2024年1月16日火曜日

「覆面の佳人(=女妖)」(江戸川乱歩/横溝正史)のテキストは今度こそ信用できるものなのか?➀

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 春陽堂書店が現在刊行している「合作探偵小説コレクション」の第五弾として、『覆面の佳人/吉祥天女の像』が発売された。この本全体についての記事は近日中にupするので少々お待ち頂きたい。

さて当Blogでは以前、春陽文庫版『覆面の佳人或は「女妖」ー』(1997年刊)と、1930年の『九州日報』に連載された異題同一作品「女妖」のテキストを十七回に亘って全編比較し(本日の記事の最下段にある関連記事リンクを見よ)、その結果春陽文庫の校訂が実に胡散臭いものである事を再確認した。この新聞連載小説の作者は江戸川乱歩/横溝正史の合同名義になっているが、江戸川乱歩は殆ど執筆に関わっていないというのが大方の見方であり、私もそのように捉えている。

 

 

 

「覆面の佳人」(=「女妖」)を収録する単行本としては、今回が二冊目。前回と同じ春陽堂の仕事なのだが、今度こそ底本に忠実な校訂は行われたのだろうか?最新の単行本『覆面の佳人/吉祥天女の像』に収録されている「覆面の佳人」(これをⒶと呼ぶ)を手元に置き、このBlogで全十七章それぞれのテキスト比較から拾い出した十七回分の記事による【春陽文庫版『覆面の佳人ー或は「女妖」ー』と『九州日報』連載「女妖」との明らかなテキスト異同一覧】(これをⒷと呼ぶ)とを見比べ、再び試みたチェックの結果をお伝えするのが本日の主題だ。

 

 

 

 「合作探偵小説コレクション」の編者・日下三蔵はの制作に際して、『北海タイムス』連載の「覆面の佳人」/『九州日報』連載の「女妖」/『いはらき』連載の「幽霊別荘」、つまり(『満洲日報』を除く)この長篇が連載された当時の新聞三紙を参照したという。本書の校正担当者は佐藤健太と浜田知明。で、とを比較してみたのだが、流石に二度目の単行本だし、前回の春陽文庫版ほどグチャグチャな校訂・校正ではなかった。だがそれでも私からすれば、気になる箇所はやっぱり点在している。

 

 

 

それらの気になる箇所を、二年前に行った【春陽文庫テキスト/『九州日報』テキスト】比較時のように書き出してみた。前回のテキスト比較一覧で疑問の残る表記としてピックアップしていながら今回触れなかった箇所というのは、私がを読み「これならばOK、問題なし」と見做したものだ。

 

とはいえ私は『九州日報』のコピーしか持っていない。のテキストにて『九州日報』の表記と異なっている箇所が、あのどうしようもない春陽文庫のテキストに準拠したように思える表記であれば当然私は怪しんでしまうのだけど、もしかしての制作担当者は、春陽文庫偶然同じ表記だった『北海タイムス』『いはらき』の記述を採用しているのかもしれない。そんな100 OKと断定しづらいグレーな箇所については下段の比較で色文字を使っているので、春陽文庫テキスト準拠の疑いが全く無い箇所と区別する目安にして頂きたい(旧漢字から新漢字へ、旧仮名遣いから現代仮名遣いへの変更はOKとする)。それぞれの比較箇所にて示しているページはのノンブルを指す。

 

 

 

 ちなみに日下三蔵は今回刊行されたの解説にて、先行した春陽文庫『覆面の佳人ー或は「女妖」ー』における基本ベースの底本は『九州日報』を使用、『九州日報』のマイクロフィルムに欠けていた部分は『北海タイムス』マイクロフィルムで補っていたと述べているが、これをスンナリとは信じられない。

 

春陽文庫版の解説で山前譲はどの新聞を基本ベースの底本にしたか明言してはいないけれども、春陽文庫版の冒頭23頁に見ることのできる連載予告時の江戸川乱歩及び横溝正史の挨拶文は、二人合同での「訳補者の言葉」となっている。「補者の言葉」という小題は昭和4年の初出紙『北海タイムス』にて使われたものだ。

