に構わない。だがいくら作者が海野十三とはいえ、面白味の無いものまで無責任に持ち上げ騒ぎ散らかすほど私も莫迦ではないつもり。本書『パナマ影に怖びゆ』は防諜/国威高揚、あるいは戦場における日本精神、そんな色合いの作品ばかり並んでいる。

 

 

小説以上に「作者の言葉」のアジテーションが読んでいてツラい。全文紹介したいのだけど四頁に及ぶため、要旨のみ御覧頂く。


 自分(=海野)は昭和十四年頃、小説家は自国の高度国防国家建設に重大なる一役を努めなければならないと認識するに至った。


✷ 「非常時局だけにしか役に立たぬ文学作品は文学ではない」などと言う文学者は、どこの国籍の人かと疑う。馬鹿野郞!


✷ 今、日本は支那大陸ですらケリが付いていないのに某々大国(=英米のこと)とも非常に危うい戦争を始めなければならない。この先五年十年の間、発表される作品は非常時局に役立つものであるべきだし、そうでない作品は如何に文学的香気が高くとも遠慮せらるべきである。



                   
 

 

「海鷲、海へ戾る」「奥地偵察日記」「戰はまだこれからだ」は死と隣り合わせな日本兵の奮闘を描き、「パナマ、影に怖ゆ(ママ)はアメリカがアルゼンチンの汽船を撃沈させてしまって両国がモメている間、秘密裡に日本がパナマ運河へ海底砲台を作っていたという、なんとも虫のいい話。「或る機密寫眞事件」「血に染つた石油傳票」は日本国内に潜入しているスパイの暗躍を描いたサスペンス・スリラーで、前述三篇に比べるとまだ読みどころはある。「幽靈飛行機」ソ連兵を主役に据えた秘密軍用都市の物語。生きている人間の死亡広告を出し周囲の目を欺くなど悪くないアイディア、探偵小説に活かさなかったのがもったいない。

 

 

戦時下日本の亡霊みたいな海野作品をことさら評価しなくてもいいとは思うが、そういった昔の常識/価値観/道徳観を無かったことにしてしまう御都合主義こそサイアク。例えば昨年末刊行された河出文庫版『盗まれた脳髄/帆村荘六のトンデモ大推理』を見て、私は開いた口が塞がらなかった。今まで(少なくとも探偵小説関連の書籍において)河出書房新社が偽善チックな言葉狩りをやらかすなんて思ってもいなかったからね。ところが新保博久による編者解説欄にはこう記してあるではないか。



Not to buy



「盗まれた脳髄」は、たとえば114ページ7行目が初出では「阿弗利加(アフリカとルビあり)の土人なんて、日本人に比べて頭脳は頗る劣等なんだらうが、人種にもよりけりで、何故阿弗利加土人なんか使つてゐるのだらうね」などと、帆村が誤った偏見に基づく発言をしているが、当時の平均的日本人の認識なのか、物語の効果上、作者は誤謬と承知で帆村に言わせているのかともかく、作者が特に過激な人種差別主義者だと誤解されかねないのを防ぐため、この一篇は全体に表現の和らげられた春陽文庫版に従った。

~ 河出文庫版『盗まれた脳髄/帆村荘六のトンデモ大推理』 351ページ17行目




平成時代に言葉狩りのみならず不要な改変を加えオリジナル・テキストを破壊してしまった春陽文庫版『赤外線男』所収「盗まれた脳髄」を採用したこの文庫の114ページ7行目にある帆村荘六のセリフは次のように表記されている。

「なぜアフリカの人なんか使っているのだろうね」

他にも、この一文の直前に出てくる〝黒ン坊〟が〝黒人〟になっているだけでなく、ポリコレとは何ら関係の無い単語の文字遣いさえあちこち変えられており、当Blogで度々申しているように一連の春陽文庫版「探偵CLUB」シリーズは最も底本に使ってはならないテキスト改悪本なのだ。「海野が過激な人種差別主義者だと誤解されかねない」とか、いかにもそれっぽい理由付けしているが何のことはない、抗議集団の襲撃が怖いばかりか彼らを納得させる労力を惜しんでるだけだろ。




「盗まれた脳髄」の原文は令和の今、許される表現ではない。しかしこんなポリコレ改変ばかり繰り返していたら昔の小説の復刊は成立しなくなる。誠意を持って原文どおりのテキストを復元したいのなら、光文社文庫版『肌色の月』所収「金狼」(☜)で日下三蔵がやっていたように、長文の断り書きを作成したりして抗議集団を納得させればいいじゃないか。日下でさえ旧い小説の復刊に際し語句改変の無いよう毎回努力しているのに、新保博久は一体何をやっているのか?もちろん一番タチが悪いのは抗議集団であり、ポリコレに対して急に弱腰になってしまった現在の河出文庫編集部だがな。




おまけに366ページでは、クソみたいな春陽文庫「探偵CLUB」版テキストを使っておきながら、「本文中、今日では差別的と目されかねない表現がありますが、執筆の時代背景と作品の価値を鑑み、原文のままとしました。」だってさ。どこが原文どおりなの?JAROに通報しなくちゃ。





