ラベル 小酒井不木 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 小酒井不木 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2024年1月22日月曜日

合作探偵小説コレクション⑤『覆面の佳人/吉祥天女の像』

NEW !

春陽堂書店  日下三蔵(編)
2023年12月発売



★★     鬼っ子




この巻は結果的に、横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説が並ぶ構成になった。

 

「吉祥天女の像」 甲賀三郎 → 牧逸馬 → 横溝正史 → 高田義一郎 → 岡田三郎 → 小酒井不木

昭和2年発表。作品名にもなっているアイコン〝吉祥天女の像〟が第一話から早速ストーリーの中に放り込まれ、その像にはどうも人に害を与えそうな何かが備わっているらしい。一話ごとに担当する作家がそのまま実名で登場してくるので、各人のキャラがどれぐらい投影されているのか気に留めながら読むと楽しい。

 

〝吉祥天女の像〟の秘密には甲賀十八番の理化学トリックが隠されているのかな?と期待させてもくれるし、登場人物としての〝甲賀三郎〟が電車の中で気になった令嬢を尾行してゆく導入部からして掴みは悪くないのだけど、そこはそれリレー小説だから全体がガタピシしてしまって、こういう企画になるとアンカーを押し付けられがちな小酒井不木はクロージングに四苦八苦。

 

第一話の甲賀篇で彼らしい滑り出しを見せてくれるぶん、「江川蘭子」「畸形の天女」を全て江戸川乱歩の筆で読みたかったように、これも連作ではなく甲賀三郎単独作品として書いてほしかった、とも一寸思った。

  

 

 

「越中島運転手殺し」 大下宇陀児 → 横溝正史 → 甲賀三郎 → 濱尾四郎

昭和6年発表。本作の二年前、雑誌『朝日』昭和410月号に濱尾四郎の「富士妙子の死」という陪審小説が掲載されている。これは当時の日常に起こりそうな一つの事件を濱尾がお題として提示し、それを読んだ読者はどのような判決を下すのか、編集部が誌上陪審を募集する企画であった。

 

「越中島運転手殺し」の掲載は女性誌『婦人サロン』。こちらは実際の事件を叩き台にした企画なので、「富士妙子の死」の読者陪審募集とは少し異なり、タクシー運転手殺人事件を編集部がお題として提示。読者ではなく大下宇陀児/横溝正史/甲賀三郎がこの事件に関わる三名の男性の行動をアダプトして描写、締めを受け持つのは検事でもあった濱尾四郎。犯罪実話ものの趣きなのでリレー小説のようなデコボコは無い代わりに、それぞれの個性の見せ場も少ない。





対談「探偵作家はアマノジャク・・・探偵小説50年を語る」
山田風太郎/高木彬光/横溝正/横溝孝子

昭和52年発表。本書の中で、私は一番面白かった。
なぜ探偵作家の座談・鼎談・対談ばかりを集めた本を、誰も作らないのだろう?

 

 

 

〈六大都市小説集〉

東京「手紙」(国枝史郎)/大阪「角男」(江戸川乱歩)/京都「都おどりの夜」(渡辺均)/横浜「異人屋往来」(長谷川伸)/名古屋「ういろう」(小酒井不木)/神戸「劉夫人の腕環」(横溝正史)

昭和3年発表。
「手紙」「角男」「劉夫人の腕環」以外のものを読めるのが今回のセールス・ポイント。
「角男」が横溝正史による代作である内情以外、特記すべき事は無い。 

 

「一九三二年」北村小松 → 佐左木俊郎 → 中村正常 → 岩藤雪夫 → 舟橋聖一 → 平林たい子 → 水谷準 → 横溝正史 → ささきふさ → 里村欣三 → 尾崎士郎

昭和7年発表。戦前に発売されていた日記本の中の読み物。
参加しているのは殆ど非探偵作家だし、
一作家あたりの(本書における)分量は1+1/4ページ。
こちらも軽めの紹介で十分だと思う。

 

 

 

 

横溝正史の参加した合作/連作/リレー小説を集めた単行本は一向に出される気運が無かったので、今回まとめて読めるようになったのは良い事だが、タイミングとしてはやや遅きに失した感がある。さて、最後に残った問題だらけの新聞小説「覆面の佳人」(江戸川乱歩/横溝正史、この長篇については前々回/前回の記事を費やしたから、そこで書けなかった事のみ触れておく。

