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2024年11月15日金曜日

『合作探偵小説コレクション⑧悪魔の賭/京都旅行殺人事件』

NEW !

春陽堂書店 日下三蔵(編)
2024年10月発売



★★   あってもなくてもいいもの




二年前に始まった「合作探偵小説コレクション」も今回が最終巻。全八巻における数々の合作・連作・競作を振り返ってみると、一つの傾向が見えてくる。もし戦前の「江川蘭子」(昭和5年/第一巻収録)が成功していれば、目鼻立ちのハッキリした主人公を押し立てて物語を進行させるパターンはそのあと度々繰り返されたかもしれない。だが、そうはならなかった。江戸川乱歩が担当した第一回のインパクトを後続メンバーが理想的にバトンリレーすること儘ならず、「江川蘭子」は尻すぼみに終わってしまう。

 

 

「畸形の天女」(昭和28年/第二巻収録)もまたしかり。「全体のストーリーならまずまず整ってるんじゃないの?」と評価する声があったとはいえ、「江川蘭子」と同じく第一回にて乱歩が提示した女子高生・北野ふみ子の淫靡さを他の作家達が十全に引き出せたとは言い難い。

連作のプロットも様々あるだろうが、一人の強力なキャラクターを軸に物語を拡げてゆく場合、一番手を担当する作家が主人公を魅力ある存在に設定できるかどうかがまず最初の課題になる。だがそれは言い方を変えれば、箸にも棒にも掛からぬ主人公を立ててしまった日には、その時点で全てがおじゃんになってしまう訳だし、一番手の背負い込む責任は小さくない。

更に、いくら一番手の作家が主人公の造形に凝ったところで、回を重ねるたび方向性がどんどんブレてゆくのも事実。「楠田匡介の悪党ぶり」(昭和2年/第六巻収録)だとか「桂井助教授探偵日記」(昭和29年/第七巻収録)のような一話完結型ならそこそこ上手くいくものの、書き手側はメインキャラの個性を売りにする続きものに対して、あまり意欲を喚起されなかったようだ。




最近文庫化された小森収の対談本で誰かが言っていたと思うのだけど、社会派ミステリがつまらない理由のひとつにヒーローが生まれない点が挙げられていた。合作・連作・競作にも同じことが言える。一般の読者に認知してもらえる良作さえ作れないのに、どうやってポピュラーなアイコンが生まれるというのか。オブラートに包まず率直に言えば、そこまで力を注ぐ必要性を作家は感じておらず、個人名義の作品に比べたら合作・連作の如き企画なんて取るに足らないお遊び的な仕事。あってもなくてもいいようなものにすぎない。

 

 

漠然とした印象だと、この手の企画には文学派より本格派の探偵作家のほうが個々の良さを発揮できている気がする。文学派の作家とて、大下宇陀児が楠田匡介と組んで書き下ろした「執念」(昭和27年/第七巻収録)みたいに合格点を与えられるものもなくはないが、総体的に見たら、本格派作家の奮闘が記憶に残る。結局のところ纏まりが良いのは、第四巻に収録された「十三の階段」(昭和29年)はじめ戦後派の面々が頑張った数作(☜)で、あのレベルのクオリティーを備えた作品にはなかなかお目にかかれなかった。
 

 

 



順序が逆になってしまったが、
本書第八巻『悪魔の賭/京都旅行殺人事件』についても触れておこう。

 

 

「鯨」(昭和28年)

島田一男 → 鷲尾三郎 → 岡田鯱彦

 

「魔法と聖書」(昭和29年)

大下宇陀児 → 島田一男 → 岡田鯱彦

 

「狂人館」(昭和30年)

大下宇陀児 → 水谷準 → 島田一男

 

この三作は『狂人館』(東方社)の記事(☜)にて言及しているので、御手数だが左記の色文字をクリックし、そちらを御覧頂きたい。本巻の中でも私はやっぱり「鯨」が好きだな。

 

 

「薔薇と注射針」(昭和29年)

前篇  薔薇と五月祭      木々高太郎

中篇  七人目の訪客              渡辺啓助

後編  ヴィナス誕生              村上信彦

 

