日本のミステリ業界に関わっていた小林信彦の青春期を縦軸、戦前の博文館から戦後の宝石社の内幕を横軸に織り成し、そこで小林と交差した者たちのポルトレエを収むる。四篇のうち「夙川事件」(単行本初収録)だけは小林が生まれる前の出来事なので全て実名でドキュメンタリー風に書かれた、谷崎潤一郎・渡辺温を中心とする戦前の『新青年』余聞。「半巨人の肖像」「隅の老人」「男たちの輪」(単行本初収録)は人物を擬人化し(小林信彦=今野、江戸川乱歩=氷川鬼道)、『宝石』『ヒッチコック・マガジン』の人間関係を活写。
恩人・乱歩の晩年の憂鬱をここまで筆に出来たのは小林だからこそ。また乱歩と同じく全篇に登場する真野律太は戦前は博文館の社員だった人で、『講談雑誌』の編集長を務めたこともあるのだが、小林が出会った頃は宝石社で校正を担当するみすぼらしい老人だった。国枝史郎の「神州纐纈城」をきっかけに真野が小林に心を開くシーンは何度読んでも心温まる。「半巨人の肖像」「隅の老人」そして「男たちの輪」のリンクした三篇は重い結末を迎えるとはいえ、「男たちの輪」のラストで今は亡き翻訳者・稲葉明雄(=佐竹)と小林の友情が永遠のものとなり、唯一私達は救われる。
老齢になった氏の現在の興味がもう日本のミステリに向いてないのは重々承知していても、小林信彦だからこそ、このジャンルでもう一仕事してくれる事をついつい望んでしまう。内容的には★5つにしたいのだが、長年の読者からすると近年の文庫で入手が難しくない「半巨人の肖像」「隅の老人」の代わりに新しいものを書き下してほしかったという気持が強くある。
より読み易くする為、登場人物や雑誌名を統一し手を加えているので「隅の老人」は従来のものと別versionになってはいるが、誰か小林とウマが合いそうな才人を聞き手に、濃厚な日本の探偵小説対談でもしてくれれば・・・人嫌いの氏がいまさら未知の人と対談するのが困難なのは長い付き合いでよく解っているつもりだけどね。
それに四つの要素から一つのテーマを表現したいという文学的意図はよく解るけれども、もっとミステリ・ファンが食い付きやすい書名とカバーデザインにした方がより売れるのでは? 出版社を見てみる。「幻戯書房」って聞かない名だなと思いググったら、言葉狩りなどテキスト改悪が大好き~売れさえすれば中身はどうでもいい角川書店の系列会社ではないか。小林に非は無いが版元が嫌いなので評価★4つにはしたが実質は★3.5と見てほしい。
(銀) 『四重奏(カルテット)』はおそらく本書リリースの三年前の夏に突如雑誌『文學界』に発表された「夙川事件」をなんとか単行本に入れたいと編集者からオファーされ、それで出すことになったのではなかろうか。