軍国主義信仰に人種差別表現。それはあの時代の創作物だったら別に探偵小説・SFでなくたってありえる話。海外ミステリも例外ではなく、ホームズ物語も人種差別だとイチャモン付けられるシーンはある。映画「風と共に去りぬ」が黒人差別と標的にされ、配信停止になっている状況を大いに納得している人は世界人口のうち果たしてどれだけいるかね?そういう訳でテキスト改悪に日和った河出書房新社の本など買う価値無し。『盗まれた脳髄』の購入でドブに捨てた1,210円、龜鳴屋のある石川県へ再度寄付する為に使っとけばよかった。






(銀) 昨年後半、質の悪い海野十三の新刊本が出回り、中でも河出文庫版『盗まれた脳髄』に辟易したのもあって、前回今回と海野の記事を書いた。だいたい海野のトリビュート本ならまだしも、なんで海野個人の著書に筒井康隆のパスティーシュを紛れ込ませなきゃならんのか?物故作家の旧い作品を原形どおりのテキストで復刊する気の無い奴らは(出版社勤めのサラリーマンもフリーの人間も)旧いテキストの校閲とは全く関係の無い分野へとっとと去って頂きたい。





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2025年2月18日火曜日

『海底旅行』ジュール・ベルン(原著)/海野十三(編著)

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大日本雄辯會講談社 世界名作物語
1947年3月発売



★★★★  海野本人が執筆したと思しき翻訳本はどれ?




昭和時代のジュヴナイル本には著名作家の名前で発表しながら実は第三者に代筆させているものが少なからず存在していた。海野十三の著書にもヴェルヌ/ドイル/ウェルズ/チェスタトンの少年少女向け翻訳作品があるのだけど、これらを海野本人の仕事だと即断していいのだろうか?参考までに、「海底二万哩」を原作とする本書『海底旅行』を含む「世界名作物語」と題されたシリーズには江戸川亂歩(編著)の『鐵假面』も含まれているが、これが岡戸武平の代筆であることは以前紹介済みである(☜)

 

 

ヴェルヌ長篇『海底旅行』そしてホームズ短篇三作を収めた『まだらの紐』の海野訳初刊本は彼の生前に刊行されているからまだ良しとして、ウェルズ長篇『透明人間』とチェスタトンのブラウン神父短篇を幾つかセレクトした『影なき男』(のちに『名探偵ブラウン』と改題)が初めて本になったのは海野が逝去して八年後の昭和32年。まだ健在だった頃にどこかの雑誌へ発表していた可能性も無くはないとはいえ、そんな情報が載っている文献を読んだ覚えがない。というか海野の翻訳について詳しく論述している資料自体あったかどうかさえ思い出せない。ともかく『透明人間』と『影なき男』(『名探偵ブラウン』)を海野本人の訳と見做すには疑わしい点が多い。

 

 

以上の事を鑑み、海野翻訳作品四種のうち最も第三者の介入が無さそうに思える『海底旅行』を本日は紹介したい。『浮かぶ飛行島』と同様、写実風タッチの重厚な口繪・挿繪を提供しているのは樺島勝一。本書の冒頭には次のような序文が置かれているので見てもらいたい。この本では〝ヴェルヌ〟の発音を〝ベルン〟と表記している。

 

 

この物語について


本書は、フランスのジユール・ベルンの原作になる、海洋を主材にした空想小説である。
題名『海底旅行』が示すやうに、海底の魔人と呼ばれる謎の人物と、博物學者アロン博士とが、最新優秀をほこる潜水艦に乗つて、太平洋、インド洋、地中海、大西洋、南極海等の海底を縦横に探檢して廻るといふのがその内容である。この間、原作者ジユール・ベルンは、荒唐無稽な空想におちいることなく、あくまでも科學的考察にもとづいて、ゆたかな空想と、該博なる知識とをたくみにおりまぜつゝ、海洋の神祕と驚異を興味深く物語つてゐる。


諸君もすでに御承知の如く、海洋は全世界の陸地よりも、さらに廣大な面積をしめてゐる。しかもこの海洋は、領海三浬をのぞくほかは公海と呼び、いづれの國にも属することなく、航行も漁業も自由であつて、いかに文明の利器を活用して、海底から重要資源を開しようと、それは一向さしつかへのない、自由の世界である。

 

わが國は、肇國以来、海と共にさかえ、海と共に發展してきたが、今回、大東亞戦争の勃發するに及んで、さらにかゞやかしい飛躍が約束されている。

海國日本に生をうけたる者、何人といへども血潮の高鳴るを禁じ得ないであらう。また同時にわれ等にかけられた責任の重大さに粛然たらざるを得ない。

海、開けいくわれ等の海、無盡藏の富を海底に祕めた海、海はいたるところで、われ等の活躍を大手をひろげて待つている。

靑少年諸君、今こそ海に向かつて一大飛躍をなすべき時である。

私は本書が、多少なりとも、諸君の海にたいする理解を助け、親しみを增すことができれば、この上もないしあはせである。


昭和十七年三月      海野十三

 

