2023年11月3日金曜日

『読書中毒●ブックレシピ61●』小林信彦

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文春文庫
2000年5月発売



★★★★    人はそれをスキャンダルという





本書第一部は単行本『小説探検』を改題して再録。帯には「これが究極のブックガイドだ」と謳っているけれども、よくあるガイド本のように一作家一作品と決め打ちしてページを埋めているのではなく、一人の作家でもあらゆる角度から掘り下げてみたり、時には映画ネタも交えたりして、新旧国内外問わず小林信彦が興味を抱く〝ストーリーが面白い作品〟の数々を、手を変え品を変え語りまくる。 

 

フレデリック・フォーサイス『ジャッカルの日』/マイケル・バー=ゾウハー『無名戦士の神話』/トマス・ハリス『ブラック・サンデー』/ジェームズ・M・ケイン『郵便配達は二度ベルを鳴らす』/『濹東綺譚』永井荷風/アーサー・ヘイリー『ニュースキャスター』/ノーマン・メイラー『裸者と死者』/ロバート・バーナード『暗い夜の記憶』/ジョン・D・マクドナルド『死刑執行人』/中里介山『大菩薩峠』/マルセル・プルースト『失われた時を求めて』/川端康成『雪國』

 

これらは本書に出てくる作家・作品のほんの一部。通り一遍に褒めちぎる筈もなく、疑問や不満をためらうことなく投げ掛けるのが信彦流。シムノンなんて、敗戦後一通り読んだけれど映画化されていた『男の首』以外どこが面白いのかわからなかった、と吐露しているし、アメリカの大衆小説はやたら長くなってしまったとボヤきもする。

 
 
小林信彦しかり、人はその対象が好きだからこそ批判を述べたりするものなのに、やれ銀髪伯爵は毒舌だ辛口だと書き散らかす輩がいるから、こちとら呆れる。一から十まで持ち上げてばかりいられるかってんだ。第二部には『週刊文春』1996425日号から19971120日号に掲載された〈読書日記〉を収録。

 

 



今日の本題はここから。本書を読んでいると個人的に押さえておきたい箇所がちょこちょこ出てくるのでメモ代りに書いておく。もちろん日本の探偵小説界に関する小林のコメントである。

 

 

 谷崎終平による回想記『懐しき人々・兄潤一郎とその周辺』には、「蓼食う虫」のモデルとして高夏秀夫=佐藤春夫/阿曾=大坪砂男だと述べてあって、〝後者には驚かされた〟と小林は書いている。

 

 

   本書72頁にはこんな記述が。

〝一九六〇年前後のいわゆる〈推理小説ブーム〉のころ、推理小説では直木賞がとれないというのが常識であった。当時の関係者なら誰でも知っていることだが、戦前に直木賞を得た推理作家が選考委員にいて、推理小説を片っぱしから落とした。(中略)いかになんでもズレているというわけで、問題の推理作家は選考委員から外された。〟

ここで小林があえて名前を伏せている推理作家は木々高太郎以外に考えられない。
小林の言うとおりだったのか十分に検証する必要はあるだろうが、まったくの事実であっても、今後この事についてズバズバ言及する者が果して現れるかね?木々の持つ一面として我々は覚えておかねばなるまい。

 

 

 一つ面白い場面があれば、あとは少しぐらい出来が悪くてもよい、というのが植草甚一の推理小説感。東京創元社と仲が悪くなったあとの植草に江戸川乱歩が『別冊宝石』の作品選定を頼んだが、その好みには一般性がなかった。

 

 

 209頁「松本清張の語り口」の末尾には〝はるかむかし、ぼくは、石神井の旧松本邸を訪れて、原稿を依頼したことがある。〟としか書かれていないが、後年のコラムで小林は、最初清張は原稿を書くことを了承していたのに実際受け取りに行くと「そんな約束をした覚えはない」と一蹴された内情を暴露。清張に対してはそこまで怒っていなかったようだが、木々高太郎にはかなりフンガイしている小林。

 

 