 

 『覆面の佳人-或は「女妖」-』江戸川乱歩/横溝正史

もともと駄作ではあったが、この酷評は春陽文庫の校訂・校正方針に対してのもの  (☜)


「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?① (☜)

「覆面の佳人(=「女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?② 

 


上記のリンクを張っている記事①②では、本書『覆面の佳人/吉祥天女の像』に収録されている「覆面の佳人」のテキスト(Ⓐ)に対して、このBlogにて二年前に行った【春陽文庫版『覆面の佳人ー或は「女妖」ー』、及びその異題同一作品である『九州日報』連載「女妖」との対比に基づく明らかなテキスト異同一覧(Ⓑ)】とのチェックを再度敢行した。

そこで『九州日報』のテキストと一致しない箇所を拾い出したものの、
せっかく春陽文庫版の時には正しく表記されていながら、
本書(Ⓐ)でまた新たに、間違えて校訂・校正されている箇所が発生。
もうこれまでのようにズラズラ書き並べるのはしんどいので、
一例を挙げるとすればコチラ(☟)。

 
本書(Ⓐ)20

このシーンでは蛭田紫影検事と予審判事が一緒に登場しているのだが、〝蛭田検事〟と表記すべきところを〝蛭田判事〟にしてしまっている誤りが数ヶ所あり。

 

 

 

思えば本書は、日下三蔵の都合によって編集から発売までスケジュールが遅延してしまったそうなので、校正担当者:浜田知明と佐藤健太は春陽堂の編集部からタイトな日程を組まれてせっつかれ、十分にテキストを確認する時間をかなり削られてしまったのかもしれない。であれば上段のようなミスが起きるのは気の毒というか同情したくもなる。

 

 

日下三蔵は評論家を名乗りながら評論というものが一切書けない男ゆえ、今回の「覆面の佳人」も岡戸武平/山前譲/浜田知明らが過去に記した推論以上のネタを掴むための調査はしてないだろうし、横溝正史執筆の背景だけでなく内容に至るまで、この長篇がどれだけ混乱を来しているか等、【編者解説】欄で言及することはまず無かろうなと予想してはいたが、現在判明済みの「覆面の佳人」を掲載した新聞のうち『満洲日報』を抜かしてしまっているのは、書誌データにのみ執着する日下にしては手落ちじゃないか。 

 

 

江戸川乱歩サイドと横溝正史サイド、その両方から継子扱いされてきた「覆面の佳人」(=「女妖」)。何度も言うけどストーリーは支離滅裂だし、その成り立ちがどういうものだったかさえハッキリしない鬼っ子のような作品である。今回二度目の単行本になったが、どうやっても本作はこのような煮え切らない復刊になる運命を背負っているのかもしれない。それだけにプロフェッショナルの仕事人/中相作や『新青年』研究会のベテラン・メンバーがファイナル・アンサー~本作の最終形と呼べそうな本を作るべく正面から取り組んでくれればなあと思うが、如何ともしがたいこの作品内容では所詮夢物語かな。

 

 

 

 

(銀) 【合作探偵小説コレクション】の真のヤマ場は、これ以降の第68巻。
果してどうなることやら。
 
 

 

■ 合作/連作/リレー小説 関連記事 ■




























2023年1月20日金曜日

『空中紳士』耽綺社

NEW !

博文館
1929年3月発売



★★★   光文社文庫版乱歩全集「空中紳士」にて
            言葉狩りされていたワードとは?




名古屋を拠点とする小酒井不木を中心に、国枝史郎/土師清二/長谷川伸、そして江戸川乱歩、この五人からなるグループ〝耽綺社〟が雑誌『新青年』へ発表した合作長篇。「飛機睥睨」の名で連載されるも、単行本化する際「空中紳士」に改題。1994年春陽文庫にて再発されるまでは、この作品の単行本は本日紹介する初刊の博文館版しか存在していなかった。普通に考えてみても「空中紳士」のほうが営業的にイケてそうな感じはするが、「飛機睥睨」にしろ「空中紳士」にせよ、何故このタイトルなのか物語の最後に辿り着くまで読者は全く意味が解らない。


 

                     

 


「江川蘭子」などリレー小説というものはなかなか統一感が保てず成功する事は難しい、という記事を去年の元旦にupした。〝耽綺社〟の作品はリレー形式ではなく皆でワイワイ案や筋をひねり出し、代表してひとりが執筆するスタイルを取っている。