前篇を受け持つ木々高太郎がそれなりに状況設定を拵えており、本格派の作家なら、そこに登場している顔ぶれだけでケリを付けようと苦心して続きを書きそうなもんだが、なんと渡辺啓助は新たな登場人物・天宮寺乙彦を追加投入。そのあと彼が少なからず事件の鍵を握る存在になってしまって、池田マイ子殺しの犯人と動機を推理する物語として読むには甚くバランス悪し。

 

 

「火星の男」(昭和29年)

前篇  二匹の野獣        水谷準

中篇  地上の渦巻         永瀬三吾

後編  虜われ星          夢座海二

 

永瀬三吾と夢座海二が無理くりフォローしてはいるが、シリアスなオチで終わらせたいのなら、前篇の水谷準がここまでぎくしゃくしたプロローグにするのは間違っている。前篇の終りで殺人を犯した男が酔って崖から転落してしまうため、てっきり読者は「ああ、これは笑わせる方向に持っていこうとしているんだな」と思ってしまうよ。加えて大した必然性も無いのに、殺人者の男を火星人(カセイジン)などと呼ばせているのも「プリンプリン物語」じゃあるまいしダサイなあ。

 

 

「密室の妖光」(昭和47年)

大谷羊太郎/鮎川哲也

 

「悪魔の賭」(昭和53年)

問題編①   斎藤栄

問題編②  山村美沙

解答篇     小林久三

 

「京都旅行殺人事件」(昭和57年)

問題編①  西村京太郎 

問題編②   山村美沙

解答編      山村美沙

 

「鎌倉の密室」(昭和59年)

渡辺剣次/松村喜雄

 

昭和生まれの作家、また乱歩が没した昭和40年よりあとに発表された作品となると、もはや私の読書対象では無いので、これら四作品についてコメントすべきことは何も無い。とは言うものの強いて一言述べるとすれば、鮎川哲也と松村喜雄がそれぞれ関与している「密室の妖光」及び「鎌倉の密室」はいかにもあの二人らしい内容で、本格好きの読者には良いんじゃない?


 

 

 

編者解説にて、日下三蔵が全八巻の収録から漏れた十四作品を挙げている。
そのうち昭和30年代までに発表された七作がこちら。

 

「皆な国境へ行け」(昭和6年)

伊東憲/城昌幸/角田喜久雄/藤邨蠻

 

「謎の女」(昭和7年)

平林初之輔/冬木荒之介

 

「A1号」(昭和9年)

九鬼澹/左頭弦馬/杉並千幹/戸田巽/山本禾太郎/伊東利夫

 

「再生綺譚」(昭和21年)

乾信一郎/玉川一郎/宮崎博史/北町一郎

 

「謎の十字架」(昭和23年)

乾信一郎/玉川一郎/宮崎博史/いま・はるべ

 

「幽霊西え行く」(昭和26年)

高木彬光/島田一男

 

「一人二役の死」(昭和32年)

木々高太郎/富士前研二(辻二郎)/浜青二/竹早糸二/木々高太郎

 

これらの作品は底本を揃えきれなかった訳ではなく、既巻に収めるスペースが足りなくなりドロップせざるをえなかったそうだ。この「合作探偵小説コレクション」は各巻がキチンと発表年代順に並べた編集にはなっていないから、西村京太郎/斎藤栄/大谷羊太郎/山村美沙/小林久三らのものよりも上記七作を優先して本書第八巻へ収めたところで何ら問題無いのに・・・と私は思うのだが、かつて横溝正史が口にした「ぼくらの年代になると、鮎川(哲也)くんぐらいまでしかほんとにぴったりしないんだ。」という日本探偵小説の定義(☜)を、日下三蔵や論創社の黒田明は全然共有していない様子。




江戸川乱歩/山田風太郎の参加した合作・連作はこれまで単行本化されていたけれど、それ以外のものとなると放置状態だったので、「合作探偵小説コレクション」の刊行により相当数の作品が(過去の春陽堂がご執心だった言葉狩りの被害も無く)読めるようになったことは喜ばしい。

ただそのわりには、合作・連作に該当しない江戸川乱歩の中絶作「悪霊」「空気男(二人の探偵小説家)」を無駄に収録したり、本来収録すべき昭和前期の作品を押しのけてまで西村京太郎や斎藤栄を入れてしまう日下の方針はいつものことながら私には理解不能である。 

 

 
 

 

(銀) それにしても春陽堂書店と日下三蔵の相思相愛ぶりが・・・。人を見る目が無いというのは実に危ういことだ。







■ 日下三蔵 関連記事 ■















 


2024年2月13日火曜日

『上を見るな』島田一男

NEW !