 鮎川哲也の編集した光文社文庫『硝子の家』を読んで、小林は島久平「硝子の家」に対し〝なつかしい。ガラス張りの家(一九五〇年にはこんな家はあるはずがなかった)の中での密室殺人で、三百枚余の(当時の用紙事情からすれば)〈大作〉である。〟と語っている。

 

 

 

(銀) ブックガイド・エッセイでありつつ、こんな風に私の気を引く情報がちりばめられているのだから、小林信彦の本を時々読み返す癖はやめられない。それにしても木々高太郎の直木賞選考における言動について、探偵小説関係書籍で誰も触れようとしないのは何故なのか。小林も感情的になりやすい性格だからしっかり調査すべきとはいえ、こんな事してたんじゃ木々は当時の新人ミステリ作家だけでなく、その周辺からも悉く人望を失ってしまったんじゃないの?





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2023年10月30日月曜日

『怪奇製造人』城昌幸

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岩谷書店
1951年11月発売



★★★★    ナインチンゲールって何?




ショートショート集のすべての収録作に細かく言及していると煩雑だから、一篇ずつ私の好みを高評価な順に記号(〇>△>▲でマーキングしてみた。作品によっては一言コメントあり。

 

 

「その暴風雨」 

「怪奇製造人」 

上の二篇は単行本に入る頻度が高く、代表作と言ってよかろう。

都會祕」 

「神ぞ知食す」 

「夜の街」 

 

 

「妄想の囚虜」 

「寶 石」 

「月 光」 

この作品、殺し方が洒落てて好きなんだけど気になる点があって。登場人物が語るセリフの中で「ナイチンゲール」という言葉が計五回出てくるのだが、本書の場合二回目までが「ナイチンゲール」、三~五回目は「ナイチンゲール」になっている。参考までにちくま文庫/怪奇探偵小説傑作選4『城昌幸集 みすてりい』では一回目~四回目までが「ナイチンゲール」で五回目のみ「ナイチンゲール」と表記。どういう事よ?

本来「ナイチンゲール」とは作者自身が意図した表現なのか?それとも誤植?
もし「ナイチンゲール」表記が間違いでないのなら、どのパターンが正解なのか、私の読解力では突き止めきれん。

「晶 杯」 

「シヤンプオオル氏事件の顚末」 

この作品の舞台が外地ではなく内地だったらではなくにするかもしれない。

 

 

「死人の手紙」 

「模 型」 

「老 衰」 

「吸 血 鬼」 

「當世巷談」 

 

 

「罪せられざる罪」 

「戀の眼」 

「燭 涙」 

「復活の靈液」 

「人 花」 

 

 

「光彩ある絶望」 

〝不幸の手紙〟って今でもある?私は一度も受け取ったことがないけれど。

「都會の怪異」 

「五 月 闇」 

「不 思 議」 

「ヂヤマイカ氏の實驗」 

探偵小説には時折コメディみたいな発想が生まれる。シュールといえば聞こえはいいが、この作品なんかもお笑い番組ぽい馬鹿馬鹿しさが良いのやら悪いのやら。





(銀) ふと思ったのだが、城の時代小説で一番良いものとなると結局「若さま侍」に落ち着いてしまうのかな。「若さま侍」とはまったく異なる路線で、猟奇的なおどろおどろしい時代物の長篇とか埋もれていないだろうか。城に限らず時代小説はそんなに読んでいないから、その辺の知識を私は持ち合わせていない。




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2023年10月28日土曜日

図録『没後50年/松野一夫展』

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北九州市立美術館
2023年9月発売



★★★★★    北九州からの贈り物




 北九州市立美術館の催し物で私が関心を寄せる企画展といえば2018年に開催された「没後80年 青柳喜兵衛とその時代」以来か。青柳喜兵衛展の図録も興味深かったけれど、今回の松野一夫展図録は中身の充実ばかりでなく、堅固な函入りハードカバー仕様でお値段たったの2,500円。まあなんて良心的なプライス!金沢文圃閣や善渡爾宗衛/杉山淳/小野塚力らの出すぼったくり極悪価格本とは大違い。

