雑誌『文學界』2009年7月号掲載にされた『回想の江戸川乱歩』外伝ともいうべき「夙川事件~ 谷崎潤一郎余聞」は非常に良かった。おなじみ『週刊文春』の連載コラムで「大乱歩展」講演についての仄めかし(本書中に3ヶ所)があって、〝濃いネタ〟を聴けなかった10月3日の講演とは違い、今度こそ「ディープな乱歩ネタを!」と再度ファンは期待した。しかし・・・この時期タイムリーな乱歩の話題ではなく、どうして笠原和夫の想い出話だったのか? しかも二回も。
このところ「衰えた」とよく言われる信彦氏。かつてグアムの空港で偶然大竹まことに出会った想い出とか、確かに「またこの話?」と言いたくなる昔話を度々コラムで読まされるようになった。もうすぐ80歳の老体だし仕方のない事ではある。それでも未だに、ラジオしか聞かないと言いながら何だかんだでTVのチェックをしているのがこの人。福田沙紀がどうの貫地谷しほりがどうのと言っているうちはまだまだイケル筈と思いたい。それだけに往年の毒や切れ味は鈍ってもコラムのネタの選択はブレないでほしい。
小説二本の構想を練っているようだが、小林の真価はオタク度や思い出し怒りが昇華された時にこそ光る。『うらなり』のような小説よりはエンターテイメントの見巧者、日本ミステリー界の生証人、古き良き東京人としての仕事を望みたい。残された時間で氏は何を見せてくれるのか。CDブック『藤沢周平名作選』に執筆した「森繁さんの長い影」をボーナス収録。
(銀) 本書とは関係ないのでAmazonレビュー投稿時には詳しく書かなかったけれど、「大乱歩展」の講演は小林にとってなんとも気の毒な結果に終わった。このBlogでなら、あの場で起こっていた事を書いてもいいだろう。「大乱歩展」が開催されたあの年、10月アタマといっても外はまだまだ暑かったのを今でも記憶している。会場のホールは空調が効いており、暑い中、山手の丘の上まで汗をかきつつ足を運んだ来場者が心地良くなるのはごく自然な状況だった。
小林の講演が始まってどれぐらい経った頃か、ひとりの男性のイビキが静寂なホールに響き渡り始め、その騒音は次第にボリュームを増していった。ホール最後列にいた私の位置でさえ物凄くうるさかったぐらいだから、そいつの傍の席に座っていた人の気持ちは如何許りか。なにより一番の被害者はそんな劣悪な状況下、ひとり話し続けなければならない壇上の小林信彦だ。露骨に気分を害しているオーラが私にも手に取るようにわかる。客席はというと、誰もみな気づかないふりをしている。
イビキが止まないと判断して、神奈川近代文学館の職員がそいつをホール外へ叩き出すべき、と言いたいところだが、百歩譲ってもイビキを発しないようせめて誰かが「起きなさい」と注意すべきだった。絶対に。私がそいつの隣に座っていたら100%どついていただろう。「うるせえ!信彦さんが話してるんだ。眠いのなら出ていけ!」と後方からでも怒鳴ってやればよかったと、あとになって私はすごく後悔した(ホントに)。マナー知らずのイビキ野郎に何も言えないような人ばかりしか(私も含め)その場所に来ていないのが不幸だった。