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2025年5月6日火曜日

『戦前日本モダンホラー傑作選~バビロンの吸血鬼』高垣眸他/会津信吾(編)

NEW !

創元推理文庫
2025年4月発売



★★  満点を付けられる新刊も今や稀少




『怪樹の腕~〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選』(☜)が世に出て早や十二年が過ぎたのか・・・・それだけ長い年月を掛けたからこそ今回の企画も素晴らしい内容に仕上がっているのはわかっちゃいるけど、もう少し会津信吾にはハイペースで本を作ってほしいなあ。今や何の考えも無しに垂れ流される、このジャンルの新刊。作り手の知性とセンスを感じる書物なんて、どこを探しても無い。

 

 

「疾病の脅威」高田義一郎(『探偵趣味』昭和31月号発表)

「屍蠟荘奇談」椎名頼己(初出不明/底本は昭和3年刊『屍蠟荘奇談』赤木書房)

「亡命せる異人幽霊」渡邉洲蔵(『蜂雀』昭和41月号発表)

「火星の人間」西田鷹止(『冨士』昭和410月号発表)

「肉」角田喜久雄(『文学時代』昭和410月号発表)

 


「青銅の燭台」十菱愛彦(『グロテスク』昭和412月号発表)

「紅棒で描いた殺人画」庄野義信(『犯罪科学』昭和510月号発表)

「鱶」夢川佐市(『怪奇クラブ』昭和511月号発表)

「殺人と遊戯と」小川好子(『犯罪科学』昭和63月号発表)

「硝子箱の眼」妹尾アキ夫(『文学時代』昭和66月号発表)

 


「墓地下の研究所」宮里良保(『若草』昭和68月号発表)

「蛇」喜多槐三(『犯罪実話』昭和71月号発表)

「毒ガスと恋人の眼」那珂良二(『経済往来』昭和73月号発表)

「バビロンの吸血鬼」高垣眸(『少年世界』昭和81月号発表)

「食人植物サラセニア」城田シュレーダー(『犯罪実話』昭和82月号発表)

 


「首切術の娘」阿部徳蔵(『犯罪公論』昭和85月号発表)

「恐怖鬼侫魔倶楽部奇譚」米村正一(『犯罪公論』昭和86月号発表)

「インデヤンの手」小山甲三(『週刊朝日』昭和1051日臨時増刊号発表)

「早すぎた埋葬」横瀬夜雨(『奥の奥』昭和119月号発表)

「死亡放送」岩佐東一郎(初出不明/底本は昭和14年刊『茶煙亭燈逸伝』書物展望社)

 


「人の居ないエレヴェーター」竹村猛児
(初出不明/底本は昭和14年刊『物言はぬ聴診器』大隣社)

 

 

いつも学ぶべきところが多い会津の仕事。今回も各短篇の初出をチェックし『蜂雀』という雑誌の存在を初めて知った。ネット検索してみたものの殆どヒットせず、どんな感じの表紙なのか、それすら想像できん。あと、いかにも小説が載ってなさそうな誌名の『経済往来』は古書店で手に取って中身をチェックした記憶が無い。ここまであらゆる古雑誌を調べ倒しているがゆえの〝目利き〟なのだろう。耳慣れない作家と作品が多数並んでいるのは、作品の取捨選択に際し『新青年』掲載作が一切オミットされているのも大きな理由のひとつ。




『若草』は『文学時代』『冨士』『週刊朝日』と異なり、私のBlogとは縁遠そうな文芸誌だと思っていた。じっくり探せば「墓地下の研究所」みたいにヘンなのが紛れているのかも。そして『グロテスク』『犯罪科学』『犯罪公論』『犯罪実話』なんか探偵趣味と一見親和性がありそうなのに、評価を得て後世に残った小説が見当たらず、どちらかといえばイカモノ記事や実話で売ってた印象。でも上手く短編小説が拾い出されアンソロジーの一部になっていると、それなりのアイデンティティーも見えてくる。




