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2020年12月8日火曜日

『幻島はるかなり』紀田順一郎

2015年2月12日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

松籟社
2015年2月発売



★★★★★   終活的回顧録




紀田順一郎が探偵・幻想・怪奇小説にのめり込むきっかけとは何だったのか? 彼に閉塞感を植え付ける遠因となった祖父を中心とする一家のルーツ紹介から本書は始まる。昭和10年誕生、物心ついた頃に日本は開戦し、紀田は自由な読書を禁じられてしまう。奇しくも東京少年・小林信彦は昭和7年生まれで、ほぼ近い世代。横浜少年たる著者の原体験と比較してみるのも興味深い。





長きに渡る七十余年のクロニクルなので自伝と呼ぶにはざっくりしていて、「ああ、ここはもうちょっと枚数を費やしてほしいなあ」と思うところもあるが、戦後どっぷりはまったミステリ、そして後年、ある意味原点回帰なのではないかと思える幻想・怪奇文学へ傾倒する体験の数々。最初は読者の立場だったのが徐々に評論・紹介をする側へ、更に書物を制作する側へと変わってゆく。大伴昌司と平井呈一、この二名に興味がある人などは to buy。畏友だった大伴になんともあっけなく交流解消されてしまうくだりはやるせないが・・・。

 

 

それから古書蒐集者達の狂った世界に自分は同列に並びたくないという呟きに大いに共感する。本書では山下武の奇矯が描かれているが、古書を小金儲けのネタにしている北原尚彦や森英俊のような古本ゴロと著者の決定的に違う点は、紀田の書く評論・紹介には愛情を感じるし、時に口が悪くともそれはちゃんと本の中身を読んだ上での発言であるのが明瞭に分かること。ところが古本ゴロどもは、しこたま買い込んだ積読本の見苦しい蔵書自慢をしつつ、(綺麗事ばかり言いながら)本心では自分の持っている古書の市場価が上昇するのを喜んでいる賤しさしか感じられない。

 

 

書物話の合間にそっと、もう今では誰も語る人がいなくなってしまった昔の日本人の慣習を書き残しておいた箇所もある。最終章には木々高太郎/佐野英(海野十三夫人)/中島河太郎/鮎川哲也/厚木淳/竹内博らの個別な思い出話。




(銀) 本書の二年後には、より終活的な意味合いを持つ『蔵書一代 なぜ蔵書は増え、そして散逸するのか』を上梓。そして紀田は自身のホームページも閉鎖したようだ。これで〝最後〟と言わず、紀田にはもうひと仕事してもらいたい。


推理・幻想文学とは別の分野で印象的な彼の著書というと『東京の下層社会』がある。
今でもちくま学芸文庫で入手可能なので、若く新しい読者にも是非読まれてほしい。





2020年8月23日日曜日

『乱歩彷徨/なぜ読み継がれるのか』紀田順一郎

2011年11月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

春風社
2011年11月発売



★★★★   「怪人二十面相」謎の休載の裏に2・26事件の影


   


この歳になって紀田順一郎が江戸川乱歩評論を上梓するとは思わなんだ。そして予想以上に充実した内容にちょっと驚き。





『探偵小説四十年』に「負」の情報の隠蔽があるのを喝破したのは中相作だったが、中氏がwebサイト『名張人外境』で長年検証してきた手法が本書に活かされているところもある。例えば『探偵小説四十年』にてスルーされた、矢留節夫が戦後の乱歩を〝ジリ貧〟だと評したコラムに着目。こういう乱歩が自著に残していない情報は得てして乱歩評論から抜け落ちてしまうもの。


ジュヴナイル第一作「怪人二十面相」を初出誌『少年倶楽部』と単行本のテキストとで比較し、連載の進行に伴う乱歩の執筆意識の変化と取巻く当時の黒い世相、そこから意外な盲点を炙り出す。この第二部は本書中、圧巻の面白さだ。


ただ少年探偵ものの嚆矢とされる「怪人二十面相」には、先行して発表された佐川春風(=森下雨村)の「怪盗追撃」(戦前ヴァージョン)によく似た場面がいくつもある。この「怪盗追撃」は古書でもなかなか読めないうらみがあり紀田も気づいていない。「怪人二十面相」、必ずしも全てにおいて革新的とは言えない事実を、今後誰かが新たな評論としてものするのを待ちたい。






そして乱歩戦後最大の敵を松本清張と置く。私など所詮清張ごときは坂口安吾と同様、他のジャンルからミステリ界にたまたま足を踏み入れただけの作家としか思っていないのだけど、清張が「お化け屋敷」と揶揄する探偵小説は二時間ドラマネタの社会派ミステリなんぞよりもしぶとい固定ファンの支持があるからね。おっと、175頁の「偕成社」は「ポプラ社」のミス。

 

 

本書が生まれたとなれば2009年神奈川近代文学館「大乱歩展」の意義も大きかったと喜びたい。必読の乱歩評論が一冊加わった。






(銀) 手応えのある内容だったのでAmazon.co.jpレビュー投稿時には★5つにしたけど、この本の初版は本当に間違いが多かった。それも、『江戸川乱歩語辞典』みたいなゴミ・レベルの本ならともかく、紀田順一郎の著書にこんなミスがあってはいかんだろ。




いちいち細かいこと言いたかないけど、近頃は論創社の本まで平気で誤字だらけだったり、ましてや毎日twitterとヤフオクしかしてなくて単に長年横溝正史にパラサイトしているだけの木魚庵みたいな人間が『金田一耕助語辞典』の制作やNHKの番組に呼ばれるご時世。一体どこまでプロフェッショナルのいない世の中になってゆくんだろうな。




そんなことだからスマホ無しでは生きていけないアタマの悪い連中には「本なんて誤植やミスが数か所あってもフツーでしょ?」みたいな考えがまかり通るんだよ、ったく。少なくとも探偵小説関連の書籍にだけは今以上〈誤植やミスだらけの本〉が増えてほしくないので、本書も厳しく★1つ減点した。紀田順一郎もいよいよ老いてしまったか、春風社の校正担当者が仕事のできない人間だったのか、定かではないけれど。