講談社 ロマン・ブックス
1959年7月発売



★★★    登場人物の跳ね過ぎる口調が難点




 どの本だったかウッカリ失念してしまったけれど、小林信彦が〝講談社版「書下し長篇探偵小説全集」の中では島田一男の『上を見るな』が良い〟褒めていた覚えがある。これが弁護士南郷次郎シリーズ第一作になるんだっけ。

ストーリーは彼の一人称で進行。島田一男の数あるシリーズものを私が読み尽くしていないからそう思うのかもしれないけれど、かつては学徒出陣兵として航空隊の一員になり、人生のうち最も楽しい筈の青年時代を御国のため奉公させられた世代のわりに、南郷次郎暗い影を全く感じさせない。この点について、あとで突っ込ませてもらう。

 

 

 

◉ 長崎の大地主・虻田家は複雑怪奇な血縁関係を成しており、遺産相続も容易ではない状況。また、虻田家所領地の一角は海上自衛隊砲撃訓練地として接収されそうな計画があって、虻田家と在住農民漁民は共に反対している。金庫部屋と呼ばれる自室に引き籠っている虻田家の当主・虻田一角斎老人は、落下物恐怖症という世にも奇妙な病気の持主。虻田家の一員である虻田弓彦に大学時代の学友として懐かしさを抱く南郷次郎は、東京に居を構えている虻田章司・剣子夫妻の依頼を引き受け、長崎へ発つ。

 

 

 

福岡の板付飛行場から列車に乗り替えて虻田家へ向かう途中、いきなり南郷はデッキで何者かに突き落とされそうになり、この弁護士が虻田家の問題に関与することを物語冒頭から犯人は既に熟知している気配が漂う。虻田一角斎の落下物恐怖症が何かしら関係しているのか解らぬまま、本作のタイトルに乗っかるような殺され方で、虻田家の人間や重要な目撃者の女性が次々と命を落とすのだが、疑わしい顔ぶれには皆アリバイがあり、犯人は簡単に尻尾を掴ませない。

 

 

 

◉ 「上を見るな」というタイトルが、最終的な核心に繋がっているかといえば、それほどでもないのが惜しいとはいえ、容疑の外にいた犯人へと徐々に辿り着くプロセスはよろしい。犯人の正体が暴露された時点で改めて序盤の部分をチェックしてみると、実は伏線が張られていたのがわかる構成も気が利いている。海上自衛隊砲撃訓練地のネタって、この物語にどれぐらい意味を持っているのかなあと訝りつつ読み進んでゆくと、最後にとんでもない結末が待っていたり。

 

 

 

ミステリとしての構造は良い。でも南郷次郎や南部刑事など、幾人かの登場人物の口調がチャラい・・・というと言い過ぎだが、いわゆるべらんめえ調なのは好きじゃないなあ。これは完全に私の偏食でしかないけれども、捕物小説やユーモア小説ではないのだから、探偵小説に描かれる登場人物の口調は、あまり跳ね過ぎていると全体の趣きを損ねてしまうことだってありうる。

 

 

 

 

(銀) 講談社版「書下し長篇探偵小説全集」は、


十字路』江戸川乱歩/『見たのは誰だ』大下宇陀児/
『魔婦の足跡』香山滋/『光とその影』木々高太郎/
『上を見るな』島田一男/『金紅樹の秘密』城昌幸/
『人形はなぜ殺される』高木彬光/『夜獣』水谷準/
『十三角関係』山田風太郎/『鮮血洋燈』渡辺啓助/
『黒いトランク』鮎川哲也


の十一冊から成る。『五匹の盲猫』角田喜久雄と『仮面舞踏会』横溝正史は未刊。初刊の函入り単行本は造本にあまり魅力を感じないため、同じ講談社の後発版であるロマン・ブックスで所有している。

 

 

上段でも述べたように、(それなりに明るいキャラ設定でもいいから)登場人物の口調さえ抑え気味にしてくれれば、本作は高評価にできるのだが。ただ、そういった装飾的なことに不満を感じないのであれば、何の問題もなく楽しめる内容である。

 

 

 

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2023年7月23日日曜日

『中国大陸横断〈満洲日報時代の思い出〉』島田一男

NEW !

