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2025年5月26日月曜日

『翹望~橘外男戦前新聞小説集成』橘外男

NEW !

書肆銀月亭  沢田安史(編)
2025年5月発売



★★★★  「尽きせぬ喪失感」と「怨霊の呪い」




「翹望(ぎょうぼう)」。〝物事の実現を強く待ち望む〟という意味だそうな。この知られざる橘外男長篇は日中間の戦闘が激化していた昭和14年、幾つかの地方新聞へ掲載されたまま単行本には纏められず、八十六年の歳月を経て今回ハンディな文庫の形で待望の書籍化。以前私は日本の風土に根差した橘作品を愛でるにあたり、〝線香を焚きながら読みたい〟(☜)なんて呟いたけれど、本作こそまさしく「線香小説(勿論そんな用語は無い)」とでも呼びたいぐらい、極めつけの哀話なのである。




🕯 病床の父が逝去し、二親とも失くした松本美津子・英一姉弟は父の親友・楠瀬浩平の家に引き取られることになり、住み慣れた片田舎大村(長崎)を離れ牛込(東京)へ。その新しい環境は二人に温かく、中でも楠瀬家の次男・利樹の軍人らしいざっくばらんな明るさに英一は兄同然の親しみを覚える。だが寸善尺魔とでも言おうか、奸悪な長男の俊平がいやらしく美津子に付き纏い始め、それをどんなに美津子が嫌がっているか周りは知る由もない。事を荒立てたら楠瀬家の体面を汚してしまう・・・思い悩んだ挙句、美津子は夜逃げさながら英一を連れて大村の実家に帰る。




しかし、それ以上の凶事が姉弟を待っていた。こっそり大村まで追いかけてきた俊平に美津子は凌辱され、英一も元来抱えていた持病が悪化。絶望の果て、美津子は英一ともども夜の海に身を投げる。幸か不幸か、英一だけ奇跡的に助かり、利樹の看病の甲斐もあって彼の身体は少しづつ回復に向かう。死を選んだ美津子がどれだけ自分を慕っていたか、英一から聞かされた利樹は生涯妻を娶らないと誓い、英一と暮す家を逗子に建てるため一旦帰京。

その頃、長年松本家に仕えている藤造爺やが訥々と英一に語り聞かせていたのは、この家を代々呪う怨霊の存在だった・・・。




松本姉弟に降りかかる悲劇だけ見れば、戦前の民情・道徳観を考えるとありがちな題材に過ぎず特段ビザールな隠し味も無さげ。にもかかわらず、背脂ギトギトのラーメン並みに物語の密度は濃い。こういう小説なら当時いくらでもあったはず。それが橘外男の手に掛かると何故ここまで面白くなるのだろう?

加えて「翹望」というタイトルは誰が何を強く待ち望み、どんな意図を込めて作者はこの言葉をチョイスしたのか、ふと考えてしまう。というのも、本書353頁にある連載開始を目前にした「作者の言葉」を読む限り、戦場で斃れた英霊に思いを馳せる・・・そんな内容の予告に受け取れるからだ。




終盤、恋人を奪われた小姓の因縁話がクローズアップされる迄は伏線なんて毛筋ほども無かったところ、いきなり怪談モードに切り替わって戸惑いを覚えたのも事実。ここまでの流れは全部、松本左衛門尉一族を孫子の代まで祟る怨念を描く為の前置き?でもそれだと「翹望」というタイトルにそぐわなくなりはしないか?

思えば、本格的に作家として橘が世に出たのは、この新聞連載の三年前。頭の中の構想を具現化して原稿用紙に落とし込むスキルがまだ未熟だったとしたら、後発の怪奇長篇と異なり「翹望」の終盤がなんとなく竹に木を接いだ印象を与えるのも致し方ないことなのかもしれん。ただ完結時における作者の挨拶「終りに一言」を読むと、煙に巻くような発言してるんだな、これが。




〝「終りに一言」

 此の小説を書いている間に、私は英一といふこの少年も姉や利樹さん達の後を追ふて不帰の客となつたことを知りました。そして利樹さんは既に一年有半の昔、北支の野に壮烈なる戦死を遂げてゐられるのです。これ等の幽魂のためにも私は、この小説だけは何としても完結してしまはなければならぬ或る一つの責務を感じています。

 しかし始めて(ママ)新聞に筆を執つた素人の悲しさ、分量の推測を誤つて到底新聞社との約束の回数位では納まりさうにもありませんから、一先づ前篇のケリの付いたこの辺で筆を措かせて貰ひます。

 許されるならば、近い機会、必ず筆を新たにして、後篇を以て読者諸君に見(まみ)えたいと思ひます。
 杜撰な私の仕事っ振りで御迷惑を掛けました段、読者諸君にも新聞社の方々にも謹んでお詫び申上げます。〟




〝不帰の客となつたことを知りました。〟〝戦死を遂げてゐられるのです。〟とか他人事みたいに言ってるけど、アンタの作り上げたフィクションじゃないの? かくも先の展開をちらつかせておいて、続きを書かずほっぽり出したパターンは「妖花」(☜)も同じ。でもまあ本書解説にて谷口基が述べているように長崎を舞台にした橘作品のうち、死せる者への思慕や喪失感をテーマにした短篇の「幽魂賦」(昭和13年発表)と、似たような舞台設定で怨霊復讐譚として描かれた長篇「山茶花屋敷物語」(昭和26年発表)、この二作の橋渡し的な意味合いを持っているのが「翹望」であるのは確かだ。