歴史に淘汰されてしまった無名作家の作品を古雑誌の中に見つけて単体で読んでも、正直面白く感じられないことの方が多い。ところがこうやって一つのテーマを設け、似たベクトルの短篇をズラリ並べてみると、単体では発し得なかった輝きを放つようになるから不思議。フツーの読者に「気持ちワル~イ」と敬遠されそうなものばかり目立つ訳ではなく、小山甲三「インデヤンの手」は人種の壁に捉われない温かみがあったり、全体を通して単調じゃないのもGood。唯一ジュヴナイルだからか、本書のうち最も弱い高垣眸「バビロンの吸血鬼」が表題作になってて、つい笑ってしまうが、これの雑誌掲載時に挿絵提供していたのが岩田専太郎(325頁を見よ)。力の入った挿絵を描いてもらえてメジャーな作家は得だねえ。




河出文庫『盗まれた脳髄 帆村荘六のトンデモ大推理』に見られるこちらの記事を参照頭の悪いポリティカル・コレクトネスでもって製作されたトンデモ本を嘲笑うかのように、発表当時の表現を規制も改悪もせず正しく復元している本書。東京創元社と会津信吾はごく当り前の本作りを行っているだけだ。河出書房新社と新保博久はなぜ実写版の映画「白雪姫」が世界中で大不評なのか、よ~く考えるこってすな。





(銀) 本書における会津信吾・名言集。

〝戦前が暗黒時代だと思っているのは、教科書しか読んだことのないやつか、その教科書を書いたやつのどちらかだ。そんな奴らは放っておけ。〟

〝ある意味、ホラー小説の消長は平和のバロメーターだと言える。〟

〝『少年倶楽部』のモットーが「おもしろくてためになる」ならば、こちら(註:『少年世界』のこと)は「おもしろいけど、ためにはならない」で行こうとでも考えたのだろうか。〟






2024年12月16日月曜日

『探偵雜誌ロック撰/探偵小說傑作集』

NEW !

筑波書林
1947年8月発売



★★★   西田政治の創作短篇も収録




この本は『ロック』の別冊みたいに見えるけれど、『探偵雑誌目次総覧』における『ロック』のバックナンバー一覧には含まれていないし、作り自体も単行本に近いので、今回はアンソロジーとして扱っている。

 

 

「千早館の迷路」海野十三

帆村莊六は事件の依頼者・春部カズ子と共に、栃木県の山奥にある「千早館」へやって来た。「千早館」とは帆村の舊友・古神子爵が十年の歳月を要して建てた館のこと。しかし、当の古神子爵は日本アルプスで雪崩に遭い、落命している。一方、カズ子の恋人・田川勇が突然書置きを残して失踪。その書置きの中には四方木田鶴子という名前が出てくるのだが、日本アルプスにて古神子爵が遭難した折、同行していたのがその女だった。

 

予想を裏切るゴシック・ホラー的結末は帆村探偵シリーズ全体を見渡しても珍しく、フリーキーな「千早館」へ潜入した帆村に夜光チョークを使わせる小道具のアイディアなど、海野らしくてイイ。ダーク・モードに徹底して完成度を高めていたら、戦後帆村短篇の代表作になっていたと思う。

 

 

「南蠻繪秘話」西田政治

西田政治が翻訳を手掛けた海外ミステリの単行本は過去に多数出回っていた反面、彼単独名義の著書は一冊も無い。論創社編集部の黒田明が〝『西田政治探偵小説選』をリリース予定〟なんて「X」上へ一時期さんざんポストしていたものの、話が雲散霧消したのは皆さんご承知のとおり。2024年も〝『吉良運平探偵小説選』、ようやく出ます。〟と言いながら、お約束どおり刊行予定からいつの間にか消滅している。黒田明の出す出す詐欺を止めさせる社員は誰も論創社に居ないのか?三~四冊程度ならともかく、出せもしない書籍を何十冊も「出します」って言い触れ回る出版社、他にある?(私は聞いたことが無い)








クリック拡大して見よ







 

戦後は江戸川乱歩率いる本格派グループに属していた西田。ネタは割らないでおくけど、〝赤い電光〟というのは、なにげに甲賀三郎が書きそうな題材かも。

 

 

「地藏さんと錐」井上英三

翻訳者として知られる井上英三にも僅かながら創作小説が存在する。本作は〝地藏さん〟の綽名で呼ばれ、何の特徴も無い商業學校の英語敎師・大比良漣吉が甲田警官から持ち込まれた事件を解決する〝田舎のホームズ〟みたいな内容。井上は本書刊行の翌年(昭和23年)逝去。

 

 