徳間文庫
1985年8月発売



★★★   甘粕正彦との意外な交流




 昭和47年に『大陸秘境横断』と題し桃源社より刊行されたエッセイを改題・文庫化。その後再刊されていない。昭和5年島田一男渡満、翌年満洲日報社に入り、日本が戦争に敗れるまで新聞記者として十五年勤務。ここでは外地の異境で見聞した、冒険読物になりそうな体験談を十本のテーマごとに回想。従軍記者といってもよく、人生の或る時期にスポットを当てた自叙伝めく内容ではない。ノモンハンで日本が惨敗した時は別にして島田の筆は全然重苦しくない、というより、かつての日本人らしくおおらかでどこかノンビリもしている。

 

 

『満洲日報』となれば島田の上司にあたる同社社会部長・山口海旋風のことが断然知りたくなるのだけれど、「破壊神の第三の眼」の作者についての描写はちょっとしかなくて、現在でも詳細な経歴は明らかになっていない。本書の中で島田の相棒としてよく行動を共にしている〝山口君〟なる人物は写真部長の山口晴康であり、山口海旋風とはまったくの別人。

 

 

戦後の島田が溢れかえるほど書きまくった小説の数を少し減らしてでも、満洲における文壇絡みの人脈や日本が満洲で発行していた新聞/雑誌/書籍について、事細かな回想録を(本書だけでなく)何冊も書き残してくれてたら資料として非常に有益なものになったのだが、そんな書物を書くよう勧める人もいなければ、島田自身優秀な記者ではあってもアーカイビストではなかったのが残念。

 

 

❃ 匪賊や隣国兵から襲撃される命の危険を常に伴いつつ取材した北満原始林の猛獣狩り/零下二十度の極地・鏡泊湖/黒竜江上流での大日食観測/当時の日本にとって大切な資源地だった興安黄金郷/秘密地帯・熱河離宮など、それら大自然の神秘のリポートは大陸を舞台にした自作(下記の島田一男関連記事リンク『鮮血の街』を見よ)にフィードバックされているので価値はあるが、私としては先に述べた山口海旋風しかり、本書の中でちょこっと顔を出す人々のほうが面白かったりする。

 

 

『満洲日報』は満鉄の子会社だし関東軍と深い繋がりがあるのだから関わりがあっても不思議はないとはいえ、島田一男があの甘粕正彦と面識があったとなると歴史のロマンを感じずにはいられない。大杉栄を殺し、映画『ラストエンペラー』で傀儡皇帝溥儀を支配するフィクサーとして描かれていた甘粕も島田にかかっては形無し。

満洲国の皇帝に担ぎ上げられる直前の溥儀を取材せんと突撃するも、甘粕が許可してくれる筈がない。そこでキレた島田、真夜中の温泉につかりながらスットントン節をうなり始めたら、スッポンポンで仁王立ちした甘粕が一言、

「君の気持ちはわかる。だが、今夜までのことは、歴史上永遠の秘密なんだ。な、明日から満洲国の新しい歴史が始まる。我慢しろよ。仲よくしよう・・・」

だって。まるで小説か映画のようなセリフ。

 

 

島田が遠藤という特高刑事から教わった痛々しいエピソードもある。日清・日露戦争後、一度でも敵国の捕虜になって帰還した者は日本で非国民/売国奴扱いされるようになっていた(沈没したタイタニック号の事故から帰還した細野正文でさえ非国民呼ばわり)。島田が目にした満人としか思えぬ現地の男、彼は日露戦争でロシアの捕虜になった過去があり、そのため内地に帰れなくなって満人として生きる道を選ばざるをえなかったのだと特高刑事は云う。


 