本作が担っていた主題は最初から〝喪失感〟だったと考えるのが自然な気がする。ならば、どういう訳で橘外男の脳裡に怨霊ネタが鎌首を擡げてきたのか、この作家の本質を読み解く一つの鍵がそこにありそう。




今回の文庫は「翹望」だけでも大満足なのに、短篇「恋愛異変あり」も併録。強いて言うなら、紙面のスペースいっぱいにテキストを印刷しているため余白が殆ど無く、ノドに近い文章は本を強く開かないと読めない。想像するに、これ以上文字を小さくすれば高齢者中心のユーザーから字が小さいのなんのと文句を言われるし、逆に文字を大きく取ったら取ったで頁数が増すぶん、コストが掛かって価格もアップせざるをえず、それでこうなったんじゃないかな。結果、紙面の見映えはあまりキレイじゃなくなったけど、ほぼ満点に近い★4つ。





(銀) 発行部数がそれほど多くないのか、この本を入手できずお嘆きの方がいらっしゃると耳にした。せっかく珍しい小説を発掘したのだから、読みたいと思っておいでの方になるべく行き渡るよう一考してもらえないだろうか。橘外男クラスなら商業出版でも売れると思うし、どこか良識のある出版社から「翹望」が出ていたら本当は良かったのだけど、諸事情あって同人出版を選択したのかもしれず、本書の増刷でも構わない。買えなかった人のポストを肴に「X」ではしゃいでいる一部のアホを喜ばすため、この本作ったんじゃないですよね沢田さん?






2025年4月14日月曜日

『妖花』橘外男

NEW !

名曲堂
1950年8月発売



★★★★  最終章で殺されていた美女は誰だったのか?





書影の帯を見れば「原名〝長春より引揚げて〟=(妖花ユウゼニカ物語)」とあり、
表紙と背表紙は「妖花」、扉頁は「妖花ユウゼニカ物語・・・・長春より引揚げて」、
標題紙は「妖花 ―原名・長春より引揚げて-」
そして奥付のクレジットは「妖花ユウゼニカ物語」(上の巻)
作者はどれを正式なタイトルにするつもりだったのだろう?

 

 

1940年代の前半、橘外男は満洲に移住、そこで家族を養っていた。戦争が終わり内地に帰国後、当時の体験を虚実綯交ぜにした体(てい)で、『週刊朝日』に連載した作品がコレ。作中、ミスター・タチバナの勤務先は満洲映画協会、いわゆる満映ではなく、〝北映〟と書かれているが、満映の花形スター李香蘭については「香」でなく現地風に「馨」の字を使い、其の儘〝李馨蘭〟と呼んでいる。ま、李馨蘭は物語に出てこないからどっちでもいいのだけど。

 

 

中国人部落跡の廃墟から無惨な死体が発見される。その骸の主は、白系露人組合長として威勢を振るっていたウザン・トリヤスキー。大男ながら彼は立木に針金でがんじがらめに縛られ、刃物か何かで心臓を一突き、しかも額に打ち込まれていたの線路用の太く大きな犬釘だった。同様に胡散臭い満洲浪人・諸岡もまるで晒し者のような殺され方をする。この血腥い殺人事件が発生するに至るまで、長春でビジネスを成功させ美しい二人の娘を持つ露西亞人エカティシァンは寿命が縮むほどの苦悩を強いられていた。

 

 

橘外男に正当派の謎解きを期待する人など、まずおられまい。
もとよりタイトルにBeauty Assassinの名が織り込まれているし、読者がみな序盤早々に感付くのは当然だから、ある程度ネタを明かした上で話を進めるけれど、橘外男=ミスター・タチバナはエカティシァンと懇意な仲になり、彼の身の上に起こる数々の災難話を聞かされてゆくうち、例の陰惨極まる殺人事件へ辿り着く、そんな構造になっている。エカティシァンの災難とは上の娘メルセーニカがトリヤスキーに強姦され、順調だった事業までもトリヤスキーの妨害で立ち行かなくなるというもの。むろん倒叙ではないにせよ、トリヤスキーと諸岡の処刑に向け、一連のくだりがジリジリとねちっこく描かれる。

 

 

この題材、橘外男以外の作家だったら半分、いや、それ以下の分量で書き上げてしまうだろう。本来ならばエカティシァンの怒りと苦しみに絞ってストーリーが進むべきところ、日本軍への(橘外男の個人的な)怒りが全体の構成を歪めてしまいかねないぐらいぶちまけられ、面白くはあるけど諄い。下巻まで書くつもりだったそうだが、この先どのような展開に?最終章でトリヤスキーや諸岡そっくりに殺されていたのは果して誰か解らずじまいに終わってしまうとはいえ、これはこれでアリというか、上巻だけで終わって結果オーライにも思えた。




(銀) 橘外男の「後書」を読むと、フィクションではなく、まるで本当にあったことのような口振り。実際満洲にこれほど鮮やかな殺人をやってのける集団がもしいたら関東軍の悪行どころの騒ぎじゃないよ。このいかがわしさが橘の困ったところでもあり魅力でもある。

 

 

 


2024年4月25日木曜日

『私は前科者である』橘外男

NEW !