「無意識殺人(アンコンシャス・マーダー)」北洋

プロバビリティの犯罪を持ち出しているわりには全然面白くない。

 

 

「メガキーレ夫人の手」渡邉啓助

昆蟲學者ハナモリ・タツンドとメガキーレ夫人・滋野玲子、
薔薇キチガヒの男と花盗人の女による攻防(?)。
派手じゃないけど、いつも啓助を読んでいる人なら、この作の良さが解るはず。

 

 

「怪鳥」城昌幸

ショートショートではないノーマルな短篇。かつて(語り手の)並木/田崎與十郎/相川了助の三人は親しい仲だったが、相川が自殺したその年、與十郎は中央線の寒駅から相当奥まった父祖の地へ何も云わず去っていった。そして今・・・與十郎の妻君サナエから手紙を受け取った並木はSS湖畔の田崎家に来ている與十郎はこの十年病臥しており、別人のように変貌。サナエが並木を呼んだことはなぜか聞かされていない様子。

 

「俺の病氣はな、俺の過去の罪への償ひなのだ。當然受けるべき罰なのだ・・・俺は、やがて死ぬだらう」と言って脅える與十郎。病状を診ている年配の医者・北原氏はそれを妄想だと宥めているわりに、與十郎も北原氏も並木に向かって多くを語ろうとせず。與十郎を苦しめているものは一体何なのか?

 

タイトルに雰囲気作り以上の意味が無いのが惜しいし、日本の探偵小説によくありがちな話かもしれないけど、本書の中ではこれが一番無難な出来。

 

 

「鎌の殺人」下岡松樹

この作家、名前に聞き覚えが無いな。さも犯罪実話みたいな文脈で進行するため、そういうもんだと思って読んでいたが、後半になり探偵役として作家・松井四郎登場、被害者である令嬢の顔を斬り裂いた原因がスーパーナチュラルなものだと明らかにされ、やっと「なるほど、これ創作だったんだ」と判る。前半が犯罪実話調でなければ書き方次第ではずっと印象良くなったのに。

 

 

特輯 獵奇ヴアラエテイ

「電氣椅子秘話」靑江耿介/「ねを・でかめろん」土岐雄三/「淫魔ラスプーチン」中島親

 

特輯と謳っているぐらいだから、編集サイドからすれば埋め草ページのつもりではないんだろうけど、なんという事も無い実話読物。


 

 

(銀) 2002年に光文社文庫『甦る推理雑誌1「ロック」傑作選』が刊行されているとはいえ、本書からあの文庫へ再録された作品はナシ。四年の短命だったけど、『ロック』に作品提供している作家は戦前派から戦後派までバラエティに富んでいた。

 

 

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2024年8月22日木曜日

『ゴシック文学神髄』東雅夫(編)

NEW !

ちくま文庫
2020年10月発売



★★    終りのない傾き




買った新刊は長い間放置せず、その都度消化してゆく習慣だけれども、この文庫は書店のブックカバーを外しもせず、目の届かぬところにほったらかしていたため、買った事さえ忘れていた。それぐらい低いテンションで贖った一冊である。

 

 

 

「詩画集 大鴉」

エドガー・アラン・ポオ(詩)ギュスターヴ・ドレ(画)日夏耿之介(訳) 

「大鴉」

エドガー・アラン・ポオ(著)日夏耿之介(訳) 

「アッシャア屋形崩るるの記」

エドガー・アラン・ポオ(著)日夏耿之介(訳)

 

かつての学研M文庫・伝奇の7『ゴシック名訳集成~西洋伝奇物語』と全く同じオープニング。「詩画集 大鴉」はちくま文庫が使っている紙の質が学研M文庫よりチープなので、画の鮮明さが数段落ちる。巻末の【編者解説】における東雅夫の〝薔薇十字社から1972年に出た大判詩画集『大鴉』は、一見洋書と見まがうようなダンディで瀟洒な造本〟という文章まで『ゴシック名訳集成~西洋伝奇物語』そっくりそのままで、萎える。

 

 

 

「オトラント城綺譚」

ホレス・ウォルポール(著)平井呈一(訳)

 

これも『ゴシック名訳集成~西洋伝奇物語』に収録されていた古典。同じ平井呈一訳でも、あちらは「おとらんと城綺譚」タイトル表記で擬古文訳ヴァージョンを用いているのに対し、本書はタイトル表記を「オトラント城綺譚」とする現代語訳ヴァージョン。後者は平井が生粋の江戸っ子だからか、こんな語調が飛び交っている。

