2020年11月11日水曜日

『死の快走船』大阪圭吉

2014年7月10日 Amazonカスタマー・レビューへ投稿

戎光祥出版 ミステリ珍本全集④ 日下三蔵(編)
2014年7月発売




★★★★★   本格から離れた戦時下作品群から見えてくるもの





ミステリ珍本全集の収録基準はかなりのマイナー作家 or キワモノ風な作品であり、過去の単行本が稀覯である事だが、本書の場合は言うまでもなく後者に当たる。『とむらい機関車』『銀座幽霊』『大阪圭吉探偵小説選』から漏れた38短篇を収録。本格は冒頭「死の快走船」のみ。ユーモアもの・防諜スパイもの・人情話・国策協力ものが並ぶアナザーサイド・オブ・大阪圭吉的な内容で、「人喰い風呂」(昭9)等の数作を除くと探偵小説が圧迫・自粛下にあった日支事変勃発(昭和12年)後の作品がほとんど。

 

 

それでも彼なりの探偵趣味な小技は効いており「謹太郎氏の結婚」「寝言を云う女」ではドイルのある手法をアレンジして忍ばせたり、少女小説「香水紳士」にもサスペンスがある。地味ながら「三の字旅行会」「正札騒動」は小市民っぽいトリックがあり、「昇降時計」には暗号コメディも。他にもベタな国策協力小説にはせず、ありふれたストーリーのオチに一言置くだけでそれ風に仕上げるテクニックにも感心。

 

 

ヴァラエティに富む中、最も心に残ったのは実に圭吉らしくないエロティックで凄惨な「水族館異変」。江戸川乱歩と甲賀三郎が序文(610頁)で指摘するように普段の彼の作風はさっぱりしていて後味の悪いものではない。だがこういう猟奇作も書けるのならあともう数篇は読んでみたかったし、戦後生き延びて堂々たる本格長篇に挑戦していれば・・・なんてないものねだりをしてしまう。(甲賀三郎に生前預けた長篇はどうなってしまったのだろう)

 

 

「もし復員して創作を再開していたら、それは探偵小説ではなくユーモア小説だったであろう」と圭吉令息・鈴木壮太郎が語った旨を巻末資料/評論の中で鮎川哲也が伝えている。すっかり戦前の本格派として評価が定着しているが、圭吉の本質はもしかしたら違うのではないか?戦後、三橋一夫みたいになった圭吉など想像したくはないが、そんな問題提起も本書は与えてくれる。超高額物件だった作品が読めるという価値だけで終わらず、真の大阪圭吉とは何かもう一度考える動きが起こればいいなと思った。





(銀) このレビューで私が一番言いたかった事は本文の最後に書いた「大阪圭吉の本質を根っからの本格指向だと言い切っちゃっていいの?」という問いかけである。非探偵小説の長篇『村に医者あり』が今年発売されたので、その本の感想を書く時に改めてこの問題に向き合ってみたい。


本書の後にいろいろ圭吉本は出されたが、ここでしか読めない作品はちゃんと残っているから、この本が御役御免になった訳では決してない。