「空中紳士」(=「飛機睥睨」)は掲載誌が『新青年』というのもあったからか、執筆は(岩田準一がピンチヒッターとして書いた第三回「物語る博多人形」「阿片窟に現れる獅子」「アトリエの内と外」を除き)江戸川乱歩が担当させられる仕儀に。前年「一寸法師」の失敗でやる気を失くしていたこの時期の乱歩は、なかなか筆を取ろうとしなかった。乱歩を強力に支援する小酒井不木博士にしても、『新青年』編集長として原稿を受け取る側の横溝正史にしても、とにかく乱歩に書かせなければという気持ちで頭はいっぱいだったろう。

 

 

 

しかし冒頭、あの乱歩が書いたとは思えぬグダグダな文章で始まり、話が盛り上がらない。岩田準一が代筆した第三回が好評だったと聞いて乱歩はクサったというが、いくら〝耽綺社〟合作の名義でもこのままではマズイと思ったのか、それ以降は僅かながらも筆に熱が感じられるまでには持ち直す。

でもねえ、乱歩が書こうが不木が書こうが、五人の合作ってのも実際難しかろう。どうしても合作小説を作りたいなら、せめて二人一組でやるしかないんじゃない?とにかく国枝史郎と乱歩はウマが合わないのだし、小酒井-国枝コンビなら揉め事は起きないだろうけれど、やはり合作じゃなくて個々の作品がいいに決まってる。後年、横溝正史が「あれはおよそくだらなかったな」と語ったのも当然の話で。

 

 

                      



後ろ向きな気持ちでの参加ゆえに、江戸川乱歩はプロットの面では殆ど主張をしていないように映るけれども、のちの通俗長篇や少年ものの片鱗がちらちら見え隠れしている箇所が意外に発見できる。果してこれらは乱歩本人から出たアイディアなのか、それとも他の四人のものなのか、是非知りたいところだが、それをジャッジできる材料が無いのが悩ましい。

唯これだけは言えるだろう。1928年における「飛機睥睨」終盤の執筆と、華麗なる乱歩復活作「陰獣」の執筆とは時期が重なっている。ということは〝耽綺社〟の他のメンバーが考えたプロットとはいえ、「飛機睥睨」を(しぶしぶながらも)書き続ける作業は「陰獣」を生み出す為の肩慣らしになったと思えなくもないし、もっと重要なのは、自作の長篇が売れる為には何が必要なのか、漠然と心の中で乱歩は再認識できた可能性もあるんじゃないかと私は考えるのである。

 

 

 

現にそれまで「闇に蠢く」「空気男」「一寸法師」と、長篇で悉く失敗していた乱歩だったが、翌19291月よりスタートさせた「孤島の鬼」では、同性愛を小説に盛り込むにあたり岩田準一の助けもあったとはいえ、初めて長篇で大成功を収めた。おまけに同年夏にはそれまで敬遠していた講談社系の雑誌にて大衆受けを狙った「蜘蛛男」さえもスタートさせている。そんな昭和24年の乱歩の動向を思い起こすと「空中紳士」は内容こそちっとも成功していないとはいえ、乱歩にとっては次のステップへ離陸するための滑走路的な作品になったのかもしれない。

 

 

 


(銀) 光文社文庫版の『乱歩全集』で語句改変されてしまった箇所として知られているのは、第四巻収録「孤島の鬼」における〝皮屋〟というワードである。で、第三巻に収録された「空中紳士」においてもそんな語句改変されたワードがあり、このような何の益も無いテキスト改悪を許さない為にも、ここにメモしておく。

 

 

博文館版『空中紳士』 初刊本(本書)

196ページ9行目

屠牛會社の經營者なら牛殺しぢやありませんか。〟

 

 

光文社文庫版江戸川乱歩全集第三巻『陰獣』収録「空中紳士」

440ページ14行目

精肉会社の経営者なら牛殺しじゃありませんか。〟

 

 

 

はるか昔の日本において、牛馬などの動物を処分する生業(なりわい)というのは下層における被差別民のする事だと見做し〝四つ足〟〝四足〟などと呼んでいた。光文社文庫版乱歩全集での〝皮屋〟〝屠牛〟なる言葉が書き変えられてしまう原因も同じ理由から来ている。この乱歩全集と同時期に出ていた他の光文社文庫では〝気違い〟が言葉狩りされていたのに、乱歩全集第三巻「空中紳士」で連発される〝気違い〟については特に標的にされてはいない。なんでやねん?

