2023年10月28日土曜日

図録『没後50年/松野一夫展』

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北九州市立美術館
2023年9月発売



★★★★★    北九州からの贈り物




 北九州市立美術館の催し物で私が関心を寄せる企画展といえば2018年に開催された「没後80年 青柳喜兵衛とその時代」以来か。青柳喜兵衛展の図録も興味深かったけれど、今回の松野一夫展図録は中身の充実ばかりでなく、堅固な函入りハードカバー仕様でお値段たったの2,500円。まあなんて良心的なプライス!金沢文圃閣や善渡爾宗衛/杉山淳/小野塚力らの出すぼったくり極悪価格本とは大違い。

 

 

◑ 探偵小説に限定することなくキャリアのすべてを均等に俯瞰した企画展なので、この図録を鑑賞すれば松野の画業にとって挿絵の仕事はホンの一部にすぎないのがハッキリ把握できよう。若い頃洋画家・安田稔のもとで修業しており、その影響を醸し出す図録冒頭に置かれたオーセンティックな松野の自画像がピリッと全体を引き締めている。紙面上のサイズは小さいけれど130ページ、森下雨村の父・馬三郎翁の油絵肖像画にも見入ってしまった。

 

 

北九州市立美術館は原画での展示にこだわりがあるみたいで、図録に載っている絵の殆どは残存する貴重な原画を使用。「黒死館殺人事件」の挿絵・初刊本装幀と並んで松野の代表作ともいえる、長きにわたって担当した『新青年』表紙絵もすべて目にすることができるけれど、さすがに点数が多いので原画の残存数は限られており、この部分は表紙そのもののスキャンに頼らざるをえなかったようだ。それでも『新青年』昭和14年第208号、そして『別冊宝石』昭和25年第9号の表紙絵原画がしっかり載ってるから、江戸川乱歩肖像画ともどもじっくり眺めて頂きたい。

 

 

◑ この図録は前半をヴィジュアル中心に、後半は【資料編】と題してテキストによる松野一夫解説、年表、松野に関する文献目録/挿絵掲載リストといった構成をとっている。戦前の『少女の友』を手にしていると常々「松野一夫の挿絵によく出会うなあ」と感じていたが、やはりそのとおりで、【資料編】をチェックすると『少女の友』での挿絵仕事は確かに多い。いや『少女の友』だけでなく、少年少女向け雑誌や単行本の仕事を(戦後は特に)数多く手掛けているのだなと思った。

 

 

◑ 『挿絵画壇の鬼才/岩田専太郎』(下段関連記事リンクを参照)の巻末にあった岩田専太郎挿絵提供小説リストがそうだったように、この図録に記載された松野一夫の手掛けた探偵小説関係の挿絵・装幀提供作品リストも完璧ではない。〝神奈川近代文学館〟が〝神川近代文学館〟と誤表記されていたりもする。されども今回の図録が過去最高の松野一夫文献であることは誰ひとり否定できないだろう。となれば松野一夫・評伝、そして探偵小説をメインにして挿絵・装幀に焦点を絞った松野一夫・画集も欲しくなるのが人情というもの。誰か適任者いない?

 

 

ただ評伝を書くとなれば、生前の松野を知る人が(ご遺族を含め)どれだけ今でも健在か、あまりに年数が経ってしまっただけに心許ない。手を付けやすいのはどちらかといえば後者の画集になるのかな。昭和が無理なら平成初期のうちにでも松野一夫を顕彰する為の目立ったアクションを起こすのが望ましかったのに、何事も無かったのは痛かった。そんな意味からも、今回の企画展は探偵趣味の歴史の中で頭抜けて意義深いイベントになって喜ばしい。






(銀) 今回の図録を読み、〝松野一夫は自分の書いた挿絵にサインを残すことをめったにしない〟とあったのが印象に残った。昔の雑誌は誰が挿絵を描いたのか、必ずしもクレジットしていない場合がかなり多くて、そうなると余計に、松野の挿絵と断定できていないものが雑誌の中に埋もれていることになる。前段で私が「この図録に記載された松野一夫の手掛けた探偵小説関係の挿絵・装幀提供作品リストも完璧ではない」と注意を促したのは、そんな理由もあるからだ。




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