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2025年1月17日金曜日

『怪奇探偵ルパン全集③虎の牙』ルブラン(原著)/保篠龍緒(譯)

NEW !

平凡社
1929年5月発売



★★   知名度は高いが出来はイマイチ




「虎の牙」・・・子供の頃、初めて手にしたのは言わずもがな南洋一郎ポプラ社版。昔はフツーに面白く読めたもんだが、年齢を重ね大人向けの本で再読するたびガッカリ感が増してゆく特異な作品である。フランスの発表順では「三十棺桶島」の次になっているけど、アメリカから映画化を前提に新作をオファーされ、英訳テキストで本国より数年早く発表している関係上、実質的な初出は「ルパンの告白」の次作に該当するんじゃなかったかな?「813」→「水晶の栓」→「ルパンの告白」・・・さしものルブランも疲弊していたのか、敵役に強烈なオーラが備わっておらず、全体を通して無駄な贅肉が多い。

 

 

従来どおりアトラクティヴなシーンは健在。そのくせ物語のテンポが良くないし、北アフリカ・モーリタニアにルパンは自分の帝国(!)を持っているのだが、或る人物を救うべくその帝国をフランス政府へ差し出す壮大な取引など、重箱の隅をつついて楽しむのが好きな本格一辺倒の人からすれば度を越したスペクタクル。加えて「ルパンの民族主義が許せないッ!」と批判する声もあるらしく、この辺がアルセーヌ・ルパンの世界にのめり込めるか否か踏み絵になっているんだろうね。

 

 

なんにせよ本作の場合、活劇長篇の熱気を左右する御都合主義が理想的な相乗効果を生み出せていないのが大きな欠点。捕えられたドン・ルイ・ブレンナが脱獄トリックも無いまま「開けろ、胡麻(セザーム)!」と呟いているだけですぐに獄から出してもらって簡単にバラングレー総理大臣と交渉することができたり、終盤における犯人との対決でも古井戸に落ちたあと絶体絶命のピンチをあんな風に脱出できたり、どうも底が浅くて興醒めする。近い将来、良質な新訳が読めるようになるのか全く不透明だけど、一度保篠龍緒訳の呪縛からスッパリ脱却してみたいよ。




                    


 
 
前に「水晶の栓」を取り上げた際、同じ保篠龍緒の訳したルパン本でも新版が出るたびテキストに手が加えられているか、検証を行いたいと述べた。よってここでは戦前(昭和4年)刊行された平凡社版『虎の牙』(怪奇探偵ルパン全集第三巻)と、戦後(昭和23年)刊行された三木書房版『虎の牙』『呪の狼』を比較してみようと思う。保篠訳「虎の牙」は大正時代から『虎の牙』と『呪の狼』二冊セット販売が定番ゆえ、昭和4年刊平凡社版のように一冊で出されるケースは非常に珍しい。








その平凡社版三木書房版の章題はコチラ。

 

【昭和4年 平凡社版】(本書)         【昭和23年 三木書房版】

  警視總監室                 警視總監室/『虎の牙』

  呪はれた人々                                     呪はれた人々/『虎の牙』

  死の寶石                                         死の寶石/『虎の牙』

    林檎の歯型                                           林檎の歯型/『虎の牙』

  鐵扉                                                     鐵扉/『虎の牙』

 

  紫壇杖の怪人                                    紫壇ステツキの怪人/『虎の牙』

  沙翁全集第八卷            シエークスピア全集第八卷/『虎の牙』

  骸骨小屋                   骸骨小屋/『虎の牙』

  ルパンの激怒                                         ルパンの激怒/『虎の牙』

  秘密の告白                                           秘密の告白/『虎の牙』

 

  大瓦解                     大瓦解/『虎の牙』

  救けて吳れ                       救けてくれ/『呪の狼』

  大爆發                     大爆發/『呪の狼』

  呪の男                                           呪の男/『呪の狼』

  二億圓の遺產相續者             二億圓の遺產相續者/『呪の狼』

 