あと、春陽文庫版『空中紳士』のテキストについてはスルーする。春陽文庫のテキストの酷さは過去に度々書いてきたし、改めてここに取り上げる価値もないからだ。





2020年12月26日土曜日

『森下雨村小酒井不木/ミステリー・レガシー』

2019年5月16日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

光文社文庫 ミステリー文学資料館(編)
2019年5月発売



★★★★★  「テキストの底本をどこから採ってくるか」問題




ミステリー文学資料館編纂によるシリーズ〈ミステリー・レガシー〉も三冊目。
河出文庫の〈KAWADEノスタルジック 探偵・怪奇・幻想シリーズ〉は最初の森下雨村『白骨の処女』『消えたダイヤ』こそツボを突いたチョイスだったのに、龍頭蛇尾になってしまった。〈ミステリー・レガシー〉も一冊目で楠田匡介「模型人形殺人事件」を収録した時は(作品の出来うんぬんは置いといて)エキサイティングだったけれど、徐々に河出同様、レアものをセレクトするテンションが落ちてきているようで心許ない。 

 

と、従し事はさておき本書の収録作家は江戸川乱歩の先輩にあたるこの二人。
森下雨村と小酒井不木。



小酒井不木は幸いにして古書でも読むのが困難な作品はなく、未知の小説が新発見されたなんて噂も聞かないから、今回収録された珠玉の不健全派変格小説五作のチョイスについては無難の線。まあこんなものだろう。そうなると、擦れた探偵小説読者がわざわざ本書を買うとしたら、テキストの底本はどこから採ってきているか、その点が鍵になる。 
 
 


「按摩」「虚実の証拠」「恋愛曲線」は大正15年刊/春陽堂創作探偵小説集『恋愛曲線』から

短めの長篇「恋魔怪曲」は昭和4年刊/改造社『小酒井不木全集 第四巻』から

「闘争」はなぜか単行本からではなく初出誌『新青年』昭和45月号から

あとエッセイ二篇「科学的研究と探偵小説」が『新青年』、「江戸川氏と私」が『大衆文芸』といずれも底本は初出誌から




底本を初刊本・初出誌と統一してないのはなにか意味が?毎日Twitterをするのに忙しいどこぞの編者と違い、本書担当の山前譲は何か根拠があって上記の底本を選んだのだと良い解釈をしたいところだが。

 

 

もし〝ベスト・オブ・小酒井不木〟な一冊を薦めるとしたら、戦前の古書で旧仮名遣いだし分厚いものになってしまうけれど、竹中英太郎が単行本用に挿絵を数点描き下した『現代大衆文学全集 第七巻 小酒井不木集』は所有する魅力がある。探せば見つかる本なので函入りのなるべく状態のいいやつを1,500円以下の出費で贖ってほしい。


 

                    



さて、本書メインの森下雨村。『新青年』での不木追悼エッセイ「小酒井氏の思い出」も併録。「丹那殺人事件」は、十一年前に発売され今でも流通している『森下雨村探偵小説選 Ⅰ 』に既に収録済みの長篇。雨村なりに謎解きものとして頑張ったのだろうけど、クロフツほどの完成度は望んじゃいけません。本書を通販サイトでオーダーしたあと、核となる長篇がこれだと知って「ああ、買わなきゃよかった」と嘆いたものの実際現物に目を通してみると、この文庫における「丹那殺人事件」のテキストは昭和10年の柳香書院/初刊本が底本に使われていた。
 

 


論創ミステリ叢書は基本的に特記が無い限り初出誌をテキストに使用するのがルール(最近方針が変わっていなければいいが)。であれば、『森下雨村探偵小説選 Ⅰ 』に入っている「丹那殺人事件」のテキストは初出誌『週刊朝日』から採っているはず。本書=光文社文庫と論創ミステリ叢書、二つのテキストを解りやすい例でどう違うか比較してみると、こうなる。


 