満洲が日本の植民地になって以降も、その男のように二度と日本人に戻ろうとしなかった日本兵が閉じ籠るように暮らす村がその頃旅順/金州あたりにあったそうだ。拡大主義の軍国路線以上に、御国のため命を賭した自国の兵士に対してこんな扱いを平気でしていた戦前の日本社会が醜すぎる・・・と過去の話にしてしまいたいけれど、これって根本はネット炎上/バッシングと何ひとつ違わない。冒険読物然とした他の逸話を押しのけて、この悲話を記した「満洲平家村を訪う」の章が本書の肝となろう。

 

 

 

(銀) 関東軍繋がりの満洲日報社で働いていたという理由から、島田一男を批判的に見る奴が現代人の中にいたりするのだろうか?その行為はまさしく上記に書いた、不幸にして敵国の捕虜になってしまった同胞を非国民呼ばわりするのと同じこと。人のことをネトウヨだのパヨクだのほざくネット民こそ百億倍〝クズ〟だと私は思います。

 

 

 

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『鮮血の街』

★★★★  パンデミック小説「黒い旋風」  (☜)

 

『黄金孔雀』

★★★★  これ一冊だけの復刻では島田一男ジュヴナイルの特徴は見えてこない  (☜)





2022年4月6日水曜日

『狂人館』大下宇陀児・外

NEW !

東方社
1956年10月発売



★★★★    戦後派作家の活躍




本書に収録されている三つの中篇はどれも、探偵作家三名が 前篇中篇後編 を分担して書いているため一見リレー小説のように見えるが、三篇とも同じ雑誌・同じ号に一挙掲載されているので、事前に三人でおおまかな打ち合わせをした上で書かれている可能性はある。初出誌に当たっていないから、この企画の詳しい事情については何とも言えないけれど、通常のリレー小説のように方向性も文体もバラバラな感じが無くて、スッキリ読める。




                     





「狂人館」【『読切小説集』1955年3月増刊号】

上)大下宇陀児

(中)水谷準

(下)島田一男

 

 

三船紀子は小さな食料品会社に勤め、新聞記者の戸沢信一とつきあっている。信一とのデートの途中、弟に貸す約束をしていたカメラを会社に置き忘れたのに気付いた紀子が事務所に戻ると、会社の社長・疋田文平が見知らぬ男二人女一人と密談を交わしていた。それというのが他人に聞かれてはまずい話だったらしく、彼らは紀子を脅して車に押し込み、ある場所へと連れてゆく。その建物はまるで狂人が設計したような奇妙なビルだった。

 

 

〝狂人館〟と名付けられた建物は普通の雑居ビルとは全然違う怪しい造りになっているが、そこまで読者に印象付ける程のものでもない。

このメンバーゆえ、どうという事もないスリラーだけど、ひとつ感心したのは三番手の島田一男が、大下宇陀児と水谷準の蒔いた種をすべて丁寧に回収している事。紀子が信一を呼ぶ時「信一さん」と言っていたのが島田の回のみ「信さん」になっていて、これだけはご愛嬌。

宇陀児/準からすると島田一男は探偵小説界の後輩ではあるが、水谷準と殆ど年齢に差は無く、単にシーンへのデビューが遅かっただけに過ぎない。連作や合作の場合、回収し忘れる些末事はいつもありがちなのに、それが無い点は褒めていい。〝狂人館〟が雰囲気作りの為だけのものでなく、何かしら必然性のある意味合いを持たせられれば、尚良かった。


 

                     

 


「鯨」【『探偵実話』19537月号】

発端篇/血染の漂流船      島田一男

捜査篇/血しぶく女臭      鷲尾三郎

解決篇/血ぬられたる血潮    岡田鯱彦

 

 

漁業仲買人・津上専吉には、お新という年齢が十四も違う若い女房がいる。
お新は男好きのするところがあって、貞淑とはいえぬ女で人の評判もよくない。
専吉の船・第三半七丸に乗り共に働いているのは専吉の弟でギャンブル好きの与太者・啓次と、男前だが最近胸を患っている雇人の坂田為蔵。この二人、あわよくばお新を自分のものにしたい魂胆を抱いている。ある日の午前、第三半七丸が本来戻るべき木更津ではなく、東京港から品川~お台場を経由、南の方角に向かっているのを他の船が目撃。そのまま船は大森へ航進し、大勢の海水浴客が遊んでいる砂浜へと暴走する。それなのに乗り上げた船は無人状態、船倉には大量の鮮血が・・・。

