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2024年10月23日水曜日

『のすたるじあ』城昌幸

NEW !

創元推理文庫
2024年10月発売



★★★★  丁寧な本作りと「怪談京土産」の魅力




今回、桃源社版(昭和37年刊)に数篇増補した『みすてりい』、そして牧神社版(昭和51年刊)に数篇増補した『のすたるじあ』、この二冊を藤原編集室が編纂、創元推理文庫が同時発売する件につき、事前新刊情報を目にして感じたことは先日述べたとおり。
(下記のリンクをクリックして参照されたし)

 

『夢と秘密』城昌幸  ★★★★  ダブリが多い城昌幸の短篇集 (☜)

 

当Blogではこれまで城昌幸の記事をいくつかupしており、
桃源社版『みすてりい』は既に紹介済みなので、本日は『のすたるじあ』を軸に話を進めてゆきたい。

 

 

創元推理文庫版『のすたるじあ』収録内容

 

 のすたるじあ

「大いなる者の戯れ」「ユラリゥム」「ラビリンス」「まぼろし」「A Fable

「光彩ある絶望」「燭涙」「エルドラドオ」「美しい復讐」「復活の霊液」

「斬るということ」「蒸発」「哀れ」「郷愁」

解説 星新一

 

 その他の短篇

「今様百物語」「シャンプオオル氏事件の顛末」「東方見聞」「神ぞ知食す」

「死人に口なし」「吸血鬼」「書狂」「他の一人」「面白い話」「三行広告」

「間接殺人」「うら表」「憂愁の人」「夢見る」「怪談京土産」「白夢」

「2+2=0」「はかなさ」

 

日本の探偵小説でも城昌幸や渡辺温など、掌編小説形式を用いた作品が高く評価されている作家はいるが、「ショートショート」という呼び名から真っ先に連想するのはやっぱり星新一かな。高校の時、同じクラスの奴が星の何かの文庫を貸してくれたのだけど、その書名を覚えていないぐらいそっち方面にはとんと疎く、戦後SF系「ショートショート」といったらシュールな世界観/ブラック・ユーモアを頭に思い浮かべる程度の知識しかない私だ。

 

 

本書の中で牧神社版『のすたるじあ』に該当する【  のすたるじあ】のページ数は全体の半分にも満たず、全345頁のうち127頁。冒頭の「大いなる者の戯れ」「ユラリゥム」は筋らしい筋も無く詩的な空想世界の表出。できればどんなに短くとも、物語性を提示してくれたほうが自分にはフィットするね。そういえば昔、知人と交わした雑談の中で〝『のすたるじあ』って城昌幸が亡くなる直前に出した本だから、入ってるのは晩年の作品なんだろ?〟とその相手が口にした言葉に釣られて、私もそう思い込んでいる部分があった。ところが巻末にある初出データを見てみたら意外にそうでもなく、戦前に発表されたものも多く含まれている。

 

 

「斬るということ」は江戸時代が舞台(タイムスリップではない)。星新一は初刊時の解説にて(本書124127頁)〝城さんの作風のはばの広さを示しており、この名人芸にはただただ感心させられる〟と持ち上げているものの、逆にこれだけ浮いてしまってマイナスな意味での違和感しか残らない。どうも【  のすたるじあ】は都会的だったりスタイリッシュなテイストが控えめな作品が並んでいる印象を受けるし、文庫増補分にあたる【  その他の短篇】に属している作品のほうに良さを感じる。

 

 

【  その他の短篇】には単行本初収録作も含まれ、「今様百物語」「うら表」「夢見る」「白夢」「2+2=0」「はかなさ」がそれにあたる。城昌幸作品にも上段で述べた「ショートショート」の代名詞みたいなシュールな世界観/ブラック・ユーモア的要素は点在しているが、個人的に本書の中で最も惹かれたのは、七頁に亘りひとつの改行も無く文字を連ねながら祇園で出会った舞妓への慕情を描く「怪談京土産」。〝【  のすたるじあ】には都会的/スタイリッシュな味が足りない〟と言いつつ、酒を嗜む壮年男性のウエットなストーリーを推すのもなんか矛盾しているように思われそうだけど、これは好き。

ほんの僅かな枚数の中で、戦時下における舞妓との出会い、国策によって彼女達の仕事が許されなくなってゆく様子、敗戦後の奇妙な再会まで、旅先で出会った若い京おんなへの思慕がコンパクトな流れで綴られているのが素晴らしい。

 

 

