樺島は生前、家族を相手に自身の昔話をオープンリールのテープに記録させており、それは本書にも活かされている(ただし学生時代までしか語られていない)。資料価値は非常に高いのだがこの談話をそのまま取り込む事が本文の構成をギクシャクさせている感も。樺島家のルーツに関する序盤が重たくて、話が転がりだすのは第四章「『飛行少年』のころ」あたりから。著者・大橋博之の地の文に前半「テープから起こした樺島一家発言」と後半「令嬢お二方のインタビュー発言」が入り混じっているのもあり、読み易く見せる工夫を編集者がアシストすべきだった。
雑誌『新趣味』『英語精習』『海国少年』の表紙書影があったり、可愛らしい漫画「正チャンの冒険」でさえも緻密さが冴えている。著者曰く「船の樺島」ということで勿論それも素晴らしいけれど、私は「浮かぶ飛行島」「亜細亜の曙」等の名場面挿絵のほうが好ましい。
黄金期といえるのは海野十三・山中峯太郎・南洋一郎と組んだ『少年倶楽部』時代だが、最もおいしい部分であるこの期間の回想が前述のテープ談話で残されなかったのがなんとも残念。樺島は他にも平田晋策・森下雨村・野村胡堂・久米正雄・保篠龍緒(アルセーヌ・ルパン!)などの仕事も手掛けていて、有名作だけでなく細かいところにも著者の言及があればよかった。作るのが大変だろうけど挿絵・装幀リストとかね。
福岡の弦書房の本なので九州人立志伝の匂いがあったりして。ヴィジュアル面も考えると、別の出版社からの刊行だったら樺島作品の華がもっと伝わる一冊になったんじゃないかな。この点、著者にちょっと同情する。
(銀) 樺島勝一はこれまでに五~六冊の画集がリリースされている。昭和初期、彼の挿絵に彩られた小説を食い入るように読んだ人達の支持はそれだけ熱かったのだろう。