しかし私のBlog記事(☜)をじっくり見て頂きたいのだが、
『九州日報』で連載予告された際の乱歩と正史の挨拶文は二人別々に分かれており、
小題は「訳補者の言葉」ではなく「作者の言葉」に変更。
それゆえ、てっきり私は春陽文庫版は『九州日報』ではなく、『北海タイムス』を基本ベースにテキストを起こしたものだとばかり思っていた。

 

しかも今回刊行された収録「覆面の佳人」は、『北海タイムス』『九州日報』『いはらき』、それにご丁寧に春陽文庫まで照合しつつ本文テキストを決定したと言っているけれど、どの新聞を基本ベースの底本にしたのか不明。つまり、どの新聞をベースの底本にしているかがハッキリしないため、以下のような疑問がウジャウジャ湧いてくるのである。

 

 

 

➊ 「雪中の惨劇」

 

4頁下段/暴れ出しますよ

荒れ出しますよ

前後の文脈から考えると〝暴れ出し〟のほうが正しく感じる。ただ〝暴れ出し〟というのは春陽文庫に見られた表記であり、それをそのまま安易に準拠している疑いも無いとはいえないので、以下こういったものはグレーな扱いとする。

 

 

18頁上段/二十七八歳位の頑丈そうな

二十七歳位の頑丈そうな

『九州日報』テキストでは〝二十七歳位〟になっている。
本当に『北海タイムス』や『いはらき』では〝二十七八歳位〟と書かれているのだろうか?

 

 


➋ 「死人の横顔」

 

35頁上段/春日花子が浮浪人体の男から手渡された手紙の末尾に〝なるせ〟の記名が。

『九州日報』テキストには〝なるせ〟の記名が無い。

 

 

38頁上段/〝あたしを苦しめるため検事になったのです。〟

『九州日報』テキストでは〝あたしを苦しめる検事になつたのです。〟となっている。

『北海タイムス』や『いはらき』にて〝苦しめるため〟と書かれているのならば問題は無いが、もしそうでないのならのほうが文脈にフィットしているだけに、勇み足と勘繰られかねない。

 

 


❸ 「古びたる肖像畫」

 

この章は問題が多い。まず章題。『九州日報』も春陽文庫版もこの章の章題は「古びたる肖像画」となっているのに、での章題はすべて「古びた肖像画」にされてしまっている。どうも〝古びたる〟の〝る〟をすっかり抜かしてしまったとしか思えぬ恥ずかしいミスだ。

 

 

41頁上段/セイヌ河口に面したパリーの裏町

『九州日報』テキストでは〝パリー〟でなく〝巴里〟と表記。もれなく調べてはいないけど、本作の中では〝パリー〟表記で統一しているようだ。

 

 

45頁上段/恰好のいゝ踵(くるぶし)が覗いている。

『九州日報』でも〝踵〟になっているが、
ルビは〝くるぶし〟ではなく、そのままの読みの〝きびす〟。
わざわざ〝くるぶし〟という漢字〝踝〟を使わず、正しく〝踵〟としていながら、
何故ルビは〝くるぶし〟にしたのか意味がわからない。

 

 

この章のタイトルは「古びたる肖像畫」であって、決して「古びたる肖像写真」ではない。確かに本作の作者はこの章にて、綾小路浪子が訪れる木澤由良子の部屋に掛かっていた楕円形の肖像を〝写真〟と書いたり〝肖像畫〟と書いたり、非常に混乱させている。底本の表現は守るべきだが、章題が「古びたる肖像畫」である以上、〝写真〟とされている箇所も〝肖像畫〟に統一してよかったんじゃないかな?

 

 


❹ 「時計の中」

 

76頁上段/船渠へ入っておりました船の修繕も

『九州日報』では〝おりました〟の部分は〝居りました〟と記されている。特に間違いではないけれど、漢字を使ったこの手の古い表現を他の箇所ではそのまま底本どおりに活かしているので、ここでも〝居りました〟とするのが望ましい。こういうミスとは呼べない些細な漢字の開き(また、その逆)はあちこちに見られる。

 

 


❺ 「富豪の秘密」

 

81頁下段/政界要路の大立者

『九州日報』では〝大立者〟ではなく〝立者〟になっている。
〝大立者〟のほうがよく使われる言葉ではあるが、〝立者〟でも十分意味は通じる。
これも『北海タイムス』と『いはらき』が〝大立者〟と表記しているならいいけれど、
そうでないのなら春陽文庫テキストの流用になってしまってよろしくない。

 

 

82頁下段/国大使館附の武官として

『九州日報』では〝國大使館附の武官〟と表記。

 

 

96頁下段/この男の握っている秘密が一度でも曝露したら

『九州日報』では〝この男の握っている秘密が一度曝露したら〟と表記。

 

 

97頁下段/無気味さと混惑を感じた。

困惑〟のタイプミス?