  エベールの報復                エベールの報復/『呪の狼』

  開けろ!胡麻                 開けろ!胡麻/『呪の狼』 

  皇帝アルセーヌ第一世                            皇帝アルセーヌ第一世/『呪の狼』

  穽がある!氣を付けろ                           穽がある!氣をつけろ/『呪の狼』

  フロレンスの秘密                                   フロレンスの秘密/『呪の狼』

 

  さらばよ!ルパンの名                             さらばよ!ルパンの名/『呪の狼』

 

 

〝沙翁〟を〝シエークスピア〟に変更したり、三木書房版『虎の牙』『呪の狼』は上段に示した章題だけでなく、本編においても一部の漢字表記を調整しているぐらいしか平凡社版との違いは無い。要するに平凡社の紙型をダイレクトに流用するのではなく、旧テキストをベースにしつつ戦後になって表現の仕方が変化した言葉のみ手を加えているらしい。従って三木書房版の制作に保篠龍緒は関与していないと判断していいだろう(平凡社版三木書房版を一字一句すべてチェックしてはいないので、万が一異同があったらそれは私の見落としである)。奥付にちゃんと「星野」印が押されており、三木書房版は海賊版ではない。





ルブランマニアでも保篠マニアでもない私は、戦後のルパン本は殆ど持っていない。戦前の版に対しこういう訳文比較を行うのであれば、三木書房版よりあとに出たもの(例えば日本出版共同版「アルセーヌ・ルパン全集」/鱒書房版「ルパン全集」/三笠書房版「ルパン全集」/日本文芸社版「ルパン全集」)を用いたほうが、異同を発見する確率はアップしそう。
 

 

 

(銀) 昭和4年の「怪奇探偵ルパン全集」を担当した平凡社の編集者は古河三樹松。戦後になり自ら三木書房を立ち上げ、往年のルパン本を蘇らせたのも彼の仕事。『月の輪書林 古書目録9 特集古河三樹松散歩』にルパン絡みの思い出話でも載ってないか、数年ぶりに目を通してみたが残念ながら無かった。

 

 

 

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2024年6月13日木曜日

『怪奇探偵ルパン全集②水晶の栓・怪紳士(下)』ルブラン(原著)/保篠龍緒(譯)

NEW !

平凡社
1929年5月発売



★★★★★   保篠か 保篠以外か





『名探偵読本7/怪盗ルパン』に収録されている小林信彦+田中潤司+榊原晃三による座談会「怪盗ルパンの虚と実」。そこで小林信彦はこう語る。

 

〝ぼくの読んだ〈ルパン〉は、あくまでも保篠がつくったものでしょう。だから、そのプラスとマイナスとあると思うんだけれども、ともかくそれしか知らないわけだから。それでその後ね、もっと正しい訳だと思うけどね。読んでみても、なぜだか違うわけですわな。あのべらんめえ調じゃないと気分が出ない(笑)。〟

 

一方、若い頃中井英夫のアシスタントをしていた『新青年』研究会メンバーの村上裕徳は、『「新青年」趣味Ⅺ』にて羽根木時代を振り返り、軽装版の保篠龍緒訳ルパン全集を揃えていた中井のこんな発言を紹介。

 

〝堀口大学の訳は典雅過ぎちゃって・・・・、やはりルパンは保篠の訳じゃないと面白くない〟

 

 

 


昭和20年代まで、ルパン・シリーズを読むなら翻訳者はほぼ保篠龍緒一択といっていいぐらい彼の一人舞台だったし、アルセーヌ・ルパンを日本に根付かせた保篠の功績に異議を唱える人などいないと思う。そうは言いつつ、保篠の訳が頭に刷り込まれた小林信彦や中井英夫のような世代がいる反面、時代が下ってきて保篠以外にも様々な人がルパン翻訳を手掛けるようになると、「保篠のルパン訳はアラが多い」といった声がチラホラ出始めて。