この度刊行された文庫版『みすてりい』『のすたるじあ』共に初出一覧データが詳しく記されていて、それぞれの短篇が作者生前のどの単行本に収録されていたかも一目で分かる。『のすたるじあ』の巻末にある夕木春央という人の解説は一読者の思い入れ吐露にすぎないが、長山靖生の『みすてりい』解説はベテランらしい的確な文章だし、城の改稿癖にも言及。今回の文庫二冊で初めて城昌幸に接する方は、何はなくともまず『みすてりい』からどうぞ。

 

 

 
(銀) カバーデザインの面でも『のすたるじあ』より『みすてりい』のほうが断然出来は上。創元推理文庫は四年前『菖蒲狂い~若さま侍捕物手帖ミステリ傑作選』を出しているとはいえ、果して「若さま侍」の固定客が本書のような城のショートショートに興味を持つだろうか?またその反対に、ショートショート探偵小説を好む人達は「若さま侍」を手に取ってくれるかな?私の見立てでは、この二つの客層は殆ど分離しているような気がする。

 

 

 

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2024年9月7日土曜日

『夢と秘密』城昌幸

NEW !

日正書房
1947年2月発売



★★★★    ダブリが多い城昌幸の短篇集




城昌幸の短篇集は、同じ作品があっちの本にもこっちの本にも入っている重複収録が多い。平成以降にリリースされた書籍で、「若さま侍捕物手帖」などの時代小説やジュヴナイル『ハダカ島探検』を除くと彼の探偵小説関連本は次の三冊があり、そこに収められている作品を書き並べてみた。複数の本に亘り収録が重複しているものは色文字で示している。

 

 

ↇ 『怪奇製造人』(国書刊行会 〈探偵クラブ〉 平成5


「脱走人に絡る話」「怪奇製造人」「その暴風雨」「シャンプオオル氏事件の顛末」

「都会の神秘」「神ぞ知食す」「殺人淫楽」「夜の街」「ヂャマイカ氏の実験」

「吸血鬼」「光彩ある絶望」「死人の手紙」「人花」「不思議」「復活の霊液」

「面白い話」「猟奇商人」「幻想唐艸」「まぼろし」「スタイリスト」「道化役」

「その夜」「その家」「絶壁」「猟銃「波の音」「ママゴト」「古い長持」

「異教の夜」「大いなる者の戯れ」

 

 

ↇ 『死人に口なし』(春陽文庫 〈探偵CLUB〉) 平成7


「死人に口なし」「燭涙」「復活の霊液」「人花」「もう一つの裏路」「三行広告」

「大いなる者の戯れ」「間接殺人」「操仕立因果仇討」「想像」「見知らぬ人」

「二人の写真」「その暴風雨」「怪奇の創造」「都会の神秘」「神ぞ知食す」

「夜の街」「切札」「殺人淫楽」「ジャマイカ氏の実験」「シャンプオール氏事件の顛末」

「秘密を売られる人々」「七夜譚」「東方見聞」「薄暮」「妄想の囚虜」「鑑定料」

「宝石」「月光」「晶杯」

 

 

ↇ 『城昌幸集 みすてりい』(ちくま文庫 〈怪奇探偵小説傑作選4〉) 平成13


第一部  みすてりい

「艶隠者」「その夜」「ママゴト」「古い長持」「根の無い話」「波の音」「猟銃」

「その家」「道化役」「スタイリスト」「幻想唐艸」「絶壁」「花結び」「猟奇商人」

白い糸杉」「殺人婬楽」「その暴風雨」「怪奇製造人」「都会の神秘」「夜の街」

「死人の手紙」模型」「老衰」「人花」「不思議」「ヂャマイカ氏の実験」

不可知論」「中有の世界」

第二部  

「脱走人に絡る話」「シャンプオオル氏事件の顛末」「秘密を売られる人々」

「妄想の囚虜」「宝石」「月光」「晶杯」「七夜譚」「神ぞ知食す」「此の二人」

「罪せられざる罪」「吸血鬼」良心」「宝石匣」「恋の眼」「宝物」

「七人目の異邦人」「面白い話」「夢見る」「ハムレット」「宿命」「もう一つの裏」

「桃源」「影の路」「分身」「実在」

 

 

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さて、当Blogでは過去に何回か城昌幸について記事にしている。
その際、彼が生前に発表した短篇集の中から、特に理由も無く私が選んだ二冊がこちら。
書名をクリックすると別ウィンドウで立ち上がります。
(『婦人警官捕物帖』は趣きが異なるので今回の対象から除外)