新潮社
1955年11月発売



★★★    雌伏の時代




橘外男には自伝的な作品がいくつかある。ところが、それらを付け合わせてみても、必ずどこかしらに矛盾が生じるらしく、「これぞ絶対に正しい!」と言い切れるレベルにまで彼の履歴を確定させるのはかなり難しいみたい。本日の記事を書くにあたり、本書と他の著書を見比べながら一致する部分と異なる部分を洗い出そうかとも思ったけれど、泥沼にハマりそうなので止めた。

 

 

 

公的に流布している橘外男ヒストリーみたいなものはひとまず横に置き、
ここでは本書に沿って彼の青春時代を見てゆくとしよう。
家族の中で一人だけ出来損ないだった十八歳の主人公(=橘外男)を、
昔気質で厳格な陸軍大佐の父親は見放してしまい、
鐡道管理局長の職に就いている(外男にとっての)叔父の住む札幌へと放逐、
そこで監獄にブチ込まれたところから物語は始まる。
(芸者に入れ込んで官金を横領してしまう件については、
ほんの一言二言程度しか触れられていない)

 

 

 

一年ほど〝お勤め〟を課せられたあと、
要視察人扱いながら娑婆に戻った彼(この時点では二十二歳)。
どうにかこうにか、内幸町で瑞西(スイス)人の社長が経営している「外國商館」にもぐり込むものの、〝前科あり〟の身であることが発覚。
それ以降、「淋病専門の薬屋」「傳通院の洋食屋」「待合となんら変わりない割烹旅館」「日雇い労働の土方」「書籍/雑誌・取次會社の返品部」などを転々、人並みの扱いをしてもらえず、社会の底辺を這いずるその惨状ぶりはまるで悲惨小説のよう。

 

 

 

昔を思い出しながら自分自身のことを綴ってゆく作業というのは、想像の産物である小説を創作する以上に頭に血がのぼるのか、話の視点があっち行ったりこっち行ったりしがちだし、なぜか私は『まいど!横山です ― ど根性漫才記』など、横山やすしの自伝を連想した。作家デビューに至るまでの物語だから、明治後期から大正時代なのは確かなんだが、その都度発生する出来事の年度を特定できるほど明らかな手掛かりが逐一記されておらず、その点、曖昧な感じもする。

 

 

 

獄中の顔見知りで、結果的に残虐な殺人を犯してしまう男とはいえ、
共感を抱ける相手に対しては親愛の情を示す。
外國商館・モーリエル商會にて彼のことを色眼鏡で見ずに、
唯一味方になってくれた秘書のクレール嬢、またしかり。
逆に、自分を嵌めたり貶めた者への怒りは消えることがない。

橘外男という人は常に感情表現が白黒ハッキリしているので、
仮面を被り、知らぬ存ぜぬな顔で犯行を続ける探偵小説みたいなものは書けないだろうなあと、つくづく思う。

 

 

 

モーリエル商會の社長と再会、将来の展望がようやく見えてきたところで本書は終わる。若い頃の己の最悪の時代を売りにしたいというより、過去に過ちを犯し行き場を失くしている人達にも何がしかの希望を持ってもらいたい、そんな動機でこの本は書かれているような感想を持った。

 

 

 

(銀) 今日の記事では昭和30年の初刊本を用いているけれど、現在でも平成22年に出た復刊本(インパクト選書3)にて『私は前科者である』は入手可能。ネックなのはその版元がインパクト出版会というマイナーな出版社ゆえ、実店舗にはあまり置いてないだろうし、ネット上でも目立たない点。とかくAmazonに在庫が無いだけでよく調べもせず、「その本は現行では流通していない」などと早合点する人が多くて。






■ 橘外男 関連記事 ■









2023年6月20日火曜日

『陰獸トリステサ』橘外男

NEW !

文潮社
1948年11月発売



★★★★    跛の不具者の苦悩

 

 

トリステサ(悲哀)とは犬の名前。本作は〝人獣同士のまぐわい〟がメイン・テーマだと云われがちである。しかしながら犬畜生のトリステサは自らの意志で、情欲に狂った人間のレイピストのようにドローレス・メツサリイノの身体を貪るのではない。彼は金と名誉に取り憑かれた愚かなるマダムを陥れるべく、ある不穏な人物の手でそういう性質に仕立てられており、ウーマナイザー同然の性的道具にされてしまったこの犬も、また被害者なのだ。この物語の最大のevilは、高慢ちきで人を人とも思っていないドローレス・メツサリイノ夫人だろうな。



主人公のロドリゲス・アレサンドロは少年時代から成人して銀行頭取になるまで常に裕福な環境にありながら、跛の不具者であるがゆえ唯一の理解者だと信じ切っていた友達のフロールにまで実は侮蔑されていた昔のトラウマが付き纏っている。こういうのは現実世界でもよくある事で、子供ってどんなに家が金持ちでも(例えばイジメとか)対人関係で心に傷を負わされると、その悪夢をのちのちずっと引き摺るケースは多い。

 

 

そんなロドリゲスの心の闇というか卑屈さにつけこんで、ドローレスが好き放題やりまくる前半に一息つける場面は皆無、救いがない。だが「青白き裸女群像」でもそうだったように、全てを悟ったロドリゲスが天誅を加えんと反撃に出る後半の展開は前半と対照的で、この強力なコントラストがあるからこそ橘外男作品はどんな気色悪い題材であっても読者を捉えて離さない。ありきたりのハッピーエンドには決してならないのもいいし。