そんな批判も併せて紹介したいのだが、それがどの本(あるいは雑誌)に載っていたか、どうしても思い出せない。とりあえずここでは、保篠のルパン訳に否定的な見方をする人も少なからずいる事のみ記しておく。

 

 

 

前にも書いたとおり、保篠龍緒の創作ものは文章に深みが感じられず、一度読めばもう十分なのに、ルパンの翻訳だとなぜかそこまでつまらなく感じないのは不思議だ。とにかく私はルブランが勝手にホームズとワトソンをダシに使っているのがイヤなので「怪人對巨人」は論外。「奇巌城」など子供の頃一番最初に読んだルパン・シリーズであり、ホームズさえ出てこなければもっと褒めたい作品なんだが、これも却下。そうなると長篇ではやっぱり「813」か「水晶の栓」がトップに来る。

813」とその敵役LMに比べ、「水晶の栓」と怪代議士ドーブレクは(本書ではこう表記しているので、ここではそれに従う)過小評価されてるような気がして、今日は「水晶の栓」を選んでみた。

 

 

 

保篠訳ルパンを一度も読んだことのない方は、いわゆる彼のべらんめえ調についてどんなイメージを持っておいでかな?捕物帳みたいな口調?では、昭和4年に刊行された本書『怪奇探偵ルパン全集②/水晶の栓・怪紳士(下)』より、ルパンがドーブレクに見得を切るシーンの一節を見て頂くとしよう。(括弧内はルビ)

 

 

ルパンはフゝンと肩を峙(そびや)かして、
「狒々野郎、默れッ」と怒鳴り付けた。「貴樣は人は誰れでも皆貴樣の樣に、獰惡、無慈悲だと思つてゐやがるんだ。オイ、俺の樣な怪賊が、道樂にドン・キホーテの眞似をして居ると思つて居るのか?貴樣は俺がそんな醜惡な野心を以て此の事件に飛び込んで居ると思つて居るのか?そんな事を捜すない。貴樣なんぞには到底俺の心意氣なんざあ解りやせんぜ、爺(おやぢ)。それよりも、俺の問題に返事をしろ・・・・どうだ、承知するか?」

 

 

同じ場面を、小林信彦と中井英夫が保篠訳との比較に挙げていた堀口大學の訳でどうぞ。使っているテキストは新潮文庫『ルパン傑作集(Ⅵ)水晶栓』(昭和3585日発行/平成5122536刷)。

 

 

ルパンが肩をすぼめてみせた。
「けだものめ!」吐き出すように彼が言った。「あんたは他人まで自分みたいに情け知らずの冷血漢だと思っている。あんたさぞ驚いているだろう。わしのような悪党がドン・キホーテの役をして時間つぶしをしているのが腑におちかねて?だからどんな下劣な動機でわしが動いているかと考え込むんだ?だが無駄だから探すのは止せ、あんたの頭じゃ解りっこない。それよりもさっさとわしに返事をしな・・・・・承知するかい?」

 

 

 

この部分は『怪奇探偵ルパン全集②水晶の栓・怪紳士(下)』において、べらんめえ調が突出して目立っているのでお目にかけた。如何だろう?漢字の使用が多い保篠訳の字面を現代人が読んだら目がチカチカするかもしれないが、雰囲気を盛り上げる熱気みたいなものはこちらのほうが確かに伝わってくるし、このセリフだけ見ればなんともバタ臭く受け取られそうだけど、全体的にはそうでもない。

後発の堀口訳はどうか?一見読み易く感じるものの、〝わしのような悪党がドン・キホーテの役をして時間つぶしをしているのが腑におちかねて?だからどんな下劣な動機でわしが動いているかと考え込むんだ?〟のところなど独特のクセがあるし、拒否反応を示す読者はいそうだ。なにより堀口はルパンに〝わし〟と言わせているのが個人的に好きじゃないね。

 

 

 

