2020年10月12日月曜日

『とむらい機関車』大阪圭吉

NEW !

創元推理文庫
2001年10月発売


★★★★★   怪奇性、意外性よりも論理 ➀



何年か前も一度再版された創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』、2020年に発行されたこの第三版からカバーを刷新。改版ではないので、添えられている初出挿絵/巻末の解説に変動は無い。2001年初版時の帯の背には【名探偵 青山喬介】と謳ってあったが、本書収録作の全部に青山喬介が出てくる訳ではないのでノン・シリーズ作には ❄ マークを付けておく。

 

 

「とむらい機関車」 

轢殺事故率が最も高く〈葬式機関車〉の異名を持つD50444号。その機関車が三度続けて人間ではなく豚を轢くという珍事が起こる。そこには世にも奇妙な目的が隠されていた。


 

「デパートの絞刑吏」

映画監督のキャリアを捨てた、一個の自由研究家(ママ)として青山喬介初登場。都内Rデパートの裏露路に貴金属部勤務の男が墜死し、その回りには前日貴金属部から紛失していた高価な首飾が。ただの墜落死にしては被害者の体は落下時の打撲以外に頸部瘡痕/蚯蚓腫れ/擦過傷がある。これは何を意味するのか?

 

 

「カンカン虫殺人事件」

カンカン虫とは造船工場で働く労働者のこと。全体的に駆け足気味だし、動機の真相だとか後半で謎が発覚してゆくクダリはもっと丁寧に書き込んでもらいたかった。『新青年』発表時に水谷準から十分な枚数をもらえなかった?

 

 

「白鮫號の殺人事件」

傑作本格作品の初出ヴァージョンだが、こちらよりも単行本収録時に探偵役を青山喬介から東屋三郎へと変更した改稿ヴァージョン「死の快走船」のほうがずっと出来が良い。

 

 

「気狂い機関車」

「とむらい機関車」と同じく、語り手の一人称でストーリー進行。機関車内のメカニックが細かく描写されている。「とむらい機関車」とは異なる2400形式・73号という型式が本作の主役なのだが、鉄オタのミステリ・ファンが読んだら機関車のフォルムや内部の構造といったそれぞれの特徴がわかるものなんだろうか? 私にはさっぱりわからんけど。ラスト・シーン、生き物のような機関車の死で The End。

 

 

「石塀幽霊」

初めて読んだ時にはてっきり「黄色い部屋」の流用か?と、早とちりしたものだ。このトリックはいくら小説とはいっても「そんな錯覚が見えるわけないだろ~」と思って毎回得心がいかない。

 

 

「あやつり裁判」

タイトルどおり裁判ネタにしては法廷での対決を描くものにあらず。犯人の動機はちょっと変わっていてペーソスもあり、本作のタイトルを書名に採用した鮎川哲也のアンソロジーもかつて存在したものだ。そこまで飛び抜けて傑作だとも思わんけど。

 

 

「雪 解」 

北海道に渡り、もう何年も虚しく金の鉱脈を探し続けている木戸黄太郎。そんな彼は、ある温泉部落にて鉱脈探しの成功者・片倉紋平とその娘に出逢い恐ろしい野心を抱く。初期の作に時々見られるインダストリアルな演出がここにも。話のオチは大下宇陀児っぽい。

 

 

「坑 鬼」 

室生岬の炭坑夫として働く峯吉とお品は暗く深い地下の仕事場で好き合うようになった仲。ふたりが採炭する抗の中で突発事故が起き、お品は外へ逃げられたが峯吉を中に残したまま現場監督ほか二人の男は大惨事の危険を怖れてその抗を完全封鎖してしまう。悲嘆にくれるお品と峯吉の家族。するとその後あたかも復讐されるかのようにを封鎖した三人の男が一人ずつ殺害されてゆき、お品と峯吉の家族に嫌疑がかかるがいずれもアリバイがあった・・・犯人は誰か?

 

この作は『改造』という左寄りのお堅い雑誌発表のせいか、プロレタリアというか悲惨小説の風合いも持ち合わせている。


                   


その他、随想鈔録として10のエッセイを収むる。

 

 


(銀) 青山喬介はその風貌・性格・癖などが詳しく披露される事も無いまま六作のみで退場。


大阪圭吉が本格を書いていた時期はまだ戦中・戦後のような物資難ではないのだから、各誌編集部も作家がじっくり書き込めるような枚数を与えてやればよかったのに・・・と、いつもながら思う。 どの短篇も「抗鬼」ぐらいのボリュームが許されれば海外の短篇に匹敵する豊かな味わいがより生まれたかもしれないのに、『新青年』にしたところで新進作家の書いたものだと例外なく編集長が削っている印象があって。 

 

いつの間にか圭吉を手放しで褒めちぎってばかりの風潮になってしまった。今回のカバー・リニューアルに伴い数年ぶりに再読してみたのだが、確かにどれも小気味よくて面白い。面白いけれど、もし戦争が無かったとしても圭吉にとっての本格は『とむらい機関車』『銀座幽霊』収録作の分だけで既に息切れしていっぱいいっぱいになっていたように私には映る。よく頑張ったほうなのは間違いないが、このぐらいの短篇の数で行き詰っていては海外の一流作家と比べた場合、どうしても日本の探偵作家はひ弱に思えてしまう。本格に挑戦した長篇を昭和12年迄にひとつも残せなかったのも、世評の盛り上がりを今世紀まで待たなければならなかった最大の原因であるのは否定できない。