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2023年11月17日金曜日

『美女舞踏』三上於菟吉/湯浅篤志(編)

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ヒラヤマ探偵文庫 大正時代の不思議小説パンフレット01
2023年11月発売



★★★   50頁もないパンフレット仕様では寂しい




大正12年元日の『上毛新聞』に発表された「美女舞踏」と大正1310月号の雑誌『世紀』に発表された「獣魂」。二篇とも古雑誌からよく見つけたなと思えるような短篇。前者は病的に蛇を忌み嫌う男が、イタリアからやってきた舞妓(ダンサー)による舞台上のパフォーマンスを見て✕✕してしまう話。後者はドイル「這う人」の翻案。

 

 

どちらも枚数が少ないながら、三上於菟吉の現代小説としては幻惑的なものなので内容には十分満足できる。ただ、かなり薄めな70頁という本の作りに戸惑った前回の森下雨村『二重の影』同様、今回も38頁しかないというのはちょっと寂しいかも。普段のヒラヤマ探偵文庫は二段組みテキストで、この『美女舞踏』はいつものこのレーベルの本よりグッとフォントを大きくしての一段組みだから、余計にボリュームが少なく感じた。

 

 

何故こんな風に薄めのパンフレット形式を選んだのだろう? 想像してみた。


「美女舞踏」「獣魂」と一緒に収録できるような傾向の於菟吉作品が見つからなかったから。 


ユーザーに「もっと本の価格を安くしてほしい」と云われて、その結果ページ数を大幅に減らしたから。もっとも、『写真集 1906年のロンドン風景』はA5438頁の本を3,500円で売ってるぐらいだし、そんな事ってあるかな?

 

「獣魂」は今年の始めにレーベル側が三上於菟吉『血闘』を刊行した時にも、一作単独の小冊子『獣魂』として少部数販売された。今回の『美女舞踏』も前回の『獣魂』よりは買いやすくなっているものの、今のところ限定販売扱いになっている。盛林堂書房が以前出した『勤王捕物 丸を書く女』(大阪圭吉)みたいな売り方をヒラヤマ探偵文庫もやってみたくなったのか?


印刷業社の製本コストが上がっている影響から。

 

 

理由ならば製作者にも一冊ごとにコンセプトがあるだろうし、まだ理解できる。はどうにもいただけない。少部数限定でレア感を煽るようなやり方などヒラヤマ探偵文庫らしくない。でも(湯浅篤志はどうだかわからないが)平山雄一は盛林堂にどっぷりだから、あり得なくもない。は最近よく聞く話。

 

 

もしだったとしたら、そんな要望をレーベル側に申し越したユーザーに言いたい。ヒラヤマ探偵文庫の本は同人出版として買い手に優しい価格設定だし、本の作りを考慮しても、全然高くはないですよ。私の知ってる同人出版本の数なんて、たかが知れているけれども、自分が買うジャンルの本に関して言えば、適正というか常識的な値段で売ってるものが殆どのような気がする。綺想社や東都我刊我書房など、善渡爾宗衛/小野塚力/杉山淳が関わっているレーベルのボッタくり本は論外だが。

 

 

海外ミステリと違って、日本の探偵小説は今後も時々こんな風に薄いパンフレット形式で出すつもり?先ほど述べたとおり、私はこれまでのヒラヤマ探偵文庫の本の価格は抑えめに設定されていると思っているので、今回の『美女舞踏』にしてもここまでスリムにするぐらいなら、なにか中~長篇なり随筆なりをボーナス収録して価格は20003000円程度になってでも、既存の仕様(二段組み/最低でも200頁程度のボリューム)のままの本のほうが望ましい。

 

 

 

(銀) ヒラヤマ探偵文庫は於菟吉の翻訳ものは出すつもりないのかな。面白そうなものがあったら是非。




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2023年1月22日日曜日

『血闘』三上於菟吉

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ヒラヤマ探偵文庫 24
2023年1月発売



★★★    新刊で於菟吉の小説が読める



 三上於菟吉の創作というと、(時代小説もそうなのか詳しくないのだが)当時の現代を舞台にした長篇はどれも、重ぐるしい流れのままエンディングを迎える傾向にある。なんでそういうニヒリスティックな作風に染まっていったのかは想像するより他にないが、彼のキャリア初期は翻訳仕事が多く、自分が手掛けた海外作品からの影響を如実に受けていると思われる。ところがこの「血闘」はいつもの於菟吉長篇と毛色が違い、無難にハッピーエンドで閉幕するのが特徴。月刊誌雄辯』に〝探偵小説〟の角書き付きで連載されていたそうで、普段の彼の芸術性よりも勧善懲悪タッチの大衆性を重んじた内容になっている。

 

 

 

