2025年4月9日水曜日
「乱歩あれこれ(伊和新聞連載版)」中相作
2024年1月26日金曜日
『伊賀一筆FMと乱歩誕生』中相作
♚ 時は大正。まだ只の一青年・平井太郎に過ぎなかった江戸川乱歩は同郷のよしみもあって、伊賀にその人ありと知られた政治家・川崎克より一方ならぬ温情を受ける。乱歩は終生その事を感謝し、川崎克を恩人と呼んで敬った。やがてそののち川崎克の息子・川崎秀二が政治家として克の後継者になる訳だが、乱歩を生み中相作を生んだ名張という〝まち〟は昭和29年の町村合併で名張市になったのもあってか、ずっと図書館の無い状況が続いていた。それでも乱歩が身罷った昭和40年代に入ると「やはり図書館は必要なのでは?」という市民の声が強まり、昭和44年に名張市立図書館が開設される。中相作はというと、まだ16歳の学生。
時をほぼ同じくして、ちょうど没後最初の江戸川乱歩全集が講談社にて企画される。社会派ミステリなどというクソつまらんものに靡いていた大衆もようやく目が覚めたのか、乱歩だけでなく戦前日本の探偵小説に回帰する気運が高まりつつあった。そんな中、第一次講談社版乱歩全集の月報(第一回配本分!)執筆者に指名された川崎秀二は、自分にも父・川崎克にもゆかりの深い乱歩をリスペクトし「郷土名張に江戸川乱歩文庫を作って顕彰しようではないか」と提言。そうなると名張市立図書館も知らぬ存ぜぬでいられる筈がなく、乱歩の旧い著書をせっせと古書で買い集め始める。
いま我々が名張の地にて乱歩へのささやかな愛情の発露を見つけたとしても、それは全て中相作がたったひとりコツコツコツコツ賽の河原に種蒔きし、それに共鳴したごくごく僅かな人達の手になるものであって、決して名張市や三重県がコミュニティ単位で成しえた産物だと誤解してはイケマセンヨ。
乱歩そして名張を愛し、義に厚い中氏が二十年以上乱歩関連の情報を無償提供するだけでなく、名張や三重の自治体に問題提起し続けているのはこういった背景があるからなのだ。
♚ 『伊賀一筆FM』に目を向けてみれば、名張や三重を中心とした地方自治、乱歩/ミステリ関連の話題だけでなく芸能から政治まで、この四年間の世相が秋田實直伝のしゃべくり漫才芸によって鮮やかにぶった斬られている(?)。こういう笑いのネタは第三者があれこれ説明してしまってはちっとも面白くないので是非本誌を読んで頂きたいが、中でも〝伊賀市がさっぽろ雪まつりに松尾芭蕉の雪像を設置してもらって、あわよくば伊賀が芭蕉の生誕地であることをPRしようとする案〟をおちょくるくだりで、脱線して昭和の歌謡曲ネタ連発、私なんかリアルタイム世代でも何でもない布施明「霧の摩周湖」のフレーズに、なぜだか大ウケしてしまった。
(銀) 「乱歩じまい」を宣言した中相作。本誌でも最終ページにて「いろいろお世話になりました。ただただお礼を申しあげます。 おしまい」と締め括っている。私からも「長いお勤め、ご苦労様でした」、ではなくて「長い間、多くの事を教えて頂いて本当に有難うございます。」と感謝の言葉を伝えたい。
そうは言うものの『名張人外境』はまだ完全にクローズされた訳ではない。例えば、本誌の中で話題に挙がっている『岩田準一日記』という未刊本がある。これ実は『子不語の夢』の版元・皓星社が00年代前半に出す予定だったそうなのだが、皓星社が放置プレイ状態にしたまま時間だけが過ぎてゆき、今はもう2024年でっせ。
私の大いなる勘違いかもしれないけれど、諸問題さえクリアできれば、岩田準一研究に携わっている森永香代(過去の記事でお名前を〝佳代〟と誤表記してしまい、深くお詫び申し上げます)及び小松史生子チームの援軍となって中氏が『岩田準一日記』の刊行に一枚噛んでくれるんじゃないかと秘かにニラんでいる。そしてその場合、新しい版元は藍峯舎へ移るのではないか?私は『岩田準一日記』を早く読みたい。出す気が無いのなら、絶対妨害すんなよ皓星社。
2023年8月15日火曜日
『江戸川乱歩年譜集成』中相作(編)