 

戦前に翻訳された長篇の海外小説は大人向け子供向け問わず余計な部分を削ぎ落した抄訳になりがち。そもそも戦前とか戦後関係無く、常に子供向けの「海底二万哩」はそのようなエディット編集が行われてきた訳だが、それ以外にも本書を読むと、海野十三のクレジットが「訳」に非ず「編著」となっていることから分かるように、純粋な直訳ではなく当時の子供達に馴染みやすくするためアレンジを加えている形跡あり(そういえばネモ艦長の〝ネモ〟という名前を全て省略しているのは何故なのだろう?)。

 

 

例えば「饅頭」「カツレツ」「豆腐」といった昔の西洋人には縁遠い日本独自の食べ物がちょいちょい出てくるが、そんなのヴェルヌの原文にある筈が無い。なんせ戦争の激化であれだけ人気があった「のらくろ」でさえ本書の発売される前の年(昭和16年)には打ち切りを余儀なくされているぐらいだ。普段よく自作に織り交ぜていたユーモラスな表現をこの本では控えているように見せかけつつ、ちょっとだけ遊んでみたくなったのかもしれない。この「饅頭」やら「豆腐」なんていう記述が海野十三本人の執筆である証拠じゃないかな、と私はニラんでいる。

 

 

海野版『海底旅行』は戦後ポプラ社から何度か再発されてきた。それらは手元に無くテキストを確認できないけれど、本文そのものは時代に合わせて文字遣いを調整しているだけだと推測されるし、一番最後に出た『海底旅行』(「世界の名作 10」)も昭和43年の刊行であることを考えると、その頃はまだ言葉狩りが氾濫する時期ではないので〝、土人〟や〝めくら〟など目の敵にされそうなワードはそのまま生き残っているのではないか。但し上段にて御覧頂いた序文「この物語について」は戦争への言及がモロにあるため、戦後版では軒並み削除されているっぽい。





海野が亡くなった翌年(昭和25年)、木々高太郎編纂監修の名のもと東光出版社から「少年科学探偵小説 海野十三全集』というジュヴナイルの選集が発売され、そこには珍しく翻訳ものの「六つのナポレオン」「まだらの紐」「赤毛クラブ」が三篇分載ながら収められていた。だからドイル翻訳も海野本人の執筆に違いないと安易に断定するのは早計なれど、少なくともウェルズ/チェスタトンに比べたら可能性は高い。 

 

 
 
(銀) 今読んでも「海底二万哩」は面白い。ことに魚介類や鳥の料理がなんとも美味そうで、ノーチラス号には相当な腕前の調理師がいると思われる。その一方、近年絶滅危惧種指定されている儒艮(ジュゴン)を銛打ちするシーンもあり、本作が1870年に書かれた不朽の名作だということも忘れ「ジュゴンを殺すなんてけしからん!即刻その場面を削除しろ!」などと喚き立てる頭のおかしなエセ偽善者が出てこなければいいけどね。


 

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2024年7月12日金曜日

『合作探偵小説コレクション⑦むかで横丁/ジュピター殺人事件』

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春陽堂書店  日下三蔵(編)
2024年6月発売



★★★    戦前の轍は踏まず




「合作探偵小説コレクション」もすっかり戦後モードに入った。本巻収録作品は昭和20年以降に発表されたものばかり作家も編集者もみな学習したのか、戦前の連作・合作よりはだいぶスマートな内容になり、甲賀三郎のように最終回を押し付けられ、リレー小説の無責任さに怒る人も見かけなくなった。

 

 

「能面殺人事件」   青鷺幽鬼(角田喜久雄)

「昇降機殺人事件」  青鷺幽鬼(海野十三)

海野十三は本格物を書く素養を持ち合わせていない。敗戦後の彼は江戸川乱歩に「変態男」なんて言葉を放つほど、「本格にあらずんば探偵小説にあらず」的な声を上げていた同業者達に対し疑問を呈したこともある。青鷺幽鬼名義の二短篇は競作だが、仮に角田喜久雄と海野十三の二人が本当の意味での合作長篇に挑戦したとしても、角田単独作品のような本格探偵小説にはなり得ないんじゃなかろうか。

 

 

「三つの運命」

プロローグ 白骨美人  土岐雄三

骨が鳴らす円舞曲    渡辺啓助

鉄の扉                         紗原幻一郎

帆村荘六探偵の手紙     海野十三 

一人目の土岐雄三がお題を出す形で事件の発生を描き、残りの三名がそれぞれ個別に解決篇を受け持っている。

 

 

「執念」   大下宇陀児/楠田匡介

後述する「むかで横丁」とは対極にある宇陀児節全開のウェットなスリラー。どういう役割分担で書き上げたのかわからないが、安心して読めるのは確か。

 

 