そして「青白き裸女群像」しかり、「陰獣トリステサ」にも同じ方向性で書かれた別の橘作品が存在する。それは過去に取り上げた橘外男の本の中に入っているので、これまでupしてきた彼の関連記事のリンクを張っておくから是非探してみてほしい。



本書にはもう一作、短篇「スカヴアンゲルの一夜」を収録。第二次大戦末期の話で、ノルウェーに侵攻してきたナチスが村の女を輪姦、戦争によって人の心を失った軍人の冷血ぶりを被害者側から描いたもの。

 

 

 

(銀) 〝人獣同士のまぐわい〟・・・文中ではどんなまぐわい方をしているのか具体的な描写は無い。上記でウーマナイザー云々と書いたが、実際トリステサのはドローレスのされているのか、それともトリステサがでドローレスのしているだけなのか、気になるところではある。(あつかましい私でも、さすがにこれは伏字にせざるをえませんな)



思うに「陰獣トリステサ」は〝ケダモノに蹂躙される美女の災厄〟というより、黒岩涙香/江戸川乱歩「白髪鬼」の(いやマリー・コレリ「ヴェンデッタ」の、かな)〝悪女に陥れられた男の怨念〟のほうが、物語の成分の多くを占めている気がする。また単に、ロドリゲスの女の選球眼が悪すぎという見方もできなくもない。


 

 

   橘外男 関連記事 ■
 


『私は呪われている』

★★★★★   忌まわしき少女猟奇小説「双面の舞姫」 (☜)

 


『燃える地平線』

★★★★★   怪人・橘外男の語り口に酔いしれる (☜)

 


『予は如何にして文士となりしか』

★★★★★   探偵作家として括りきれない型破りな個性 (☜)

 


『皇帝溥儀/墓碑銘』

★★★★★   版元から三冊すべて購入すると先着で特典冊子『墓碑銘』が進呈 (☜)

 


『青白き裸女群像』

★★★★★   悪趣味なエログロばかりが本作の売りじゃない (☜)

 


『橘外男日本怪談集 蒲団』

★★★★   線香を焚きながら読みたい (☜)

 


『橘外男海外伝奇集 人を呼ぶ湖』






2023年4月8日土曜日

『橘外男海外伝奇集~人を呼ぶ湖』橘外男

NEW !

中公文庫
2023年3月発売



★★★★   ある意味では笑えるエグさ




今日の記事で橘外男作品に登場する地名というのは、事実であれ、でたらめであれ、全て20世紀前半のものだから、その辺はしっかり踏まえた上で誤解のないよう。

 

 

「令嬢エミーラの日記」

八つ裂きにされた年若い婦人の屍のそばに落ちていた血まみれの日記帳。国境調査隊がそれらを発見したのは、獅子・虎・毒蛇・豹以上に現地の土人達が恐れる類人猿(ゴリラ)の森。舞台となる阿弗利加大陸アンゴラの位置はこちら(以下、地図はクリック拡大して見よ)。



 

 






「鬼畜の作家の告白書」

作家セザレ・ダミアニは四十六歳にして成功こそ収めているけれど、容貌が醜いだけでなく軽度の傴僂。ずっと憧れていた絶世の美女アリシアが夫の死によって独り身になり、苦心の末にダミアニは彼女から結婚の承諾を得る事に成功する。しかし・・・。どう見たって鬼畜はアリシアのほうだろ。舞台となるブエノスアイレスの位置はこちら。



 

 






「聖コルソ島復讐奇譚」

本書の中ではこれが一番好き。もっとも読み終わってイヤ~な後味が残るのも突出して本作なのだが。

 

ヨネス・ヘルマノス教授の娘ヴェルデは語り手である〝私〟の恋人。ヴェルデの兄マリオは女中として雇われている十七歳の少女マルガリタに恋焦がれている。マルガリタの実家がある聖コルソ島はヴェネズエラ人なら誰もが忌み嫌う残忍な民の住む地で、教授はマリオにマルガリタとの仲をスッパリ諦めさせようとしたが・・・。

 

Google Mapで聖コルソ島らしき島は見つからん。作中にはマラカイボ港とハッキリ明記されており、この小島は現在でいうところのマラカイボ湖上にあると思われるけれど・・・。ある程度は真実でも、それ以外は橘外男のでっち上げ?マラカイボの位置はこちら。



 

 






「マトモッソ渓谷」

パラグアイとボリビアが係争する紛糾地帯グランチャコ。その奥地に砂金成金を夢見て足を踏み入れた、アルゼンチンからやってきた青年鉱山技師一行。這う這うの体で彼らが発見した、人の住んでいそうな洞穴。その中で見たものは・・・?マトモッソ渓谷とやらも本当に実在したのか疑わしい。グランチャコ地方の位置はこちら。



 

 







「ムズターグ山」

北緯三十七度から三十八度九分、東経七十七度六分から七十九度にかかる一帯。太古より、人跡未踏のムズターグ山は魔物ウニ・ウスが住むという言い伝えがある。それを無視してやってきた探検隊を襲う謎の影。ネットでムズターグアタ(現代のキルギスの南で、タジキスタンの東)がヒットするから、これは満更ウソでもないみたいだ。ムズターグアタの位置はこちら。



 

 







「殺人鬼と刑事」

むごたらしい犯罪実話的な内容。スウェーデンが舞台だが秘境ものではないし、もう面倒くさいから、これと次は地図省略。

「雪原に旅する男」

こちらも獣人や秘境は描かれておらず、一種哀切を感じさせるようなアラスカの物語。

 