 

「コリャ下郎!その方、なにを申すか?」「や、南無三宝!」
「ウヌ猪口才なやつ!」「ディエゴ、下がりおろう!」
「じゃほどに、姫はおまえさまのお心の秘密をほじくり出そうとおっしゃったのでざんすぞえ」

 

・・・時代劇か?この現代語訳の圧倒的な読み易さを採るか、擬古文訳の典雅さを採るか、好みは分かれるだろうが、私は擬古文訳のほうが良い。

 

 

 

「ヴァテック」

ウィリアム・ベックフォード(著)矢野目源一(訳)

これも伝奇の匣8『ゴシック名訳集成~暴夜幻想譚』に入っていたもの。底本にも学研M文庫のテキストが使われており、「それならいっそ伝奇の匣を丸ごと再発すればいいのに」とさえ思う。

 

 

 

「死妖姫」

J・シェリダン・レ・ファニュ(著)野町 二(訳)

唯一の伝奇の匣・未収録小説。とはいっても、昔から本作は「吸血鬼カーミラ」として創元推理文庫など色々な本で出回ってきたし、2023年には南條竹則訳「カーミラ」を含む光文社古典新訳文庫が発売されている。以上のラインナップでは、さすがに新鮮味が無さすぎて、読んでも盛り上がらない。

 

 

 

昨今、同人出版で三上於菟吉の本がちょくちょく出ているが、於菟吉の読むべきおすすめ作品を早くから紹介していたのは他ならぬ東雅夫だった。東なら於菟吉の良いものをチョイスして一冊作れそうなのに、それさえ出来ないのが歯痒くて仕方がない。

 

 

 

(銀) 伝奇の匣シリーズはout of printになって古書価も高くなりがち。よって若い層・新しいユーザーを少しでも救済するために本書は企画されたのかもしれない。それはそれで意義はあるだろう。でも、彼の編纂した本を長年読んできた者からすると、藤原編集室が近年創元推理文庫から出している日本の探偵小説の本が、過去の国書刊行会〈探偵クラブ〉シリーズの焼き直しにすぎないのと同様、同じマテリアルばかり買わされるのはキツイ。





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2024年5月3日金曜日

『ザイルの三人/海外山岳小説短篇集』妹尾韶夫(訳編)

NEW !

朋文堂
1959年6月発売



★★    標高数千メートルの世界





版元の朋文堂という出版社は山岳図書のパイオニアだという。本書の旧ヴァージョンは昭和17年に、この朋文堂から『靑春の氷河』のタイトルで刊行。昭和34年の再発時には『ザイルの三人』と改題しただけでなく、全十三篇のうち五篇は他の作品に入れ替えられた。
それゆえ下記の如く、この色文字になっている短篇は『靑春の氷河』には入っていない。

 

 

「ザイルの三人」エドウィン・ミュラー

「山頂の燈火」M・L・C・ピクソール

「形見のピッケル」(=旧題「K3の頂上」)ジェームズ・ラムゼイ・アルマン

「第三者」サキ

「山上の教訓」サーデス

 

 

「二人の若いドイツ人」ウルマン

(目次と本編ではウルマン表記だが、あとがきはアルマンとなっており、
「形見のピッケル」と同じ作者か?)

「青春の氷河」A・E・W・メースン

「単独登攀者」ミュラー(「ザイルの三人」と同じ作者?)

「マカーガー峡谷の秘密」アンブローズ・ビアス

「氷河」ウラジミル・リディン

 

 

「山」アーヴィン

「山の宿」モーパッサン

「メークトラインの岩場」ケイ・ボイル

 

 

 

ミステリ/怪奇幻想系の作家として認識されているのはメースンとアンブローズ・ビアスのみ。経歴がよく分からない人も多いし、各作品の内容をトータルで俯瞰してみて、本書を純粋なミステリ・アンソロジーと定義するのは、いささかキツイ。されど人が標高数千メートルの高地に足を踏み入れるとなると、そこには常に危険と恐怖が伴う。妹尾韶夫のセレクトだけあって、ここに収められた山岳小説はサスペンスや人間ドラマの要素を含んでおり、前々回の記事で取り上げた松井玲子『大人は怖い』(☜)が探偵小説として読めるのならば、本書だってミステリを鑑賞するような心持ちで接することもできなくはない。