朝起きたら、何はなくともまず最初に『名張人外境』(☜)へアクセス、それが私の日課。最近のブログ形態になり更新頻度が低下してしまったけれど過去の『名張人外境』(☜)はなんらかの用事で中相作が家を空けている場合を除き、日々あたかも新聞のように熱っぽく情報発信がされていたものだ。HPのプラットフォーム・カラーが黒ベースだった最初の頃はBBS(今ではノスタルジックな言葉)が盛んな時期で、『名張人外境』のBBS「人外境だより」も常に賑わいを見せていた。おしなべて世界中同じ状態だろうが、長く続いてきたHPであってもBBSはある時期を境にすさまじいスパムの的になってしまって、『名張人外境』も例外ではなく「人外境だより」だけは現在見返すことができないのが寂しい。
既刊の『江戸川乱歩リファレンスブック』三冊(=『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』『江戸川乱歩著書目録』)そして『子不語の夢』『乱歩謎解きクロニクル』と、中相作が手塩にかけた乱歩研究書にはいずれも新鮮な驚きがあった。個人的には例えば『江戸川乱歩執筆年譜』を読んでいて、てっきり乱歩が快調に執筆しているとばかり思っていた「魔術師」後半や「黄金仮面」の中盤以降と、どうにも袋小路に入り込んでいるようにしか見えない「盲獣」の連載が足並み揃えて同時進行していた事実を、誰にでも見やすいフォーマットで示された時のことなど強く印象に残っている。
中相作が現れる前、世間に流布していた島崎博による乱歩年譜(昔の角川文庫の巻末に載っていたアレです)も熟読はしていたつもりだったが、『名張人外境』の提示する執筆年譜は丁寧かつユーザーライクで、何事につけ江戸川乱歩に対し見えていなかったものを見えるようにしてくれる、それこそが人外境主人の仕事の素晴らしさだといっても過言ではない。
『江戸川乱歩リファレンスブック』三番手の『江戸川乱歩著書目録』リリースから二十年の時を経てようやく完成した『江戸川乱歩年譜集成』。人はきっともうひとつの『探偵小説四十年』だと讃えるだろうし、ボリュームからして重厚なので「中相作の最高傑作!」と激賞するに違いない。長年待ち侘び遂に届けられたこの書物をまず一度最後まで読み終えたあと、不思議に今までの中相作の乱歩研究書に感じた衝撃とは異なり、雨の日も風の日もたゆまず更新されてきたいくつもの『名張人外境』のエントリや情報が脳裏によみがえってきて、なんとも言えぬ懐かしさを噛み締めている自分がいることに気がついた。
「あ、このフラグメントはたしかあの時追求されていたな~」とか「いろいろ中氏は逡巡されていたっけ、この一件はこんな風に結論付けたんだ」とか、記憶力の悪い私でも二十年間ずっと見続けてきた『名張人外境』のエントリの数々を意外と覚えているもので。この特別な感覚は毎日じっくり『名張人外境』に接してきた人間特有のものなんだろうけど、二十年の年月が私をそうさせるのか新たな発見を見つけてワクワクする以上に、今日まで『名張人外境』がsurviveしてきたその結晶が『江戸川乱歩年譜集成』なんだなあと、そんな感慨深い思いでいっぱいになる。
とかしんみり語っているが、中相作が編纂した書物を一遍読んだぐらいで理解した気でいるのは甘い甘い。どうせ再読するたびに「あれっ?」と気づかされるネタがその都度浮上してくるのがいつものパターンなんだから。『乱歩文献データブック』『江戸川乱歩執筆年譜』『江戸川乱歩著書目録』の三冊は刊行後アップデートされた内容をネットの『名張人外境』で見ることもできるけれど、『江戸川乱歩年譜集成』だけはフィジカルの本書を読むしか手段がない。本書もやっぱり何度も何度も何度も何度も手に取る長い付き合いになるであろう。
2021年1月1日金曜日
『乱歩謎解きクロニクル』中相作
藍峯舎という小さな出版社が江戸川乱歩もしくは乱歩と繋がりのある作家を対象とした美しい書物を静かに作り続けている。商業ベースに乗る本では決して味わえない造本技術を駆使し、仕上げには中相作の解説を添える贅沢さ。限定発売される本の部数は毎回わずか200~300ほど。
2012~2019年までのあいだに発売された藍峯舎の本、そしてそこに収められている中相作の執筆した解説一覧をご覧頂こう。本書『乱歩謎解きクロニクル』にも再録された解説には❄マークを付す。