保篠がルパン・シリーズをどのぐらい正確に翻訳しているのか、フランス語原文を読めないことには判断できないから、最終的には訳された文章の好みの問題になる。かつて東京創元社が提言したように、Lupinはリュパンと発音するのが本当は正しいのだろうが、我々日本人はあまりにもルパンと呼ぶことに慣れ過ぎてしまって、今更リュパン表記を受け入れるのは非常に難しい。そういった肌感覚も含めて、少なくとも私は堀口訳より保篠訳のほうが楽しめる。保篠のルパン訳は山中峯太郎のホームズ訳に比べれば(あれはもはや訳ではなく翻案なのだろうが)、ずっとまともだし。

 

 

 

保篠訳のルパン本は大正から昭和に至るまで膨大な数に上るため、同じ作品でも翻訳された文章は時代によって微妙に変化しているのではないか?今日は保篠と堀口大學の訳を比べてみたが、同じルパン作品の保篠訳でも、版元が変わったりして本が出し直されるたびテキストに手が加えられているのか、そのうち検証してみたい。

 

 

 

 

(銀) 『怪奇探偵ルパン全集②』は「水晶の栓」の他に短篇「ハートの七」「王妃の首飾」を併録。平凡社は一番最初のルパン短篇集「怪紳士」を一冊に纏めず、①と②に分散させており、こういうのは得てして各巻のページ数を調整したい目的によることが多い。そのせいで、本巻のタイトルは『水晶の栓・怪紳士(下)』になっているのである。

 

 

 

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2021年10月14日木曜日

『日本ルパン/名刑事と怪盗』保篠龍緒

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同星出版社
1953年12月発売



★★    和製ルパンを拵えても本家には遠く及ばず



❉ ルパン → 龍伯(りゅうはく)。前回につづいて今回も保篠龍緒にスポットを当てる。彼の創作の中には謎の侠盗・黄龍伯を主人公に据えたシリーズがあって、その第一長篇「妖怪無電」(大正15年発表)は『保篠龍緒探偵小説選Ⅰ』に収録されていたから、ご記憶の方もきっとおられるだろう。いわんや保篠流アルセーヌ・ルパンとして考案されたキャラが黄龍伯であり、「妖怪無電」では、
〝彼の生立は知らぬ。彼の経歴は知らぬ。
ただ嘗ては日露役の傑物華大人の懐に抱かれて北満の野に眠ったともいう。
また嘗ては欧米に流浪して将軍カランザの帳幕に長剣を撫したともいう。〟
と紹介されていた。彼は支那馬賊の首領であったらしい。

 

 

この黄龍伯シリーズは戦後も本になり、〈日本ルパン〉の名称が付けられるようになる。戦前に発表した黄龍伯ものを改稿して再発したり、もともと黄龍伯とは関係なかった作品でさえ〈日本ルパン〉シリーズへ編入したものもあるそうで、本日取り上げるのは戦後に書かれたと思われる〈日本ルパン〉シリーズのひとつだ。帯に新作推理長篇と明記してあるから、まさか戦前作の再録ではなかろう。黄龍伯には仮の名がいくつかあるのだが、本書では主に成瀬隆太郎と名乗っている。また本書では竜伯と表記されているけれど、ここでは漢字を戦前の龍伯表記にして話を進める。


 

 

❉ 黄龍伯の成瀬隆太郎は、賀川なる人物が一千万円という(当時の)巨額な金を保有していることを知って胡散臭さを感じ取り、その金を盗みとるべく賀川の持ち家である洋館三棟のうち、売りに出されていた一棟を買い上げ、隣人として住みつつ機会を伺う。その賀川家で思わぬ殺人と盗難が起こり、龍伯が首を突っ込むのは勿論、裏の世界でその名を知られた美しき女侠客・紅水栓までもが事件に一枚噛んでくる。

 

 

買い取った洋館を改築するために雇った蒼白い青年設計士・大原昇が実は自分の息子であると知った龍伯は柄にもなく動揺し・・・と書けば、この長篇はルブランのどの作品をサンプリングしているのか、どなたでもすぐにピンとくるだろう。