「桂井助教授探偵日記」


第一話         幻影の踊り子         永瀬三吾

第二話     犯人はその時現場にいた    楠田匡介

第三話     謎の銃声               大河内常平

第四話     蜜蜂               山村正夫

第五話     古井戸                             永瀬三吾

 

第六話     窓に殺される             楠田匡介

第七話     愛神                                山村正夫

第八話     西洋剃刀                            大河内常平

第九話     遺言フォルテシモ           永瀬三吾

第十話     狙われた代議士            楠田匡介

 

第十一話    八百長競馬                       大河内常平

第十二話    洋裁学院                        山村正夫

第十三話    地獄の同伴者                    朝山蜻一

第十四話    妻の見た殺人         永瀬三吾

第十五話    アト欣の死                       楠田匡介

 

第十六話    訴えません                         永瀬三吾

 

T大助教授の探偵役・桂井龍介/新聞社員・阿藤欣五郎/欣五郎の妹・ネネ子/警視庁嘱託鑑識課員・和田兵衛、この四人を中心に展開する一話完結型の競作もの。例えば大河内常平だったら地の文を〝ですます調〟にしたり、また彼独特のスラングもふんだんに飛び交っていたりして、各人の個性が活かされた凸凹感の少ない仕上がり。なによりも思った以上に謎解きが重視されているのが良い。


これだけのボリュームがあるのだから、「桂井助教授探偵日記」だけで単行本一冊作ることは十分可能。一般層にも知名度のある作家が参加していないため、かつて大手の光文社が出していたミステリー文学資料館名義の文庫では難しいかもしれないけれど、横井司が先頭に立ち、正常な刊行を続けていた時分の論創ミステリ叢書あたりから単独でもっと早くに本作が出なかったのが悔やまれる。探偵小説復刊に関わる界隈はもはや死に体同然だし、春陽堂のこのシリーズを毎回楽しみに読んでいる人がどれだけいるか、なんとも心許ないからだ。

 

 

「むかで横丁」

発端篇   宮原龍雄

発展篇   須田刀太郎

解決篇   山沢晴雄

これは正統的なリレー作品。「合作探偵小説コレクション」の最初のほうの巻に入っていた戦前作家の連作に比べ、一作品として整っている点は評価できる。轢死者の屍が一人の人間のものではなかったり、出だしは悪くない。ただ『密室』という発表媒体の性格上、込み入ったパズラーを狙いすぎて本格マニアしか相手にしていない印象が強く、そこまで本格を好まない読者は拒否反応を起こすかもしれない。

 

 

「ジュピター殺人事件」

発端篇   藤雪夫

発展篇   中川透(鮎川哲也)

解決篇   狩久

「むかで横丁」とは違い、同じ本格でもこちらのほうがずっとスッキリしている。とはいえ、『藤雪夫探偵小説選 Ⅰ 』の記事(☜)にも書いたように、私は藤雪夫の国語力には大きな疑問を抱いているので、発端篇は別の作家にお願いしたかった。


「まァー」「こりゃー、いけねー」等、会話文に見られるヘンな長音符号の棒引き「―」が相変わらずイタイ。また田所警部というキャラクターが登場するのだが、この人は電話を掛ける際、自分で自分のことを「もし、もし、田所警部です」と言っているし(本巻494頁下段3行目)、他の登場人物にも同様の物言いが見られる。あのねー、自ら名乗るのにわざわざ自分の役職付けて言ったりしないよ。普通「もしもし、田所です」って言うだろ。藤雪夫の小説を読んでいると、こういうところが目に付いて閉口する。






(銀) この辺の戦後に発表された合作・連作群を楽しみにしていたので、整合性がとれていなかった戦前のものと内容を比較しても「ああ、やっと出てヨカッタ」という感じだ。全八巻完結予定でスタートした「合作探偵小説コレクション」も、いよいよ次がラストか。






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『亜細亜の旗』小栗虫太郎




















2023年8月29日火曜日

『愛國防空小説/空襲警報』海野十三

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大日本雄辯會講談社 少年倶樂部七月號附錄
1936年6月発売



★★★    日本を襲う者




戦前日本の少年達を熱狂させた雑誌『少年倶樂部』の附録(72頁)として発売されたもの。第一次近衛文麿内閣が「国民精神総動員運動」をブチ上げたのはこの附録本が出た翌年の昭和十二年夏。それよりも前から海野十三は、もしも他国から空襲を受けたら我々日本人はどうするのかというテーマで昭和七年に「空襲葬送曲」昭和八年には「空襲下の日本」「空ゆかば」を執筆していた。




この『空襲警報』はS国、つまりソ連による日本への攻撃を想定して書かれているのだが、「ん?なんでソ連が?」と思う方もおられよう。これについては三一書房版『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』、瀬名尭彦の解説が詳しい。簡単に言えば、満洲事変以降ソ連は極東での軍備を強化したため航空兵力が侮れないものになり、決して東京空爆もあり得ない話ではなくなっていた。その辺の国防意識を児童にも知らしめるべく、海野は率先してこのような作品を書いたのであろう。いま彼が生きていたら討論番組や情報番組のコメンテーターやらでテレビに引っ張り出されているのかも。海野って人が良さそうで、断ったほうがいいに決まってるゲスなオファーも快く受けちゃうよなあ。