 

 

◑ 探偵小説に限定することなくキャリアのすべてを均等に俯瞰した企画展なので、この図録を鑑賞すれば松野の画業にとって挿絵の仕事はホンの一部にすぎないのがハッキリ把握できよう。若い頃洋画家・安田稔のもとで修業しており、その影響を醸し出す図録冒頭に置かれたオーセンティックな松野の自画像がピリッと全体を引き締めている。紙面上のサイズは小さいけれど130ページ、森下雨村の父・馬三郎翁の油絵肖像画にも見入ってしまった。

 

 

北九州市立美術館は原画での展示にこだわりがあるみたいで、図録に載っている絵の殆どは残存する貴重な原画を使用。「黒死館殺人事件」の挿絵・初刊本装幀と並んで松野の代表作ともいえる、長きにわたって担当した『新青年』表紙絵もすべて目にすることができるけれど、さすがに点数が多いので原画の残存数は限られており、この部分は表紙そのもののスキャンに頼らざるをえなかったようだ。それでも『新青年』昭和14年第208号、そして『別冊宝石』昭和25年第9号の表紙絵原画がしっかり載ってるから、江戸川乱歩肖像画ともどもじっくり眺めて頂きたい。

 

 

◑ この図録は前半をヴィジュアル中心に、後半は【資料編】と題してテキストによる松野一夫解説、年表、松野に関する文献目録/挿絵掲載リストといった構成をとっている。戦前の『少女の友』を手にしていると常々「松野一夫の挿絵によく出会うなあ」と感じていたが、やはりそのとおりで、【資料編】をチェックすると『少女の友』での挿絵仕事は確かに多い。いや『少女の友』だけでなく、少年少女向け雑誌や単行本の仕事を(戦後は特に)数多く手掛けているのだなと思った。

 

 

◑ 『挿絵画壇の鬼才/岩田専太郎』(下段関連記事リンクを参照)の巻末にあった岩田専太郎挿絵提供小説リストがそうだったように、この図録に記載された松野一夫の手掛けた探偵小説関係の挿絵・装幀提供作品リストも完璧ではない。〝神奈川近代文学館〟が〝神川近代文学館〟と誤表記されていたりもする。されども今回の図録が過去最高の松野一夫文献であることは誰ひとり否定できないだろう。となれば松野一夫・評伝、そして探偵小説をメインにして挿絵・装幀に焦点を絞った松野一夫・画集も欲しくなるのが人情というもの。誰か適任者いない?

 

 

ただ評伝を書くとなれば、生前の松野を知る人が(ご遺族を含め)どれだけ今でも健在か、あまりに年数が経ってしまっただけに心許ない。手を付けやすいのはどちらかといえば後者の画集になるのかな。昭和が無理なら平成初期のうちにでも松野一夫を顕彰する為の目立ったアクションを起こすのが望ましかったのに、何事も無かったのは痛かった。そんな意味からも、今回の企画展は探偵趣味の歴史の中で頭抜けて意義深いイベントになって喜ばしい。






(銀) 今回の図録を読み、〝松野一夫は自分の書いた挿絵にサインを残すことをめったにしない〟とあったのが印象に残った。昔の雑誌は誰が挿絵を描いたのか、必ずしもクレジットしていない場合がかなり多くて、そうなると余計に、松野の挿絵と断定できていないものが雑誌の中に埋もれていることになる。前段で私が「この図録に記載された松野一夫の手掛けた探偵小説関係の挿絵・装幀提供作品リストも完璧ではない」と注意を促したのは、そんな理由もあるからだ。




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2023年10月24日火曜日

『あまとりあ風流派新書/代表作選集/第2集』

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あまとりあ社
1956年月発売



★★     大河内・楠田・朝山・九鬼の作品を収録




あまとりあ社がそれまで出した単行本から一作家につき一作品選び出して編んだアンソロジー。基本二段組なのに時々一段組のページが混じっているのは、既刊本の紙型をそのまま使っているからかもしれない。〈あまとりあ〉だからといってすべてエロ尽くしというほどでもなく、なんらかの形で♀がテーマになっている感じ。

