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2024年9月16日月曜日

『みすてりいno.4/夢野久作研究号』

NEW !

推理小説研究会
1964年10月頒布



★★★★    リバイバル前夜





急死して三十年の間、夢野久作は大衆の記憶から忘れ去られていた。
それが再び脚光を浴びるきっかけとなったのは昭和37年、『思想の科学』へ発表された鶴見俊輔による評論「ドグラ・マグラの世界」だ。そして三一書房が『夢野久作全集』の刊行を開始するのは昭和44年のこと。本日取り上げる約100頁の同人誌『みすてりいno.4/夢野久作研究号』はごく一部の好事家のための頒布ではあるけれど、鶴見俊輔評論と三一書房版全集を繋ぐ橋渡しのような文献だった。

 

 

 

編集後記には夢野久作に対する当時の見方が、次のように述べられている。

〝戦前は、「鬼才」と高く評価されていながら、戦後は幾つかの定評ある作品を除いて、ほとんど返り見られ(ママ)なくなっている。同時代の作家より不遇の感がある。これは、おそらく作品の非本格性であろうし、夢野が中道にして斃れたことにもその原因があろう。ここに夢野の秘めた可能性に再評価の価値がある(ママ)。

『みすてりい』は島崎博を中心に発行された推理小説研究会の機関誌で、上記の編集後記を執筆したのもおそらく彼。のちに雑誌『幻影城』を手掛ける識者の島崎をして、夢野久作が知る人ぞ知る作家扱いされていたその理由を「作品の非本格性」と言っていることにちょっと驚く。

 

 

 

同業作家の復刊に最も力を貸してくれそうな江戸川乱歩は、戦後になると本格物に執心。
仮に久作が本格系の作家だったら乱歩や本格推しの連中がもっと早く久作復古を打ち出してくれたかも・・・と想像することもできるけれど、実際のところ戦争に負けたあの頃の日本人は、(比較的裕福な乱歩は例外として)誰もが自分の生活に必死。何年も前に亡くなっている作家の業績を見直して、新たに作品集を出すべく働きかける余裕など無い。

探偵小説のフィールドで活動していたとはいえ、その作品内容は著しくオルタナティヴ。本格と変格、本格派と文学派の二項対立にも久作は当て嵌めにくい。島崎の言わんとする事も分からんではないが、「本格じゃないからスポットが当たらなかった」ってのはどうだろう?戦争が終わっても久作が蚊帳の外に置かれていた理由は、業界の中に夢野久作を強くプッシュする人がいなかったのと、出自が福岡を拠点としたローカル作家であるハンデ、この二つが大きな要因になったんじゃないか?

 

 

 

ここで読める権田万治(ママ)「宿命の美学」は、のちに『日本探偵作家論』に収録される夢野久作論の初出バージョン。久作論はもうひとつあって「昭和初期における忠君愛国的思想の典型的日本人である。政治思想における限りは、彼は常識的であり、常軌を逸しているとは思えないのである。」と語る仁賀克雄の指摘は、久作に〝主義〟を背負わせようとするヘンな研究者の言とは異なり、すんなり受け入れられる。

 

 

 

その他の収録内容は以下のとおり。


作品論

【浪漫の花-「押絵の奇蹟」論-小村寿】

【脳髄の地獄絵-「ドグラ・マグラ」論須永誠一】

【狂った美学-「瓶詰地獄」論-曾根忠穂】


エッセイ【社会派の先駆-白石啓一】

アンケート【夢野久作とその作品について-諸家】

資料【夢野久作、著作・文献リスト-島崎博】

 

間羊太郎が書いた【夢野久作・作品ダイジェスト】は本編とは別枠で、40頁ものスペースが取られている。今でこそ久作の作品リスト・著書リストは手軽に得ることができるけれど、三一書房版全集が出る前は本誌の書誌情報に頼らなければ、久作を読むための本を探す指標は殆ど無いに等しかった。

 

 

 

現役探偵作家が寄せたアンケートを見ても、昭和30年代に夢野久作の作品を読むことの困難さが伝わってくる。「全部読んでるぞ」と豪語しているのは乱歩と萩原光雄(黒部龍二)と楠田匡介のごくわずか。そんな彼らでも、この時点ではまだまだ未読作品がかなり多く存在していた筈。産声を上げたばかりの久作研究、しかし三一書房版全集が形になるまで、あと五年待たなければならない。

 

 

 

(銀) 本誌28頁には、『みすてりいno.5』の内容予告も載っていて、小酒井不木特集が予定されていた。しかし次号は刊行されず、『みすてりい』は本誌no.4までしか残存していない。

 

no.4で終わってしまったその理由が分かる資料がなかったか思い出そうとしたけれども、これといったものが頭に浮かばない。雑誌『幻影城』の盛衰に関する資料はいくつかあるが、『みすてりい』についての情報が無いのはちょっと残念。





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2024年1月8日月曜日

夢野久作と杉山三代研究会会報『民ヲ親ニス/第10号』

NEW !