 

「人を呼ぶ湖」

少女小説ながら〝荘厳さ〟さえ漂うストーリー。『池の水ぜんぶ抜く大作戦』みたいな手段で、人は湖底の神秘を暴き立てる。タイトルにあるベルサ湖というのは東チロルのカルニオラ地方にあると書かれているが、これもGoogle Mapでそれらしき湖を見つけられないため作者の法螺っぽい。



 

 








高橋鐵の幻奇小説が「ミステリ珍本全集」に収められた際「もっと下世話なハッタリをかませばよかったのに」と私は感想を述べた。橘外男の場合だとやりすぎの感無きにしも非ずとはいえ、ここまでハッタリをかませられなかったがゆえ高橋鐵は橘に大きく水をあけられてしまった。

 

 

 

(銀) 橘外男のこの手の作品をある程度読み進めていくと、本来エグい筈なのになぜか笑ってしまう。それはあたかもドリフのコントとか戦前だったら高勢実乗の名台詞「アノネおっさん、わしゃかなわんよ!」しかり、来るぞ来るぞと待っていれば必ずキメてくれる芸風にも似て。

 

満点にしなかったのは前回の『橘外男日本怪談集 蒲団』と同じ理由。





2022年10月11日火曜日

『橘外男日本怪談集/蒲団』橘外男

NEW !

中公文庫
2022年7月発売



★★★   線香を焚きながら読みたい




「蒲団」

時は明治。舞台は上州多野郡とあるから今でいう群馬県高崎~藤岡あたりか。町の古着屋が東京で、掘り出し物の上質な四枚一組からなる青海波模様の縮緬蒲団を仕入れてきた。以来その古着屋の景気はどういう訳か下り坂になり、ある大雨の夜、丸髷を結った物凄いほど美しい一人の女が店を訪ねてくる。応対した店の主人の妻によれば、芸妓らしい腰巻(ゆもじ)姿のその女の顔は蠟のように青白く、腰から下が血に染まっていたそうで・・・。

 

昭和12年の傑作。橘外男の頭の中には阿部定事件がモチーフとしてあったのかもしれない。阿部定が逮捕されたのは「蒲団」が雑誌『オール讀物』に掲載される前年のこと。

 

 

 

「棚田裁判長の怪死」

旧藩城代家老の家柄である棚田家の先祖には癇癖が強く残忍な者がおり、家老職の力を振り翳し気にくわない下の身分の人間をたいした理由も無いのに虫ケラ同然に手討ちにしていた。棚田家の裏手にある杉の森や沼の近くにはその昔仕置き場があって、無惨に殺された人達の怨霊が今でもさまよっているから決して近づいてはいけない・・・というのが古老の口癖だった。

 

主人公の前島は数年ぶりに旧知の棚田晃一郎に会うべく九州の棚田家を訪ねる。彼は司法官試験に合格して判事にまで出世、今は名古屋に居るという話であった。それから数年が経ち、前島が海外の医療機関を視察するため西独逸のボンに滞在している時、晃一郎をよく知る判検事の集団と顔見知りになる。彼らの話では晃一郎は三浦襄のペンネームで作曲家としても才能を発揮しているそうなので、ドイツ一のピアニストとして知られる親日家のリーゼンシュトック教授にぜひ晃一郎の曲を弾いてもらおうと頼んでみたのだが、教授は異様な反応を見せる・・・ 。 

 

これも「蒲団」同様、『オール讀物』に発表された短篇。棚田家の所在地は九州大村とあるから長崎か。そういえば「双面の舞姫」にも長崎は出てきてたっけ。

 

 

 

「棺前結婚」

解説で「棚田裁判長の怪死」は〝構成的にやや緊密さを欠くきらいはある〟と評されているが、私はこの「棺前結婚」における杉村青年の描き方のほうが少々気になる。多少病弱である以外は家柄・ルックス・性格すべて非の打ちどころがない娘・頼子を娶らせてもらったのに、彼の母親がろくでもない奴でいたいけな頼子を追い詰め、杉村青年は頼子の苦悩に気付きもせず助けようともしなかったために悲劇が訪れる。悲劇が起こる前の杉村青年は悪い意味の真面目な学問バカで思いやりの欠片さえ見せなかったのが、悲劇の後では随分キャラが変化しているように見え、この作を読むたびに私は「母親も相当アレだけど、この朴念仁の杉村青年が後半こんな風に変貌するのはやや無理がないかなァ」と思ってしまう。

 

 

 

「生不動」

本書収録の他の短篇よりもかなり枚数が少ない作品。北国で起こった火事の物語だが、ここでは死者の〝念〟は描かれてはいない。

 

 

 

「逗子物語」

あの辺りをご存知ない方からすると、逗子は湘南のさわやかなイメージしかないかもしれないが小坪のお化けトンネルが有名だったり(トンネルの上には火葬場がある)、意外にコワイ側面も持ち合わせている土地なのである。逗子~葉山の後方にはこんもりとした山があって、かつてはこの作品みたいな現象が起きても不思議ではなかったに違いない。

 

 

 

「雨傘の女」

これも小品。『ミステリ珍本全集⑥ 私は呪われている』にも収録。

 

 

 