 

 

「金と愛慾」村松駿吉/「延明院日記」加賀山直哉/「野天風呂の湯女たち」組坂松史

「痴情の果て」北園孝吉/「回春譜」上田広/「情欲の星座」原比露志

枇杷~ふづき~」武野藤介/「女間諜の肉体秘術」高野三郎/「音羽地獄」狭山温

「『十八大通』お笑い行狀記」平野威馬雄/「枇杷の種」山田順子/「鎌倉夫人」藤田秀彌

「女ばかりの『釣鐘くらぶ』」久木光/「女猿」坂本嘉江/「はだか天國」福田えーいち

「人妻娼婦」日夏由紀夫

 

 

本書で読める二十の短篇のうち、当Blog的に読んでおくべきなのは探偵作家が書いた次の四篇。

 

 

♨「桃色会社」大河内常平     『不思議な巷』に収録

平社員の瀬川晋三は突然社長に呼び出され適当な愛人を秘かに斡旋してくれないかと頼まれる。それに乗じて瀬川は社長の娘メイ子に近付き、彼女をものにしようとするが・・・大河内らしさを期待してはいけないスケベ話。

 

 

♨「硝子妻」楠田匡介     『人肉の詩集』に収録

最新硬質硝子の開発、そして峰田博士の一粒種・比佐子、その両方を手に入れるため罠に嵌めて殺したとばかり思っていた男が実は生きていた!もはや狂人と化した彼の最終目的とは?シリアスタッチな復讐劇だし本書の中では浮いて・・・もとい、唯一読み甲斐のある作品。一人の女性をめぐる恩讐だけでなく楠田匡介本人キャラ(?)や科学ネタとミックスさせているのが〈あまとりあ〉っぽくなくて良い。

 

 

♨「楽しい夏の想出」朝山蜻一     『白昼艶夢』に収録

夏の海岸でアルバイトしている青年は美しい摩耶夫人と知り合うが、奇行の目立つ夫人の陰にはもう一人の男の存在があった。どきついシーンが無いぶん、朝山蜻一の世界観を苦手な人でもトライしやすい。出版芸術社版『白昼艶夢』にも収録。

 

 

♨「まぼろし莊の女たち」九鬼紫郎     『魔女の閨』に収録

これもなかなか面白い。シチュエーションこそ全然違えど、途中までは松本清張「霧の旗」のような展開。怪奇作家・八木蘭次郎って木々高太郎を少し意識して書いてる?となると九鬼は江戸川乱歩に代表される本格探偵小説推進派に寄っているようにも受け取れるが、そんな風に邪推して読んでみるのも一興。




これら四篇の他、北園孝吉「痴情の果て」には地味ながら探偵小説色がある。逆に〈スパイ秘話〉と冠が付けられた高野三郎「女間諜の肉体秘術」はタイトルのわりにくだらない。





(銀) せっかくなら探偵作家の作品ばかり集めた〈あまとりあ〉アンソロジーを出してくれればよかったのに。でもそうなると古書価がガーンと上がっちゃうんだよな。この『あまとりあ風流派新書/代表作選集/第2集』はそれほど高い古書価じゃないけど、エロ中心だとしてももう少し読める作品がないとなァ。




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2023年10月21日土曜日

『營ロ號事件』矢留節夫

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大東亞出
1943年10月発売



★★    大東亞出版社の単行本




本書のクレジットは矢留節夫になっているが、この人の筆名は十種以上にも及び、扱いに困る。その件はまた最後に追記するけれども、さしあたり耶止説夫と呼ばせてもらおう。

 

 

ここに収められた創作八篇、その殆どにおいて探偵趣味は存在しない。冒頭の「營ロ號事件」は哈爾浜行きの定期船・營ロ號が匪賊に襲撃されるストーリーだが、これを探偵小説と呼ぶのにはいささか抵抗がある。同様に「ガラパンの街」「別離」「酋長譚」「苦しみと云へど」「霧の焦點」も、かつて日本が統治していた南洋諸島/満洲/上海租界における現地の風習を軸に据えた外地小説で、描かれているのは日本人雄飛のもたらすロマンだけども、徒(いたずら)に読者を高揚させるのではなく異国で発生するシリアスな問題を教示しているような趣き。それに対し、「春日町附近」「瞑る肢體」の二篇にはやや異なるテイストが。