 

 

この作にはトリックがあるので、本書の中では一番興味を引かれた。
「狂人館」では上手くラストを締め括った島田一男が、今度は一番手。
スリラーに設定してもイケそうな発端ではあるが、先程も申したとおり三作家が事前にキッチリ打ち合わせして書いたと云われても納得いくような、スムーズに謎解きを提示する展開を見せている。「鯨」というタイトルから、読み手はある程度犯人の企みを予想できるかもしれないけれども、それだけでは終わらないのが良い。

 

 

                       



「魔法と聖書」【『探偵実話』1954年2月号】

前篇 ― 小心な悪漢    大下宇陀児

中篇 ― 五階の人々    島田一男

後篇 ― 三つ巴の闘い   岡田鯱彦

 

 

丸金商事の外交員・浅井新吉は自分の会社が入っているビルのエレベーター・ガール南条市子を情婦にしている。二人とも悪い意味でのアプレで、新吉はホテルで市子とセックスするか、パチンコ屋に入り浸るかの日々。そんな新吉の行くところに妙な男の影がチラつき、市子はエレベーターの中でセクハラをしてきた丸金商事のエロ支配人が往来で死体となっているのを目にする。彼らの周りでいかなる悪事が進行しているのか?

 

 

う~ん、これは「狂人館」よりもイマイチ。
〝赤と青のインクじみが沢山付いた碁盤縞のハンカチ〟と〝支配人の持ち物だった聖書〟に、
二つで一つとなる秘密を持たせるとしても、あまり有機的なカタルシスは生まれていないかな。ここまで読んで思うのは、トリックに興味が無い宇陀児のような戦前の先輩作家と、戦後デビューした後輩作家を組ませて異世代のケミストリーを狙わせる・・・それもひとつの面白いトライだと理解はできるけれど、こんな企画が持ち上がった時「(戦前の本格派)濱尾四郎が生きててくれれば」とか「蒼井雄がバリバリ本格ものを書き続けてくれていたらなあ」とか、叶わぬ望みが湧いてくるのである。


 

 

 

(銀) なんにせよ、島田一男/岡田鯱彦/鷲尾三郎といった戦後派の作家が頑張っているのはよくわかる。奥付を見ると、本書の著者検印は大下宇陀児のものだった。著者名は大下宇陀児・外になっているし、年長者を立てるということか。





2022年1月20日木曜日

『鮮血の街』島田一男

NEW !

桃源社ポピュラー・ブックス
1976年10月発売



★★★★    パンデミック小説「黒い旋風」




大量のシリーズものが存在する島田一男作品の中にノン・シリーズの短篇がいくつか存在する。私も全ての初出情報は把握しきれていないが、それらはほとんどキャリア初期に発表されているようだ。〈島田一男・初期傑作集〉と副題があるこの『鮮血の街』に収められた八短篇もそんなノン・シリーズ短篇の一部で、うち七篇は日本の大東亜戦争敗戦まで十五年にわたり作者が新聞記者として生活してきた満洲の地での体験と知識を基に書かれ、中国人・満洲人・蒙古人・ロシア人そして日本人が入り乱れる〝大陸絵巻〟的な内容。内地に帰ってきた島田一男が探偵作家としてデビューするのは1946年の事。ここではそれより過去に遡りし時代を題材にしている。

 

 

 

◗◖ 「鮮血の街 ―赤靴イワン物語― 」

北満の小巴里と云われた哈爾浜(ハルビン)に巣食う白系露人ギャング。

 

 

◗◖ 「万国寝台車(ワゴンリー)」

巴里を出発、満洲里を経て一路哈爾浜へ向かう国際列車。麻薬密輸業者はどいつだ? 哈爾浜屈指の富豪・梅紅玉夫人という謎めいた女性は何者?鉄道ミステリ・アンソロジーに入れてもよさそうな一品。後味のいい結末。

 

 