『空襲警報』は姉の嫁いだ川村國彦陸軍中尉の住まいがある新潟の直江津に弟の旗男少年が夏休みを利用して遊びに行っているところ、バタ屋に化け伝染病菌をばら撒く不審者を発見するシーンから始まる。その不審者はS国人ではなく東洋人。中国人を示唆しているとしか考えられない。その後ラジオの緊急ニュースが「S国機が内地を空襲するため接近中」と放送、一気にストーリーはパニック状態へ。旗男少年は姉に諭され病身の父母を守るため東京行きの列車に飛び乗るが、その道中においても空から散布された毒瓦斯が降ってくる。

 

 

執筆の主旨からして日本軍より庶民の姿を中心に書かれており、フィクションとはいえこういった空襲の際でも流言飛語が発生して余計に事態を悪化させているのが目に付く。実際に数年後、日本本土を空襲するのはアメリカ。我々は大東亜戦争の末路を知っているだけに、資源も無いのだからこのあたりで無謀な戦争は止めておくべきだった・・・とかありきたりな事しか言えないがしかし、本作に関する書誌問題だけはしっかり書いとかなくちゃね。

 

 

ずっと言い続けているように『海野十三全集』に限ったことではなく、三一書房の本は言葉狩りが酷い。本日紹介している初出ヴァージョンの「空襲警報」にて普通に使われている〝満洲〟〝気違病院〟といったワードが『海野十三全集第四巻 十八時の音楽浴』では一切合切消し去られている。〝不具者は非戦闘員ですね〟という旗男少年の言葉も跡形も無い。解説パートはいいけれど本編は話にならず、復刊を行う版元の姿勢としては失格。

 

 

 

(銀) 海野と同じスタンスとは言えないが、直木三十五も満州事変後に『日本の戦慄』という著書を発表している。当Blogで扱う対象に該当するかどうか何とも言えない作品だが、いつか取り上げてみるかもしれない。






2022年1月14日金曜日

『南海囚人塔』横溝正史

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柏書房 横溝正史少年小説コレクション⑦ 日下三蔵(編)
2021年12月発売



★★★★   玉井徳太郎、魅惑の挿絵(「南海の太陽児」)



横溝正史少年小説コレクションの最終巻が出た。
この巻には短篇のひとつに等々力警部が顔を見せるだけで、
リーズ・キャラクターは一切出てこない。逆にそれゆえの楽しみ方もあるのだ。

 
 
 

   「南海の太陽児」

太平洋戦争直前に発表された秘境探検小説。熊谷書房の初刊(昭和17年)が出たっきり、
単行本は一度だけ『少年小説大系 第18巻 少年SF傑作集』(平成4年)に編入されるも、その版元・三一書房が何かと語句改変をやらかしてしまうブラック出版社であったため、信用できぬテキストに変えられてしまっていた。それもあって今回は価値ある再発。



正史は「幽霊鉄仮面」(昭和12年)の後半でも、敵を追って蒙古の奥地に向かう展開にしていたけれど、本作が連載されていた頃の日本はもはや犯罪を描写する探偵小説など許される状況にはなく、主人公が自分のルーツを求めて南方へと旅立つ全編冒険調の長篇にせざるをえなかった。HR・ハガード作品を引用しているのだが、かの人外魔境の地の果てに倭寇の子孫が築き上げた〝やまと王国〟なる別世界が存在し、その住民及び文明はなんと旧世紀の日本そっくりだったという設定がキッチュでヘンテコ。横田順彌は非常に面白がっていたっけ。

 

 

いつもの事ながら、横溝正史の筆に読みにくいところは無い。
ただ、タイトルにもなっているぐらいだから〝南海の太陽児〟こと東海林龍太郎は主人公としてバリバリ動き回るべきなんだが、マラリアになって寝込んだり何かと影が薄く、クライマックスの攻防でも活躍の場は少ない。むしろ前線に出て常に物語を牽引しているのは降矢木大佐と寺木中尉のほう。それに当時の日本は石油不足問題を抱えていたせいか、寺木中尉が〝燃える水〟を探すくだりにはじっくり頁が割かれているのに対し、日姫軍の逆襲で盛り上がるべき「ヒアテの裏切」からThe Endまでの肝心な終局があっさり終わってしまうのにはやや不満が残る。

 

 

それでも私は初出誌を飾っていた玉井徳太郎の挿絵が本書に収録されて大変嬉しい。
横溝正史少年小説コレクション①~⑥に入っていた他の挿絵とは存在感がまるで異なり、
彼の挿絵はことさらコッテリしてバタ臭い。
渡辺啓助「沙漠の白鳥」江戸川乱歩「偉大なる夢」小栗虫太郎「地軸二万哩」木村荘十「印度は叫ぶ」等、彼の長いキャリアの中では昭和10年代の仕事が最も強烈に印象深い。探偵小説に提供された挿絵を纏めた画集が欲しい画家の一人だ。