となると、その息子を意図的に悪の道へ進ませたあの人物の存在が本作ではどういう扱いになっているのか気になるところだが、本作だって将来もしかすると再発されるかもしれないし、これから読む方のためにあれこれ詳しく述べないでおくけれども、あの人物の底知れぬ復讐心云々については過剰に期待するべからず、とだけ言っておく。


 

 

❉ ところで本書はなんだか変な構成になっていて、全284ページ221ページで上記の長篇が終わってしまう。書名は『名刑事と怪盗』だけども、警察サイドの中心人物・東警部はちっとも龍伯と敵対してなかったではないか・・・と思ってたら、222頁から短めな別の中篇が始まる。こちらは龍伯と東警部の戦いが描かれていて、つまり前半の長篇と後半の中篇にはそれぞれ別々の作品タイトルが付いていなければならないのに、それが無いものだから目次の表記はあたかも長篇一作ぶんだけの章題が並んでいるようにしか見えない。いい加減だよなあ。

 

 

だもんで『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』巻末の【保篠龍緒著作目録】を捲ってみた。本書の中篇には雪峰の香炉というお宝が出てくる。ルパンで香炉といったら「ユダヤのランプ」か。すると【著作目録】には、昭和511月から三ヶ月『講談雑誌』に連載された「龍鬼大盗傳」という作品が「ユダヤのランプ」の翻案だと書いてあった。

『講談雑誌』の12月号は持っているから早速見てみると、満蒙の大馬賊王・東洋のアルセーヌ・ルパンという角書が付いた「龍鬼大盗傳」の第二回が載っていて、私の推測したとおり、やはり本書の中篇はこの作品と同一であるのが判明。初出時は黄龍伯じゃなく洪龍伯となっていたり、戦前の言葉/文字遣いが本書では戦後向きに書き換えられていたり、筋はいじってないけど細かいところには手を入れてあるようだ。本書でも、本来ならば中篇のほうのタイトルは「龍鬼大盗傳」るいは「名刑事と怪盗」とでもすべきだったのにね。

 

 

そうなると、前半の長篇には初出時どんなタイトルが付いていたのか?本日の記事の左上にある本書の書影をクリックしてご覧頂きたいのだが、帯には、


〝西日本新聞・夕刊フクニチ・中部日本・北海道新聞・名古屋タイムス外数紙連載〟


とある。この長篇は新聞連載小説だったみたいで、帯が残っていたからこそわかる情報だ。もう一度『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』【著作目録】を開き、それらしきものを探してみたが、新聞連載で該当しそうな作品がひとつも無い。【著作目録】を作った矢野歩もこの長篇の初出は確認できなかったらしく、結局、本書前半に収録されている長篇の初出時のタイトルはわからなかった。本気で調べるのなら、帯に書かれていた五つの新聞に直接当たればいいのだけど、果たして本書が発売される直前の昭和3233年あたりにフツーに連載されてるかどうか。話の中に ❛ 焼け跡 ❜ というワードがあるから、昭和20年代に書かれた可能性も考えられる。




(銀) 本書前半収録の長篇が各地方新聞に掲載されていたと知って、又しても私は大系社/池内祥三の関与が頭をよぎってしょうがない。何のことだかわからない方は、当Blogにおける『女妖』(江戸川乱歩/横溝正史)⑬~⑯、加えて『覆面の佳人~或は「女妖」~』(江戸川乱歩/横溝正史)、それらの記事を読んでみて下さい。



どんなに和製ルパンを作りあげようとも、保篠龍緒の嗜好からして(暗号はそうでもないようだが)トリックや論理的な趣向に興味が無い上、小説家として決して上手い人ではないから、本家ルパンの魅力には遠く及ばない。やはり物語る力はルブランのほうが勝っているし、なにより本家ルパンの魅力はフランス/ヨーロッパの汲めども尽きぬ流麗な歴史と文化。講談調チャンバラしか書けない保篠に、空洞の針(奇厳城)や三十棺桶島に匹敵するほどの読書欲をそそる舞台装置の創出まで求めるのは無理筋というものだ。




2021年10月12日火曜日

『七妖星』保篠龍緒

NEW !