「帰らぬ子」

これはミスター・タチバナが語り手となって進行する橘家(?)の物語。怪談というよりは作者の子煩悩さ全開な、ラストにはほっこりさせられる内容。令和の時代でも山にて遭難する事故は発生しているから、くれぐれも登山にはご注意を。


 

 

 

(銀) この文庫の帯には「日本のポー」とか「現代ホラー界の先駆者」と書かれているが、本書に収められている橘外男怪談作品のルーツはポオのような海外ものではなくて、三遊亭圓朝など日本人ならではの信心深いマインドから来ているような気がする。ホラーって怪談と同義のように扱われているけど、情緒感が全然違うと思うのダ。

 

 

「雨傘の女」以外の、本書における底本は中央書院版『橘外男ワンダーランド』(1)と(6から採られている。今回の作品選定を行ったのは中公文庫編集部みたいで、探偵小説にあまり詳しくない人の仕事だから仕方ないけど、できれば底本は手抜きせずに初出誌から採ってほしい。作品の出来は文句なく満点だけど、その点に関しては★ひとつマイナスで、次回以降の本作りに活かしてもらいたい。

 

 

解説欄にて朝宮運河は〝外男の怪談をもっと読んでみたいという方には、山下武責任編集〈橘外男ワンダーランド〉全六巻がまずはおすすめである。〟と書いているが、この本は古本屋やヤフオク等でホイホイ簡単に買える程よく見かけるものではない。全国の図書館でもどれぐらい所蔵されているのだろう?だから橘外男の新刊は(精査されたテキストで)今後もリリースされなければならないのよ。





2022年4月8日金曜日

『青白き裸女群像』橘外男

NEW !

名曲堂
1950年7月発売



★★★★★   悪趣味なエログロばかりが本作の売りじゃない



                                                   

「青白き裸女群像」には同テーマの別作品「双面の舞姫」「地底の美肉」がある事は、当Blogにおける20201128日の項にて記したとおり。三作のうち一番最初に書かれたこの「青白き裸女群像」は仏蘭西が舞台で、大富豪ジュール・ド・ヴィラン老人が自分の娘を生贄にされた俄かには信じ難い前代未聞の誘拐事件をパリ警視庁へ持ち込み、応対した捜査二課長メイニャール警視に一部始終語るところから物語は始まる。

 

二十二年前ヴィラン一家が南佛オーヴェルニュ高原地方へ旅行した折、美人の誉れ高き令嬢カトリーヌが行方不明になり、ありとあらゆる捜索が行われたが犯人から身代金などの要求も無く、なすすべもないまま時が過ぎていった。ところが昨年の大晦日の夜、突然カトリーヌを名乗る中年の女性がよろよろとヴィラン家に帰ってきた。彼女は肌という肌を黒布で隠しているものの、その眼は膿み爛れ、全身からは烈しい異臭が漂ってきた、と老人は言う。

 

 

                   



本作でいつも取り沙汰されるのは、美女を次々と誘拐して獣のように彼女達を犯し続ける謎の地下宮殿に君臨する首領の猟奇性、そしてその宮殿に住む者達が皆レプラを病んでいるという有り得べからざる設定、この二つである事が多い。

確かにレプラの描写は(現代と違って、昔はまだ治療のメソッドが発達しておらず、不幸な認識が当り前のように存在していたとはいえ)目を覆いたくなる程の陰惨さだ。その上首領が美女の身体も魂も蹂躙するばかりか、✕✕✕✕✕(伏字部分は本を読んで確認して頂きたい)を美女に注射するのだから、なんともはやである。

メイニャール警視はヴィラン老人の話が絵空事だとはとても思えず行動に移ったものの、同僚のライバル/捜査一課長デュアメル警視には馬鹿にされ、これという手掛かりも掴めぬまま事件は迷宮入りするかに思えた。

 

 

 

ところが仏蘭西中を騒がせていた怪盗が逮捕された時の、カトリーヌ嬢誘拐とは全く関係の無い事件調書をたまたまメイニャール警視が読み耽っていたことから形勢は一変。前半があまりにもダークだったぶん、ここから地下宮殿の謎が徐々に暴かれてゆくさまは手に汗握る面白さ。「青白き裸女群像」はこの急転直下のドラマ性があるからこそ、エログロ一辺倒になりそうな〝やりきれなさ〟を免れている。

あと後半は冒険小説みたいなサスペンスがあって、レプラの巣である地下宮殿に古代ヨーロッパの歴史ロマンが隠されているのもいい。〝虚構のフィクション〟をまるで自分が見聞したかの如く語り綴るホラ吹きテクニック、これぞ橘外男の真骨頂。

 

 

                    



重ねていうけどレプラの描写は現代においてはあらぬ誤解を招きやすいし、扱いには十分配慮が必要であろう。だからといって、本作が二度と再発されなくなるような事態になるのはこれまた間違っている。(数年前に河出書房新社が再発して以来、「青白き裸女群像」は現行本の流通が無い)

まごうことなき橘外男の代表作なのだから、古本オタではない人でも手軽に読めるような状況であってほしい。



(銀) レプラという題材をショッキングに扱った小説は他に例が無い訳ではない。それにしたって、どういうつもりで橘外男はここまでグロ風味にしたんだろう。単純にこの人のドス黒い〝クドさ〟から来ているのは否定のしようがないんだけども。



橘外男の著書は古書店では探偵小説として扱われる事が多い。でも本人は自分が探偵作家である意識もないし、他の探偵作家との交流もなさそう。作品だけでなく作者自身そのものが異端児であり、頭の中を覗いてみたい人だ。




2021年10月10日日曜日

『皇帝溥儀/墓碑銘』橘外男

NEW !