○ 本書 183頁  

「大阪へ」の章は、「莫迦に早いじゃありませんか」の会話から始まっている。



● 『森下雨村探偵小説選 Ⅰ 』 368

「莫迦に早いじゃありませんか」の前に、連載当時の『週刊朝日』編集部が書いたものだと思われる「最後の五分 いよいよ犯人の正体が判りかけて来ました。犯人捜しは本号から読まれても判ります」という煽り文が挿入されている。連載時には犯人捜し懸賞募集が行われていたので、文中にこういう箇所が存在する訳だ。


 

○ 本書 220

後は読者諸君の御想像に委しておくがいいだろう___。


● 『森下雨村探偵小説選 Ⅰ 』 399

後は読者諸君の御想像に委しておくとしよう。

 



ということで、今回の文庫版「丹那殺人事件」は『森下雨村探偵小説選 Ⅰ 』とは別テキストだと見做して OK なので、「柳香書院の初刊本を持ってるし、イラネ」などと言うひねくれ者でなければ買って損はなし。ひとまず一見落着。もしも今回の「丹那殺人事件」が論創ミステリ叢書と同一のテキストだったら本書収録作に目新しさがないので★1つにするところだったが、そうではなく一応買う価値はあるので★5つにした。新規読者が増えるといいね。




(銀) はからずもクリスマスに三日続けて森下雨村を取り上げる事となり、同時に〝再発する際に底本にするべきテキスト/するべきでないテキスト〟についても提言してみた。よほど綿密な校訂がなされたものでない限り、その作家が亡くなった後に刊行された書物を底本に使うのはできれば避けてほしいと思う。改造社版『小酒井不木全集』は不木の逝去後、直ちに制作されたからまだいいけれど、作家が亡くなって年月が過ぎ復刊の為に第三者が校訂するとなれば、本来作家が意図したカタチと乖離してしまう部分が出てくるからだ。



雨村の「丹那殺人事件」は終戦後に仙花紙本で一聯社と秀文館から再発されている。勿論その頃雨村はすでに土佐に隠棲していたとはいえ、まだバリバリ健在。万が一、仙花紙本の『丹那殺人事件』が出る時に雨村自ら文章に手を入れるような事をやっていたならば(もしもの話ですよ)そっちのテキストを当文庫にチョイスするのも面白かったろう。



小酒井不木の創作小説はあらかた掘り尽くされている。それゆえ、本書の二年前に出た『小酒井不木探偵小説選 Ⅱ 』は不木も参加した昭和2年の連作物「吉祥天女の像」(甲賀三郎 → 牧逸馬 → 横溝正史 → 高田義一郎 → 岡田三郎 → 小酒井不木)をフル収録する折角のチャンスだったのに。





2020年7月27日月曜日

『子不語の夢/江戸川乱歩小酒井不木往復書簡集』

2010年11月12日 Amaoznカスター・レビューへ投稿

皓星社  浜田雄介(編)
2004年12月発売



★★★★★   乱歩には中相作がいてくれて本当によかった



浜田雄介(編)乱歩蔵びらき委員会(発行)とクレジットされているが、実際市場に売りに出され散逸の危機にあった小酒井不木宛江戸川乱歩書簡に目を付け、本書の刊行にまでこぎ着けたのはwebサイト『名張人外境』の主宰であり超労作『江戸川乱歩 リファレンスブック』全三巻を上梓した才人・中相作。書簡集を作るとしても、そこらの凡愚だったら書簡内容を並べて解説を付けて「ハイ、終わり」となるところだが流石に役者が違う。この本の濃密な情報量はどうだ。村上裕徳による縦横無尽な脚注が乱歩-不木書簡の副音声となって、当時の探偵文壇状況・作家達の人間模様を見事に焙り出している。



作家デビューした時は謙虚だったのに徐々に変化してゆく乱歩。その名声ぶりに噛み付く前田河広一郎。傑作を生み続ける乱歩を唯一脅かす平林初之輔の鋭い批評。小酒井不木の乱歩への深い敬愛ぶりに嫉妬の炎を燃やす国枝史郎。そして不木突然の病死の裏には、後の「真珠郎」を地で行く一人の男の存在があった・・・。

 

 

村上裕徳の脚注を「独善的」と言う声もあったと聞くが愚かな意見だ。大衆文学に通じた確かな書誌知識に基づいている上、中相作を中心として『新青年』研究会員といった手練の者達が細かいチェックを加えている徹底ぶりなのだから。巻末には乱歩/不木随筆・論考・解説・年表・索引。更に凝りに凝った付属CD-ROMでほぼ全ての書簡画像さえ見る事ができる。これこそ書簡集の手本ともいうべき素晴らしい一冊。