「夢野久作と杉山三代研究会」事務局
2023年12月発売




★★   「西の幻想作家-夢野久作のこと-」再録




 関東大震災の惨状をレポートする『九州日報』特派員・杉山泰道(=夢野久作)による自筆スケッチ込みの新聞記事を転載しているページあり。それとは何の脈略もないけど、年明け早々なんでまた能登半島に震度7の大揺れが起きなくてはならんのか・・・。

 

 

✸ 『民ヲ親ニス』は毎年春に開催される「夢野久作と杉山三代研究会」研究大会で披露された発表内容を掲載するのが通例。本号は第10回研究大会が対象、巻頭に政治学者・中島岳志の講演「アジア主義の原理」を文字起こししている。

 

 

この人物、『中村屋のボーズ』という本を上梓したり、インドに様々関わっているようなので、杉山三代研究会は講演に招いたのかもしれないけれども、元は『報道ステーション』コメンテーター、かつ雑誌『週刊金曜日』にも深く関わっていたり、どっぷり朝日新聞的思考の持主。従軍慰安婦について記事を書き、本当にあった出来事ならともかく、実際には起きていないことまで起きたようにでっちあげたため裁判で完全敗訴したお仲間・植村隆への批判に対して、「誤報に不寛容なのは凡庸な悪」などと発言、捏造行為を擁護するような、必要以上に日本を貶める類の人種だと見做されても仕方があるまい。

 

 

197ページにおけるグリーンファーザー杉山龍丸の言葉は重い意味を孕んでいる。

〝今日(銀髪伯爵・註/昭和54年当時のこと)の夢野久作の愛読者の人々には、彼の父、杉山茂丸とのつながりを否定しようとする気持があり、彼の作品は、今の右翼とは全く別個のものとして取扱っています。
 
故に右翼ということで、かつての帝国主義大日本帝国、日本政府の黒幕であった杉山茂丸と、
夢野久作の思想、作品は別個のものであるという考え方になると思います。
 
私は、或る面においては、特に今の右翼とは別個のものであるということには賛成ですが、
しかし杉山茂丸が、右翼という断定には賛成出来ません。
 
それは、右翼的な一面のみを見たものというべきでしょう。

私は決して、杉山茂丸と夢野久作が、全く同じであるとは申しません。

私自身が、全く夢野久作や、杉山茂丸と異なった考え、行動をして生きています。しかし、確かに父と子という関係で、好むと好まざるに限らず(ママ)、生涯の大部分を一緒に生き、お互いに、大きな影響をもったことは事実です。〟




このように龍丸は危惧しているものの、やっぱり茂丸は世間から国粋主義の人だと思われがち。保守派の論者ばかり集めていたら、それはそれで歪(いびつ)になるし、視野を広くもって左側の論客を呼ぶのもいいだろう。然は然り乍ら、今の日本で耳を傾けるに値する程のインテリジェンスを持ち合わせたリベラル系言論人なんて誰がいる?どれだけ坂本龍一が晩節を汚して死んでいったか・・・いくら頭は良かろうとも、悲しいかな本質がコドモだとああなるのだ。

 

 

左だろうと右だろうと一貫して私が毛嫌いするのは、事実を捻じ曲げてまで自分達の狂信的な考えをゴリ押しする人々である。そして昭和の時代に生み出されてきた罪無き作品にコンプライアンスだなんだと表現狩りを推し進め、あげくの果てに作品抹殺までやってしまうのは、まぎれもなく朝日新聞のような左寄りのアホどもに他ならない。

朝日によってまるごと暗い土の下に埋められてしまった作品では『ウルトラセブン』第12話「遊星より愛をこめて」が最もよく知られているが、かつて糾弾の標的になった夢野久作「骸骨の黒穂」とて、スペル星人と同じ不幸な運命を辿る可能性はあったと思う。

 

 

右にも左にも絶対的正義など無い。それを踏まえた上で言っても、戦後の朝日新聞をはじめリベラル左派がやってきた思想の捻じ曲げ・表現の捻じ曲げには目に余るものがあり過ぎる。今回の中島岳志という人選には、どうしても疑念を拭い去ることができない。

 

 

 

 

✸ そんな不満がある反面、いくらかでも救いになっているのが、上段で一部の文章を引用した杉山龍丸「西の幻想作家-夢野久作のことー」の再録。これは昭和50年代、地方文芸誌『九州文学』に十一回にわたって連載された夢野久作小伝。本来なら『夢野久作の日記』『わが父・夢野久作』と肩を並べる一冊の書籍になってもおかしくなかったのだが、単行本に纏められる機会が訪れず、ようやく一気に通して読めるようになったのは有難い。

 

 

中島岳志ではない他の識者がアジア主義について語っていてくれたら、それはちょうど龍丸の「西の幻想作家」とお互い補完し合う内容になって、古来からの伝統的な日本史観における杉山一族の在り方をもっとよく知ることができるテキストになったろう。それにしても杉山三代研究会員のメンバーは皆、本当に中島岳志を呼んでよかったと思っているのかな?