幻戯書房 銀河叢書
2021年10月発売




★★★★★   版元から三冊すべて購入すると
            先着で特典冊子『墓碑銘』が進呈



帯には〝満洲残影篇〟とあり、満洲を題材に使った作品を集めている。シリーズ三冊目の本書は少々気になるマイナス・ポイントがあって、橘外男を殆ど知らない人がいきなり手に取って読むにはあまり適さないところがあるかも。だから今回は、記事の後段でふれる特典冊子『墓碑銘』と合わせ技で満点にしたい。

 

 

 本書全体の半分を占拠している長篇「皇帝溥儀」は、実在の人物に対して突拍子もない話を拵えてしまったため読者からクレームが来たらしく、いよいよこれから!という時に中絶させてしまっている。連載時の角書は【問題小説】と題されていた。

 

極東国際軍事裁判に証人として呼ばれた溥儀の「私が満洲の皇帝だったのは全部日本のせいで、自分は何の罪も無い被害者であります」的な、別に間違いではないんだけど「元清朝皇帝として一片のプライドもおたく持っていないんかい?」と茶々を入れたくなるような証言がいきなり冒頭に鎮座。

映画『ラストエンペラー』と似たような演出で、満洲国が崩壊した戦後のシーンから始めるのかなと思って読んでいると、ミスター・タチバナが貿易業で知り合った華僑実業家親子から「是非読め」と勧められたというペナンの新聞に連載された「瓜爾佳の児子」なる世にも奇妙な読物が出てきて、これが皇帝溥儀」本篇となり、ストーリーは二重構造化してゆく。

 

溥儀の侍女だった支那娘が書いたその手記はベルトリッチの映画と何の共通点も無いばかりか、人々が崇めている溥儀は替玉で、いつも黒眼鏡をかけている謎の学者・欽禧こそ本当の溥儀らしい。完成していれば一体どんな結末を迎えたのか・・・隔靴搔痒なところで終わってしまった。


 

 

✹ 「灯は国境の町に消え」は大陸進出の代償として悲惨な目に遭う日本人の哀れな恋の物語。「東條元首相の横顔」は軍人一家・橘家を通して思い出されるA級戦犯東條英機のエピソード。「大僧正と天使」は生臭坊主のようなアンドレーイッチ神父が主人公。一目惚れした清純なロシア娘とねんごろになりたいのだが、借金があってピーピーしている。そんな彼が頼まれたアルバイトは観客の前で本番行為をしなければならぬ見世物だった。笑えるけれどもお下劣極まりない短篇。



✹ 「明けゆく道」は上記四篇と異なり少女雑誌に掲載され、【純情小説】と銘打たれている。元は倖せだった姉妹だが、姉が吹き矢で妹をめくらにしてしまい、その上日本が戦争に負けて、ふたりは零落し流れ者の旅芸人になってしまった。失明ですっかり心がひねくれてしまった妹のため、姉はやってはならない悪事に手を染めてしまう。「大僧正と天使」も多少そんな感じはあったが、この「明けゆく道」は倖せだった頃の姉妹が 生活していた土地が満洲というだけで、それほど満洲の要素を必要としないのがやや弱い。


本書の中で私が最も残念に思ったのは、「橘外男ワンダーランド」全六冊を監修していた山下武の解説「橘外男の満洲物考察」をまたしても再録している点で。これ山下の著書『書斎の憂愁』にも入ってたでしょ? 旧いネタの使い回しをせず今回の解説はオール書き下ろしで行ってもらいたかった。



 『燃える地平線』の記事にも書いたとおり、版元から今回送られてきたゆうパケットには、シリーズ最後となる本書と共に三冊予約購入特典冊子の『墓碑銘』が封入されていた。『皇帝溥儀』収録作と違ってこちらは戦前の作品、かつ満洲を題材にしたものではない。昭和15年『少女の友』に連載された、日本人の出てこない外地冒険長篇小説。アフリカ大陸をコロニーとしか見ていない白人と、現地人の尊厳を守ろうとする白人。少女小説であっても、そのテーマは一年前に書かれた「燃える地平線」に近いものがある。




(銀) よくある探偵小説書籍特典冊子の場合、コピー用紙に印刷してホチキス止めしただけのペラペラ仕様だったりすると「え~っ、製本もせず、この程度のもんなのか」とガッカリする。しかし、今回の特典冊子『墓碑銘』はちゃんと製本され、ボリュームとしてもしっかりした作りだったので、こういうおまけなら手に入れる価値は十二分にある。


ただ今回の企画は、ネット情報を事前に掴んでないと入手できない特典だった。特典を入手できなかった人を「情弱だからお前が悪い」などと見下すのはSNS中毒者の独善。世の中みな仕事があって、本キチガヒな奴らのように暇ではないのだからな。だから以前私は「こういうやり方はあまり好きじゃない」と書いた。何も知らず、発売日に書店で一冊づつ買って揃えていった読者からしたら「そりゃ差別だ!」って思うよね。twitter経由でしか申し込めません」などと云ってる版元のキャンペーンがよくあるけど、twitterなんてやらない読者はあんたらの客じゃないのかと恫喝してやりたくなる。


CDなどの音楽ソフトに付いてくる特典だって、バッジやトートバッグやクリアファイルをもらったところで、こちとらありがたくもなんともない。今回の『墓碑銘』のように、せっかく特典を付けるのならユーザーがもらって嬉しいものにしてもらわないと。



              


2021年9月16日木曜日

『予は如何にして文士となりしか』橘外男

NEW !