 

 

中相作にお願いしたい。噂が出てから15年も過ぎたのに誰も動こうとしない『江戸川乱歩横溝正史書簡集』を是非とも刊行して頂けないだろうか?両雄相並ぶ偉大な探偵小説家なのに、乱歩に大きく遅れをとって正史に踏み込んだ良質な評論書は悲しいほどにない。もし実現したら本書以上の大反響になる筈。『名張人外境』内で少し手を付けたままの『江戸川乱歩年譜集成』と同様、喉から手が出るほど読みたいのである。


 

 

(銀) 皓星社は本書が出た直後、関係者と業界人のコメントを収録した小冊子『「子不語の夢」に捧げる』を非売品として頒布した。

 

 

このBlogはどなたにもリンクをお願いしておらず、ネットという大海に浮かぶちっぽけな小島にすぎない。だが「名張人外境ブログ2.0」にて今野真二『乱歩の日本語』が話題に上がった時、私のBlogを引用してコメント投稿した人がおられたようで、私の『乱歩の日本語』評を読まれた中氏は2020618日におけるこのBlogの項をリンクして下さった。中氏には感謝の意を申し上げると共に、私が三重の名張に足を向けて寝るようなことは絶対無い。





2020年6月18日木曜日

『小酒井不木探偵小説選』小酒井不木

2013年2月24日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第8巻
2004年7月発売



★★★★★  不木には異色の正統派少年探偵もの





不健全派スリラーの異名を持つ小酒井不木博士にもこんな別の顔がある。本書は少年科学探偵・塚原俊夫シリーズ13篇を収め、その内3篇「不思議の煙」「深夜の電話」「現場の写真」が単行本初収録。シリーズ第一作「紅色ダイヤ」の発表が大正13年だから、日本の探偵小説史の中でもかなりアーリー・デイズ。意外にも不木の創作探偵小説ではこれが処女作にあたる。

 

 

少年ものというと怪奇冒険調になりがちなのに、不木のジュヴナイルは論理的解決を目指しているところに価値がある。「玉振時計の秘密」は倒叙スタイル、「紅色ダイヤ」「紫外線」「深夜の電話」は暗号、「頭蓋骨の秘密」は復顔術を扱って大人ものの不木らしさも垣間見せるなど、力の入った内容。

 

 

主人公の塚原俊夫は十二歳なのだが、犯罪知識が異常に詳しかったり、また年相応でない口調になったり、子供なのに名探偵然として大人の依頼者が頼ってきたりと、キャラ設定が too muchなのが悔やまれる。たぶんフリーマン作ソーンダイク博士の少年版にしたつもりだったのだろうけれども、数年後に登場する江戸川乱歩の小林芳雄と比べても万能すぎたのが当時の年少読者に「少年探偵団」ほど喝采を浴びなかった理由ではなかろうか。

 

 

しかし現代の探偵小説好きな大人から見れば読者への挑戦文が所々入っていたり、謎解きの楽しさをキチンと見せようとする不木の姿勢には感服する。「不思議の煙」が海外のある作品と似ているのを当時の読者から指摘され、すぐに中絶してしまったことからも作者の律儀さが現れている(その指摘された元ネタであるローゼンハインの「空中殺人団」までも本書に同時収録されているからスゴイ)。

 

 

この塚原少年ものは早すぎた死の四ヶ月前まで書き続けられた不木唯一のシリーズ作品であり、決して軽視すべきではない。森下雨村と並んで日本探偵小説の父と呼ばれた男の情熱が偲ばれるはずだから。

 

 

 

(銀) 塚原俊夫少年シリーズのうちの数作を収めたものが2013年にパール文庫からも発売されたのだが、そのパール文庫のカバー装幀が内容と全く合っていない蒙昧なアニメ調で、実に不快だった。

 

 

初期の〈論創ミステリ叢書〉の本文テキストは文字がかなり大きく、文字数も今よりずっと少なかった。 不木の作品のほとんどは彼の没後すぐ刊行された改造社版『小酒井不木全集』全十七巻に収められているので、本書のように単行本初収録作がちょっとでも見つかると嬉しかったものだが、ゴツい未発見の不木創作小説はさすがにもう残ってはいないだろうなあ。