物語の出だしで関東大震災発生。大川商事のトップである老実業家・大川信兵衛は瓦礫の下敷きになって絶命する。それまで忠実な顔をして信兵衛に仕えていた秘書の山口詮一はこれ幸いと、信兵衛の財産を我が物にすべく卑劣な企みを実行に移す。他の於菟吉長篇ならば、このまま山口が悪事を極めたのちに足元を掬われて失脚・・・といった山崎豊子『白い巨塔』の主人公・財前五郎のような rise & fall を描きそうなところ、(本作では早い段階で)行方知れずになっていた信兵衛の子・大川芳一(この人は自分ひとりで悪と戦える力は無い)、そして彼に味方する謎の米国漂流者・細沼冬夫のふたりが中心となって山口の悪行に立ち向かう。

 

 

 

 ヒラヤマ探偵文庫にてよく扱われる大正以前の長篇探偵小説が発表されていた年代は、プロパーな探偵作家でさえ、力作と呼べる長篇をまだ生み出せていない時期でもあり、この「血闘」も「こんなご都合主義でいいのか?」と笑ってしまうような展開もあるのは否定できぬ。まあ『雄辯』も結局は大日本雄辯會講談社の雑誌だし、編集部から「わかりやすい作品にしてくれ」と注文されたのか。(そういえば於菟吉が後年発表した長篇探偵小説「幽霊賊」も講談社の雑誌『キング』での連載だった)

 

 

 

アクションや秘密結社を盛り込んだりするのも別に悪くはないけれど、通常の於菟吉調でもって全編ヘビーなトーンを貫く探偵小説、つまり秘書・山口詮一法学士のピカレスクな面を押し出していたらクールな仕上がりになったんじゃないかなあ。最後には山口の破滅で締めくくるとしても、帝都を崩壊せしめた関東大震災の惨状も絡めて大正期の悪漢小説を書いていれば、きっと後世になって新しい需要をもたらし、震災ノベルとして注目されたろう。でも「血闘」が書かれた大正末期はまだまだ破邪顕正な内容でないと受け入れられなかったんだろうね。私なら本作よりもまず「黒髪」を読むのをオススメするな。

ん~、残念ながら今回の内容に高評価は与えられないけれど、令和になってやっと三上於菟吉の新刊が久々に出された事は非常に喜ばしい。できればちくま文庫とか中公文庫あたりのメジャー畑でも於菟吉の本が出ないかな。


 

 

 

(銀) ちなみに戦前の作品であるこの「血闘」は、戦後になって長篇推理小説『真昼の幻影』と改題して再発されている。三上於菟吉は1944年に亡くなっており、この改題は作者の意図とは全く関与しないところで勝手になされたもの。






2022年9月19日月曜日

書店では売られてこなかった三上於菟吉の研究文献

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三上於菟吉は埼玉県の中葛飾郡桜井村、今でいう春日部の出身。
大正から昭和初期にかけて第一線で活躍した大衆作家にもかかわらず、今では「雪之丞変化」の作者、あるいは長谷川時雨のパートナーぐらいにしか認知されていない。作品群の全体像を知ろうにも手引きとなるリファレンス・ブックがないばかりか、著書さえ二十年以上復刊されていないのが現状。

そんな於菟吉、まんざら探偵小説と無関係という訳でもなく、当Blogでは彼の短篇「嬲られる」を収録したアンソロジー『挿絵叢書 竹中英太郎(三)エロ・グロ・ナンセンス』や、長田幹彦『蒼き死の腕環』の項などで触れている。世間では於菟吉のことを気にする人は誰もいないのかといえば、さにあらず。ヒラヤマ探偵文庫『謎の無線電信』セクストン・ブレイク/森下雨村(訳)の裏表紙には、湯浅篤志が『三上於菟吉探偵小説集』なる本を準備している旨の近刊予告が載っていた。その本が於菟吉久方ぶりの新刊として無事リリースされるよう、今回は三上於菟吉をプッシュ。

 

 

 

え? さっき「三上於菟吉を知る為の手引きとなる本は無いって言ったばかりじゃん」って?いやいや、それは一般商業書籍の話であって、過去には於菟吉の故郷・埼玉県春日部方面から有志たちによる四冊の資料が世に放たれているのだ。


 

 

   『三上於菟吉讀本 生涯編/作品編』 春日部高 文學部/庄和高 地理歴史部 

 


バブル時代の1990年秋に発行されたこの二冊は、奥付に〈庄和高校地理歴史研究部 年報第四~五号〉とクレジットされている。そう、なんと高校の先生と生徒によって作られた本で、素人らしい手作り感があふれてはいるが、ペラペラのプリント用紙をホッチキスでまとめたような簡素なものではなく、ちゃんと印刷業者によって製本された、一冊あたり200ページ前後のしっかりした同人誌なり。