 

リンク先の記事を踏まえ、本日の主題となる昭和22年の単行本『夢と秘密』に入っている作品も見て頂く。この色文字の短篇は、上記『怪奇製造人』もしくは『みすてりい』のどちらかに収録されている。

 

ↇ 『夢と秘密』(日正書房) 昭和22年


「寶物」「面白い話」「最後の夢」「七人目の異邦人」「東方見聞」「その二人」「鑑定料」

「寶石」「月光」「神ぞ知食す」「夜の街」「晶杯」「祕密を賣られる人々」「七夜譚」




色文字になっていない短篇も、その殆どは冒頭に挙げた国書刊行会版『怪奇製造人』/春陽文庫版『死人に口なし』/ちくま文庫版『城昌幸集 みすてりい』のいずれかで読むことができる。『夢と秘密』所収「その二人」と、ちくま文庫版『城昌幸集 みすてりい』所収「此の二人」はタイトルが似ていてまぎらわしいが、これらは別の作品だ。

 

 

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城の探偵小説短篇も数に限りがあるとはいえ、こうしてみると無駄にダブリが多い。別に「一作たりとも重複させるな」とか、そんな無茶は言わないけれど、10月に創元推理文庫から発売されるという城昌幸・短篇集二冊(藤原編集室・編)の内容が、またも桃源社版『みすてりい』+α、牧神社版『のすたるじあ』+αと聞いて、どうにも私は首を傾げてしまう。

 

 

確かに桃源社版『みすてりい』は城自ら気に入った短篇をセレクトした、傑作選の名にふさわしい本だけど、あれはちくま文庫版『城昌幸集 みすてりい』にそっくりそのまま再録されていた訳でしょ?ただでさえ重複が多いのに、また桃源社版『みすてりい』をベースとした新刊を出すって、商売として上手いやり方とは思えないな。

 

 

上段の収録内容比較をよく見てもらいたいのだが、『夢と秘密』に入っている「最後の夢」なんかは、平成以降の本には一度もセレクトされていない。さらに『夢と秘密』と同じ昭和22年に刊行された単行本『美貌術師』(立誠社)所収の九短篇「美貌術師」「自殺倶楽部」「運命を搬ぶ者」「大いなる幻影」「妖しい戀」「夢の女」「影の運命」「嘘の眞實」「おまん様の家」に至っては、本日の記事にて紹介しているどの城昌幸の本にも入っていない。酷い出来で読むに値しないというならともかく、なぜ新刊で読めるようにならないのか理解に苦しむ。

 

 

こういうのって読む側の利益を無視した、編者間/出版社間での不毛な縄張り争いでもあるのかねえ。あるいは東京創元社が藤原編集室に「その作家の代表作をゼッタイ押さえておかなきゃ、昭和前期の日本探偵作家の本は出さしてやらないよ」とか言ってプレッシャー掛けているとか。いつもおんなじ作品ばかりでなく、色々なものを読めるようになったほうが、ユーザーは喜ぶと思うのだが。

 

 

 

(銀) いっそ『大坪砂男全集』みたいに、城昌幸の探偵小説短篇を全てコンプリートする本を企画したほうが良かったかも。多く見積もっても、文庫四冊分あれば十分網羅できるだろ。でも今、紙のコストが高くなっているから、きっと東京創元社のお偉いさんが「城昌幸ひとりに四冊も出せるか!」とガミガミ怒って却下するだろうけど。

 

 
 

 

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2023年10月30日月曜日

『怪奇製造人』城昌幸

NEW !

岩谷書店
1951年11月発売



★★★★    ナインチンゲールって何?




ショートショート集のすべての収録作に細かく言及していると煩雑だから、一篇ずつ私の好みを高評価な順に記号(〇>△>▲でマーキングしてみた。作品によっては一言コメントあり。

 

 

「その暴風雨」 

「怪奇製造人」 

上の二篇は単行本に入る頻度が高く、代表作と言ってよかろう。

都會祕」 

「神ぞ知食す」 

「夜の街」 

 

 

「妄想の囚虜」 

「寶 石」 

「月 光」 

この作品、殺し方が洒落てて好きなんだけど気になる点があって。登場人物が語るセリフの中で「ナイチンゲール」という言葉が計五回出てくるのだが、本書の場合二回目までが「ナイチンゲール」、三~五回目は「ナイチンゲール」になっている。参考までにちくま文庫/怪奇探偵小説傑作選4『城昌幸集 みすてりい』では一回目~四回目までが「ナイチンゲール」で五回目のみ「ナイチンゲール」と表記。どういう事よ?