(銀) 杉山三代研究会事務局・手島博によると、ロシア在住の女性がロシア語に翻訳した『ドグラ・マグラ』を出版、その単行本をわざわざ杉山満丸へ送ってきたそうだ。ロシアの人でさえそんな配慮があるのに、夢野久作の著作権がパブリックドメインになった途端、日本国内で久作の新しい本が出ても出版社や制作者は杉山満丸へ本を献呈してこないないどころか、連絡ひとつ寄こさないらしい。

 

杉山満丸の執筆した「夢野久作を歩く」は次の一文をもって締められている。

〝父・杉山茂丸を慕い、深い深い愛情と義理人情に生きた夢野久作という人物。弱い人間に寄り添った人物。そんな夢野久作の心根が理解されず、著作の表面的な理解からくるおどろおどろしい印象のみが独り歩きする現在の状況が悲しくてなりません。〟

 

満丸氏には更に失望させるようで気の毒だけど、当Blogにてさんざん批判している自称ミステリ・マニア/古本ゴロどもというのは、何万、何十万にもなる久作の初刊本に惜しみなくカネは突っ込んでも、満丸氏が本当に読み取ってほしいことについては何ひとつ知ろうとしないでしょうね。





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2023年11月22日水曜日

『図書新聞3616号/対談「定本夢野久作全集」沢田安史×日下三蔵』

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武久出版
2023年11月25日号



★★   新版『夢野久作の日記』現在制作中




 国書刊行会版『定本夢野久作全集』について、編纂メンバーのひとりだった沢田安史が日下三蔵を迎え先月1013日に行った対談が『図書新聞』の一面トップに掲載されている。全集完結からもう一年経っているのに今頃こんな対談?と感じるほど時期外れなタイミング。あくまでも邪推に過ぎないが、全集がそれほど売れてなくて、もう一押しプロモーションせざるをえない?売れぬ全集は出版社にとって重い負荷になってしまうから大変だ。

 

 

この対談、全集を作る際の資料集めはキリがないというボヤキと、少々の自慢(口にしているのは沢田安史ではなく日下三蔵のほう/これまでやってきた自分の仕事に対して)を滲ませている印象が残るぐらいで、さして目新しい情報は無い。見つけられずに終わった雑誌『黒白』の欠号を残念がっている沢田の気持ちは私も同じ。

 

 

沢田によれば、以前同じ国書刊行会から『定本久生十蘭全集』を出した時には外部からの情報提供があったけれど、今回の『定本夢野久作全集』の制作時にはそれが無く、最終的に西原和海蔵書+沢田が発見した資料で賄ったそうだ。たまたまなのか、それとも外部の人が積極的に資料を提供してくれる作家とそうでない作家があるものなのか、どっちなんだろうね。

 

 

今回の全集において例の一部の童話を未収録にする方針は、版元・国書刊行会の礒崎純一と伊藤里和、そして(沢田を含む)編集委員によって決められた、とも。御大・西原和海は反対しなかったのか気になるところだが、もし方針の不一致で対立していたら、きっと彼はどこかのメディアに反論を書いたりすると思われるし、全集完結後そのような気配も無いので(心の中ではどうなのかわからないけれど)西原は静かに受け入れたのだろう。



 

 

✷ グッド・ニュースをひとつ。所にてこっそり告知されていたNew Edition『夢野久作の日記』、やはり同じ版元・国書刊行会にて鋭意制作中みたい。編集チームは浜田雄介/大鷹涼子/沢田安史+国書の編集者・伊藤里和。やっぱり西原和海は杉山満丸が良い顔しないから外されちゃった?

 

 

あの日記を復刊するなら英文箇所は絶対日本語訳を付けなければ出す意味が無い。その点を踏まえてもらって、『新青年』研究会メンバーの御三方にはグーの根も出ないような良い本を作ってくれるのを期待したい。発売予定は再来年らしいが内容が内容だし、もしかするとリリースは若干延びるかも。



 

 

✷ 対談の中で夢野久作とは関係ないが、沢田安史の「木々高太郎もしっかりとした全集がほしい」という発言に対して、日下三蔵が「なかなか厳しい」「そこまで人気があるといえばすこし弱い」「雑多で変なものも多いからむしろ傑作集向きの作家」などとのたまっている。反対に香山滋は「作品が粒揃いでなくてもなぜかすべて読みたくなる作家」だとさ。何を言ってんだか、それって単に自分の好き嫌いだろ。そんな余計な事を言うから木々の新刊が全然出ないんだよ。

 

 

世間のユーザーから、大物探偵作家の中で木々高太郎が地味な印象を持たれているのは私も否定しない。さらに先日の記事こちらをクリックして見よ)で言及したように、木々がもし本当に(リアルタイムで彼に接していた業界の人々から)ごっそり人望を失っていたならばその影響は意外に根深く、平成以降に論者が代替わりしたミステリ界であっても、彼の再評価や作品復刊を促す声が上がりにくい状況を今でも引き摺っているかもしれない。『新青年』研究会として、このままじゃダメでしょ?沢田氏よ、日下の言う事など耳を貸さなくていいから、木々の本を出して下さいませ。


 

 

 

(銀) 日下三蔵が夏に入院したとかで春陽堂の「合作探偵小説コレクション」の刊行も第四巻で止まったまま、第五巻がいつ出るのか不明。前にも言ったけれど、編者が最初から底本をすべて揃える目処を立てられてもいないのに、なぜ版元はこんなシリーズものを見切り発車で始めるのか私には理解できない。

 

 

日下が論創社へプレゼンした企画は「少年小説コレクション」「論創ミステリ・ライブラリ」と既に二つもショートしている。版元の編集者にも問題はあるのだろうが、「合作探偵小説コレクション」は最後まで責任をもって完結させてもらいたいものだ。このシリーズ、全巻ぶんの代金を前払いで春陽堂に振込済みの読者もいるんだからな。






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2023年2月25日土曜日

夢野久作と杉山三代研究会会報『民ヲ親ニス/第9号』

NEW !