 

 

 

アンソロジーとはいえ、「山岳小説?どれも似たようなシチュエーションの話じゃないの?」と先入観を持たれるかもしれないが、それなりにヴァリエーションはあるので心配には及ばない。メースンの「青春の氷河」とビアス「マカーガー峡谷の秘密」が当Blogの趣味的に頭一つ抜けているかといえばそうでもなく、二人のアルピニストが相対し、悲惨な結果に終わりながらも最後にちょっと感動させる「形見のピッケル」なんて、妹尾韶夫があとがきにて激賞するだけのことはある。

 

 

 

それからモーパッサンの「山の宿」なんかは、春が来るまでシュワーレンバッハの山の上にある宿屋の留守を守らねばならず、雪の牢に閉じこめられる者の精神崩壊を描いており、さすがの名手ぶりに唸らされる。「アルプスの少女ハイジ」でペーターの家がある山の下と、ハイジやおんじが住んでいる山の上とでは雪の量が全然違ってたでしょ。モーパッサンは山の上のあの厳しい冬の脅威を、ジットリとmadlyに活写している。

 

 

 

しかしこの本、校正担当もしくは活字を組む人間が三流だったのか、例えば上段で述べたように同じ作家の名がアルマンやウルマンに揺れていたり、表記の面で気になるところが結構多くて疲れる。朋文堂の本はいつもこうなのか私には分からないが、こういうのがあると作品にまでマイナスな印象しか残らなくなるから良い事ではない。






(銀) 目次に「訳者あとがき・・・・ディケンズ・・・・」と表記があるけど、本書にはディケンズの作品は入ってないし、どういう意味なんだろ?これも編集サイドのミスかな?

 

 

 

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2024年2月18日日曜日

『讀切傑作/スパイ捕物帖』

NEW !

今日の問題社  大衆文藝戰時版4
1941年5月発売



★★★    猟奇も淫靡も無かったことにする昭和16年




パールハーバー・アタックで日米が開戦。その半年前、【大衆文戰時版】と名付けられた叢書の一冊として、本書は刊行された。巻末に打たれた広告のラインナップを見ても、殆ど時代ものばかり。捕物小説に身をやつすか、もしくはスパイ間諜小説で御国への従順を取り繕うしかなかった探偵小説の肩身の狭さよ。

 

 

【大衆文戰時版】

1.     本社編󠄁輯部編      『捕物名作帖』

2.     同           『特選讀切小説傑作帖』

3.     同           『大衆讀物傑作帖』

4.     同               『スパイ捕物帖』(本書)

5.     野村胡堂著       『隱密捕物帖』

 

6.   横溝正史著       『紫甚左捕物帖』

7. 角田喜久雄著      『仇討捕物短篇集』

8. 村雨退󠄁二郎著      『幕末維新小説集』

9. 國枝史郎著       『武俠仇討短篇集』

10. 角田喜久雄著      『勤王武俠小説集』

 

11. 山手樹一郎著      『讀切時代小説選集』

12. 湊邦三著        『源七捕物帖』

13. 山本周五郎著      『浪人一代男』

 

 

『大衆文藝戰時版』刊行趣旨を謳う最終頁のうち、次の部分は大衆文学を研究する人の一助になるかもしれないので転載しておく。 

 

〝近來本書が線への慰問書として活用せられ、銃後の家庭に、農村に、工場に多數愛讀せられつゝあるのに鑑み、小社如上の刊行趣旨を巖守して、内容を選定し過去の大衆文藝の持つ獵奇性と淫靡性とを拂拭した健全なる大衆的魅力に富んだ文藝作品を戰線に銃後に汎く贈らんとするものである。〟 

 

つまり【大衆文藝戰時版】の単行本は千人針なんかと一緒に慰問袋に入れ、戦地にいる日本兵へ送るためのアイテムとして発売されたようだ。上記に挙げた刊行趣旨にある〝内容を選定し過去の大衆文藝の持つ獵奇性と淫靡性とを拂拭した健全なる大衆的魅力に富んだ文藝作品〟みたいな文言を目にすると、ポリコレの如き奇病が生まれるはるか昔から日本人というのは、それまで歩んできた自らの轍を無かったことにするのがどうにも好きな人種だったんだなア、と薄ら寒い気分になる。