本来「ナイチンゲール」とは作者自身が意図した表現なのか?それとも誤植?
もし「ナイチンゲール」表記が間違いでないのなら、どのパターンが正解なのか、私の読解力では突き止めきれん。

「晶 杯」 

「シヤンプオオル氏事件の顚末」 

この作品の舞台が外地ではなく内地だったらではなくにするかもしれない。

 

 

「死人の手紙」 

「模 型」 

「老 衰」 

「吸 血 鬼」 

「當世巷談」 

 

 

「罪せられざる罪」 

「戀の眼」 

「燭 涙」 

「復活の靈液」 

「人 花」 

 

 

「光彩ある絶望」 

〝不幸の手紙〟って今でもある?私は一度も受け取ったことがないけれど。

「都會の怪異」 

「五 月 闇」 

「不 思 議」 

「ヂヤマイカ氏の實驗」 

探偵小説には時折コメディみたいな発想が生まれる。シュールといえば聞こえはいいが、この作品なんかもお笑い番組ぽい馬鹿馬鹿しさが良いのやら悪いのやら。





(銀) ふと思ったのだが、城の時代小説で一番良いものとなると結局「若さま侍」に落ち着いてしまうのかな。「若さま侍」とはまったく異なる路線で、猟奇的なおどろおどろしい時代物の長篇とか埋もれていないだろうか。城に限らず時代小説はそんなに読んでいないから、その辺の知識を私は持ち合わせていない。




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2021年12月1日水曜日

『みすてりい』城昌幸

NEW !

桃源社
1963年12月発売



★★★★★   手に持った時の独特な本の重み





先日は凝った装幀の本にスポットライトを当てるべく先進社/世界怪談叢書『怪談 獨逸篇』を取り上げたが、今日は城昌幸のこの本をピックアップ。城と言えば城左門名義による戦前の詩集からして、第一書房・三笠書房・版画荘あたりの瀟洒な本作りをする出版社を起用していた書物のスタイリスト。本書は彼の作家人生後期を代表する一冊である。





現代の函入りハードカバー本では感じられないずっしりとした重みがあり、函・堅表紙・帯だけでなく見開きから紙面上の文字に至るまで、全ての色合いが微妙なバランスの水色で統一されている。

                                      

昭和38年の本ゆえテキストは現代仮名遣い。2000年以降は例えば藍峯舎の本に見られるような意図的に旧仮名テキストで制作された新刊もあったりするのだが、そんな戦前風の得も言われぬ洒落た雰囲気を醸し出す目的で、わざと旧仮名遣いにするという考えは、昭和~平成前半ではまだ、一歩間違えれば単なるアナクロで時代錯誤な表現に受け取られる惧れがあったり、また植字の作業も面倒だったりで、それを実行しようとする人はほぼ居なかったのではないか。そういう世の中の傾向さえなければ、本書は旧仮名遣いで出されてもおかしくはなかった。                                     

 

 

 

収録作品はいわゆる怪奇幻想ショートショート、戦前の作から戦後の作まで混在している。
僅かに例外こそあれ、殆どの短篇において登場人物たちはハッキリした苗字/名前を持たされていない。城の神秘の世界の中で、名前なんていうものは無用の長物でしかないのだ。

 

「艶隠者」「その夜」「ママゴト」「古い長持」「根の無い話」「波の音」

「猟銃」「その家」「道化役」「スタイリスト」「幻想唐艸」「絶壁」「花結び」

「猟奇商人」「白い糸杉」「殺人婬楽」「その暴風雨」「怪奇製造人」

「都会の神秘」「夜の街」「死人の手紙」「模型」「老衰」「人花」「不思議」

「ヂャマイカ氏の実験」「不可知論」「中有の世界」

 

跋(江戸川乱歩)

あとがき

 

 

(銀) この『みすてりい』という本の当時の定価は八〇〇円。本書の巻末には「桃源叢書」と題された、桃源社刊行物の中で高額な豪華本にあたるアイテムが紹介されている(澁澤龍彦『黒魔術の手帖』『毒薬の手帖』『世界悪女物語』、大場正史/訳『千夜一夜の世界』『好色文学入門』)。これらの定価もやはり八五〇円 ~ 一,〇〇〇円といったところ。

 

 

桃源社が出していたその頃の新刊では、江戸川乱歩が昭和36年に出した自伝『探偵小説四十年』は定価が一,三〇〇円もする。参考までに、桃源社から同時期刊行されていた大乱歩・生前最後の『江戸川乱歩全集』(ソフトカバー仕様)一冊あたりの定価が二六〇円。それと比べて、城の『みすてりい』の定価は約三倍強、『探偵小説四十年』の定価は五倍。贅沢な本は一部のセレブリティーだけに許された特権なり。


 


2021年6月25日金曜日

『婦人警官捕物帖』城昌幸

NEW !