◗◖ 「霧海の底」

東洋の避暑地・芝罘港口で爆沈された安南(アンナム)王国の海防艦ホンコーヘ号には金貨・金塊、そして膨大な宝物が積まれていた。それをサルベージして一山当てようとする潜水夫のサブたち。だが彼は海の底で悪夢のような光景を目にする。

 

 

◗◖ 「芍薬の墓」

北満の小興安嶺にある大砂金区には採金を目的とした日本の施設が立地し、七人の日本人と一人のオロチョン少年が占有していた。顔ぶれの中にひとり色香を放つ女医がいて、男たちは彼女のカラダを欲しがっている。そこに次々と連続殺人が発生。犯人は誰か?もしも私が本書の中から探偵小説のアンソロジーに一篇選ぶとしたらこれかな。

 

 

◗◖ 「太陽の眼」

樺太に向け大陸を流れる極寒の黒龍紅(アムール川)。永安号の船長である紫堂は日蝕観測隊を載せるよう徴用され、その隊は漢・中・露を中心とした様々な国の人間で構成されている。ここでも船上で隊員の謎の死が。幻夢のような日蝕の表現の仕方など、この辺の島田作品には小栗虫太郎の影響もあるのでは?と、なんとなく思ったりする。

 

 

◗◖ 「狼頭歓喜仏」

ロシア革命期の1921年秋、満蒙国境で主人公・水戸の属する外人部隊を含む白軍は赤軍によって壊滅させられてしまった。生き残った女参謀ニーナそして傭兵の野見と水戸は沈哈爾廟へ逃走。そこでニーナと野見は彼らの体内仏を盗もうと企んだ。狼、コワイ・・・。

 

 

◗◖ 「黒い旋風」

ペスト菌を持った鼠の大繁殖により新京が死の街と化してしまう、昭和・平成と違って令和の今読むと非常にタイムリーでもあり肌に粟を生ずるような短篇。ただ単にパニック譚でもなければ「赤き死の仮面」のように詩的でもなく、後半にはミステリ色を注入しているのが面白い。これは『外地探偵小説集 満洲篇』(せらび書房/2003年刊)にもセレクトされていた。

 

 

◗◖ 「妖かしの川」

本書の中で、これだけは〝大陸〟と関係のない内容。妻とは元々押し付けられた結婚だったし、自分には不貞の相手もいるし、川に浮かぶボートを転覆させ憎しみを抱いていた妻を葬り去った毛内甚九郎。倒叙ものとしてケリがつくと思ったら・・・???

 

 

 

大物のわりに島田一男が再評価されない理由のひとつは、小器用過ぎて「これぞ島田一男!」と呼べるような個性が感じられないことか。冒頭でも述べたとおりシリーズものがあまりに多すぎるし、各探偵キャラの職業色が出過ぎて二時間ドラマの原作に使われるのならちょうどいいかもしれないけれど、読書の対象たる探偵小説として見ると何かが欠落している。その意味では今回取り上げたノン・シリーズ短篇のほうが、シリーズものよりずっと探偵小説の魅力がある。

 

 

もれなく文庫に入るなどの再発はなぜかされてないみたいだが、この手のノン・シリーズ短篇を集めた島田著書は新書サイズだと本書『鮮血の街』の他にも『夜の花』(桃源社・ポピュラーブックス/1972年刊)『地獄の歌姫』(桃源社・ポピュラー・ブックス/1978年刊)、そして山前譲が編纂した『夢魔殺人事件』(青樹社BIG BOOKS1998年刊)で読める。収録作品が重複しているものもあるけれど、すべて読みたければ四冊とも揃える必要あり。

 

 

 

(銀) 大陸書館は近日中に「島田一男大陸小説集」(全三巻予定)を出すという。それらは各巻ともオリジナル編成らしく『鮮血の街』からもセレクトされているようだ。

 

 

〝大陸〟といえば思い出すのが上記で触れた せらび書房 。『外地探偵小説集』の四冊目は大陸篇になると予告され、ず~~~っと待ち望んでいたのだけど、もう新刊を出してないみたいで本当に残念。『外地探偵小説集』は内容だけでなく装幀にも魅力があって、せらび書房の本は好きだったのにな。



 


