2020年9月24日木曜日

『薫大将と匂の宮』岡田鯱彦

2020年3月22日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿                

創元推理文庫
2020年3月発売



★★   また「薫大将」のリイシュー?




岡田鯱彦を文庫で出すのは有難いけれど、また「薫大将と匂の宮」とは・・・紫式部・清少納言の時代を舞台にした謎解き探偵長篇なんて他に例がないし、これが彼の代表作と見做されるのは無理からぬことではあるのだが。(「噴火口上の殺人」みたいな非・時代ものの鯱彦作品のほうが私自身は好ましい)


                    


本書354ページにあるように、「薫大将と匂の宮」は別題「源氏物語殺人事件」としての流通も含め過去何度も本になっているので、古書で探す分には困難ではない。1993年には国書刊行会〈探偵クラブ〉の一巻として、2001年には扶桑社文庫からも発売されており、年季の入った探偵小説読者ならどちらも所有しているだろう。

 

 

メインに「薫大将と匂の宮」を置くとしても、
カップリングに目新しいものを収録してくれればフレッシュ感があったのだが、
本書に入っている短篇「艶説清少納言」「〝 六条の御息所 〟誕生」「コイの味」、
エッセイ 2「清少納言と兄人の則光」、それらはどれも扶桑社文庫版に収録。
エッセイ 1「恋人探偵小説」は、これも『岡田鯱彦探偵小説選』に収録。

 

                    


では本書の呼び物となると「薫大将」に初出誌『宝石』掲載時の鈴木朱雀による挿絵が付けられたのと、たった2ページのエッセイ 3「〝 六条の御息所 〟誕生-について」のみ。これじゃあ、なんとも新味に乏しい。「薫大将」を表題作に採ると、どうしたってカップリングも時代ものにされるので、このような編成に陥りがちになる。

 

 

「また薫大将?」と書いたのはそういうことで、例えば時代ものではなく探偵小説にしておけば入手しにくい作品を収録できるし、既に現行本に収録されている作品であってもヴァリアントを採用できるから〝 ビギナーではない従来の読者 〟にも買う価値が生まれる。岡田鯱彦が文庫になる機会なんてめったにないんだから、創元さんにはもう少し熟慮してほしかった。

 

                     


今回の「薫大将」の底本は鯱彦が生前若干の修正を加えた『別冊・幻影城』のテキストを使っているそうで、国書刊行会〈探偵クラブ〉版も同様との事。となると扶桑社文庫はどうだったのか気になるところだが、記載がないので断定できない。たぶんあれもサッと見た感じでは『別冊・幻影城』テキストのような気がするが、細かく調べる気力が湧かず・・・。

 

 

そんな中、国書刊行会〈探偵クラブ〉版に続き本書の編集を手掛けた藤原編集室のネットでの言によると、「創元推理文庫からのオファーで、帰ってきた〈探偵クラブ〉的な企画を進行中」との事なのでこれは待ち遠しい。買った本をネット上にあげるだけで満足している輩ではなくて、じっくり本を読んで楽しんでいる人達の為に、近年の刊行物とは重複の無い内容を期待する。



 

(銀) この創元推理文庫版は巻末解説パートもそれ目的で買いたくなるような内容ではない(解説者は王朝ミステリを書いている森谷明子)。「薫大将と匂の宮」は時代が時代だから科学捜査というワザが使えないし、そこまでロジカルな趣きが徹底している物語でもない。が、紫式部対清少納言というふたりの探偵(?)~ ふたりの女がバチバチに対決する構図は秀逸で、「この作品ならでは」の見どころはある。