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創元推理文庫
2020年8月発売
★★★★★ もはや幻の探偵作家ではない
「幻の探偵作家」と云われてきた者達の中で、今世紀に入ってガラリと扱いが変わったのが大阪圭吉であることは前にも書いた。これは創元推理文庫『とむらい機関車』『銀座幽霊』の後に出された大阪圭吉名義の本(同人出版も含む)の中からセレクトされた短篇による新編集の文庫。以下、各篇タイトル末尾のカッコはその作品のジャンルを示す。
(本)= 本格 (ス)= スリラー
(ユ)= ユーモア (国)= 国策
(コ)= コント (時)= 時代
この文庫は基本的に初出誌ヴァージョンを採用しており、例外である単行本ヴァージョンには〈単〉と記す。
■「死の快走船」(本)〈単〉
初出時の「白鮫号の殺人事件」では探偵を青山喬介としていたが、昭和11年ぷろふいる社からの単行本『死の快走船』収録時にはタイトルを「死の快走船」へ探偵役を東屋三郎へと変え倍近い尺に。素晴らしい本格ものでありながら、海洋関連のディティールから舞台となる岬周辺の情景まで丁寧に書き込んだ申し分のない代表作。
■「なこうど名探偵」(ユ)〈単〉
■「塑像」(コ)
「塑像」は4頁の小品。郷土誌『新城文学』に発表した「花嫁の塑像」を改題し『ぷろふいる』に再録したものがこれ。『新城文学』ヴァージョンは『砂漠の伏魔殿/大阪圭吉単行本未収録作品集2』(書肆盛林堂)に入っている。
■「人喰い風呂」(ユ)〈単〉
■「水族館異変」(ス)
圭吉の裏・代表作。これもなにげに海に由来する作品。
■「求婚広告」(ユ)
単行本ヴァージョン「謹太郎氏の結婚」はミステリ珍本全集『死の快走船』に収録。
■「三の字旅行会」(ユ)
登場人物の後日譚を少々付け加えた単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。
■「愛情盗難」(ユ)
改題加筆された単行本ヴァージョン「香水夫人」はミステリ珍本全集に収録。
■「正札騒動」(ユ)
〝パーマネント〟描写が削除された単行本ヴァージョンはミステリ珍本全集に収録。
■「告知板の謎」(ユ)
作中に「非常時型」という表現があるため防諜国策小説としていいのかもしれないが、はっきりとスパイ行為が書かれている訳ではないのでユーモアもの扱いとした。改題された単行本ヴァージョン「告知板の謎」はミステリ珍本全集に収録。
■「香水紳士」(ユ)
『少女の友』に発表した少女探偵小説。
■「空中の散歩者」(国)
■「氷河婆さん」(国)
最後の二行から国策小説扱いとしたが、実質はエスキモー悲譚。
■「夏芝居四谷怪談」(時)
■「ちくてん奇談」(時)
この二作はまだ全話発掘されていない「弓太郎捕物帖」の第二話と第七話。
第六話「丸を書く女」も発掘しているのに本書には収録せず、盛林堂書房の同人出版としてこの一話分だけ40頁の小冊子に500円もとって本書と同時リリースで別売りしている。こういう汚い商売をするからこの古本屋にはあまり好感を持てないのだ。
その他、随筆・アンケート回答六篇の詳細は省略。
といった具合にいくつかの別ヴァージョン・テキストや初出誌挿絵こそ収録しているが、中身は2010年以降に出た『大阪圭吉探偵小説選』、ミステリ珍本全集『死の快走船』、盛林堂書房の圭吉本数種、それらからピックアップされたものばかりなので目新しさは無い。こんなコンピレーションが出るのだからもはや圭吉は幻の探偵作家ではなく、その点に関しては素直にめでたいと思う。
(銀) ミステリ珍本全集『死の快走船』についてのレビューをこのBlogに載せるのはもう少し先のことになりそう。
改めて本書の内容を眺めると、少女ものを書いたり時代ものを書いたり戦争が起これば防諜ものを書いて御国の為に協力せざるをえなかったり・・・。純粋な探偵小説だけを書いて生きてゆくことができぬ、昭和前半の日本の探偵小説家の侘しい処世術のサンプルを一冊で見せられているような気分にもなる。