2020年7月13日月曜日

『美は乱調にあり、生は無頼にあり/幻の画家・竹中英太郎の生涯』備中臣道

2009年5月21日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

批評社
2006年3月発売



★       竹中家に巣食う白蟻




この本の著者は『百怪、我ガ腸ニ入ル』に追悼文を寄せている顔ぶれの中の一人なので、遺族である竹中家とは深い関係なのだろうと思って読んだ。しかし本書は竹中家から公認されていないばかりか、抗議を受けているという。

 

 

図版には竹中英太郎の素晴らしい絵やスナップ写真が一枚も無い。申し訳程度に英太郎没後の展覧会写真の一頁が巻末にあるだけ。内容は思想的な側面中心に述べられ、画家としての魅力には殆ど触れてくれない。英太郎が筆を捨てた戦後の山梨時代に著者は関わりを持つため、その辺の内情を最も語りたかったに違いない。




若い頃は大杉栄の仇を討つとか山梨では労働闘士である半面マッチポンプだと言われたりとか、こういう記述が遺族の反発を買ったのだろうと想像を逞しくするばかりだが、冥府での英太郎・労親子の対話「抱いてみたかった女が何人いるのか、心残りで」みたいな調子で全編語られるものだから、どうも著者の創作が介入しているのでは・・・と勘繰らざるをえない。

 

 

「挿繪畫家竹中英太郎」というHPがあり一見熱心なファンらしく見えるが、よく見ると先人の誤りや不明ばかりを論って自分が最も詳しいのだという矮小な自己満足しかそこにはない。本書はそういうのとも違うけれど、別の意味で信用できぬ。評伝を出す際に必ずしも遺族の承認を得なければならないという決まりがある訳ではなく、あったらあったでドイルの伝記みたいに遺族に都合のいいようになってしまう恐れもある。とはいえ、こういう連中が湧いてきて竹中英太郎記念館は大丈夫か?なにかと館長の気苦労も多かろうな。





(銀) 竹中英太郎記念館長の竹中紫は英太郎の次女で竹中労の妹にあたる人。〝蝶よ花よ〟と育てられた人って世の中本当にいるものなんだなあと妙に感心するが、若い頃はさぞ美人だったろう彼女への思いを著者はこっそりこの本の中に忍ばせたつもりだったのかもしれないが、それは裏目に出てしまった。

 

 

備中臣道は竹中家の地元である山梨で長らく生活。かの地に骨を埋めるのだろうと思われたが、本書を出した三年後の2009年以降、都内で暮らしていると聞く。