盛林堂ミステリアス文庫
2021年9月発売



★★★★   保篠龍緒といったら、やはりコレ



保篠龍緒の創作につきまとう欠点については『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』の記事に書いているのでそちらをご覧頂くとして、論創ミステリ叢書が「翻案だから」というよくわからん理由でスルーしてしまったこの長篇が、昭和34年の『キング』に連載された時の初出テキストを用いて再発された。本作を創作扱いとして発言したら「創作ではない、あくまでも翻案だ」などとヤジを飛ばす輩がいるかもしれないが、完全な翻訳作品ではないので便宜上そう呼んでいるだけである。


                   

 

例の モーリス・ルブラン「カリオストロ伯爵夫人」を下敷きにしてはいるけれど、一から十までアルセーヌ・ルパン物語そっくりそのままではなく、部分部分でその要素を取り込んだプロットになっているところに注目したい。保篠は森下雨村とほぼ同年代ゆえ、使う文体が江戸川乱歩ら下の世代よりも古めかしいのだが、この「七妖星」においてはそれが珍しく良い成果に繋がっている。

相変わらず話の展開がせっかちなのが難点で、例えば登場人物の心理面などを丁寧に描いたり、翻訳者として同業だった妹尾アキ夫の創作みたいに余韻を残せる文章を書けていたなら、保篠自身ルパン・シリーズの翻訳者として認知されていただけに、ひょっとして「七妖星」が戦前日本の通俗長篇探偵小説を代表する一品になる可能性だって決してゼロではなかった筈。

『講談倶楽部』で乱歩が「蜘蛛男」の連載をスタートさせるのは、『キング』の「七妖星」連載が完結した直後の事。講談社の雑誌にて乱歩の通俗長篇探偵小説が大輪の花を咲かせるお膳立ては(本作のおかげとばかりは言い切れないにしろ)すっかり整っていたのだ。



 

 

さらに「七妖星」成功の要因を挙げるなら、主人公の品川隆太郎青年を名にし負う怪盗紳士ではなく法学士の快男児に設定したことで、アルセーヌ・ルパンという鋳型を読み手にそれほど意識させずに済んでいるし、舞台を東京という殷賑都市ばかりに限定せず鎌倉や京都といった古都の山深い寺を使ったり、前面に押し出した〝和の趣き〟もまた物語の彩りにプラス作用している。この長篇の面白さはすべからく品川隆太郎 vs 石波艶子一味 vs 小笠原重光一味という、卍巴の闘争が起きているからではなく、仮にもし品川の敵キャラがひとりだけだったとしても、ある程度成功しただろう。
 

                    



カバー絵に描かれているナイフを持った水兵服の人物が誰の事で、どのシーンで登場してくるかも探してみてほしい。唯一、解説が北原尚彦なのが減点の対象。ルブラン研究者とかもっと適任者がいるだろ。北原は書き漏らしているが、「七妖星」昭和5年の初刊本を刊行したのは平凡社。ちょうど「七妖星」が連載されていたその最中、折しも同社からは保篠が翻訳を手掛ける『怪奇探偵 ルパン全集』がリリースされていた。だから(本のサイズは違えど)「七妖星」を初めて単行本化する際にも平凡社から出したのかな。



 

(銀) 本書は盛林堂ミステリアス文庫として発売されており、善渡爾宗衛メインでは制作されていないから、ここ最近の鷲尾三郎本に見られるあまりにも杜撰なテキスト入力ミスは(少なくとも私の見る限り)見当たらず、旧漢字などもちゃんと活かした校正がされていて、それが一番嬉しかった(何でこんな当たり前の事で喜ばなくちゃならないんだ?)。解説担当者だって場当たり的に選ばず、妥当な人選にしていれば迷わず満点にしたのに。