 
 
 

   「南海囚人塔」

ずっと単行本未収録だったので、この作品を目当てにしていた人も多かろう。
主役を務める二少年の乗った定期客船/上海丸が南シナ海を日本へ向かう途中、
オランダの幽霊船と遭遇。そこへ黄衣海賊団が襲いかかり危難に陥るという、
これも海の冒険ストーリー。こちらは昭和6年発表で、
まだ自粛規制が無かった時期なんだけど、月刊誌八回連載にしてはボリュームが少なく、
内容も挿絵(嶺田弘)も「南海の太陽児」よりずっと劣る。
この年、正史は「仮面の怪賊」「笑ふ紳士」「鋼鉄仮面王」といった少年物も書いてはいるが、博文館在籍時には出来の良いジュヴナイルをまだ生み出せていない。

 
 
 

 「黒薔薇荘の秘密」(昭和24年)     「謎の五十銭銀貨」(昭和25年)

 「悪魔の画像」(昭和27年)       「あかずの間」(昭和32年)

いずれも戦後発表の短篇。
「あかずの間」だけは『姿なき怪人』に『奇妙な味の菜館(アンソロジー)』と、
過去に収録されていた本がいずれも角川文庫ばかりだったから、
テキスト改悪の懸念が無い出版社の本に入ったのは意外にも初めて。


 

 

 
   「少年探偵長」 海野十三

これはあくまでも海野十三の長篇であって、ボーナス・トラック的なイレギュラー収録。
横溝正史と同じく肺結核の持病を抱えていた海野十三だったが、昭和24年に入ると自分でも薄々迫りつつある死期に気付いているような素振りを見せるほど体調は良くなかったらしく、執筆は旺盛ながらも外出は一切控え摂生していた。折しも親しい仲の正史が前年岡山から東京に戻り、海野の住む三軒茶屋とはそれほど遠くない成城に居を構えていたし、
たまたま調子が良かったのか安静の禁を破って海野は514日に横溝邸を訪問したのだが、
これがまずかった。


その三日後の5月17日、自宅で突然の大喀血を起こし気管を詰まらせて窒息、
不幸にも海野は51歳の若さで急死してしまう。
そんな痛ましい経緯があったからこそ、自分とて病身かつ多忙だったにもかかわらず、
正史は連載途中だった「少年探偵長」が完結するまでの残りの執筆を引き受けたに違いない。
それと、この作品がモロSF調ではなく少年探偵活躍譚だったのもあるだろうけれど。




前段にて述べたような事情があり、決して海野も正史も責められないのを前提とした上で、
誰も指摘してこなかった本作の疵瑕を今回は見直してみたい。
いくら子供向けに荒唐無稽であっても、小説として看過できない箇所というのはある。




【 注意 !!
海野十三「少年探偵長」を未読ゆえ、絶対ネタバレされたくないとおっしゃる方は、
ここから下は、くれぐれもお読み飛ばし下さい。



 

 

 最初は物語全体にさして支障の無いところから。
冒頭にて主人公・春木清少年は〝本来は東京暮らしなのに、
家庭の事情で本作の舞台である関西の港町(おそらく神戸)の伯母さんの家へあずけられ、
牛丸平太郎のいる中学へ転校した〟とある。
だが、その理由は「いずれ後でのべる時があるからここには説明しない」(本書301頁)と書かれながら、最後までフォローされていない。
こんな感じのちょっとした問題点はいくつも見つかる。シンドかったんだな・・・海野。

 

 

 次は中クラスの矛盾ふたつ。
牛丸平太郎少年は敵の頭目・四馬剣尺の手下に誘拐され山塞(アジト)に閉じ込められる。
の山塞へ賊どもはヘリコプターで移動しているので神戸の街からは相当離れた山奥の筈。
そこへ何の伏線も無く突然春木清がたった一人で助けにくるのだが(本書378頁)、
彼はこの山塞の場所をどうやって知り、どうやって地下巣窟まで辿り着けたのか?
これまた後のシーンでの説明が無い。

  

それに監房へ食事を運んでくる唖で聾の五十男・小竹デク公にしても、
やはり囚われの身であった戸倉八十丸老人が春木/牛丸二少年を連れて山塞を脱出する際、
どうやって戸倉老人が小竹を丸め込んで味方にしたのか不明なまま。

 

 

 最後は重大な(?)矛盾。これも物語の始めの方のエピソードで、
四馬剣尺のアジトに猫女が初めて現れるシーンをじっくり見て頂きたい(本書329頁)。
四馬剣尺は六尺近い巨躯を支那服に包み、頭に被った冠から三重の紗幕を垂らし顔を隠しているので、手下でさえもその正体を知らない謎のベールに包まれた怪人だ。


