2023年3月26日日曜日

『薔薇夫人』竹田敏彦

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東方社
1961年1月発売


★★★★★   筆冴える外地探偵小説



 いつもよくしてもらっている古書店の店主に、昔「ちょっと見じゃ気付かないけど探偵小説だよ。」と勧められたこの本。なるほど帯の惹句にも〝長篇傑作〟とあるばかりで教えてもらわなかったら素通りするところだったが、読み始めてみると〝巻を措く能わず〟な面白さに感心。竹田敏彦の著書の中には『眼で殺された女』のような、ミステリ専門店の古書目録に探偵小説として扱われているものもあるから、いろいろ探してみたら私向きの作品がまだ埋もれているかもしれない。


【プロローグ】 

復員した青木晋作・元海軍大尉は許嫁を奪われた怒りから、殺人未遂の罪を犯して豊多摩刑務所に収監されていた。出所の日は来たものの今の彼に頼れる者は誰ひとりいなかったのだが、そこへ突然迎えに現れたのは葉山貴志子という妖麗な謎の美女。並外れて富裕である以外、何ひとつ彼女の素性を知る事ができないながらも次第に晋作は貴志子に惹かれてゆき、遂に想いを打ち明ける。すると貴志子は求婚を受け入れるから一年だけ待ってほしいと言って、古い一通の手紙を取り出した。それを読んだ晋作は驚愕のあまり蠟のように蒼ざめ、手紙を持手はブルブル震えるのだった。

 

 

 著者は幼い頃苦労を重ね、新聞記者などの職を経て澤田正二郎や菊池寛の力添えもあり四十歳も目前という年齢でやっと成功を掴み、人気作家として活躍した。戦後も執筆を続けたが近年は現行本がなく、忘れ去られた存在になっている。この「薔薇夫人」の場合は一切何も知らずに出会うほうが望ましいと思うのだけど、なにせ今まで探偵小説だと認識されずに来ているし少しぐらいの紹介文はあったほうがいいかな、と考えて以下続ける。

 

 

つまり文体こそ明治の文語体ではないけれど、「巌窟王」や「白髪鬼」といった黒岩涙香のエッセンスが充満したプロットであって、第一次欧州大戦で山東半島など中国大陸へ日本が進出していた大正期から敗戦後の内地を舞台に、スケール感たっぷりに描く波瀾万丈の大長編な訳です。

 

 

「巌窟王」を素材に使った日本の長篇小説は「明治巌窟王」(村雨退二郎)/「新巌窟王」(谷譲次)/「日本巌窟王」(野村胡堂)など様々。こんな風に書くと「なぁんだ翻案じゃないか」と軽視されるかもしれないけど、そっくりそのままコピーペーストした展開にはならないように工夫されているし、なにより竹田敏彦の筆が冴えまくっていてサスペンスの波状攻撃にやられてしまう。終盤のクライマックスの残酷さは江戸川乱歩の〝コレデモカ コレデモカ〟を上回っているのではないか。私とて一度は「涙香というかデュマの美味しいところを頂いてるから★4つが妥当かなあ」と考えたが、竹田の筆のテンションに打ち負かされたんで満点とした。


 

 

(銀) 10年ほど前にせらび書房が出していた「外地探偵小説集」シリーズが好きだった。もしあのシリーズが今も続いていて、長篇の外地ものを取り上げるのであれば本作なんかピッタシではないかな。