「夢野久作と杉山三代研究会」事務局
2023年2月発売



★★★★    継続はチカラ 





「夢野久作と杉山三代研究会」発足十年。年に一回研究大会を開催し続け、会報『民ヲ親ニス』は創刊から数えて本号で九冊目を迎える。プラス、別冊『夢の久作のごとある』も出した。よくここまで辛抱強く頑張ってきたものだ。本当ならこれで夢野久作記念館みたいなメルクマールがあれば理想的なのだろうけど〝箱物〟というものはまことに金喰い虫であり、見栄を張って建てたはいいが、資金を安定して保持できなければ遅かれ早かれ自滅してしまう。それを考えると、身の丈に合わぬ〝箱物〟に手を出そうとせず今日まで来たのは正解。



                   




本号では「〝母を想う夢野久作〟をたずねて」「杉山三代つれづれ」など、夢野久作のご令孫・杉山満丸による記事が目立つのが嬉しい。発足して十年の間に新しく若いファンが誕生しているのを意識してか、久作研究の基礎を改めて見直せるよう杉山龍丸「夢野久作の生涯」/鶴見俊輔「ドグラマグラの世界」/江戸川乱歩「夢野久作とその作品」といった、『夢野久作の世界』(西原和海/編)に収録されていたコンテンツが再録されてもいる。

 

 

杉山満丸によると、現在絶版になっている父・杉山龍丸の著作をもう一度世に出したいそうなのだが、出版社へ話を持ち込んでも「一度出版されたものは売れる見込みが立たないので出版できない」などと云われ、断られているらしい。本当だろうか?だとしたらオファーを受けた出版社の見識を私は疑うね。『わが父・夢野久作』もそうだし、私が以前から欲し続けている『夢野久作の日記』のアップデート版にしても、再発に携わる人間が無能だったら出す意味がないどころか、かえって逆効果になる。盛林堂書房周辺・捕物出版/大陸書館・論創社に代表される、テキスト校正チェックさえろくにやろうともしない(カネだけが目当ての)連中は論外、たとえ有名でなくとも杉山家に愛情をもってじっくり本を作ってくれる版元に出会えるまで、再発は待ったほうがいい。



            
       
会報別冊『夢の久作のごとある』。こちらもnow on sale。


 

 
「夢野久作と杉山3代研究会」もふたつめのdecadeに突入する。私個人、(それは仕方のない事なのだが)大作「ドグラマグラ」についての論考ばかりになりがちなのが気になっている。たまには「暗黒公使」なんかも話題に挙げればいいのに。それと、このBlogで『定本夢野久作全集 第8巻』の記事にも書いたけど、久作の眼から見た東京人や関東大震災といったルポルタージュに関心を持つ人がどうしていないのか。自然と研究テーマが偏りがちになってはないか。

 

                    



今、日本は中国という侵略者にじわじわ乗っ取られようとしている。そんな ❛今そこにある危機❜ を踏まえ、杉山茂丸が明治~大正の御代にやってきたことを、口先だけで誰かと繋がっていなければ何もできぬ現代人にでもわかりやすく学習させられる評論書というのも欲しい。本号を読むと、梅乃木彬夫という人物が『鬼滅の刃はドグラ・マグラ』と題された小説を近日刊行するそうで、「鬼滅の刃」と夢野久作がどう繋がるのか遺憾ながら全然わからないが、私はファンの妄想云々ではなくリアリスティックな文献を求める。十年目を過ぎると、様々な点でマンネリが目につく局面も出てくるとは思うが、杉山家の研究にどんな新しい変化が見られるのか楽しみだ。

 

 

 

(銀) 本号の内容が告知され、私が一番楽しみにしていた記事は沢田安史「国書刊行会『定本夢野久作全集』編纂に関わって」だった。これも当Blog上にてさんざん述べたとおり、あの全集の編纂作業の裏側でいったい何が起きていたのかを知りたかったから。ところが、この記事は第9回研究大会の中で沢田が発表する際に参加者へ配布したとおぼしきレジュメの転載でしかなく、沢田自身による文章は何もなくて落胆した。会場ではいろいろ突っ込んだ話がされたのかもしれないが。

            

ついでにこの場に付け加えておくと、『定本夢野久作全集』全巻購入者特典「新聞型冊子・挿絵つき『犬神博士』」だが、複写元の『福岡日日新聞』が鮮明ではないマイクロフィルムしか残存していないのか、青柳喜兵衛の挿絵はまだしも紙面上の文字に読み取りにくい箇所が多く、企画自体に若干無理があったように思う。

 

            


2023年1月4日水曜日

『定本夢野久作全集/第8巻』夢野久作

NEW !

