大陸書館による林熊生の二冊目はシリーズもの。台湾の龍山寺(日本でいえば浅草寺?)にいつも屯している曹老人という街の生き辞引のような不思議な年寄りがいる。彼のもとに厄介事を運んでくるのが堂守りの范さん、そして陳警官。この三人のレギュラーを中心に巻き起こる事件七篇を約200頁の短篇集として纏めている。
✾「許夫人の金環」
時節柄〝金(moneyではなくgoldのほう)〟を供出せねばならないのに、許夫人が「わたしの金の腕環が盗まれた!」と言って曹老人に詰め寄り騒動になる。
✾「光と闇」
龍山寺から見える民家の二階の壁に不思議な光が明滅しているのを曹老人と王錦泉(雑貨店の男)は発見した。暗号が扱われているのに注目。
✾「入船荘事件」
〝これは完全な密室の殺人だ〟と刑事課長は嘯くが、果してどうなるか読んでのお楽しみ。改めて言っておくけど、内地では取り締まりの目を恐れて誰もが探偵小説を自粛していた時に、当時日本の統治下にあった台湾で林熊生はこんなミステリを書いていたのだ。
✾「幽霊屋敷」
「住み手がつかなかった屋敷の新たな住人達がそこで撮影した写真に幽霊の影が写っていた」という怪談を陳警官は范さんと曹老人に話してきかせる。これも既読感のあるトリックではあるがラストのセリフが意味深。
✾「百貨店の曹老人」
シチュエーションからして万引きものに落着くのは仕方がないとはいえ、内地探偵小説でも〝スリ〟の物語は食傷気味だから台湾ならではの特色を見せるべく別の一手が欲しかった。
✾「謎の男」
インサイダー取引。当時はまだその行為に該当する言葉が無かったのだろう。この話のオチを読んで私はなぜか『ルパン三世』の原作や1st シリーズ後半を思い浮かべた。
✾「観音利生記」
溺愛する息子が病死してしまった母・李氏銀は、息子と将来結婚させるため貰い子(媳婦仔)として育てていた娘・玉児を虐待する。いかにも東洋人っぽい人情話。
曹老人シリーズがこの七篇でコンプリートなのか確かな資料が無いので解らないが、これらの短篇は1943~1947年の間に執筆されている模様。曹老人を〝台湾のブラウン神父〟と呼びたいところだけれども、残念ながら完成度もトリックの独創性もそこまで高くはない。しかしながら同時期の内地探偵文壇の惨状を考えたら、よく頑張っているほうだ。
林熊夫こと金関丈夫って本当は日本人だし最初は京都帝国大学を卒業しているが、台湾の大学に行き教授になってからどうしてまた探偵小説に手を染める事となったのか、その辺の動機も知りたい。金関丈夫名義の本は多種存在するので、どこかにコッソリそういった回想録は残ってないかな?
捕物出版と比べて、一回り本のサイズが小さいのがいいね。これで文字のフォントもグッと小さくしていたらもっと見栄えが良くなるんだが。年寄りの老眼対策にここまで文字を大きくしないと見えないものかな。むしろ私は昔の本のように、字は小さくとも行間を少し空けたほうがずっと読み易くて好きだ。
(銀) 大陸書館の前作『船中の殺人』は楽天やhontoでの発売が遅いぞと書いたが、今回は楽天でもわりと早めに発売開始してくれたので、そんなに待たされず本書を入手する事ができた。『船中の殺人』の項で☆4つにして曹老人シリーズを☆5つにしたらなんとなく気が引けるので本書も☆4つにしたものの、「出してくれて有難う」的な意味では間違いなく満点の価値がある。