 

 

 

本書収録作品はこちら。 

時代小説「夜霧の捕物陣」野村胡堂

間諜小説「上海」木村荘十

時代小説「維新夜話」山手樹一郎

科學小説「怪兵器の自爆」蘭郁二郎

 

若様侍捕物「埋藏金お雪物語」城昌幸

黒龍團秘話「孔雀莊事件」甲賀三郎

鷺十郎捕物「いろは政談」横溝正史

間諜小説「混血の娘」大下宇陀児

 

 

 

捕物小説と探偵小説が半分半分とは、戦時下ならではの珍妙なセレクション。時代ものではない作品のみ簡単に触れておくと、木村荘十の「上海」はややこしいことに、『外地探偵小説集/上海篇』に収められていた「国際小説 上海」と作者は同じながら全くの別物。蘭郁二郎「怪兵器の自爆」はタイトルからある程度の内容を想像できるので、詳しい説明は要らないだろう。 

 

 

甲賀三郎「孔雀莊事件」は、まだ学校を出たばかりの新米刑事・塚越青年が主人公。経験不足な彼は探偵讀本から得た知識を頼りに、殺人事件を捜査する。日本の探偵作家がスパイ間諜ものでお茶を濁すしかない状況下、めげることなく探偵小説の存在意義を作中にてアピールしているのが甲賀らしい。大下宇陀児「混血の娘」に登場するルヰ子は、父をロシア人に持つハーフ。外国人の血が流れていると、今以上に差別的な目で見られていた戦前の日本社会。人情派の宇陀児がルヰ子にどんな役割を負わせているか注目。 

 

 

ご丁寧に本書は裏表紙にまで〝戰時下國民の健全娛樂 スパイに注意しませう〟の標語が入っている。大東亜戦争中あれだけパイに入りこまれて痛い目に遭いながら、21世紀になっても能天気なニッポンは相変わらずスパイ天国のまま。学習能力の無い人間ほど愚かな生き物はいない。

 

 

 

 

(銀) 昭和10年代後半に刊行された日本探偵小説のアンソロジーは、(出来の良い作品を期待し過ぎてもいけないけれど)その作家の著書に未収録な作品があったりして悩ましい。この年代のアンソロジーに一度収録されただけで消えていった短篇はそれなりに存在している。

 

 

 

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2023年10月24日火曜日

『あまとりあ風流派新書/代表作選集/第2集』

NEW !

あまとりあ社
1956年月発売



★★     大河内・楠田・朝山・九鬼の作品を収録




あまとりあ社がそれまで出した単行本から一作家につき一作品選び出して編んだアンソロジー。基本二段組なのに時々一段組のページが混じっているのは、既刊本の紙型をそのまま使っているからかもしれない。〈あまとりあ〉だからといってすべてエロ尽くしというほどでもなく、なんらかの形で♀がテーマになっている感じ。

 

 

「金と愛慾」村松駿吉/「延明院日記」加賀山直哉/「野天風呂の湯女たち」組坂松史

「痴情の果て」北園孝吉/「回春譜」上田広/「情欲の星座」原比露志

枇杷~ふづき~」武野藤介/「女間諜の肉体秘術」高野三郎/「音羽地獄」狭山温

「『十八大通』お笑い行狀記」平野威馬雄/「枇杷の種」山田順子/「鎌倉夫人」藤田秀彌

「女ばかりの『釣鐘くらぶ』」久木光/「女猿」坂本嘉江/「はだか天國」福田えーいち

「人妻娼婦」日夏由紀夫

 

 

本書で読める二十の短篇のうち、当Blog的に読んでおくべきなのは探偵作家が書いた次の四篇。

 

 

♨「桃色会社」大河内常平     『不思議な巷』に収録

平社員の瀬川晋三は突然社長に呼び出され適当な愛人を秘かに斡旋してくれないかと頼まれる。それに乗じて瀬川は社長の娘メイ子に近付き、彼女をものにしようとするが・・・大河内らしさを期待してはいけないスケベ話。

 

 

