①
「黒い家」エラリー・クイーン
② 「赤き死の仮面」エドガー・アラン・ポオ
③
「魔の森の家」カーター・ディクスン
①「黒い家」 > ③「魔の森の家」 > ②「赤き死の仮面」
次に実際読んでみて、訳文から感じ取れる乱歩らしさの順番でいうと、
②「赤き死の仮面」 > ①「黒い家」 > ③「魔の森の家」
三番目は江戸川乱歩研究の最尖端・中相作の見解を参考にさせてもらった。
②「赤き死の仮面」 > ①「黒い家」 > ③「魔の森の家」
一方、③ について『江戸川乱歩執筆年譜』の中で、このように中相作は述べている。
この下訳に関する出元の記載はされていないが、ポケミス『51番目の密室』(オリジナルは世界ミステリ全集第18巻『37の短篇』)に載っていた石川喬司、稲葉明雄、小鷹信光による座談会が情報源だと思われる。どっちも私は持っていなくて現物に当たれないから確かな判定を下せないが、どうやらその本にて ③ には下訳があったと明言されているところからこの説が発せられたのは間違いなさそうだ。「なるほど」と思う反面、そのとおりならば興醒めというかガッカリ。
以上の検証を総合してみると、③ を100%純粋な乱歩本人の訳として扱うにはやや無理がある。翻訳された文章を読む限りでは ① より ② のほうが乱歩らしさが勝っている。然は然り乍ら、① に関しては『探偵小説四十年』の【昭和二十一年度】に引用されている当時の日記の四月十日と四月十六日の部分を読むと、他人の力が混じっていた気配を想像しにくい。創作もの「十字路」ほどではないにせよ一応「これは自分の訳ですよ」と自信を持っている節も見られなくもない。それに ① が発表されたのは戦争が終わって間もない昭和21年夏。この頃は気安く下訳を頼めるような取り巻きが、まだそれほど乱歩の周りにいないんじゃなかったっけ。
何度も言うけど、どうして乱歩は生前 ②「赤き死の仮面」を全集に入れなかったり、自作リストから漏らしていたのだろうか?桃源社版全集は翻訳オミット方針だからまあいい。春陽堂版全集へ収録する気があるなら、時期的に既に配本が終わっていたから ③ は無理でも② なら何の問題も無かったのに。
考えられるとしたらふたつ。戦前に渡辺温・啓助兄弟に頼んだポオの代訳を戦後もそのまま江戸川乱歩(訳)として再発した『モルグ街の殺人 他九篇』が春陽堂探偵双書シリーズのラインナップに入っており、そこに渡辺温の訳した「赤き死の仮面」も含まれていた事が原因ではなかろうか?
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戦後まったく創作意欲が湧いてこないのであれば、その間だけでも翻訳業に打ち込む選択肢とて乱歩にはあったのではないか。「幻の女(ファントム・レディ)」と「トレント最後の事件」は途中まで翻訳しており、後者など雄鶏社の推理小説叢書 9として刊行予定リストに上がっていた事までハッキリ解っているのだから。「トレント」を訳している途中で、日本がそれまでのように無断翻訳する事ができなくなったから止めてしまった、と乱歩は言っているが、それを無条件に信用していいものやら。
探偵小説界のキングとして君臨していくには実作(特に本格長篇)があったほうが理想ではあるにせよ、評論仕事は充実していたとはいえ、悲しいかな、いくつかの作を除けば創作は少年ものばかり。だったら戦後は翻訳者としてやっていった方が探偵文壇の中で格好が付いたような気もするけれど、翻訳を仕事のメインに据えるのは大乱歩の意に沿わなかったか。もっとも、そうしようと思っても(同業作家含め)周りが許してくれなさそうなのもあるし、自分の売る本の主力が翻訳ものになったら、少年ものほどの莫大な収入を得るのは難しくなる。やっぱ無理?