2021年1月11日月曜日

『保篠龍緒探偵小説選Ⅱ』保篠龍緒

2017年1月6日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

論創ミステリ叢書 第102巻
2017年1月発売



★★   チャンバラ風創作よりルパン翻訳史が読みたかった




モーリス・ルブランが生み出したアルセーヌ・ルパンを日本に定着させた功績はこの人にあり。ホームズ翻訳者・延原謙にスポットを当てた本叢書・第32巻『延原謙探偵小説選』がそうだったように、ルブラン/ルパンを追っかけている人もそうでない人も、保篠龍緒とくればそっち方面の充実を望んでいるのでは?今回は保篠の巻『 Ⅰ 』『 Ⅱ 』併せてレビュー。

 

 

■ 小説篇 ■   ★★

矢野歩の解題でも指摘があるように保篠の創作は「物語や人物に深みがない」、これに尽きる。保篠訳ルパンが「べらんめぇ調」だという説は昔からあったが、昭和4年平凡社版の『怪奇探偵 ルパン全集』を以前通読した時には、そんな風には思わなかった。むしろ創作もの、特に長篇にその傾向が強くて、保篠自身が謎の提示と解決に関心を払っていないため、単なる講談調活劇というか〝チャンバラ〟でしかない。

 

 

今回の収録には「七妖星」のような翻案ものは全て外したらしいが、あれって代表作長篇だぞ?そんな事をする必要はあったのか? 読むのがシンドイ小説ばかりの中、『 Ⅱ 』収録の短編「深夜の陀羅尼経」だけが少し印象に残る。「山又山」は暗号にトライしているが、仕上がりは雑。

 

 

■ 評論・随筆篇 ■  ★★

ルブラン/ルパンについての随筆の収録は『 Ⅱ 』だけ。『 Ⅰ 』の随筆は面白みがなにも無い。ここが保篠の巻の一番の目当てだったので残念。ルパン翻訳史を語った随筆をたっぷり読みたかったのだが、収録する価値のあるものが(特に戦後執筆分は)他になかったのか?

 

 

■ 総 評 ■  ★★

翻訳と創作では使う頭の回路が別だと思う。だから、どんなに創作がつまらなくとも翻訳の仕事が立派なら、それでいい。ただ延原謙のホームズ訳の批判を聞く事なんてまずなかったが、保篠のルパン訳に対しては「あまり良心的な訳ではない」との批判的な文章も時々耳にしてきた。

 

 

そして、そう言われる原因について今回の二冊を読んで納得した。文章に対するきめ細やかさが足りず、勢いだけで書いているように見える。逆に言えば、あれだけ現代を舞台にしている創作小説を時代劇まんまの調子で書いていながら、ルパンの翻訳ではよくルブラン原作の香りを残せたものだ。『 Ⅱ 』には保篠龍緒著作目録リストが付いているし、保篠の巻を買うなら『 Ⅱ 』から手を出したほうがよい。




(銀)論創ミステリ叢書は第101巻の『保篠龍緒探偵小説選 Ⅰ 』から、それまで総監修と解題を受け持ってきた横井司が退いた。私の想像だが、横井と同じく『新青年』研究会のメンバーで、2010年を過ぎた頃に論創社の編集者となっていた黒田明がいるので、日本探偵小説に関する書籍は黒田に任せたのか。



その結果、各巻にどの作家を取り上げるかを決めるのは黒田、作品選定と解題執筆は在野にいるその作家の専門家と呼ばれる人に任せる役割分担になった様子。で、保篠龍緒の場合は「ルパン同好会」の矢野歩が担当。第101巻以降の作家に著作リストが付くようになったのはありがたいけど、横井司の時には各巻の収録作品が過去にどの単行本やアンソロジーに収められていたのかキチンと書いてあってそれが便利だったのに、横井が外れてからはその慣習が無視されているのはちょっと困る。



そして上段にて述べたように、ルブラン/ルパンについてのエッセイを保篠龍緒がこんなに少ししか残していないとは到底思えん。矢野歩だけでなく黒田明も「ルパン同好会」会員の筈なんだがな。