2020年10月18日日曜日

『黄金孔雀』島田一男

2013年8月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

ゆまに書房 少年少女傑作選カラサワ・コレクション④
2004年8月発売



★★★★   これ一冊だけの復刻では
          島田一男ジュヴナイルの特徴は見えてこない



昭和2526年、雑誌『少女』にて連載された少女探偵小説。本書は昭和26年の光文社版初刊本の伊勢田邦彦による挿絵もそのまま復刻している。小玉専之助博士の娘ユリ子の前に出現したるふたりの怪人。インドの孔雀王国からの使いだと名乗る黄金孔雀、そしてユリ子に贈られた孔雀石を狙う一角仙人。ユリ子の友達ルミ子の兄・香月探偵も加え三つ巴の活劇、小玉博士の過去に隠された秘密とは?・・・というあらすじ。

 

 

キッチュといえば聞えはいいが、当時の子供向けチャンバラとはいえグダグダに紙芝居っぽくて(現代の)普通の読者にはやや薦めづらい。ゆまに書房『少女小説傑作選』のもうひとつの探偵もの/西条八十『人食いバラ』の方がまだとっつき易いかも。

 

 

監修者の唐沢俊一はその珍作ぶりを笑ってもらおうとツッコミ目的の注釈を付けているが、島田一男とは何の関係もない附録の「ソルボンヌK子の貸本少女漫画劇場」も含め、こんな茶々入れは無用。唐沢の解説はそれなりにまともな事も書いているけれど、どうせ復刻するのなら論創社『少年小説コレクション』のように正攻法でやってほしかった。

 

 

先に述べたように本作はなんとも珍妙な内容で、島田一男のジュヴナイルでまず最初に読むなら「怪人緑ぐも」「黄金十字の秘密」「まぼろし令嬢」あたりから始めた方が無難じゃないかな。その他にも「紫リボンの秘密」「青い魔術師」「七色の目」「謎の三面人形」「猫目博士」等といった作品があるが、彼の児童ものは全く読めない状況にある。再発の気運が盛り上がらない、それまでのクオリティと言ってしまえばそうなのかもしれないけれど、ハードコアな探偵小説読者からしたらそれでも読んでみたいのが人情。

 

 

ある程度纏めて読んでみないと島田一男ジュヴナイルの長所はつかみ難いと思うので、誰かが次なる復刻を仕掛けるのを待つとしよう。本書はAmazonでは取扱がなくなっているが、このレビューを書いている時点ではまだ版元に在庫がある。興味のある方は絶版になる前にどうぞ。




(銀) 香山滋/高木彬光/大坪砂男/山田風太郎と共に ❛戦後派五人男❜ と呼ばれるホープの一人だった島田一男。それなのに(時代小説はさておき)彼の探偵小説で2000年以後に新刊で発売された本といったら、扶桑社文庫の昭和ミステリ秘宝『古墳殺人事件』と本書しか無い・・・・こんなにリバイバルの流れから取り残されている探偵作家もちょっといない。



作品数が相当多い人だが、戦後のデビューから昭和のバブルあたり迄は何かしらの単行本が常に刊行されていた。ただそれ以降は、固定客がいれば何年かおきにでも新刊は出され続けるのだろうが、島田のファンだと公言する人をあまり見かけない。更にここがポイントなのだが彼の著書のうち古書価格が軒並み高いのはジュヴナイルだけで、大人向けに出された探偵小説で稀少扱いされるような本は殆ど無い。平成以後、再発を望む声が上がる探偵作家への注目のされ方は真面目な評論家が内容の面白さを提起してのものでは決してなく、レア度の高くなった特定の古書を古本キチガイどもが騒ぎ立てる事に起因するほうが、悲しいかな圧倒的に多いのだ。



それなら「なぜ島田一男のジュヴナイルは再発されないの?」と考えるのが物の道理。ところが本書を除くと、今では(もはや論創社ではなく)一番先に行動を起こしそうな盛林堂書房の同人出版においてもそのような話は聞こえてこない。どういう理由で島田一男はここまで注目されないのか、機会があったら近いうちに再びこのBlogでも取り上げてみたい。結果としてこのゆまに書房の復刻版はgood jobだけど、唐沢俊一と元妻の関与は全く余計だった。