■ 2012年
『赤き死の假面』 エドガー・アラン・ポー 著/江戸川亂步 譯
「ポーと乱歩 奇譚の水脈」 中相作 ❄
■ 2013年
『屋根裏の散歩者』 江戸川亂步 著/池田満寿夫 挿畫
「真珠社主人 平井通」 中相作
■ 2014年
『完本 黒蜥蜴』 江戸川亂步/三島由紀夫 著
「乱歩と三島 女賊への恋」 中相作 ❄
■ 2015年
『鬼火 オリジナル完全版』 横溝正史 著/竹中英太郎 挿畫
「〈鬼火〉因縁話」 中相作 ❄
■ 2015年
『江戸川亂步自選短篇集 「幻想と怪奇」』 江戸川亂歩 著/坂東壮一 挿畫
「猟奇の果て 遊戯の終わり」 中相作
■ 2016年
『江戸川亂步 「奇譚」』 翻刻・校訂 中相作
■ 2018年
『完本 陰獣』 江戸川亂步 著/竹中英太郎 挿畫
「江戸川亂步の不思議な犯罪」 中相作
■ 2018年
『ポー奇譚集』 エドガー・アラン・ポー 著/渡邊温・渡邊啓助 譯/坂東壮一 挿畫
「昭和四年のエドガー・ポー」 中相作
■ 2019年
『猫町』 萩原朔太郎 著/林千絵 挿畫
「猫町への散歩者」 中相作
本書刊行以前に書かれた解説のうち『屋根裏の散歩者』収録の「真珠社主人 平井通」は藍峯舎の本でしか読むことができない。だが是非とも読んでみたいとおっしゃる方に朗報。『屋根裏の散歩者』だけは2021年元旦の現在、ごく少部数の在庫をまだ版元が持っておられる。転売サイトや古本屋でボッタクられる前に定価で新品を購入できるので藍峯舎webサイトへ是非どうぞ。
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本書の扇の要は巻頭の「涙香、『新青年』、乱歩」。中相作は折に触れ「それまで無条件に定説として引用されてきた乱歩の自伝ともいうべき大作『探偵小説四十年』は小説以上に問題作だ」と提言してきた。
例えば(特に戦後)、本格至上主義を掲げてきたというのに結局乱歩は歴史に残る本格長篇小説を書く事ができなかった。「陰獣」は中篇程度の量だし、あくどい変格臭もあるので、完全なる本格長篇だと認めない人もいた。そこで著者は乱歩の少年期まで遡り、平井太郎なる人物の資質をクローズアップする。
すると浮かび上がってきたのが「私の探偵小説は〈絵探し〉からはじまる」という乱歩の一言。ある絵をボーッと眺めていると一見その姿はAだが、よくよく覗き込めば全く別の姿Bが隠されている。 ❛騙し絵のからくり❜ こそ乱歩の原点だった___。
ところが〈絵探し〉と〈探偵小説〉は実は似て非なるものであって、いくつもの ❛計算違い❜ が徐々に乱歩の背中を追いかけてくる。遂には己自身の存在に騙し絵のようなトリックを仕込まざるを得なくなり、乱歩はどうしても『探偵小説四十年』を書かねばならなかった。そんな誰も言及する事の無かった乱歩の大秘密に中相作は手を付けてしまったのだ。
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藍峯舎の本に書き下ろされた解説(それはひとつひとつが独立した評論と呼べるものだ)は全く別個の課題に対して書かれた筈なのに、こうして一冊の本に纏まるとメインテーマ「涙香、『新青年』、乱歩」と不思議にリンクしてくる巧妙なマジックさえも楽しませるのが『名張人外境』主人の底力。江戸川乱歩という存在の謎解きを長年腰を据えて進めてきた中相作の筆が冴え渡る快作である。
そういえばいきなり中相作を訪ねてきて「言視舎という出版社をセッティングするから乱歩の本を書け」と言ったのが鷲田小彌太だそうで、それで本書を刊行する事になったとか。『横溝正史研究』で散々醜態を晒した無能な年寄りが上から目線で中相作に指図しているのだから、身の程知らず以外の何物でもない。
(銀) 正月三が日は更新を休んでゆっくりしようと思ったものの、どうせ寒冷前線でコロナ・ウィルスの感染が活発な中、初詣も控えざるをえない2021年の年明けだ。むしろいつもよりBlogを書くのに時間を使えそうだし、Amazonに投稿した探偵小説関連のレビューをここへ救出する作業もあと少しで一段落する。なんとなく通常運転のまま元旦も記事をupする事にした。