国書刊行会  西原和海/川崎賢子/沢田安史/谷口基(編)
2022年11月発売



★★★     不幸せな結末




 難産になるだろうと予想していたとおり、本全集を締め括る第8巻は前回の第7巻から二年のインターバルを置いてリリースされた。それでもスタートから完結迄二十年ちょっとかかった葦書房版『夢野久作著作集』に比べればかわいいものである。今回、国書刊行会は全巻購入者へ特典として『新聞型冊子・挿絵つき「犬神博士」』を進呈する予定だが、現在のところまだ発送されそうな気配も無いので、以前予告しておいたこの『定本夢野久作全集』についての総括的な感想を述べたいと思う。





 とは言っても、Blogにおける2021115日付の『定本夢野久作全集 第1巻』記事にて述べた印象が大きく変わるほどの喜びは無く、あそこに書いた事が全てという感じで終わった。久作の父・杉山茂丸関係者が大正期に発行していた雑誌『黒白』にて、久作が執筆していた連載小説の未発見ぶんを果たしてコンプリートできるかどうか、久作のお孫さん杉山満丸が今回この全集への協力を一切固辞している以上、数少ないセールス・ポイントとしてそこに注目していたのだが、誠に残念ながら「発明家」も「首縊りの紛失」も「蠟人形」も「傀儡師」も欠号を発見することはできなかったようだ。

 

 

 

でもこの点につき責めるのは酷というもの。西原和海などは欠落号を数十年も探し続けたのに、それでも出てこないのだから。戦前日本の植民地だった、例えば満洲みたいな土地で発行された雑誌や単行本が内地に残存していないのは致し方ないとしても、『黒白』ならば日本のどこかに眠っていてもおかしくないし・・・と希望を持ち続けてきたが、ここまでネットが発達したのにそれでも発見されないのだから諦めざるをえないのかもしれない。ちなみにどこぞの奇特な方が『黒白』の現存状況をリストにしてネットにupしておられる。私のBlogへはリンクはしないけれども、興味のある方はググってみてはいかが?

 

 

 

『黒白』のミッシング・イシューがあるとはいえ、編纂サイドが少しでも新しいネタを見せようとして(小品ではあるが)既刊全集/著作集に未収録だった短歌などを載せており、そういった努力は理解してあげたい。それと新発見なネタでこそないけれど、この最終第8巻の冒頭を飾る「東京震災スケッチ」だとか「東京の堕落時代」といった非小説のノン・フィクションものを昔から私は評価してきたのだが、世間一般においてそんな声は聞いたためしがない。どう考えても〝能楽〟だとか〝人物伝〟よりはるかに面白くて一級の資料なのに。「ドグラ・マグラ」はもういいから、こっちにも少しはスポットを当ててもらいたいよ。

 

 

 

 本日の記事の締めに、夢野久作が好きだけど本全集第8巻はまだ買っていないという方々へまさかの情報をお知らせしておく。何と、今まで普通に夢野久作作品として扱われてきながら、本全集からオミットした童話ものが六十八篇もあるのだ。よく知られている代表的な作品で言えば「ルルとミミ」。ざっくり書くなら「ルルとミミ」は久作の継母・杉山幾茂の兄・戸田健次の息子=戸田健が実際関わった原稿であるとみられ、久作のアダプテーションは認められるものの本全集編纂メンバーで協議した結果、夢野久作を作者としてみなすことはできないという結論に至ったという。

 

 

 

他の童話についても、完全なる久作個人の作と確定するには疑義があるそうで。どうもこれって本全集が配本開始された後に浮上してきた問題みたいね。というのも第一巻発売前に版元が配布した『定本夢野久作全集』内容見本をよく見ると、集中的に童話を網羅する第6巻の収録予定作品の中にハッキリ「ルルとミミ」は存在してるし、何がどうしてこんな事になったんだ?

未収録にした根拠こそ第8巻巻末に書いてはあるけれど、疑義発生から確定までの詳細な流れは記されていない。こうなると、今回久作作品としては認められぬとされてしまった作品を今まで久作作品だと認定してきた西原和海は相当プライドを傷付けられただろうなあ。そしてまたとんだ受難に逢う羽目になってしまった『定本夢野久作全集』に対して熱心な久作ファンはどのように考えているのか。思わず私は岡村靖幸ばりに「♪どぉなっちゃってんだよ、ど・ど・ど・どぉなっちゃってんだろう」と困惑を隠せないのだった。

 

 

 

(銀) 夢野久作研究の第一人者として長年君臨してきた西原和海としては、全ての久作執筆物を一同に会した本当の意味での全集を生きているうちに作り上げたいという強い野望があったに違いない。ところがあちらこちらからケチ(?)が付いてこんな結末を迎えてしまい、本全集はどうにもHappy Endとはいえない完結にならざるをえなかった。個人的には前にも書いたとおり近年の久作研究のオイシイところがすべて『民ヲ親ニス』へもっていかれてしまって、全集本編以外の部分(特に月報)がツマラナカッタのが悔やまれる。全巻購入者特典『犬神博士』が届くのを待たずにこの記事を書くに至ったのも、本全集への失望が拭えなかったからだ。






2021年1月15日金曜日

『定本夢野久作全集/第1巻』夢野久作

2016年11月16日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

国書刊行会  西原和海/川崎賢子/沢田安史/谷口基(編)
2016年11月発売



★★★★    手放しでは喜べぬ新全集




本巻発売の数週間前に版元より配布された内容見本を見ると、この全集における単行本初収録作はごくごく僅か。てっきり例の雑誌『黒白』未発見バックナンバーが完全に揃ったからこその新全集だと思っていたのだが、未だに探索中という。となると今回の全集の意義は三一書房版全集+ちくま文庫版全集+葦書房版著作集+α の小説その他をジャンルごと発表順に並べ直し、旧仮名遣いを用いたテキストという事になる。

 

 

第1巻は 【小説Ⅰ】1917-1931。『黒白』『猟奇』初出の短いものと『新青年』登場から「悪魔以上」(連作「江川蘭子」久作篇)迄を収録。初期の童話は第六巻に入る予定。解題では戦前の初出誌+著書テキストをつぶさに校異しており、とりあえずこの部分は見ごたえがあった。 