 

 

満洲初夏の物語「春日町附近」は旧知の娘と再会する男性主人公の苗字が耶止になっているばかりか、彼の出身校がN大とされているので、耶止説夫が実際に卒業した日本大学とも合致する。若狭邦男は『探偵作家尋訪』で〝耶止が満洲の地で運営していた出版社・大東亞出版社は春日の浪速通りと春日町が交差するところにあった〟と書いていて、これも本作のタイトルに取り入れられている町名と合致。いつも言っているとおり、若狭の言うことを100%信用するのは非常に危険なれど、この町名の件が真実なら、幾分かのフィクションが含まれているかもしれないとはいえ「春日町附近」は作者自身の私小説の可能性アリ?

 

 

そして、自殺を図った女・ソノの体が施療病院に運ばれてくる「瞑る肢體」。これだけは内地が舞台なだけでなく本書中唯一、探偵小説の範疇に入れてもよさそうな要素を孕んでいる。そんなこんなで本書は(特に探偵趣味を望む人には)強くリコメンドできる内容ではない。むしろ気になるのは巻末に載っているこの本の版元・大東亞出版社の刊行物リスト(全ての本がちゃんと刊行されたかどうかまでは確認していない)。

 

 

『安永密訴狀』久生十蘭/『左膳捕物帖』耶止說夫/『江戸天下祭』久生十蘭

 

『都會の奇蹟』土屋光司譯/『日東選手』HWベレツト作/『靑春赤道祭』耶止說夫

 

『男の世界』耶止說夫/『南方探偵局』耶止說夫/『南の誘惑』耶止說夫

 

『香水夫人』大坂圭吉/『人間燈台』大坂圭吉/『幽靈遠島船』久生十蘭

 

『靑春遺書』矢留節夫/『靑春日記』早乙女秀/『阿呆浪士』三好季雄

 

『吉野朝殉忠記』松浦泉三郎/『異變潮流』耶止說夫

 

 


大東亞出版社の刊行物のうち、次の本だけは書名だけでなく内容紹介文も転載しておこう。 

◆ 報知新聞に連載中は帝都七百萬の市民を昂奮の坩堝に湧かせた問題の防諜探偵小説

『スパイ劇場』南澤十七

怖しいスパイの毒手は延びて不幸な女性達が次々とその犠牲となつて行く不可解な謎

B6判美裝價一圓九〇錢廿錢  

南澤十七は2000年以降の復刊ムーブメントからすっかり取りこぼされた作家。「蛭」「氷人」といった大人向け探偵小説の短篇、そしてこの「スパイ劇場」を併せて新刊で出せばいいのにね。報知新聞に連載されたという初出情報もわかっているのだから。


 

 

 (銀) この作家の筆名は多過ぎて当Blogでのラベル(=タグ)表記をどうするか躊躇ったが、探偵小説の分野で一番多く見かけるのはやはり耶止説夫名義だと思うので、その名前で登録しておいた。





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2023年10月13日金曜日

『大坂圭吉研究/第3号』

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杉浦俊彦個人誌
1976年8月頒布



★★★★★   ピュアな大阪圭吉・愛





 県立高校の図書館副部長であった杉浦俊彦は昭和45年、大阪圭吉こと鈴木福太郎の長男・壮太郎氏と面識ができたことで、不運にも早逝した三河の探偵作家顕彰に目覚める。




いくら圭吉の遺族が几帳面な資料を残していて、それらを快く提供してもらったとはいえ、大阪圭吉についてまだ誰も騒いでいない時代に個人レベルでこれほど踏み込んだ内容の本を制作した功績は誠に❛あっぱれ❜としか言いようがない。それまで杉浦がどれぐらい日本の探偵小説を読んでいたかは不明だが、地元出身の作家に対する純粋なリスペクトの気持ちが全面に出ているのは誰の目にも明らかだし、半世紀前の個人誌なら手書きやガリ版刷りが当り前だったろうに、きっちり印刷・製本されている点もポイント高し。