元旦の記事には藍峯舎の新刊を取り上げたかったが、昨年は残念ながら新刊の発売はなかった。それならというので、まだ本書の読後の感想を書いていなかったし新年を寿ぐのに相応しい一冊から一年を始めたくて本書を選んだ。
興味深いのは、発売されて二年以上が経つのに(いい加減な☆評価こそ付けられているものの)本書ほどの乱歩研究書へAmazonのレビュー投稿がひとつも無いというのは、真っ当な価値観を持っている人はAmazonへレビューなど一切書かなくなったのを改めて象徴している。
2020年10月3日土曜日
『伊賀一筆/第1号』

作家デビューよりもずっと前、若き日の江戸川乱歩が自分の探偵小説耽読歴を振り返って編んだ(世の中に一部しか存在しない)手製本『奇譚』というものがある。これはかつて一度88年に『奇譚/獏の言葉』(江戸川乱歩推理文庫第59巻)において写真版で収録されたが、原本が肉筆な事もあって中身を解析するにも実に読み難かった。そこで中相作は原文を解読→活字化し脚注まで付けてしまうという実に面倒極まる作業を本誌上でやってのけている。(但し文庫版の『奇譚/獏の言葉』をベースにしているので、原本にある第5部ヴェルヌ・ウェルズ/暗号論/人名索引は載っていない)
そして氏のサイト『名張人外境』の中で長年コツコツと更新されてきた乱歩著書目録の2002年〜2013年分も掲載。本来ならこういう事はいつまでも氏に❛おんぶにだっこ❜とせず、立教大の江戸川乱歩記念大衆文化研究センターが引き継がなければいけないのではないか?
『奇譚』と乱歩関連目録、どちらも根気のいる作業をこなし結果を出す頑強な意思には拍手を送るばかり。余談だが氏が書いたものの中に誤字・脱字を見た記憶が私は殆ど無い。Twitterでキャンキャンほざくしか能のないエセ研究家や評論家には氏の実行力は一生真似できまいて。
世間では『奇譚』と目録の凄さを中心に本誌が喧伝されるであろう。しかし、だ。昔から『名張人外境』を拝読している私からしたら氏が本誌で一番読んでほしいのは、「自分と乱歩との関わり」「郷土・名張とゆかりのある江戸川乱歩という存在を微塵も理解しようとせず、ゴミのような行政しかできない三重県の役所・役人どもへの尽きぬ怒り」を綴りまくった、笑いを交えた漫才・手記スタイルから成るパートの文章だと思うのだ。
もしアナタが乱歩に興味があってwebサイト『名張人外境』をまだ閲覧した事がないのなら是非一度アクセスしてみては?「池袋の自邸土蔵を、生前の乱歩は ❛幻影城❜ と呼んでいました」などと根拠のない嘘っぱちを書いたりするしょーもない乱歩本を買って金を無駄にするよりも、ここの過去のコンテンツを読む方が100倍ためになる。
2014年に出た乱歩本は『「少年探偵団」大研究』とか『江戸川乱歩の迷宮世界』とかお子様ランチなものばかりだったが、藍峯舎から刊行された豪華本『完本
黒蜥蜴』(版元HPのみの販売・限定部数刊行)そして本誌と、知性ある乱歩ファンは中相作が関与しているこの二冊さえ押さえておけば他は必要無い。
(銀) その後、『伊賀一筆』に未掲載だった部分もフォローし、CD-ROMまで付けた決定版『奇譚』が2016年に藍峯舎から限定発売され、即Sold Out。藍峯舎からリリースされる豪華本では毎回中相作が解説を執筆しているが、この藍峯舎決定版『奇譚』では翻刻・校訂も手掛けている。
個人誌『伊賀一筆』は〈創刊 兼 終刊号〉なんていかにも氏らしい諧謔的な一言が添えてあったから「これっきりで終わり?」と思っていた。ところがどっこい、2019年にまたしても濃厚な内容をつめこんだ『伊賀一筆 第2号』が世に放たれ、2020年にはフリーマガジン『伊賀一筆FM』 の創刊準備号と創刊予告号、更に当Blogでも2020年7月10日の記事にて紹介済みの『うつし世の三重 ~ 江戸川乱歩三重県随筆集』を突如刊行、『名張人外境』の読者+乱歩ファンを驚愕せしめたのである。