この場面で四馬剣尺と女賊・猫女は完全に相対し、猫女がメダルを奪い去ろうとするので、
四馬剣尺は部下を引き連れ、逃げる猫女を追おうとしており、決してヨチヨチ歩きではない。
という事はこの時の四馬剣尺は歩くのを見られても構わない〝二人羽織〟状態な筈だから、
猫女と四馬剣尺とは、全く別々の存在でなければならない。
こう書いても未読だとさっぱり伝わらんだろうけど、
要するにここでいう〝二人羽織〟とは例えば、バイオレンスジャック』~鉄の城編における兜甲児とジム・マジンガの姿を連想してもらいたい)


ところが話が進むにつれ、
いつの間にか猫女は〝二人羽織〟の片割れとして確定してしまうため、
序盤におけるこの猫女初登場シーンの矛盾はどうにも解釈できなくなってしまった。

 

 

 

山口直孝は『横溝正史研究6』にて、擬音表記が〝ひらがな〟から〝カタカナ〟へ変わったのを根拠に、横溝正史が「少年探偵長」の代筆を始めたのは連載第七回(「燃えあがる山塞」)からではないかと推測している。念の為、旧い版の『少年探偵長』も用いて何度か読み返してみたが、この推測は間違ってはいないように思えた。
四馬剣尺初登場の章題が「男装の頭目」とされていたり、
連載第五回で四馬剣尺に裏切り行為をした机博士のエックス線装置により頭目の骨格が露顕する場面を見ても、当初、海野が四馬剣尺の正体をどのように考えていたのか、いまいち判断が付かない。

 

 

 

でも敵の首領の正体を〝二人羽織〟にするアイディアはメチャクチャ優れているし、
海野の探偵小説ならばそのバカバカしさも許される。これはもしかして江戸川乱歩「魔術師」の大入道からイメージしたのかもしれない。海野と正史、二人がかりで無理やり完結させたわりにツッコミどころ満載でも意外と読ませてしまうのは、この四馬剣尺というキャラクターあってのことだと思う。もう少しだけ海野が元気でいてくれて一人で本作を書き上げるか、あるいは青鷺幽鬼みたいに最初から海野十三&横溝正史の共作で完成させていたなら、かかる矛盾点を正史が補正してくれたかもなあ、と楽しい妄想が頭の中を駆け巡ったりもした。




(銀) 巻末資料ページに「横溝問答」なんていう、
「カー問答」を真似た日下三蔵の雑文が入っている。
本人も認めているとおり、これが書かれた90年代にはまだ判明していなかった事も多く、
今読むと新しい読者に間違った情報を与えてしまいそうだから、
こういうものを載せる必要などなかった。そんな適切な判断ができず、
せっかく本編は楽しめるのに、やみくもに何でも追加収録してしまうのが日下の思慮の無さ
なんにせよ〈横溝正史ミステリ短篇コレクション〉〈由利・三津木探偵小説集成〉、そして
〈横溝正史少年小説コレクション〉と、あまり高くなり過ぎない価格で発売してくれた柏書房は褒めてもいい。


 


2020年12月4日金曜日

『深夜の市長』海野十三

2016年11月22日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2016年11月発売



★★★★  政治小説ではないが、
             今読んでほしい「深夜の市長」




昭和の終わりに出た三一書房版『海野十三全集』はテキストが語句改変されて不満のあるものだった。例えば「深夜の市長」冒頭は本来〝ラジオの気象通報は、満洲にあった高気圧が東行して〟とあるべきで、昭和22年鷺ノ宮書房版までは正しい表記なのを確認しているが、海野が亡くなった昭和24年より後に刊行された『深夜の市長』においては、海野以外の第三者が〝満洲〟〝中国〟へ変えてしまっている本がある。

 

 

私の手持ちの本だと平成9年の講談社文庫コレクション「大衆文学館」シリーズ『深夜の市長』が改変版になっており、元通りのテキストに戻らないものかと思っていたら、本書ではキチンと昭和11年春秋社版初刊本を底本にしていたので良かった。二ヶ月前に出た『蠅男』は〝初刊本に近いテキスト〟などという中途半端な姿勢で失望したが書影まで紹介しておきながら初刊本を調達できなかったのか?)、今回はOK

 

 

この長篇の舞台・T市というのは間違いなく東京だが、まだ都になる前の話。ちなみに解説で編者は「深夜の市長」をノン・シリーズ扱いとしているけれど、帆村荘六ものの準レギュラー・雁金検事は出てくるので海野作品の中では同一世界での物語となるのだろう。久生十蘭の「魔都」と並ぶ戦前最後のモダン都市東京ストーリー、二作とも『新青年』連載時の挿絵は吉田貫三郎。

 

 

市会のドン・動坂三郎はT市長を死に追い込み、更に主人公・浅間信十郎をも社会的に抹殺せんとする。謎の老人〝深夜の市長〟とは何者か?東京都政の腐敗に揺れている平成28年、奇しくも良いタイミングでこの長篇が復刊されたものだ。

 

 

他に十短篇を併録。

「空中楼閣の話」「仲々死なぬ彼奴」「人喰円鋸」「キド効果」「風」

「指紋」「吸殻」「雪山殺人譜」「幽霊消却法」「夜毎の恐怖」

 