 

                   


ところで当全集の配本開始後に「夢野久作と杉山3代研究会」facebook からステイトメントがあって、杉山家現当主・杉山満丸のものと思われるが、

 

「全集について事前に国書刊行会から話はあったけれど、諸般の事情により杉山家に遺された一切の資料(写真含む)提供を遠慮させて頂く。夢野久作の遺稿・スケッチ・書簡・日記・遺品等の提供は遺族としてお断りさせて頂いた。」

 

というのだ。例えば絶版になって久しい『夢野久作の日記』(葦書房)は今回絶好の復刊機会だったのに内容見本に載っていなかったのも、全集の巻頭口絵ページといえば普通は作家の在りし日の写真がふんだんに紹介されるものなのに本全集にはそれがないのも、はたまた久作研究の第一人者で本全集編集委員の西原和海が「夢野久作と杉山3代研究会」に全く不参加なのも、ずっと疑問に感じてはいたがこんな声明が出されるということは何がしかの対立が起こっているとしか考えられないではないか。

 

                    


もう少し具体的な例を挙げると、同じく「夢野久作と杉山三代研究会」 facebook で杉山満丸は「❛ 夢野久作 ❜ というペンネームを〝うすらばかほどの意味〟などと書いている人が夢野久作本の編集に加わっているのを見るとかなしく、情けなくなります。ペンネームの意味も理解しないで夢野久作の作品の出版に関与し、評論を書き続けているのです。」ともコメントしている。

 

 

これって誰がどう見ても西原和海の事だろ? 西原が久作研究を始めてもう数十年にもなるのに、なぜ近年になって突然杉山満丸はこんな事を? 同時に、杉山茂丸についてwebサイトにて研究や発言をしてきた坂上知之へも批判めいた言葉を口にしておられたので、そういうウルサ型の杉山家研究者と呼ばれる人間に対し、許し難い何かがあったのかもしれないが・・・。
(当全集の編集方針での食い違い、また西原が「夢野久作の存在を世間に広めたのは自分だ」と放言したのを知って満丸が気分を害したという情報もある)

 

                     


その原因を知る由も無いが、一冊壱万円もして〝定本〟をブチ上げた決定版ならそれに相応しいものにならなければならない。ローカルというハンデを物ともせず、空疎なブームに踊らされもせず、草の根的に大衆に浸透し過去二度も全集が編まれてきた夢野久作なら尚更。


 

 

作品数が相当に多いとはいえ、横溝正史が山田風太郎のようにカテゴリ別全集さえ出してもらえず、正しい校訂どころか改悪テキスト本のほうが多く流布している現状を思えば、久作はかなり恵まれているのだ。簡単に事が収束するとはとても思えないが、全集完結予定まで四年。誰もが納得のいく内容で終わるよう願うしかない。





(銀) この記事は当全集の配本が全て終了してから扱いたかったが、現在リリース済みなのは第7巻迄で、残すラストの第8巻発売告知はまだ出ていない。あれから事態が良くなる気配も無いまま、本来この全集を彩るべき資料は(昨日紹介した)『民ヲ親ニス』の方へごっそり行ってしまった感がある。



それまでの全集/著作集と違って、西原和海が一人で書いていた過去の解説の方が楽しめたし、今回は月報の内容がとにかくつまらない。第7巻までで印象に残っている寄稿といったら佐左木俊郎宛夢野久作書簡が発見された情報しかない有様で。



本当はもっと物申したい事があるのだがここはグッとこらえて、最終巻並びに全巻購読者特典とやらを全て読み終えた上で発言するとしよう。ともあれ、上記のレビューをAmazonへ投稿した時は祈るような気持で★5つを付けたけど、巻を重ねるごとに私のテンションは右肩下がりなので当Blogでは★4つに変更した(本当はもっと★を減らしてもいい程)。





2021年1月14日木曜日

夢野久作と杉山三代研究会会報『民ヲ親ニス/第4号』

2016年11月11日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

「夢野久作と杉山3代研究会」事務局
2016年11月発売



★★★★★    遂に全国発売!



杉山家の御膝元・福岡で活動している「夢野久作と杉山3代研究会」。強力な杉山家シンパの人々が研究結果を報告していて、会の名が示す如く夢野久作こと杉山泰道だけでなく、久作父・杉山茂丸/久作長男・杉山龍丸も研究の対象となっている。

 

 

この会報誌『民ヲ親ニス』は毎年一回刊行される会報誌で、手に取って見て頂くとわかるが、実に濃すぎる内容。私は正直言って久作以外はからきし詳しくないので、ついていくのが大変なぐらい(特に杉山茂丸関連の記事)。

 

 

これまでは「夢野久作と杉山3代研究会」会員への配布もしくは希望者への通信販売という、限られた範囲での認知だったかもしれないが、第4号完成を機に販売ルートを拡げたそう。Amazon等の大手通販サイトで見つからない時には、(店舗は限られるが)北から南まで一部のジュンク堂ほかの書店取扱もある。とにかく「何を研究したらいいのか」さえもわかっていない『横溝正史研究』とはまるで対照的。『横溝正史研究 』 はずっと発売延期を繰り返してるが大丈夫かね?(翌2017年にどうにか『横溝正史研究 』は出たが、その号で打ち切りになった模様)