 

 

 『大坂圭吉研究』は全四冊発行されており、今日はその中から第三号を紹介する。巻頭特集は【中篇探偵小説「抗鬼」 雑誌『改造』への掲載をめぐって】。「抗鬼」が載った『改造』昭和125月号の状況を説明、それ以前の『改造』に発表された探偵小説作品一覧、また『改造』のライバル誌『中央公論』に発表された探偵小説作品一覧もある。名の知れた作家でもないのに『改造』の編集者・佐藤績に注目しているのは杉浦が決して探偵小説のド素人ではないか、あるいは実に注意深い人だったか、どちらにせよなかなか鋭い着眼点だとお見受けした。

 

 

雑誌『ぷろふいる』を発行していた熊谷晃一、井上良夫、圭吉の弟・鈴木圭次、佐藤績、甲賀三郎、小栗虫太郎、江戸川乱歩、九鬼澹らによる大阪圭吉宛て書簡の数々が掲載されているのが貴重(複数の書簡が残存している人も)。それらのうち特に気になった文面のひとつはさっきから名前が出ている編集者・佐藤績の、

〝編輯部一同の気持を率直に申上げますと、「これが本格探偵小説だ」といふことを一度読者に示してみたいと希望してゐるので御座います。乱歩氏、大下氏、などにはさういふことを言っても、作風から考へても一寸難しさうですし、結局それを貴方に御願い申上げ度いのです。〟

と述べているもの。『改造』がそこまで本格探偵小説に拘っていたのはなんだか意外な気がするし、本格について佐藤績は案外理解していたようにも感じられる。

 

 

もうひとつは圭吉の師匠にあたる甲賀三郎の文面。甲賀は「十九日会」と言う探偵小説研究グループを作っていて、圭吉もそのメンバーのひとりだった。ただ「十九日会」の除名ルールは厳しく【特別の理由なくして三回以上連続欠席したるとき】【特別の理由なくして二回以上連続して作品を朗読せざるとき】とあり、圭吉は『新青年』連続短篇のノルマなどで動きが取れず、連続三回欠席してしまったらしい。

 

そこで甲賀、〝極端にいへば貴兄の為にこの会は出来たといっていい。原稿が書けないから欠席するといふのは非常な心得違いです。(句読点は私=銀髪伯爵による)てな調子で圭吉を追い詰めるようなことを書いて寄越す。いつもの短気で怒りっぽい甲賀の態度だが、これだけ読むと一方的に責められちゃって圭吉が可哀そうじゃないかい?

 

 

 「抗鬼」の特集であっても大阪圭吉宛ての書簡がいろいろ読めるのは有益。昭和13年以降、日本で探偵小説を発表することが困難になっていったのを杉浦俊彦がどれほど細かく掌握していたかも微妙なれど、〝大坂圭吉以後、『改造』社の探偵小説に対する情熱は急速に冷却して行った(ママ)〟と語る杉浦の指摘は、『改造』のバックナンバーを読み込んでいない私には新鮮だった。

 

 

 

(銀) 大阪圭吉に関して杉浦俊彦が制作した小冊子はこの他に、『第1小説集「死の快走船」覚え書き』と『三河にも推理作家がいた - 大坂圭吉の復活』がある。また『改造』の編集者・佐藤績は言わずもがな、江戸川乱歩に「陰獣」「蟲」を書かせるきっかけを作った重要人物。

 

 

ネットなどない昭和時代、様々な書誌情報だって今ほど容易に入手できなかっただろうに、ここまで気の利いた研究本が作れたのは杉浦が図書館で働いていたからだろうか。これら一連の圭吉研究本を読んでいると、大阪圭吉だけでなくて杉浦俊彦の人となりも知りたい、とつい考えてしまう。




