編者・横井司は解説の中で、過去の大阪圭吉防諜スパイ小説の扱いの低さについて江戸川乱歩・甲賀三郎・中島河太郎の発言も引用しつつ、長年定着してきた権田萬治『日本探偵作家論』の論旨に噛付いている。権田・横井両氏の見方とも正鵠を射ている。ただし権田は昭和11年生まれであり、昭和37年生まれの横井にはとても理解できない不穏な戦時国家のもとで少年時代を送った筈。権田の世代ならそういった苦い想いが無意識の内に論文に現れるのは仕方がないことを踏まえておかなければならない、とは思う。
だいたいプロパガンダ目的、というよりも啓蒙主義がのさばり出すと、作品は遊戯的な趣向を封じられ一本調子になってしまう。規制ばかりが蔓延る現代日本の映画やTVに自由度とクリエイティビティが全く失われているのが良い例ではないか。私がレビューにて、何かというと言葉狩りを行う角川書店のような出版社の所業を度々批判している理由もそこにある。ともかく本書は小説だけでなく巻末の解説にも要注目。軍靴の音高き時代、表現を縛られた作家達がどう抵抗していたのかを読み取りたい。
山前譲が『探偵小説の風景』(光文社文庫)で提示してみせたように戦前独特の情景・風俗・思想、あの当時の日本を探偵小説を通して眺めてみる事にも大きな意味がある。戦後まったく光を当ててもらえなかった防諜スパイ科学長篇も遠慮なく再発して欲しい。それから大阪圭吉と対を成すもう一人の高値の花/大倉燁子はどうなっているのか?
(銀) ここでは偽善的な規制をする者の例として角川書店を挙げているが、その後不都合な事実を隠蔽すべく私の書いた文章をことごとく抹殺したAmaozon.co.jpに対して大手出版社の言葉狩りより何倍も不快感を持つようになった。本巻が出てからまだ10年しか経っていないのにネット社会の中にはSNSという不必要なツールが生まれ、毎日毎日アタマの悪い連中が140字の中で偽善の皮を被って嘘っぱちな情報を拡散したり誰かを罵倒・リンチし続けている。
本巻が発売された時、創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』は品切れ状態だったのだがその後重版され、いつの間にかまた市場から消えている。そして2020年夏、創元推理文庫が新しい大阪圭吉の文庫『死の快走船』を出すのに合わせて『とむらい機関車』『銀座幽霊』もカバーを一新してまた重版すると聞く。カバーが変わることで旧版を持っているのにまた買う輩がいるのだろう。大阪圭吉とは関係ないけど、東京創元社は下らないカーのパスティーシュ集『密室と奇蹟』なんぞを文庫化するより現行で読めないカー作品の新訳をどんどん出せばいいものを。