♨「硝子妻」楠田匡介     『人肉の詩集』に収録

最新硬質硝子の開発、そして峰田博士の一粒種・比佐子、その両方を手に入れるため罠に嵌めて殺したとばかり思っていた男が実は生きていた!もはや狂人と化した彼の最終目的とは?シリアスタッチな復讐劇だし本書の中では浮いて・・・もとい、唯一読み甲斐のある作品。一人の女性をめぐる恩讐だけでなく楠田匡介本人キャラ(?)や科学ネタとミックスさせているのが〈あまとりあ〉っぽくなくて良い。

 

 

♨「楽しい夏の想出」朝山蜻一     『白昼艶夢』に収録

夏の海岸でアルバイトしている青年は美しい摩耶夫人と知り合うが、奇行の目立つ夫人の陰にはもう一人の男の存在があった。どきついシーンが無いぶん、朝山蜻一の世界観を苦手な人でもトライしやすい。出版芸術社版『白昼艶夢』にも収録。

 

 

♨「まぼろし莊の女たち」九鬼紫郎     『魔女の閨』に収録

これもなかなか面白い。シチュエーションこそ全然違えど、途中までは松本清張「霧の旗」のような展開。怪奇作家・八木蘭次郎って木々高太郎を少し意識して書いてる?となると九鬼は江戸川乱歩に代表される本格探偵小説推進派に寄っているようにも受け取れるが、そんな風に邪推して読んでみるのも一興。




これら四篇の他、北園孝吉「痴情の果て」には地味ながら探偵小説色がある。逆に〈スパイ秘話〉と冠が付けられた高野三郎「女間諜の肉体秘術」はタイトルのわりにくだらない。





(銀) せっかくなら探偵作家の作品ばかり集めた〈あまとりあ〉アンソロジーを出してくれればよかったのに。でもそうなると古書価がガーンと上がっちゃうんだよな。この『あまとりあ風流派新書/代表作選集/第2集』はそれほど高い古書価じゃないけど、エロ中心だとしてももう少し読める作品がないとなァ。




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2023年5月25日木曜日

『ふらんす粋艶集』水谷準(訳)

NEW !

日本出版協同株式会社
1953年2月発売



★★★    殺人鬼・断頭箪笥 vs 名探偵ホルメス



本書の帯には次のような宣伝文がある。 

〝 気品があり、健康的で陽性なエロテシズム、そしておおらかな笑いにみちた仏蘭西粹艶小咄は、古くから世の大方の風流人士の愛好するところとなつているが、現在の暗く嚴しい現実の中でもつと多くの人々が、このセンスを玩味するなら、世の中は常に花園のように明るく楽しいことだろう。 

先に当社で出版した「粹人酔筆」は息づまる様な現実生活の中にしみじみとした人生の悅楽を見出すものとして大好評を博したがそのフランス版ともいふべきものが、本篇である。〟 

早稲田在学時にはフランス文学科を専攻していた水谷準のフレンチ嗜好を前面に押し出した本。タイトルのとおりフランス製のちょっとHなショートショートを集めたもの。エッチといっても半世紀以上前の日本人の感覚だから現代人から見ればたわいもないエロ・コメディばかり。冒頭と最後のカミ作品はやや枚数があり、前者「處女華受難」には名探偵ルーフォック・オルメスが登場(本書ではルウフォック・ホルメスと表記)。



「處女華受難」カミ

「衣装箪笥の秘密」のタイトルで記憶している人もおられよう。しかし殺人鬼の脳を移植された箪笥が暴れ回るって、どんだけ馬鹿馬鹿しいハチャハチャなんだか。

 

「ふらんす粹艶集」(含7本)

 

「金髮浮氣草紙」

アレクシス・ピロン「蚤の歌」

ザマコイス「当世売子気質」

フィシェ兄弟「エレベーターをめぐる」「浮気の円舞曲」「悔い改める」「ぶらさがりの記」

ジャン・フォルゼーヌ「カフェ・ファントムの一挿話」「フォレット嬢の新床」

シャルル・キエネル「美しい眼のために」

レオ・ダルテエ「田舍ホテル」

ファリドン「ベルティヨン式鑑別法」

ピエール・ヴベ「ヴォスゲスの冒険」

アルフォンス・アレエ「金曜日の客」

ヴィリー「シュザンヌの悪だくみ」

 

「ふらんす艶笑小噺」

 

「てごめあだうちきだん」カミ

 

 