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2023年10月10日火曜日

『閑雅な殺人』大坪砂男

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東方社
1955年4月発売



★★★    兎にも角にも「天狗」




大坪砂男の代表作であり、本書にも収録されている「天狗」。あそこから仰々しいレトリックを一切合切剝ぎ取って骨格の概況だけ述べるとこうなる。

 

 

その男は避暑地の温泉宿で見知った、お高くとまっている令嬢の存在が気になっている。男は腹を下してしまい宿の便所に駆け込んだところ、件の令嬢が先に入っており扉の鍵が壊れていたため、彼女はあられもない姿をモロに男に見られてしまった。どうにかして男は詫びようとするのだが、プライドが二本足で歩いているような令嬢が示すのはにべもない対応ばかり。逆ギレした男は令嬢にとって最も屈辱的な罰を与えるべく奇天烈な罠を仕掛ける。

 

 

これだけでもよくよく考えたら十分滑稽な導入である上、フツーの人からしてみれば令嬢が見事に嵌まるあの罠というのは往年のたけしとんねるずの番組でお笑いタレントがよくやらされていたシーンそっくりだし、令嬢の末路を知って爆笑してもおかしくない。つまり笑いを誘発するほど極端な要素で構築されていたから「天狗」は珍妙な傑作になり得たのだ。

 

 

本書収録作品はこのとおり。括弧内の数字は創元推理文庫『大坪砂男全集』全四巻のうち、本書の各短篇が収められた巻を示している。

 

 

「閑雅な殺人」(➋)

「白い文化住宅」(➋)

「虛影」(➋)

「花束」(➋)

「逃避行」(➋)

 

「検事調書」(➊)

「蟋蟀の歌」(❹)

「黒子」(➊)

「雨男・雪女」(➋)

「初恋」(❸)

 

「零人」(❹)

「賓客皆秀才」(❹)

「天狗」(➋)

「外套」(❸)

「胡蝶の行方」(➊)

 

 

澁澤龍彦や都筑道夫ら大坪贔屓がどれだけ下駄を履かせようとも、本書のようなラインナップで彼の作品を読むと、研ぎ澄まされているのはやっぱり初期のごく一部分だけであって、それ以外のものには空虚な感じさえ漂う。「白い文化住宅」あたりは若妻・亜子の白骨を消失させる理化学ネタが添え物になるぐらい仁科達郎と青年とのネチネチした対決が見ものだけれど、大坪本人のねじくれた資質を受け入れられぬ読み手には、いちいち持って回った語り口が癇に障るかもしれない。

 

 

「零人」も代表作のひとつながら、植物を自分の妻だとのたまう園芸家の思考を読者がどれだけ消化できるか、其処にかかっている。文中に「いや、あなたこそ気違いだ!」と園芸家が指をさされる場面があり、いみじくもこのセリフが象徴するように、他の日本人探偵作家の奇想と比べてもかなりタガが外れている大坪砂男の本質はそう簡単に理解できる類のものに非ず。

 

 

「天狗」クラスの出来ならそれなりにキャッチーだし、探偵小説中毒者以外の人々にも受け入れられるポテンシャルはあるとは思うが、大坪の場合、自身の素行が原因で作家人生を自滅させてしまった情報が流布しているため、小説そのものだけで貴乃花光司みたく妙に偏屈な人、あるいはそれ以上に(ちょっとアタマがおかしいという意味での)異端の人だと思われかねない危うい線上を死後も浮遊している。

 

 

 

(銀) 前段にも書いたが、彼の作品で良いものは初期に片寄っているため、全集を編むとなると創元推理文庫のごとくジャンル別に各巻編集しないとどうしようもない。よくあるやり方で発表順に作品を各巻収録してゆくと、面白いのは最初の巻だけになってしまい、あとの巻は全然売れず・・・なんてことにもなりかねない。



生前の大坪は「天狗で天狗」、要するに「天狗」一作の高い評価で天狗になってしまったなんて悪口を云われたりもしたが、それだけ「天狗」という短篇の威光が目映かった証拠でもあろう。





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