小品というべきものばかりだが殆どがレア。「幽霊消却法」では敗戦で一度は死を決意するも再び筆をとった海野が「壁の中へ塗りこめちまいましょう。エドガワ先生が、よくお使いになる手よ」と戦前のような感じで笑わせてくれる。剽軽なものが多いので、二種の夫の幻影に殺意を抱いた妻を描く「夜毎の恐怖」やスプラッター・ホラー「人喰円鋸」でさえ、どこかしらユーモラスに見えてしまうのが不思議。




(銀) 『獏鸚』『火葬国風景』『蠅男』と違ってレアな作品も含みつつ、また底本のセレクトも手抜きをしていないので☆5つ。



海野が亡くなって六年後、ポプラ社が企画した子供向けのシリーズ「日本名探偵文庫」全25巻の中に『深夜の市長』も組み込まれた。ところがその内容は主人公を帆村荘六に改変したジュヴナイルとしてリライトされており、既に海野はこの世の人ではないのだから、これが第三者の手による仕事なのは明らか。



「日本名探偵文庫」では海野の他にも、故人の作品で大人ものを子供向けに書き換えたものとして甲賀三郎の『姿なき怪盗』及び『黒い天使』(オリジナルは「乳のない女」)がある。江戸川乱歩の場合、氷川瓏、武田武彦らに子供向けリライトをさせていた事は周知の事実だが、海野と甲賀の場合は誰がリライトしたか判明していないので、何かムズムズしてしょうがない。戦前、三上於菟吉の少年少女小説を博文館の編集者が代作していた例とてあるし、「日本名探偵文庫」だって実はポプラ社の編集者が書いてました、みたいな好ましからぬオチも絶対に無いとは言い切れない。




2020年12月3日木曜日

『火葬国風景』海野十三

2015年9月15日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

創元推理文庫 日下三蔵(編)
2015年9月発売



★★★★  ベリー・ベスト・オブ・海野十三 その2




行して出た『獏鸚』と本書は探偵小説/海野十三の熱心なファンならきっと所有している筈のちくま文庫『三人の双生児』を二冊に分けて少し増補しただけで、さしたるボーナス収録も無く解説までほぼ流用していてガッカリ。



三人様の告白話から浮かび上がる戦闘機事故 → ×××× を ×わせて復讐する展開の「恐ろしき通夜」、蠅をテーマとする異なる7つのエピソードをメドレーにした着想が素晴らしい「蠅」、青年の好色な覗き・フェティシズムから最後のたった二行で変態度を引き上げる「階段」、いずれも今の時代に読んで少しも古びていない。グロテスクで息苦しい素材も〝柳に風〟な筆が程良いバランスに中和してくれるのが肝。「三人の双生児」は戦前の(昭和16年刊)春陽堂文庫収録時には(伏字でなく)6頁も切取削除を食らうほど猟奇の匂いを発しながら、泣ける要素も持ち合わせた出来栄え。 

 

▲収録作:

「電気風呂の怪死事件」「階段」「恐ろしき通夜」「蠅」「顔」

「不思議なる空間断層」「火葬国風景」「十八時の音楽浴」「盲光線事件」

「生きている腸」「三人の双生児」/エッセイ「【三人の双生児】の故郷に帰る」

 

数多い少年物にも別の魅力があるが、昭和6~13年初期型海野はズバ抜けて猥雑で面白い。参考までに、徳島県立文学書道館が刊行している「ことのは文庫」(平成19年刊)/『三人の双生児』『十八時の音楽浴』は今回の創元推理文庫二冊と収録作が少ししかダブってなく価格も安いのでお薦め。在庫さえあれば書道館の通販でも買える。

 

ことのは文庫 収録作:

 

〇『三人の双生児』

「三人の双生児」「【三人の双生児】の故郷に帰る」「くろがね天狗」「夜泣き鉄骨」「爬虫館事件」「骸骨館」「透明猫」

 

○『十八時の音楽浴』

「十八時の音楽浴」「電気看板の神経」「空気男」「洪水大陸を呑む」「特許多腕人間方式」「俘囚」「生きている腸」「ある宇宙塵の秘密」

 

解説/山下博之   各420

 

 

論創ミステリ叢書では今以て、海野単独名義の巻は刊行されていない。海野の専門家達/長山 靖生・會津信吾・瀬名堯彦・海野十三の会による三一書房版全集未収録作を多数収めた単行本が欲しい。(ヨコジュンもいてくれたら・・・)




(銀) 池田憲章周辺で制作・リリースすると耳にしていた『海野十三読本』の企画はいったい何処へ消えてしまったんだ?「新八犬伝」の研究本といい、こちらがすごく読みたいと思う本を「出すぞ!」みたいに聞いていたのに、どれも実現せず口先だけに終わってしまった。もっとも平成9年に同人出版で出された『名探偵 帆村荘六読本』という(これは池田の仕事ではない)、実にマニアックなファンブックは先行していたのだが。