幻戯書房 銀河叢書
2021年9月発売



★★★★★   探偵作家として括りきれない型破りな個性




 この作家は猟奇/怪談というジョーカーを持っているからこそ本書に収められているような(決して探偵小説ではなく普通なら手を出しそうにない)作品も読んでおかねば、みたいな考えがどの読者にも共通してあることだろう。今回は橘外男本人の自伝的内容を持った小説が並ぶ。彼のこの手の作品は100%真実ではなく虚構が混じっているのだそう。「ここは真実で、ここはホラで・・・」となんだかんだ精査していったら疲れそうだし、何も考えず無心に読んでゆく。


 

 

 伊香保の宿にて年上の女性に布団の中でチョメチョメされてしまう「春の目覚め」。群馬の高崎と思われる中学の寄宿舎に入れられて、そこの水に全く馴染めぬ十八歳の外男少年が実家へ逃げ帰ってきても軍人一家の長である父親に冷たく追い返され、七つ八つぐらいの女の子を連れた混血児のような若く美しい歌詠みの寡婦に偶然出会う。その母娘の部屋に泊めてもらって外男少年は一体どのような体験をしたのやら。この女も娘がいるのに、若い男見つけてようやるな。

 

 

「若かりし時」では学校を放逐され、親類の叔父がいる札幌の鉄道工場へ行かされた外男少年。とうとうグレてカツアゲまでするようになってしまうが、一人の心優しい芸妓に救われる。

 

 

「懐し金春館時代」以降は不良から更生した後の話。「結婚とは」では〝結婚なんて人生の煉獄だ〟とボヤき「予は如何にして文士となりしか」では大した志も持たず〝魔が射した(ママ)〟とうそぶいて文士の道に踏み込んでゆく。ちなみに本書の帯には「類人猿への異常な執心」と謳ってあるが、いつもの獣人怪奇小説的な展開は全く無く、「人生は六十五歳から」ではゴリラという醜悪な生き物(私が言ってるんじゃなくて作者の意見です)に対し、大いに惹かれて仕方がないからできるものならアフリカ行ってゴリラ言語の研究をしたかった、なんて荒唐無稽な夢を呟いてるだけ。

 

 

【資料編】では、当時の作家達による橘外男へのコメントが載っていたり、本書の各作品を手際よくまとめたような並木行夫の「伝奇読物 小説橘外男」があったり。あと、橘外男既刊一覧(著書目録みたいな刊行リスト)は有難い。できれば著作目録も欲しいなあ。


 

 

 昭和時代の日本には多くのコミック・ソングなるものが輩出された。そこには面白い傾向があって、作り手/歌手があざとく笑いを狙えば狙うほどつまらなくなり、大真面目に制作/パフォーマンスしているのに結果として非常にヘンテコになってしまった曲のほうがむしろずっと可笑しかったりする。

これを小説の世界で例えるなら(私の好まぬ)いわゆるユーモア小説という奴こそ前者、橘外男の書くものは後者で、別に笑わかそうとして本書の収録作みたいなものを書いてる訳ではないのに、既存の探偵作家とは随分かけ離れた〝荒くれ者キャラ〟で独特の大袈裟な〝タチバナ節〟が炸裂するものだから、本書を読んでついつい私は笑ってしまうのだ。その点ユーモア作家の書くものは小手先だけで線が細く、ちっとも面白くない。

 

 

あと本書を読んで気付かされた橘の特徴として、本書の中でもあちらこちらに出てくるけれど、セック・・・いや〝女とムニャムニャしたい〟と臆面もなく連発する盛んなオスの本能がある。これ、彼の小説のテンションを増幅させている重要なホルモンなんだよな。

やっぱりねえ、サザンだって音楽的には稚拙だったかもしれないけれど「女と一発ヤリてえ!」的な内容しか歌っていなかった『Kamakura』以前の初期の頃のほうが、バンドのサザンとしてもシンガー桑田佳祐としても生き生きしてたよ。Youtubeで昔の映像見てると『kamakura』後の桑田はサザンが嫌なの見え見えで、「みんなのうた」でサザンを再結集して『夜のヒットスタジオ』に出てる時の桑田の目は完全に死んでるもんなあ。おっとこりゃ閑話休題。とにかくオスのホルモンが文士・橘外男の魅力を二倍三倍にも高めているのは間違いない。


 

 

(銀) 前回同様本書にも満足したんだけど、この銀河叢書の橘外男全三冊って「単行本未収録作品」ばかり収録するもんだと思ってたら、「若かりし時」は昭和29年に刊行された『現代ユーモア文学全集11 橘外男集』(駿河台書房)に収録されてるじゃん?それで幻戯書房のサイトをよく見ると、「単行本未収録を中心に入手困難な作品を編纂」と書いてあった。近年再発されてなかった作品も採用するって事ね。

 

 

2010年に刊行された『陰獣トリステサ 綺想ロマン傑作選』(【橘外男既刊一覧】304ページ上段を見よ)を河出文庫だと書いてあるけど、この本は文庫じゃないよ。



今日の「女妖」はお休み。