 

 

ただ単純に原稿を書いているだけではなく、於菟吉著書の書影/於菟吉作品の挿絵/当時の関連記事など図版がたくさん転載されていて参考になるし、さすがに30年前のアマチュアの手になるものだからプロの編集技術には及ばないけれど、材料を収集する手掛かりも少なかったろうに、よくここまでの本を作り上げたものだと感心する。情報量だけでいうなら、この二冊を超える三上於菟吉研究文献はいまだ世に出ていない。価格が書いてないところを見ると、図書館や文学館や学校へ配布する目的で作られた非売品らしく、古書として入手するのは大変そうだから、埼玉エリアの図書館蔵書を探して読むほうが早いかもしれない。

 

 

 

   『図録 三上於菟吉と長谷川時雨』 埼玉県庄和町教育委員会 


 











一方こちらは199912月から20001月にかけて、埼玉県春日部市の大凧会館にて開催された企画展「三上於菟吉と長谷川時雨」の販促物。価格は500円。庄和町は現在春日部市の一部として編入されている。30ページ強のいかにも企画展パンフレットといった内容で、庄和町いや春日部市には彼の著書や作品発表雑誌が沢山所蔵されているようだ。

 

 

 

   『生誕一三〇周年記念誌 三上於菟吉再発見』 三上於菟吉顕彰会 













そしてこれが昨年発行された最新の於菟吉研究本。136ページ。頒価1,000円と謳ってはいるが発行部数はあまり多くなさそうなので、在庫があるうちに購入しておきたい。講演録及び9つの論考、於菟吉の随筆「原稿贋札説」そして「雪之丞変化」後日譚にあたる短篇「雪之丞後日」を再録している。

 

 

 


といった具合に、この作家の研究文献は皆無ではなく、春日部の人々がなんとかして三上於菟吉を忘れないよう尽力しているのが泣かせるじゃないの。でも残念ながら於菟吉が探偵小説に関係している部分については①~のどれも抜けがあるのは惜しい。例えば①の『作品編』には多くの於菟吉作品がずらっと紹介されているのだけど、探偵小説として雑誌『キング』に連載された「幽霊賊」は漏れている。この長篇、戦前の初刊は大人ものとして、戦後はジュヴナイル扱いとして単行本化されているが、両方ともレアでなかなか見つからないから仕方ないんだけどね。

 

 

 

その「幽霊賊」が③では「幽霊城」とされていたり、また探偵小説読者の間では江戸川乱歩/直木三十五ら大物作家の翻訳は名義貸しだと認識されている平凡社版「世界探偵小説全集」のドイル/三上於菟吉(訳)『シャーロック・ホームズの帰還』(1929年)『シャーロック・ホームズの記憶』(1930年)も、やはり於菟吉自身の訳ではなく代訳である可能性が大なのだが、③にて堂々と「見事な翻訳」などと書いているのはどんなもんか。もっとも、本当に於菟吉本人がドイルを翻訳したという証拠を掴んだ上で発言しているのであれば、私のほうが詫びなければならないが。

 

 

 

③の冒頭には於菟吉と同じ高校卒業生というので北村薫が「三上於菟吉先輩のこと」という短文を寄せており、その中で長年伝えられてきた某於菟吉作品の粉本がサッカレー「双生児の復讐」だと放言するのは恥ずかしい間違いだと指摘してくれている。①~③の中で、ある程度以上探偵小説に詳しい書き手は北村薫ただひとりだし、少なくとも③全体の監修も北村に頼んでおけば、いくつかのミスも避けられたのに。いずれにしても、そんな探偵小説に関する不備を解消するような三上於菟吉研究本が(できれば一般商業書籍の形で)いつの日か作られるといいけど、力量と熱意を持った適任者が果して存在するかどうか・・・。

 

 

 

(銀) 三上於菟吉の作品で探偵小説の角書きが付いた中長篇と言ったら、上記に挙げた「幽霊賊」以外に「銀座事件」がある。あと探偵小説とはいえないかもしれないが『日本幻想文学大全Ⅲ 日本幻想文学事典』(ちくま文庫)の三上於菟吉の項にて東雅夫が紹介していた「黒髪」、ミステリ専門古書店落穂舎の古書目録『落穂拾い通信』にて巻頭のカラー・ページ上に掲載されていた「美女地獄」など、探偵小説のテイストに近い作品が存在する。湯浅篤志が『三上於菟吉探偵小説集』にどんな作品を収録するつもりなのか楽しみだ。



江戸川乱歩「魔術師」に登場する〝音吉(オトキチ)じいや〟、漢字こそ違えど同じ読みのこのキャラクターのネーミング、乱歩は三上於菟吉から採ったものではないかと私はニラんでいる。