あまりに軽~く読み流せる内容なので、カミ以外のものはこの手のコントを受け入れられる人でないと退屈かもしれない。だが、一番華やかだった頃の『新青年』テイストの横溢に興味があるなら手に取ってみるのも悪くはない。古書価もそんなに高くないし。

本書には続篇『第二ふらんす粋艶集』もある。



 

 

 








(銀) 私は持っていないけれど、水谷準には『金髪うわき草紙 奥様お耳をどうぞ』(あまとりあ社)という本がある。これは上記『ふらんす粋艶集』『第二ふらんす粋艶集』を再編集したものだそうで、日本出版協同株式会社の二冊さえあれば無理に探す必要はない。





2021年11月18日木曜日

『怪談/獨逸篇』小松太郎/菅藤高德(訳)

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先進社 世界怪談叢書
1931年3月発売



★★★★    函の下から見つめている黒猫の目




戦前の西洋怪談翻訳アンソロジーで、次の五作品を収録している。


 

 「笑ふ猶太人」

ハンス・ハインツ・エーヴエルス/作   小松太郎/譯

 

 「トフアルの花嫁」

ハンス・ハインツ・エーヴエルス/作   小松太郎/譯

 

 「蜘 蛛」

ハンス・ハインツ・エーヴエルス/作   菅藤高德/譯

 

 「標 本」

グスタアフ・マイリング/作       小松太郎/譯

 

 「月夜狂」(原題 世襲領)

エ・テ・ア・ホツフマン/作       菅藤高德/譯

 

 

「笑ふ猶太人」はエンディングの見せ方にそれほど強いインパクトが無かったり、「月夜狂」は中篇並みにページ数がたっぷりあるわりには最も短い「標本」より退屈だったり、内容として全ての作品が優れている訳ではないと私は思うのだが、好事家の間ではクラシックな怪談本の名著とされていて、その理由は装幀にあり。

 

 

左上の書影をクリックしてもらって、どの位わかってもらえるか定かではないが、ハードカヴァーの本体オモテ表紙と全く同じように函のオモテにも黒猫の姿があしらわれ、函における猫の目の部分はその形のままにくり抜かれているので、本体を函に入れた時に本体表紙の猫の金色の目がギョロリと目立つような、なんとも洒落たデザインに仕上がっているのだ。挿絵と装幀担当者のクレジットは三岸好太郎。本書は〈世界怪談叢書〉の第一弾として刊行され、あと『英米篇』『仏蘭西篇』がある。

 

 

 

このアンソロジーの内容とは関係のない話だが、巻末に載っている先進社発行図書目録についても触れておこう。先進社というのは短い間しか実働しておらず、「先進社大衆文庫」というシリーズから出された江戸川乱歩『名探偵明智小五郎』と甲賀三郎『神木の空洞』の古書を、ちゃんとカヴァーが付いている状態で見つけるのはほぼ絶望的といえるほど残存数は少ない。

そんな「先進社大衆文庫」の紙型を数年後に福洋社という名の会社が流用、本来カヴァー付きの文庫だったものを外装/装幀を全く無視し、函入りハードカヴァー本として再発している。そのいかがわしい福洋社版までもが、上記の二冊は数万もの値で取引されているのだから困ったものだ。

 

 

のちのち誰かの役に立つかもしれないし、本書巻末に載っている「先進社大衆文庫」のリストをここに書いておく。実際、全ての本が刊行されたかどうかまでは調べていない。探偵小説関係は上に述べたとおり、乱歩と甲賀だけ。

 

1『かげらふ噺』        大佛次郎

2『女來也』            吉川英治

3『淸川八郎(上巻)』          三上於菟吉

4『刃影走馬燈』          佐々木味津三

5『名探偵明智小五郎』          江戸川乱歩

 

6『神木の空洞』                    甲賀三郎

7『獄門首土藏』             行友李友

8『生死卍巴』            国枝史郎

9『遊侠男一代』                     林 和

10『荒木又右衞門』           直木三十五

 

11『旅鳥國定忠治』            土師清二

12『淸川八郎(下巻)』         三上於菟吉

 

 

 

(銀) 先進社〈世界怪談叢書〉については、2020912日の当Blog記事で取り上げた『怪樹の腕~〈ウィアード・テールズ〉戦前邦訳傑作選』でも紹介されている。