 

 

102頁下段/お名前は白根弁造さまとおっしゃいましたが

ここでの〝確〟は〝たしか〟とルビを振るか、もしくは〝確か〟と表記すべき。

 

 


❻ 「奇怪の曲者」

 

113頁下段/小型のピストルを化粧箱の抽斗から

『九州日報』のとおり短銃〟に〝ピストル〟とルビを振るべきだったのでは?
また本当に〝化粧箱〟でいいのか?『北海タイムス』も『いはらき』も〝化粧臺〟と書いてなかったのだろうか?

 

 

118頁下段/浪子は不安に胸を波打たせながら、遠廻りをしながら

『九州日報』テキストでは〝胸を波打たせながら遠廻りをしながら〟とされている。
句読点は入っていない。

 

 


❼「犯人は?」

 

123頁上段/お前直ぐに会うかい」

『九州日報』では〝お前直(ぢき、とルビあり)に會うかい〟と表記。
『北海タイムス』と『いはらき』では〝直ぐ〟と表記しているのか?
春陽文庫を安易に踏襲してはいないか?

 

 

130頁上段/茂みの中に身を隠した黒ん坊の安公は、

『九州日報』では〝繁み〟と表記。

 

 


❽ 「霧の運河」

 

141頁下段/土左衛門が見つかっちまやア何(ど)うにもならねえからな」

『九州日報』では〝土左衛門が見つかつちまやヤ何(な)にもならねゑからな〟と表記。

 

 

146頁上段/それが霧の中に、鈍く、いっそ物凄く光るのだった。

『九州日報』では〝それが霧の中に、鈍く、それが一層物凄く〟と表記。

 

 


❾ 「古塔の老婆」

 

148頁下段/外国の貴族らしい中年の紳士。それについで、青年貴公子。

『九州日報』では〝外國の貴族らしい紳士。それについで、中年の青年貴公子〟と表記。

話の流れからしては明らかに間違いなのだが、この〝中年の〟の部分は本当に『北海タイムス』と『いはらき』のテキストでもの位置にあったのだろうか?

 

 

149頁上段/シャトワール村へさえ着けば、

『九州日報』では〝シャトワールの村さへ着けば〟と表記。このままで何ら問題は無いのに、のようにイジる必要ある?

 

 

151頁上段/四五でございましょうか」

『九州日報』では〝四五でございませうか〟と表記。
〝丁〟を〝町〟へ変えなくてもいいのでは?

 

 

156頁上段/薄暗い、埃(ほこり)っぽい階段を

『九州日報』では〝垢っぽい〟と表記。
『北海タイムス』もしくは『いはらき』で〝ほこり〟というルビを使っていたのだろうか?

 

 

159頁上段/浪子はそれを見ると急いで駆け寄った。

無惨にも咽喉を絞められたと見えて、

上記の〝浪子は ~ 駆け寄った。〟の部分が『九州日報』には無いのだが、
この部分が無くとも前後の意味は通じる。
春陽文庫の制作時に担当者が上記の部分をでっちあげた訳ではなかろうが、なにせ春陽堂の仕事には怪しい点が多く、私がの制作にて基本ベースとなる底本がどの新聞だったのかを気にするのは、こういった疑問がもぐら叩きのように次々出てくるからなのだ。

 

 

159頁下段/きょろきょろと辺りを見廻していたが

『九州日報』では〝きよときよとと邊を見廻してゐたが〟と表記している。

 

 

166頁上段/さながら墓場から抜け出したようである。

『九州日報』にも春陽文庫にも〝墓場から〟という言葉は存在していない。

 

 

 

 

(銀) ここまで長くなってしまったので、⑩「過去の影」~⑰「剥がれた假面」についての検証は次回の記事でやります。 

 

 

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