春陽文庫
1952年7月発売



★★★  これでも昔は男性をムラムラさせる小説だった?



作家・城昌幸には捕物帖の顔、詩人の顔、探偵小説の顔がある。城の探偵小説は幻想的な短篇群の一部のみが再発され、「金紅樹の秘密」「死者の殺人」といった長篇は話題に上る事もない。特にあまり知られていないこの「婦人警官捕物帖」という作品は城のキャリアの中でも一際忘れ去られてしまった、いつもの彼の探偵小説とは肌合いがかなり異なる軽めの読み物。

 

 

「黑い手帳」「女性の冒險」「奇妙な戀」「誘惑」

「色ッぽい女」「不良少女」「底無し沼」

「戀の命」「指紋の謎」「大きな幸福」

(テキストは二段組/旧仮名遣い)

 

 

本書は10のエピソードから構成され、基本的には一話完結だが全体を通して連続性が持たされている。いわば戦前の木々高太郎「風水渙」みたいなものだと思って頂ければよい。若い婦人警官の久子はコンビを組む照江と共に新橋あたりの省線(今のJR)に暗躍する満員電車の掏摸を検挙するのが日々の仕事。彼女の父は警察部長まで勤めた人だったが数年前にこの世を去り、家族は母と弟の三人暮らし。そこにもう一名遠い親類に当たり、父が昔面倒を見ていて今は警部補にまで出世したナイスガイの小野寺(独身)も同居している。

 

 

「婦人警官捕物帖」の初出誌は何なのか不勉強で私は知らないけれども、物語の中で〝焼け跡〟について頻繁に言及されているし、本書前半のエピソードでは省線と言っていたのに途中から国電と呼び方が変わっているので、この作品は1949年頃書かれたのではないだろうか?

婦人警官だとバレないよう久子は若干派手めのファッションをしている事が多い。パーマで軽くウェーブを作り脚線美を見せるルックスを作者から「パンパンと間違えられそうだ」と描写されてしまうのだから、東京はまだ敗戦を引きずった横顔を見せている。久子のような女性キャラでも当時は清純キュートな妄想を殿方の読者に抱かせていたのかも。婦人警官ネタは時代がずっと下れば、どのようにでもエロく出来るものだしね。

 

 

初めて読んだ時には最初「またスリかぁ、どうして日本人はこうもスリの探偵小説が好きなのかねえ」と思った。

でも事件は単純なスリばかりでなく、麻薬を密輸入する暴力団にエッチな事をされそうになったり、いたいけな少女をやくざな道へ引きずり込もうとする不良に久子が撃たれそうになったり、夫が外地に行ったまま帰ってこない淋しさから闇屋のチンピラ・ブローカーに弄ばれる女を救おうとしたり、マンネリに陥らぬよう考えながら書いているのはよく解る。「色ッぽい女」のどんでん返しや「戀の命」のちょっとしたトリック(?)も、全体にメリハリが利いて良い効果が出ている。

 


 

(銀) この文庫は古本1,000円で買ったのだが、よく考えると当時はイカモノ小説とでも誤解され売れなかったり処分されてしまったのか、古書市場であまり見かけない。こういうのは何冊も読まされると飽きるので、文庫一冊ならばちょうど適量。城昌幸もそういえば論創ミステリ叢書でスルーされている作家だったな。平成以降に刊行された『怪奇製造人』(探偵クラブ/国書刊行会)と『みすてりい』(怪奇探偵小説傑作選4/ちくま文庫)に収録されていない探偵小説は此の儘ほったらかし?本作とか『美貌術師』とか『ひと夜の情熱』とか、その他モロモロさあ。



数年前に盛林堂書房から城昌幸の未刊ジュヴナイルが出たけれど、これが内容・時代考証ともに完全無視、何も考えていない気持ちの悪い装幀。こういう結果になるからアニオタが探偵小説に関わるのはひたすら御免蒙りたいのだ。