 

 

本号においても詳細すぎる久作著書目録や、戦前の日本探偵小説を俯瞰する「書誌:夢野久作の誕生とその作家的地位確立に至る経緯」とか、茂丸派の方には「杉山茂丸<百魔>の書誌と著作年譜」といったページもある。講談社学術文庫版の『百魔』がそんなに言葉狩りや脱落文がある内容だったとは知らなかった。

 

 

14歳の杉山直樹少年(久作の幼名)が福岡の風景を描いたスケッチの紹介もあるし、必読必携な内容に出来上がっている。バックナンバーしかり、なくなる前に是非入手しておいたほうがよろしいかと。




(銀) 私の興味の範疇外なので一度も行ったことは無いが福岡県北九州市小倉には「松本清張記念館」があり、そのwebサイトを閲覧すると、建物自体決してみすぼらしいスペースではないようだ。更に99年から現在に至るまで年一回発行されている研究誌『松本清張研究』のみならず企画展が開催される時には図録も度々販売しているし、紙ベースかどうかは知らないが館報まで制作している。



私の興味の対象となる探偵小説の分野で、これに対抗できている個人探偵作家の施設といったら西池袋旧乱歩邸を買い取った立教大学の「江戸川乱歩記念大衆文化センター」のみ。いくら ❛ 志 ❜ は高くとも潤沢な資金、それと(有能とはいわずとも)そこそこ無能ではない人材がいなければこんな記念館をずっとやっていける筈がない。清張の場合は、彼の戦友ともいうべき元文藝春秋新社の編集者だった藤井康栄が長年「松本清張記念館」館長を務め、運営の充実に力を尽くしてきたという。



「松本清張記念館」には一般会員として年会費3,000円を徴収する友の会があるが、それだけで立派な刊行物を定期的に出し続けられるもんかね? もしくは裏で巨大な金主がバックアップしているとか? 私なんかからすると、清張にそれほど熱狂的な固定ファンが大勢いるようには思えないが、どうやってこの記念館を維持できているのか不思議でならない。



夢野久作には記念館こそないけれど本稿で紹介した「夢野久作と杉山3代研究会」が発足したし、久作の遺品は福岡県立図書館や九州大学で管理されている。とはいえ西原和海は昔から「福岡人はなかなか夢野久作に関心を持とうとしない」と愚痴をこぼしてきたが、久作と清張の福岡県内における扱いを目にすると、その差は否定のしようがない。




2020年11月18日水曜日

『文藝別冊/夢野久作/あらたなる夢』

2014年2月26日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

河出書房新社 KAWADE夢ムック
2014年2月発売



★★★★    新たなチャプターに入った久作研究




なぜ今、河出の文藝別冊で夢野久作を取り上げたか? 安藤礼二×中島岳志による政治性の濃い対談を冒頭にもってきたところから、編集部の思惑が見えるような気がする。



久作の野球エッセイ「親馬鹿ちゃんりん」、腹違いの妹・森あや子宛の情味あふれる久作書簡、手帳に書き留められていた「猟奇歌」、2013年に発見された「ドグラ・マグラ」草稿画像(その原稿用紙裏面は久作の長男・杉山龍丸によって再利用されている!)など単行本初収録のものは見逃せない。

 

 

やはり私は、久作を語るに相応しい研究者諸氏の近年の動きがわかる西原和海×川崎賢子×浜田雄介「夢野久作の読み方」が最も興味を引く。そうか、問題の雑誌『黒白』は未だに発掘が進んでいないのか・・・・。玄洋社の遺族の方々、旧家にあの雑誌のバックナンバーが残っていないでしょうか? 本書寄稿者中、杉山家関係者である久作の孫・杉山満丸のエッセイにはもっと頁を割いてほしかった。その他、全集月報や雑誌でしか読めなかった寄稿文の再録もある。

 

 

こういったムック本によくある信者のオマージュや論考なんぞは全然要らないのだが、まあ良しとしよう。しかし巻末の「夢野久作作品リスト」はミスが多くて残念。例えば「狂歌師 赤猪口兵衛」が収録されているのは、葦書房『夢野久作著作集』(作品集ではない)ではなく三一書房版全集では? 著作一覧は『著作集』第六巻で読むことができるので、今回は著書目録を作ってほしかった。

 

 

本書に触れてある通り、地元・福岡で夢野久作の研究が盛り上がることは今までなかった。だが2013年「夢野久作と杉山3代研究会」が立ち上げられ、杉山満丸も積極的に助力している。本書の刊行には、この研究会の活動も大いに影響を及ぼしている筈。




(銀) KAWADE夢ムックでは過去に江戸川乱歩/山田風太郎/久生十蘭を特集した。例えば、乱歩の号だと芦辺拓や喜国雅彦のしょうもない腐れ記事がある反面、その昔少女雑誌にて三津木春影が中絶させてしまった「悪魔が岩」の後編を、読者が描いてくれるよう編集部が募集した時に、若き日の乱歩がせっせと執筆した旧い草稿が復刻されており、今以て此処でしか読めない。また未だに往復書簡集として世に出ていない横溝正史宛の乱歩書簡も掲載。つい忘れがちだけど重要な記事が載っていたりする。






2020年7月12日日曜日

『夢野久作と杉山一族』多田茂治

2012年9月20日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿
                       
弦書房
2012年9月発売



★★★  書名変更されているが『夢野一族』の新装版なので注意




ここ数年は杉山茂丸書籍で賑い、夢野久作関連の刊行はすっかり御無沙汰だったので勇んで購入したが、中身は97年に三一書房から出た『夢野一族』だった。この本の再発意義は認めつつも、多田茂治には新しい書下ろし久作本を期待していたのでオリジナルを所有している身としてはガッカリもしている。変わった点はハードカバーからソフトカバーになりカバーデザインを一新、定価が安くなりオリジナルにない写真が数点追加され、最終章に若干の加筆そしておそらくオリジナルの誤りが訂正されていると思われる。



2011年にNHKで「トライ・エイジ〜杉山家三代の物語」という良いドキュメンタリーが放送されたので、あの番組で初めて杉山一族に関心を持った方にお奨めしたい一冊。この著者による夢野久作とその作品論を読みたいなら『夢野久作読本』そしてスピンオフともいえる『玉葱の画家〜青柳喜兵衛と文士たち』から入るのもいい。現在(2012年夏)日本と中韓露の間で領土問題による緊張が高まっており、この状況が続くようなら杉山一族(特に茂丸)への関心が静かに高まってくるかもしれない。こんなキナ臭い理由で彼らに注目が集まってほしくはないけれど・・・。

 

 

版元・弦書房から06年に出た『杉山茂丸伝』(堀雅昭)が研究者だけでなく遺族・杉山満丸からも批判を浴び、この出版社から杉山家関連の書籍が出る事はもうなかろうと思っていたので本書の刊行は意外だった(私も読んだが、茂丸について何が言いたいのかよくわからぬ本だった)。版元HPをはじめ、どこで本書の内容説明を見ても「『夢野一族』の新装」とは記載がなく現物を見ないと別の本だと誤解を招きかねないこの再発のやり方は、新規読者にはまだしも久作ファンに不親切。本の内容はともかく弦書房に★★減点。

 

 

今後の希望を言うなら、入手難な『夢野久作の日記』を英文箇所に訳を付け読み易くした形で復刊するなり(出版社間の版権で一悶着ありそうだな)、長男杉山龍丸・次男三苫鐵児両氏の、父・久作を語った未刊随筆が一冊に纏まらないものか。そして長いこと鳴りを潜めている西原和海の監修による『論創ミステリ叢書/夢野久作探偵小説選』を最も切望する。幻の雑誌『黒白』掲載分の久作作品発掘はあれからどうなった?

 

 

 

(銀) この2012年のレビューを書いた時、『夢野久作の日記』を復刊するとなると一悶着ありそうだとか雑誌『黒白』掲載分の久作作品は発掘できるのか?という不安が頭をがよぎったが、それが四年後の夢野久作新全集で不幸にも的中してしまうとは・・・。




『黒白』のバックナンバーが見つからぬ以上、英文パートを訳したり必要な箇所に註釈を付けた『夢野久作の日記』アップデート版を再発するのは非常に価値のある事だと思うのだが、あの本の編者は久作の息子杉山龍丸で、その著作権を継承しているのは久作の孫にあたり龍丸の息子である杉山満丸。久作作品は既にパブリックドメインになっているから今進行している国書刊行会の最新久作全集を出すには差し支えない。けれど龍丸が亡くなったのは1987年だからまだ著作権は生きていて満丸が許可をしないと『夢野久作の日記』は再発できないという事になる。





2020年6月15日月曜日

『夢野久作の世界』西原和海(編)

2009年5月13日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿
   
沖積舎
1991年11月発売



★★★★   編者・西原和海の果てしなき拘り




二段組500頁にも及ぶ夢野久作に触れたエッセイを網羅する本書。編者は久作研究者といったらこの人、西原和海。これは1975年に平河出版社より上梓した『夢野久作の世界』の新装版。

 

 

第1部「同時代からの証言」は久作生前とその急死まで。
江戸川乱歩・森下雨村・小酒井不木・平林初之輔・甲賀三郎・延原謙・水谷準・大下宇陀児・九鬼紫郎・三上於菟吉・竹中英太郎、その他大勢。更に近親者である紫村一重・石井舜耳・青柳喜兵衛、そして久作夫人である杉山クラが名を連ねる。
 

 

第2部「六十年代における再評価」は鶴見俊輔・横溝正史・山田風太郎・中島河太郎らの寄稿。
第3部「新たなる視座からの接近」は澁澤龍彦・唐十郎・由良君美・竹中労らの寄稿。

 

 

久作長男・杉山龍丸の夢野一族論にはかなり頁を割いている。探偵小説の視点から見るとやはり前半が面白い。平岡正明の熱弁は相変わらず鬱陶しいし狩々博士の論述は難解。久作を語る団塊世代はどうも問題提起というかアカデミック調になってしまうのが私には少し疲れる。

 

 

それでも、これだけの執筆を纏めた編者の力はお見事。なぜ横溝正史にはこういう充実した本がまるでないのか?浜田知明も少しは西原和海を見習って欲しいものだ。 

 

 

 

 

(銀) 著作を除く夢野久作関連書の中では、今でもNo.1の座を明け渡していない必携の一冊。浜田知明というのは本業が校正者、一応世間では横溝正史研究の筆頭とされている人物。横溝正史の人と作品を研究する書物など期待しても無駄なのだという諦観については、これから当blogの中でおいおい記していく。